ウワサ話に御用心!②


 朝、起きると、二人で朝食をとった。


 ダイニングテーブルの上には、二人分の温かい食事。しかも、姫奈が作ってくれるご飯は、どれも最高に美味かった。


 父子家庭で育ったからか、姫奈は父兄の代わりに、よく料理をしていたらしく、ありあわせのモノで手際よく調理するさまは、まさにベテランの主婦!


 とはいえ、なんでも姫奈に任せっきりってわけにはいかないし、食べ終わったの食器を洗うのは、俺がやってる。


 ちなみに、結婚する時に、家事は分担しようと二人で決めた。お互いに学生で受験生なのは同じだし。


 ただ、洗濯ならできるかと申し出たが、これは下着を見られるのが恥ずかしいからと、姫奈に却下された。


 確かに、洗濯物を干すとなると、お互いの下着を見たり見られたりするわけで、色々考えたら、俺たちの関係は夫婦というよりは、まだ幼馴染のような、恋人同士のような関係で、まだ、ちょっとぎこちなくもあるけど、それでも、二人の生活は思っていたより穏やかで、とても幸せだった。



 ***



「おはようございます、矢神先輩」


 姫奈と一緒に学校に行けば、生徒玄関で、四月一日わたぬきくんと出くわした。


 四月一日くんは相変わらず文字ばかり読んでいて、二年生になっても、クラスではボッチらしい。案外、話してみると面白い子なんだけどな。


「おはよう、四月一日くん!」

「先輩たち、先週末、二人で買い物に行きましたか?」

「え、買い物? あー行ったけど……それが?」

「今、すごいウワサになってますよ。二人で買い物してたって」

「いやいや、買い物してたって!それだけで!?」

「まぁ、今や二人は時の人ですからね」


 だからって、二人で買い物しただけでウワサになるの!?

 一体、どこの芸能人だ!──って一瞬思ったけど、考えても見れば、その芸能人並みに人気だった高嶺の花が、俺の妻なんだった。そりゃ、ちょっとしたことでもウワサになるか。


「先輩たち、まだ結婚して一週間ですし、暫くは続くかもしれませんね」

「マジかよ。もしかして、二人で買い物するの控えた方がいいのか?」

「そこまで、する必要はないと思いますが……なにより、一度きりの新婚期間ですし、楽しんでください」

「し、新婚……っ」


 なんか、四月一日くんに、真面目な顔で言われると恥ずかしいな。

 だけど、確かに、俺たちはもう夫婦なんだし、買い物に行くくらい、堂々としててもいいよな?


 そんなこんなで、四月一日君と話したあと、俺と姫奈は三年の教室に向かった。三年にあがって、少し残念だったのは、姫奈とクラスが別れたこと。


 だが、これに関しては仕方ない。


 姫奈と付き合った時も、大炎上したり、生徒と揉め事おこしたりして、先生たちには迷惑をかけたし、その中心人物である俺と姫奈のクラスを分けるのは当然だろう。今となっては、結婚までしたわけだし。


「ねぇ、今夜は何を食べたい?」


 すると、教室に向かいながら姫奈が声をかけてきた。相変わらず女神のような、まぶしい笑顔だ。


「何って、なんでも」

「なんでもって……それが一番、困るのよ」

「そんなこと言われても」


 だって、何を食べても美味いんだよ。

 あー、幸せ太りってこういう感じでなるのかな?

 これは、筋トレを頑張らないと、すぐにでも腹がプヨプヨになりそうだ。


「姫奈ー、おはよう〜」

「おはよー。じゃぁ、皇成くん。放課後までに考えといてね!」

「え!?」


 すると、姫奈はヒラヒラと手を振りながら、教室に入っていって、俺も、渋々自分の教室に入った。


「皇成、おはよー!」


 すると、姫奈と入れ替わりに、今度は、友人の大河たいがが、声をかけてきた。大河とは、三年でも同じクラスになって、この感じは、姫奈と付き合う前から、なにも変わらない。


「おはよー、大河。今日も早いなー」

「早いなーじゃないよ! 皇成、あのウワサって本当なの!?」

「ウワサ?」


 だが、席に着くなり、大河がものすごい勢いで詰め寄ってきた。

 ちょっと、驚いた。ウワサって、あれだよな。

 さっき、四月一日君がいっていた


「あー、ホント、ホント」

「ホントって、本当に行ったの!?」

「行ったのって、そりゃ、俺たち夫婦なんだから二人で行くだろ」

「そ、そうだけど……」


 あまりにも面食らった顔してる大河。それを見て、俺は首を傾げる。しかも、俺がホントと言った瞬間、クラス中の生徒が、一斉に俺を見た。


 な、なんだよ?

