第65話 待機命令

 姫奈が攫われた月見台つきみだいから、皇成はワゴン車を追いかけ、坂上さかがみという地域までやってきた。


 そこは、先日、強盗に出くわしたコンビニがある辺りで、息も切れ切れに、30分ほど走り続けてきた皇成は、流石に疲れたのか、側にあった電信柱に手をつき、立ち止まった。


 ゼーゼーと息をし、呼吸を整える。


 運動は苦手ではないが、さすがに体力がなさすぎた。こんなことなら、もっと鍛えておけばよかった!


(はぁ、情けない……っ)


 時は一刻を争う。

 早く、姫奈を見つけないと。


 そう思うのに、この桜川の町だけでも、かなりの広さがある。だが、それでも矢印様を使い、ある程度の的は絞った。


 ワゴン車の行き先を問いかける際、道を一本一本問いかけていたら、限界なんてすぐにくる。そこで皇成は、地域を2択になるよう絞って、矢印様に問いかけけた。


 この桜川を東と西に二分し、姫奈がいる方を問いかけた。すると、矢印さまは『東』を選択し、その東側の地域を、また更に二分し問いかければ、ある程度の的が絞れ、今、この"坂上"という地域までやってきたのだが、いくら的は絞れても、流石にこの範囲を一人で探すには限界がある。


 なにより、相手が車で移動中なら『東』にいると思っていた姫奈が『西』側に移動している場合もあるわけで


(くそ、なんでこんなことに……っ)


 姫奈を守れなかったことを深く後悔し、皇成は拳をきつく握りしめた。


 今頃、どんな怖い思いをしているだろう。


 電話は、何度かけても出ない。きっと、電源を落とされたか、壊されたか。

 もしかしたら、恐怖で怯えているかもしれないし、泣いているかもしれない。


 だが、どうしても分からないことがあった。

 女神は『映画館に行ったから姫奈が死ぬ』といっていた。なら、この誘拐事件も、映画館と何か関係があるのだろうか?


(どういうことだ? もしかして、元々誘拐目的で、映画館で目をつけられたのか? なら、あの後、家まで付けられて?)


 だが、もしそうだとするなら、観覧車に乗るなというあれは、なんだったのだろう?


 てっきり、観覧車に乗ることで、なにか良くないことが起こるのかと思っていた。


 命に関わるような、何かが──


「あ……」


 だが、そこでふと気づいた。もしも、観覧車で良くないことが起こるのだとしたら


も……危ないんじゃ……っ」


 じわりと汗が吹き出す。

 確証は、全くない。


 だけど、漠然とした不安が過って、皇成は、また矢印さまに問いかけた。


(矢印さま、矢印さま……ショッピングモールにある観覧車で、今日、事件は起きますか?)


 すると、呼吸が落ち着いてきた最中、また《矢印》が現れた。


 『事件が起きる』と『事件が起きない』と書かれた、二つのプレートと矢印。

 そして、その矢印は普段通りユラユラ揺れたあと、片方をさして止まる。


 矢印さまが選んだのは──『事件が起きる』と書かれた赤いプレート。


「な……!」


 その采配を見て、皇成は狼狽する。


 今日、観覧車で何か事件が起こる。それがどんな事件かは分からない。矢印さまは、未来を教えてくれるわけではないから。


 だが、矢印さまがいったなら、その采配に、きっと間違いない!


「っ……止めなきゃ、観覧車」


 じゃなきゃ、他の人たちも──


 トゥルルルルル!


「!?」


 だが、その瞬間、皇成のスマホが突如鳴り響いた。姫奈かと期待してみれば、それは見知らぬ番号で、だが、こんな事態なため迷わず出れば、それは警察からだった。


『警察です。先程、通報されたヤガミさんで間違いはないですか?』

「は、はい!」

『今、どこにいるの!? 君を保護しに警察官を向かわせています。後のことは我々警察に任せて、あなたは自宅に戻って』

「ちょ、ちょっと待ってください! 坂上の、坂上方面にいったと思うんです、あのワゴン車!」

『え? 坂上? なんでそんなことがわかるの? 君、今、坂上にいるの?』

「はい、坂上のコンビニ前で……あ、それと、観覧車を停めてください!!」

『え? 観覧車?』

「な、なにか良くないことが起きる気がして!」

『良くないことって……なにいってるの? とにかく落ち着いて! あなたの彼女は、必ず警察がみつけだします。危険だから、あなたは、大人しく家で待機していて』

「……っ」


 ダメだ、信じて貰えない。

 いや、どうやって信じろっていうんだ。


 矢印さまが、そう言ったからなんて、そんな非科学的な話、きっと誰も信じない。


『とにかく、今から警官が向かいます。あなたはそこから動かないでね』

「……っ」


 再び、警察の女性の声がし電話がきれると、皇成は立ちすくんだまま、きつくスマホを握りしめた。


 どうするべきか、迷う。

 警察の指示には、従った方がいい。


 だけど……


「おい、矢神!」

「!?」


 その瞬間、不意に声をかけらた。


 皇成がゆっくりと振り向くと、そこにいたのは……

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