第37話 俺が決めたこと


「うん、だよね!」

「……え?」


 水族館――その言葉に、皇成は目を見開いた。

 

 昨日、矢印様に水族館と映画館、どちらがいいかを聞いて、皇成は『映画館』と言われた。つまり、皇成にとっては、映画館に行った方がいいということになるのだが……


「え? 水族館? 映画館じゃないの?」


「うん、だって昨日矢印様にきいたら、『水族館にしなさい』って言われたし」


 んん??


 さらなる困惑が、皇成を襲う。どうやら、姫奈もまた皇成と同じように矢印様に聞き、水族館という選択肢を選んでいた。


 ということは、、水族館に行った方がいいというになるのだろうが……


「ちょ、ちょっと待て! 俺は矢印様に、て言われてるんだけど!?」


「え!? でも、私の矢印様に『水族館』って言われたし、絶対に水族館に行った方がいいと思う!」


「いやいやいや、それじゃ、俺に何か良くないことが起こるかもしれないってことだよな!?」


「そんなこと言ったら、映画館に行ったら、私によくないことが起こるかもしれないじゃない!」


 まさかの初デートで、いきなりケンカすることになるとは!?


 だが、行先が決まらないことには、デートは始まらない!!


「とにかく! 今日は映画館にしよう! 水族館は、ほら、次の機会に!」


「次とか、そういう問題じゃないでしょ! 私は今日、水族館に行きたいの!」


「あのな、俺はなんだよ、デートすんの! 人生で初!! 失敗なんてしたくないだろ!!」


「……っ」


 力説しているが『今まで女の子とデートをしたことが一度もありません』と、これ見よがしに訴える自分は、果てしなくみっともなかった。


 だが、やはり初デート。

 失敗はしたくない!


「とういわけで、今日は」

「私も……」

「え?」

「私も…………男の子とデートするの……っ」

「!!?」


 瞬間、あまりの衝撃に固まってしまった。


 さっきまでの威勢が嘘のように、弱々しくうつむいた姫奈は、恥じらうように頬を染めていて、それは、まさに可憐な美少女と言わざるを得なかった。


 だが、こんなにも可愛い、我が校の高嶺の花が、今まで一度もデートを経験したことがないなんて……!?


(あ……でも、ずっと俺のことを好きでいてくれたみたいだし、そうなるよな? しかも、お互い初めてのデートで、いきなり喧嘩とか……なにやってんだか)


 姫奈の言葉のおかげか、少しだけ冷静になった。


 自分たちの矢印様は、それぞれに最適な未来を提示してくれる。だからこそ、お互いの結果が同じになるとは限らない。


 だが、仮にここで、映画館を勝ち取ったとしても、喧嘩なんてしていたら、せっかくのデートが台無しになる気がした。


 皇成は、そう思うと


「わかった……じゃぁ、今日は水族館にいこう」

「え……いいの?」

「うん、いいよ。必ずしも、悪いことが起きるとは限らないし」


 別にこれは、彼女の可愛さにあてられたからではない。


 矢印様の采配を無視し姫奈に告白して、いろいろと散々な目にあった。だが、それを通して、気付いたこともあった。


 矢印様は、絶対に選択を間違わない。

 いつも、最適な未来を提示してくれる。


 だけど自分は、それに、ずっと甘えてきた。考えるもの、悩むのも放棄して、無難に生きてきた。


 だけど、例え、向かう先が、茨の道だったとしても、自分の生きるのも、そう悪くないと思った。


 今こうして、彼女が自分の傍にいてくれるのは、自分の心にしたがった結果だから……


「よし、じゃぁ、水族館に」


「でも、皇成くんの矢印様は……っ」


「そりゃ、俺の矢印様は、映画館っていってるけど、でも俺自身は、に、連れて行ってあげたいし」


「え……?」


「つまりこれは、矢印様じゃなくて、。だから、そんな顔すんな」


 そういって笑いかければ、姫奈はその後、一瞬、驚いた顔をした。だけど、もう喧嘩なんて雰囲気ではなくなったからか、皇成は、喧嘩になった際、一度離れた手を、そっと姫奈に差し出した。


「じゃぁ……今日一日、よろしく」


 まるで、握手でもするように──


 それは、少しぎこちない仕草だったが、姫奈はそれを見るなり、皇成の手に触れ、しっかりと握りかえした。


「うん……こちらこそ、よろしくお願いします」


 つながった手のぬくもりに、微かに鼓動が早まる。


 高嶺の花とか、底辺とか、格差がどうとか、散々言われたが、こうして手をつなげば、そんなものも、どうでもよくなってきた。


 今日は、ただの幼馴染に戻ろう。

 

 そして、そんな二人の初々しい初デートは、小さな街の片隅で、ひっそりとはじまった。


 だが、矢印様の采配を、またもや無視した結果、ざまざまな災難に見舞われることを、この時の皇成は、全く想像していなかった。

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