 夫婦で買い物に行くって、そんなに悪いことか?


「そっか……そうなんだね」

 

 すると、大河はぶつくさと、呟くと


「わかった! 皇成、俺んち、皇成の新居と近いし、親に言えば車も出せるから、困ったことがあったら遠慮なくいってね! いつでも協力するから!」

「え……あ、うん。ありがとう」


 協力? 買い物にいくのに、車出してくれるってことか? 確かに、大荷物になると、車があるのはありがたいけど、さすがに、大河の母ちゃんに頼むのは……


(あ、もしかして俺、車の免許もとった方がいいのか?)


 大河と話をしながら、そんなことを思う。


 これから先のことを考えたら、車はあった方がいいのかもしれない。だが、就職試験に大学入試。やることがいっぱいあるのに、更に免許まで?


(うーん、さすがにキャパオーバーな気がする。だいたい、自動車学校に通うお金はどうすんだよ)


 そんなことを考えていたら、丁度先生が来て、ホームルームが始まった。そして、俺は、その後も普段通り過ごしていたんだけど


 ***


「ねぇ、聞いた? 碓氷さんと矢神君の話」


 昼休みを迎えたあとから、なにやら、異変を感じ始めた。何故か、みんなが俺を見ながら、ヒソヒソと話をしている。


 いや、ヒソヒソ話は、結婚した時から、毎日のようにされていから、特に珍しくはないのだが、今回は明らかに空気が違う。


 この空気は、あれだ!

 姫奈と付き合った時以来の、雑罰とした空気!


(なんか、視線が痛てぇ)


 別に、夫婦で買い物に行ってもいいよな?

 だって、恋人同士でも一緒に買い物するんだし。


 それとも、外でもイチャつくなってことか?

 もしくは、あれか?

 俺がだからダメなのか?


(く……っ、なんて厳しい世界なんだ。橘くんに鍛えてもらって、大分男らしくなってきたはずなのに、もはや、一度底辺のレッテルを貼られた俺は、ずっと底辺のままなのか?)


 ちょっと、悔しい。頑張ってきたからこそ、悔しい。もしかしたら、裏では『格差婚』とか言われるかもしれない!!


「皇成くん、お待たせー」


 それから、放課後になれば、俺は姫奈と合流して、いつも通り、生徒玄関に向かった。


 今日は、変な一日だった。


 そう言えば、姫奈の方は、大丈夫だっただろうか?俺と同じように、好奇の目に晒されたりしてないよな?


「ねぇ、夕飯なにがいいか考えてくれた?」

「あ、そうだった!」

「もう、決めといてっていったのに」


 だが、少し呆れたように笑う姫奈は、朝と変わらず幸せそうな顔をしていて、俺はほっとする。


(……大丈夫みたいだな)


 姫奈が大丈夫なら、しばらく俺が我慢すれば済む話かもしれない。人の噂なんて、いつの間に消えていくものだしな!


 そう思いつつ、俺は靴箱に目を向けた。


 すると靴箱の中に、ノートの切れ端のようなものが入っているのが見えた。四つ折りにされた、それには、うっすら文字が透けていて、なにか書かれているのが分かる。


(なんだ? 手紙か?)


 今、姫奈は、後ろで靴を履きかえていた。ならば、姫奈が見てないうちにと、俺は、その紙をこっそり広げてみる。


 すると、そこには


【最低野郎、今すぐ離婚しろ】


 と、あまりにもわかりやすい誹謗中傷の言葉が、デカデカと書かれていた。

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