第64話 不可解な通報者
『警視庁から各局。警視庁から各局。
警察無線から、突如女性の声が響いた。
パトカーの中で、その無線を聞いた橘は、ちょうど近くを巡回中だったため、すぐさま無線をとる。
「こちら、
『宇佐木3、了解。願います』
応答すれば、その後、無線機からは、詳しい情報が伝えられた。
現場は、月見台5丁目の一軒家。
行方不明になったのは、その家の娘である16歳の女性。そして通報者は、その女性の彼氏らしいのだが、不可解なのは、目撃はしてないのに、黒のワゴン車で連れ去られたと彼氏がハッキリ証言していること。
「了解。ただちに現場に向かいます」
「目撃はしてないのに、黒のワゴン車って、なんで分かるんすかね?」
無線での会話を終えたあと、橘の横で運転中だった金森が訝しげに眉をひそめた。
連れ去られた所を目撃していないなら、黒のワゴン車だという確証はないはず。それなのに、彼氏はそうだと言い張っているらしい。
「というかこれ、彼女が家にいなかっただけで通報してきたってことですよね……?」
「そう言うな。なにかの異変を感じとった場合もあるだろ。本当なら一刻を争う。急ぐぞ」
「はい」
橘の言葉に、金森はすぐさま反省すると、その後パトカーは、現場に向かった。
月見台5丁目は、比較的閑静な住宅地だ。ファミリー向けの家が多く、こんな所で失踪事件が起きれば、すぐさま噂になりそうなもの。だが、橘達が到着すると、そこは、あまりにも閑散としていて、軽く拍子抜けする。
「……ここですよね? 通報者が言っていた
「…………」
パトカーからおりて、橘は行方不明になった女性の家を見上げた。
表札には『碓氷』と名前があり、無線で告げられた住所にも間違いはない。だが、そこは何も起きていないかのように静かで、しかも、通報者の姿すらない。
「橘さん、きっと、これイタズラですよ。多分、彼女に振られて、嫌がらせでもしてるんです。今日、クリスマスだし! 全く、爆弾魔の捜査でてんやわんやだって時に!」
事件性がなさそうな雰囲気を感じとり、金森がキーキーと喚けば、橘は、さてどうするかと、頭を抱えた。
爆破事件の容疑者である
実際、津釣の件は無視出来ない。
とはいえ、目の前の事件も大事だ。
だが、実際、110番通報の中には、イタズラめいたものもあったりする。それでも、通報されたなら駆けつけなくてはならないのが警察官だ。
「とりあえず、家主に確認をとるぞ」
そう言うと、橘はまた無線をとり、現状を本部に報告する。
「宇佐木3より本部へ。月見台5丁目450番地、
『本部了解、10時18分』
その後、橘と金森は、碓氷家の家の前に立ち、インターフォンを鳴らした。だが、留守なのか、中からは誰も出てこず、これまた途方に暮れる。
「ど、どうしますか?」
「うーん。とりあえず、家主の職場を調べて、家族に確認を。それと通報者にも」
「そうですね、じゃぁ、今すぐ──あ、橘さん、このドア鍵がかかってませんよ」
だが、不意に金森が玄関に手をかけた瞬間、それはあっさり開いた。
家主は不在なのに、玄関は開いている。その不可解な状況に、二人はまた眉を顰める。
「鍵、かけ忘れたんでしょうか?」
「…………」
本部から聞いた通報者の話を整理すれば、家に行ったら彼女がいなくなっていて、黒のワゴン車に乗せられ、誘拐されたという話だった。
もし、それが本当なら、連れ去られた女性は、玄関を開けた瞬間、何者かと接触し、車に引きずり込まれたのかもしれない。
そして、その後、彼氏が来たのか?
もしくは、直接乗せられるところは見ていなくても、この家の前から黒のワゴン車が去っていくのを見て、彼女がそれに乗っていると思い込んだのか?
どちらにせよ、情報が曖昧で判断がつかない。
「橘さん、とりあえず俺、無線で状況を報告します」
「あぁ、
「ひぇ!?」
だが、その瞬間、パトカーに戻ろうとした金森を、橘が慌てて静止した。足を上げたまま、まるでヤジロベーのようにバランスを取る金森は、なにごとかと、橘を見つめる。
「な、なんすか、橘さん!」
「それ、絶対に踏むなよ!」
そう言って金森の側に駆け寄った橘は、しゃがみ込み、地面を食い入るように見つめた。
昨夜、雨がふったからか、湿った地面には、いくつか足跡が残っていた。
そして、その中の一つに、やたらと特徴的な足跡があった。そしてそれは、今、追っている容疑者のスニーカーと、とてもよく
「……っ」
瞬間、橘はパトカーに戻ると、すぐさま無線を手に取り、本部に呼びかけた。
「宇佐木3より本部へ! 別件にて捜索中の容疑者のものと思われる靴跡を発見。
『本部です。別件って、爆破事件の津釣ですか?』
「そうだ。3日前から行方をくらましてる。また同日、近隣の住宅から盗難の被害もでていた。盗まれたのは──黒のワゴン車」
橘の話に、金森は片足を上げたまま、肝を冷やした。爆破事件の容疑者が、女性を人質に逃走。もし、それが本当なら──
『本部了解──至急、至急。警視庁から各局、警視庁から各局。只今の無線傍受の通り、爆破事件の容疑者である
パトカーの中には、緊迫したコールがひたすら鳴り響いた。そして、その後の対処を後からやってきた警察官に任せると、橘は、またパトカーに乗り込んだ。
「金森、行くぞ!」
「行くって、どこにですか!?」
「通報してきた男の子を保護する。もしかしたら、ワゴン車を追って行ったのかもしれない」
「はぁ!? 爆弾魔が乗った車をですか!?」
「その子は、爆弾魔が乗ってるなんて思ってない。だが、どの道、誘拐犯だろうが、爆弾魔だろうが、子供が首を突っ込んでいい事件じゃない!──宇佐木3より本部へ。通報者に連絡を。あと名前と年齢も」
『本部より宇佐木3へ。通報者連絡、了解しました。また、名前はヤガミ コウセイさん。年齢は17歳。桜川中央高校に在学中の学生です』
「……え、矢神?」
「どうしたんですか、橘さん?」
「ぁ、いや……宇佐木3、了解。これより、通報者の保護に向かいます」
無線を切ると、橘はすぐにパトカーを走らせた。だが、それと同時にあることを思い出す。
(矢神って、確か……)
息子の
転校する前の話だが、隆臣とも、仲が良かった男の子。
(それに、碓氷って名前も、確か隆臣のクラスにいたような……?)
息子の幼いころの記憶は、酷く朧気だった。だか、その名前には、妙に覚えがあった。
──もしかしたら、その二人は、息子の知り合いかもしれない。
そんなことを思いつつ、橘は二人の無事を願い、ひたすら車を走らせた。
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