番外編

結婚後のドタバタな学校生活

ウワサ話に御用心!①


 人生は、選択の連続だ。


 そして、その選択の結果、高校生にして『結婚』という人生最大級の選択をした俺は、今まさに、最大のピンチを迎えていた。


「矢神! 俺は、お前を許さねぇ!!」


 拳を構え、鬼の形相で睨みつけてくるのは、この学園の番長であり、不良の頂点ともいえる鮫島さめじまくん。


 今日の休み時間、いきなりLIMEで『放課後、裏庭に来い』と呼び出されたかと思えば、そこには、鮫島くんと、その他大勢のが俺を待ち構えていた。


 あれ? なに、この状況?

 なんか、サンドバッグになる未来しか見えないんだけど!?


 ていうか、鮫島くん! 俺、君とは、それなりに仲良くなれたと思ってたんだ! この半年間、一対一で勝負したりして、男の友情を育んできたとおもってたんだ!?


 それが、どうして、こんなことに!?

 

「さ、鮫島君、どうしたの? 俺、何かした!?」

「何かじゃねーだろ! 自分の胸に手を当てて聞いてみろォ!」


 自分の胸に――そういわれ、素直に手を当ててみる。だけど……


 (ど、どうしよう。心当たりが、一切見つからない……!)


 それは、俺と姫奈が結婚して一週間がたった頃、とあるウワサがきっかけで巻き起こった、学校での出来事だった。










    番外編 『ウワサ話に御用心!』











 ◇◇◇


 その日の朝も、俺は普段どおり目を覚ました。


 エアコンの効いたひんやりとした部屋の中で、肌触りの良い薄手の毛布にくるまる。


 7月中旬の蒸し暑い夏も、文明の利器のおかげで、今日も快適な目覚めだ。


 うん。快適である……が、実は少し嘘をつきました。俺、全く目覚めていません。


 はっきり言えば、全く眠れなかった。


 なぜなら、今、俺のベッドの中には、可愛いが、すやすやと眠っているから!


(っ……結局、一睡も出来なかった)


 俺の隣で眠る無防備すぎる姫奈を見つめながら、俺は昨夜のことを思い出した。


 俺は昨夜、姫奈と一緒に寝た。


 いや、寝たといっても、性的な意味ではなく、ただ普通に同じベットで眠っただけ。


 結婚後、俺たちは、同じ家で暮らし始めた。

 2LDKのこじんまりとしたアパートだ。


 橘君の祖父母が管理しているアパートで、その祖父母と仲がいい姫奈が『新居を探している』と話したところ、なんと格安で貸してくれることになった新築のアパート。


 ついでに、家賃や光熱費・食費といった学校関係以外の生活費は、親が出し合って、月初めに渡してくれることになっていて、俺たちは、その中で、やりくりながら生活をすることになった。


 だが、これまで実家にいて、光熱費や食費にどれだけかかっていたかわからない俺には、さっぱりな世界だった。

 それでも、いい社会勉強だと、親たちは思ったより前向きで、姫奈に至っては、料理や家事だけじゃなく、家計の管理も実家でしていたらしく『家のことは私に任せて!』なんて可愛らしく言われた。


 なにより、父子家庭で育ったからか、姫奈は、何もかもが完璧だった。さすが、高嶺の花!まさに、非の打ち所のない最高の妻!


 だが、そんな最高の妻に、昨夜、言われたのだ。


「光熱費を押さえるためにも、同じ部屋で寝よう」と――


(光熱費って……なんて色気のない理由なんだ。でも、家計のことを言われたら、ダメとはいけないし)


 ちなみに結婚後、俺たちは、別々の部屋で寝ていた。

 元から自分たちが使っていたベットや家具を、そのまま新居に持ち込んで、一人ずつ自分の部屋を持つ感じ。


 それは、さながら新婚夫婦というよりは、男女でルームシェアでもしているような感じだったけど、これには、しっかりとした理由があった。


 なぜなら、親たちが出した結婚の条件に、一つ厄介なものがあった。それは『子供をのは、してから』というもの。


 いや、別に子供をだけで、わけではない。


 だから、しっかりと、こう……避妊すれば、問題はないのだが、まぁ、なんといいますか……ほら、俺、まだ経験がないし……万が一失敗したら?なんて思ったら、迂闊に手が出せないというか、出し方が分からないというか。


 そんなわけで、とりあえず高校を卒業するまでは、手は出さないと心に決めた。夫婦とはいえ、まだ学生だし、なにより受験生だし。


 だけど、この状況は、もはや生殺しに近かった。


 俺の横で眠る姫奈は、Tシャツにショートパンツといった普段よりと露出した姿をしていて、しかも、時折可愛い寝息が、耳元に響いてくる。


 こんなん、眠れなるわけないじゃん!!

