第24話 茨の道

『皇成、碓氷さんのこと好きだったよな? 今はもう、違うのか?』

「……っ」


 その言葉に、皇成は困惑する。


 まさか、気づかれていたとは思わなかった。それは、橘くんにだけは、絶対に気づかれないようにと、ずっと隠してきた気持ちだったから。


『黙ってるってことは、今も好きってことか?』

「な、なんで……っ」

『なんでって、皇成、碓氷さんと目が合うと、すぐにそっぽ向いてたろ。で、そのあと、いつも顔が赤くなってたから、俺と大河にはバレバレだったよ』

「マジっすか!?」


 何やってんだ、小学生の自分!?

 隠していたつもりが、しっかり顔に出ていたなんて!?


「そ、そうなのか……っ」

『あぁ……それなのに、その好きな子を、俺に紹介するって、なに考えてんだよ』


 呆れたような深いため息が、電話先から漏れた。


 確かに、自分でもバカなことをしていると思った。こんなことするやつ、どこを探しても自分しかいないかもしれない。でも──


「……いいと思ったんだ」

『え?』

「橘くんなら、いいと思ったんだよ」


 苦々しく声を発すれば、スマホを持つ手に自然と力がこもった。


「俺じゃ、つり合わないんだ。俺みたいに、地味でさえないやつが、碓氷さんの彼氏になっても、納得してくれる人なんて、ほとんどいない。だから、橘くんならいいと思ったんだ。橘くんだったら、きっと、みんな納得するだろうし、俺なんかより、ずっと碓氷さんを幸せにできるって……っ」


 誰かに奪われるのなら、橘くんがいいと思った。


 姫奈ちゃんが小学生のころから、ずっと好きだった相手で、男の自分から見ても、本当にカッコイイと思える相手。


 その人柄を知っているからこそ、橘くんしかいないと思ったから。だから──


『皇成、ハッキリ言うけど、それ、すっげー

「んん!!?」


 だが、その後、あまりにも辛辣しんらつな言葉が返ってきて、皇成は目を瞬かせた。


「ちょ、迷惑って!? なんだ、その言い草!?」

『迷惑だから、迷惑だっていったんだ。なんで俺が、お前の好きな子、幸せにしなきゃなんねーだよ』

「ほんと、ハッキリいったな!?」


 その歯に衣を着せぬもの言いに、皇成は軽く衝撃をうけた。だが、言われてみればそうだ。橘からしたら、まさに迷惑な話でしかない。


「いや、でも会えば、その気になるかもしれないし……碓氷さん、うちの学校で、高嶺の花って言われるくらい人気なんだぞ!」

『別に、碓氷さんが嫌だって言ってるわけじゃねーよ。でも、仮に俺が碓氷さんに告白しても、碓氷さんは選ばないだろ。碓氷さんが好きなのは、皇成なんだから』

「っ……でも、小学生の時は、橘くんのことが、好きだって」

『あぁ……あの噂、皇成も知ってたのか』

「え?」

『あれは、碓氷さんの友達が、勝手に勘違いして広まった噂だよ。さっきも言っただろ。碓氷さん、よく皇成のこと見てたって。だけど、それを皇成じゃなくて俺を見てると、勘違いされたんだ。俺たち、よく一緒にいたし……でも、あの時、碓氷さんが好きだったのは、間違いなく皇成だよ。だから、好きなら、

「……え?」

『つり合わないなら、つり合う男になれ。他人に託す前に、まずは自分が変われ。うだうだ悩んでる暇があったら、とっとと告白して、両想いになっちまえ。守るものができれば、その優柔不断な性格も、少しはマシになるんじゃないか?』

「……ゆ、優柔不断って」

『なんだ、今は違うのか?』

「ち……違わない……です」

『だろうな、その調子じゃ』


 グサグサチクチクと、旧友の言葉がダイレクトに突き刺さる。もはや、バッサリと言い伏せられ、皇成は返す言葉がなかった。


 だが、それと同時に、胸の奥でくすぶっていた何かが、少しずつ少しずつ、溶けて、消えていくようにも感じた。


『皇成、噂や周りの意見を聞いて、迷うことは誰だってあると思う。だけど、あまり振り回されるなよ。大事なのは、周りの意見じゃなくて、だろ。後で後悔しないように、自分の気持ちは大事にしろよ』

「……自分の気持ち」


 そう言われ、改めて自分の気持ちを振り返る。

 本当は、どうしたいのか?


 本当は、別れたいわけじゃなかった。

 身を引きたいわけじゃなかった。

 

 本当は──


《私と……結婚してください》


 すると、その瞬間、姫奈の姿がよぎった。

 ずっとずっと好きだった──碓氷 姫奈の姿が。


「そっか、そう……だよな……っ」


 一つ息を着くと、皇成は、落ち着いた声でそういった。


 ここ数日、ずっと悩んでいた気持ちに、やっとが出た気がした。


 やっと、気持ちが固まった気がした。


「ありがとう……やっぱり俺、碓氷さんを橘くんには渡したくない」


 そして、素直にそう返せば、その電話の奥で、橘も一緒に微笑んだ。


『そうか。じゃぁ、もう血迷ったことするなよ。それに、俺は、周りがなんと言おうが、皇成の恋を応援してるよ。だから、頑張れ』

「……うん」


 その言葉に、改めて胸が熱くなる。昨日から、ずっと、この世界は敵しかいないように感じていた。


 だけど、四月一日わたぬきくんに、新聞部の人たち。そして、大河や橘くん。自分たちの恋を祝福して、応援してくれる人は、確かに存在してる。


 それは、なんて暖かくて──心強いのだろう。



 ***


 その後、また少しだけ言葉をかわすと、皇成は電話を切ったあと、そっと目を閉じた。


 深く深く、息を吸うと、気持ちを落ち着かせたあと、空を見上げる。


 これから自分は、人生で一番、最悪な選択をしてしまうのかもしれない。


 だけど──もう逃げない。


 逃げずに、立ち向かうと決めた。矢印様が、選んではいけないといった──茨の道を。


(今……どこにいるんだろう?)


 なんだか、無性に会いたくなった。

 会って、この気持ちを伝えたいと思った。


 皇成は食べかけの弁当を片付けると、すぐさま校舎裏を後にした。


 自分が、ずっとずっと思い続けてきた


 ──幼なじみの元へ。




 


 


 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る