第26話 もう、逃げない
慌ただしかったお昼の教室が、途端に静まり返る。
ひとつのグループが皇成にきづけば、そこからまた別のグループも気づいて、まるで波紋が広がるかのごとく、静けさの輪が広がっていく。
──あの新聞には、何一つ、嘘なんて書かれてない。
そういった皇成の言葉に、クラスの半数が眉をひそめ、その他数名の生徒が、心配そうに見つめていた。
無理もない。ここでまた反感を買えば、今後の学校生活は、地に落ちる。
だが、そんな中、皇成は臆することなく教室の中を進むと、姫奈の手を取り、そのまま教室の前まで連れていった。
「え……ちょ、皇成くん!?」
いきなり、手を引かれ、姫奈が慌てて声をかけた。なにをするつもりなのか、皇成は教壇の前に立つと、その後、まっすぐクラスメイトを見すえて
「俺と碓氷さんは、元・幼馴染だ」
「!?」
その予想外の訴えに、また教室内が騒然とする。なにより
「ちょっと、元って何よ!?」
「つーか、幼馴染とか、適当なこと言うなよ!」
「適当じゃない。俺と碓氷さんは、本当に幼馴染だったんだ! 産まれた時から7年くらい、ずっと同じ市営住宅で暮らしてた。家が隣同士で、小さい時は毎日のように一緒にいた。だけど、引っ越してからは、あまり話せなくなって、幼馴染の定義が何かはよく分からないし、みんなからしたら、そんなの幼馴染じゃないって思うかもしれないけど、それでも俺は、今でも、ずっと幼馴染だと思ってる!」
「……っ」
その言葉に、姫奈は息を詰めた。胸が熱くなれば、滲んだ涙が溢れそうになった。
みんなの前で、ハッキリと幼馴染だと言ってくれたのが、嬉しかった。
そして、その声は、さっきまで強ばっていた心をゆっくりと溶かすかのように、優しくそっと、姫奈の心を温めていく。
「俺は、幼稚園の頃から、ずっと碓氷さんが、好きだった。こんなに長い間引きずってて、自分でもどうかとは思うけど、そんな俺の気持ちに、碓氷さんは答えてくれた」
繋がった手に力がこもった。
緊張しているのが伝わってきた。
だけど、同時に、心配するなと言っているようにも感じて、その手の温もりに、姫奈はふと幼い頃を思い出した。
あの頃も、皇成は、いつも助けてくれた。大丈夫だと手を繋いで、こうして自分を守ってくれた。
髪の色をからかわれて泣いていた時も、みんなの前に立ちはだかって、俺はこの髪の色が好きだと、とても綺麗だと言ってくれた。
「みんなが、碓氷さんの彼氏として、俺を認めたくない気持ちは、よくわかる。俺が同じ立場なら、きっとみんなと同じことを思うと思う。なんで、こんなやつ選んだんだろうって……だけど、あの記事は本当だ!」
なおも言葉を続ければ、皇成は、まるで覚悟を決めた表情で
「だから、いいたいことがあるなら、直接、俺に言いに来い。どんな言葉だって、どんな勝負だって、全て受ける。だから、あの記事を嘘だと決めつけて、なんの罪のない人たちを攻撃するようなことだけは、絶対にしないで欲しい!」
ハッキリとそう言えば、教室内は、また静まり返った。
罪のない人たち──その言葉に生徒たちの空気が変わる。そして、そう訴える皇成の姿は、自分たちが知っている皇成とは、なんだか少し違う気がした。
「皇成くん……?」
みんなの気持ちが、新聞部からそれたのに気づいて、姫奈が、安堵と同時に皇成を見つめれば、皇成もまた姫奈を見つめた。
しっかり向きなおって、繋がった手を、また握りしめる。
「ごめん。ずっとフラフラしてて……俺、自信がなかったんだ。みんなからつりあわないって言われて、俺みたいなやつが、幸せに出来るはずないって決めつけてた」
矢印様は、いつも正しい。
だからこそ、こんな俺に、彼女を幸せにできるはずがないと、すでに見抜いていたのかもしれない。
フラれると決めつけて、変わる努力なんて、なにもしなかった。
矢印様の采配を素直に受け入れて、諦めることしか考えてなかった。
だけど、橘くんに言われて、よくわかった。
未来を変えたければ、まずは、自分が変わらなきゃいけない。
ダメだと言われて、素直に受け入れていたら、成長なんて一生出来やしない。
人生を切り開くのは
いつも、自分自身──
「俺は、もう逃げない。つり合わないなら、つり合う男になる。めいっぱい努力して、みんなに認めてもらえるようになる。だから、いつか君を守れるほどの男になれたら──」
矢印様、これから俺は、あなたを裏切ります。
これまで導いてくれたこと。
助けてくれたこと。
俺はこの先も、一生忘れない。
だけど、この選択だけは、絶対に譲れない。
例え、何度『選ぶな』と言われても、身を切るような茨の道を歩く事になったとしても
俺は、彼女を──毒リンゴにはしたくない。
矢印様、俺はいつか、あなたの采配を変えてみせるよ。
『選んではいけない』と言った碓氷 姫奈を『選んでいい』と言わせてみせる。
だから、これは、俺の決意表明──
「いつか、君を守れるほどの男になれたら、その時は──俺と結婚してください」
そう、ハッキリと口にすれば、教室内は再び静まり返った。
彼女は、もともと大きく目を、さらに大きく見開いて、目尻に溜まっていた涙を静かに流した。
もう、うだうだ悩むのは、やめる。
楽な方に逃げるのも、やめる。
優柔不断で、軟弱な自分とはサヨナラだ。
叶えたい未来は、例え神様に逆らってでも
──自分で叶える。
「返事、聞いてもいい?」
驚いて、声すら出せなくなった彼女に返事を催促すれば、彼女はその後、俺の手を握り返して
「はい……っ」
と、花のような笑顔をうかべた。
決意と同時に放たれプロポーズは、一瞬にしてクラスメイトを湧きあがらせた。
そして、その声を聞きながら、俺は自分自身に誓いを立てる。
俺は絶対に──不幸にはならない。
彼女も、家族も、必ず守り抜く。
例え、この先
どんな試練が、訪れたとしても──
◆◆◆
まだ昼間なのに、そこは夜のように暗かった。
部屋の中には、パソコンとスマホの明かりだけが、青白く辺りを照らしていて、真昼間からカーテンを閉め切った、その乱雑な部屋の中には、至る所に食べかけのお菓子や、クシャクシャになった紙切れ、配線や器具などが転がっていた。
「あー、またバズってる……」
ベッドに横たわり、スマホをひたすらスクロールしていた人物が、虚ろげに声を上げた。
スマホの中には、SNSの画面が映しだされていて、そして、目にしたその呟きには、高校生のカップルが映っていた。
「ふふ、はは……いいな~……初恋が実ったなんて……幸せそうだなー」
ぽつりぽつりと、抑揚のある声が室内に響く。
楽しそうに──
まるで、新しいおもちゃでも見つけたみたいに。
すると、その人物は、スマホを素早くタップすると、その呟きに、コメントを打ち込んだ。
「──リア充なんて、爆発しろ」
送信と同時に、酷く冷たい声が響けば、その言葉は、彼らを祝福するたくさんの言葉の中に、あっさり紛れていった。
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