 だって、姫奈が見動く度に、ドキドキするんだもん!!


 できるなら、心と性欲の平穏のためにも、別々に寝ることをお勧めしたかった。


 だけど、7月のこのクソ熱い季節に、エアコンなしで寝たら、確実に熱中症で死ぬ!


 だが、それぞれの部屋でエアコンなんてつければ、深夜の電気代が二倍!限られた生活費の中で生活しないといけない俺たちにとって、その出費はかなり痛かった。


 そんなわけで、光熱費削減という理由で『一緒に寝たい』と言ってきた姫奈の言葉を、俺は素直に聞き入れたのだが……


(こ、高校卒業するまで、これが、毎晩つづくのか?)


 ──無理じゃね?


 こんな可愛い新妻と、ひとつ屋根の下、ベッドの中にいたら、健全な男子高校生なら、まず我慢出来ない。


 いや、でも、親との約束もあるし!万が一のことがあれば、姫奈の親と、あの怖いお兄様に合わす顔がないし!


(耐えろ……無心になれ。悟りを開け。そうすれば、いつかきっとこの状況にも慣れて……)


「ーん……皇成くん? もう、起きたの?」


 瞬間、姫奈が目を覚ました。重い瞼がゆっくりと開き、小さく欠伸をする姿が可愛らしい。


「あ、ごめん……起こしちゃったな」

「うんん、大丈夫」


 すると、姫奈はにっこり笑って、俺の体に擦り寄ってきた。


「早く目が覚めたから、ちょっとイチャイチャしよ?」

「い、イチャイチャ……!?」


 いやいや、姫奈ちゃん、なにいってんの?


 朝からイチャイチャなんてしたら、俺の心臓──というか下半身が持たないから!アイツ、理性の鎖なんて簡単に引きちぎるから!


「あ……いや、それは」

「だめ?」

「ダメ……ではないけど……ちょっと、くっつきすぎ……かも?」

「え、そう? 暑い?」


 いや、暑いからじゃない。あたってるんだ、アレが。柔らかくて、ふっくらしたアレが!ていうか、もしかして、当ててる?


「ねぇ、皇成くん……私は、いつでもいいからね?」

「え?」

「その……夕べ、ちょっとは覚悟してたんだよ。でも、なにもしてくれないから」

「!!?」


 その瞬間、軽くパニックになった。

 心臓がドクドクと波打つと、身体が、これでもかと熱くなる。


 な、何もしてくれないって、どゆこと!?

 もしかして、何かして欲しかったってこと!?


(こ、こ、これは……っ)


 これは、今夜にでも抱いた方がいいのか?

 あっちがしてくれって言ってて、何もしないなんて、男としてどうなんだ!?


(っ……ど、どうしよう)


 頭の中に浮かぶ、ふたつの選択肢で迷う。親との約束もある。だけど、姫奈にこんなふうに言われると……


 ど、どうしよう!どうする!?

 そうだ、こんな時は──


(よし! 矢印様に聞こう!!)


 そう、困った時の矢印さまだ!

 矢印さまに聞けば、間違いはない!!


 そう思うと、俺は気持ちを落ち着かせつつ、矢印さまに問いかけた。


(矢印さま、矢印さま。俺は今夜……あの、その、姫奈を……だ、抱いてもいいですか?)


 いや、なにこれ。

 この質問恥ずかしくない?


 こんな質問を矢印さまにする日が来るなんて、思ってもみなかったよ!?


 だが、その後、ピコン!と二枚のプレートがあらわれた。


 そして、そのプレートには『抱け』と『ダメ』と書かれていて、矢印さまは二つの選択肢の間でユラユラとゆれ、いつも通り片方をさした。


 矢印さまがさしたのは




 ────『ダメ』の方。





「…………」


 そして、その采配を確認した俺は


(あぁ、今夜も眠れない……!!)


 そう確信したのだった。

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