第44話 好きだからこそ
「今ここで、殴られたくなかったら、18になったら、姫奈さんと結婚するって、今すぐ誓えェェ!!!」
鬼の形相で、とんでもない脅迫をしてきた鮫島に、皇成はこれまでにないくらい汗をかいた。
流石に18歳での結婚は、気が早すぎる!
だが『しない』といえば──殴られる!!
(や、矢印さま、俺は一体、どうすれば……っ)
長年一緒にいるせいか、皇成は、無意識に、矢印様に助けを求めた。
だが、先程のコンビニ強盗の件で、かなりの采配を受けたし、これ以上、矢印さまに頼れば、下手をすれば、ぶったおれる可能性もあった。
なぜなら、矢印さまの采配は、その選択の重要性が高ければ高いほど、かなりの精神力を使うから!
(どうしよう……っ)
聞くか、聞かぬかで迷う。
結婚をするかどうか、この返答次第で、鮫島に殴られるかどうかが決まる。
いや、もはやこれは、そんな単純な話ではなく──
「矢神、どうなんだ! するのか、しないのか?」
「ッ……!?」
すると、胸ぐらを掴む、鮫島の手に更に力が籠った。今にも殴られそうな雰囲気。
だが、皇成は、その後、矢印様に聞くことなく、はっきりと答えた。
「──しない!!」
そう、拒否の意思を示せば、その瞬間、姫奈が、一段と傷ついたような顔をした。
目に涙をうかべ、まるで絶望の縁をさまようような、そんな表情。
すると、そんな姫奈を見て、鮫島が、容赦なく拳を構えた。
シュッと空気を切る音が、姫奈を泣かすやつは許さないと言っていた鮫島の意思を、垣間見せた気がした。
だけど──
「俺は、いい加減な気持ちで、結婚なんてしたくない!!」
だが、そう皇成が叫んだ瞬間、鮫島の拳がピタリと止まった。
鮫島の目を見て、皇成が、真剣な表情で答えれば、それをみて、姫奈もまた息を詰めた。そして、その瞬間、また皇成が言葉を紡ぐ。
「俺は、好きからこそ、ちゃんと将来を考えたいッ……学校で学んで、いつか社会にでて働いて、しっかり家族を守れるようになってから、姫奈ちゃんと結婚したい!」
それは、矢印様に聞くことなく決めた、皇成の『本心』だった。
自分の好きな女の子が、すぐにでも結婚したいと言ってくれる。それは、凄く嬉しかった。
だけど、だからこそ、いい加減な気持ちのまま、結婚なんてしたくないと思った。
来年で18歳。
確かに、法律的には結婚できる。
だけど、自分はまだ高校生で、生き抜く知恵も、養える保証も、何もかもが頼りない。
だからこそ……
「だから……俺は……結婚しない」
改めて告げれば、その瞬間、辺りはシンと静まり返った。
コンビニの前は、強盗事件のせいか、人はほとんどおらず、すると、その瞬間、皇成の胸ぐらを掴んでいた鮫島が手が、ゆっくりと離れた。だが、驚いたのは
「っ……ぅう」
その後、姫奈が、涙を流しはじめたこと。
まるで、限界とばかりに、大粒の涙を流す姫奈に、皇成は罪悪感でいっぱいになった。
泣かせた。
完全に傷つけた。
だけど──
「ごめん……なさい……っ」
「え?」
瞬間、姫奈が、なぜか謝り始めて
「ごめん……ごめん…なさい…皇成くん…っ」
そう言って、ひたすら謝り続ける姫奈をみて、皇成は困惑する。
なぜ姫奈が謝るのか、皇成には全く分からなかった。いや、この場にいた全員が分からなかったかもしれない。
始めは、結婚出来ないと言われて、泣いたのかと思った。
だけど、泣いている理由は──謝っている理由は、それとはまた、違うもののような気がした。
「……おぃ、矢神」
すると、不意に鮫島が話しかけつきた。さっきとは、打って変わって穏やかになった鮫島は
「ちゃんと、姫奈さん、慰めてやれよ」
「え?」
「俺は、もう帰る」
「ぁ、でも……殴らなくていいのか?」
「いい。あれは、お前の言うとおりだ。悪かったな」
すると、鮫島は、コンビニの前から立ち去り、その後、ずっと様子を見ていた
「矢神先輩、僕も帰ります」
「あ、ごめんな、色々」
「いいえ。それより、
どうやら、気を利かせたのか、鮫島と四月一日は、その後、すぐに立ち去ってくれて、姫奈と二人だけになったその場所で、皇成は、改めて考えた。
ひくひくと、静かに肩を震わす姿に、幼い頃の姫奈が重なった。
だけど、なぜ、泣いているのか?
なぜ、そんなに謝るのか?
皇成には、まったく分からない。
「うぅ……ぅ…っ」
だが、流れる涙は、その後も静かに頬を伝い、アスファルトの上に流れ落ちた。
皇成は、そんな姫奈の傍に歩み寄よると、静かに姫奈に手を伸ばし、そのまま自分の方へと引き寄せた。
「……っ」
ふわりと華奢な体が、皇成の腕の中へと収まる。
姫奈は、酷く驚いたかもしれない。
だけど、そんな姫奈の体を、皇成は、まるで壊れ物を扱うように、優しく、そっと抱きしめる。
自分から傷つけておいて、こんなことをしていいのか、よく分からなかった。
だけど……
泣いている姫奈を見ていると
不思議と、今は
抱きしめてあげなきゃいけないと思った。
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