第34話 終わりの始まり


 皇成が玄関を開けた瞬間、パーン!!──と、けたたましく何かが鳴り響いた。


 耳をつく破裂音。それに、皇成が目をみはると――


「「おめでとう~♡」」


 と、クラッカーやらクス玉やらが開くと同時に、祝いの言葉を投げかけられた。


 家の中の陽気な空気。玄関先で何ごとかと、目を見開けば、先に帰宅していた父も一緒になり、母と弟を含む三人が、盛大に皇成を祝福していた。


 そして、何を祝福しているかと言えば


「皇成~、初恋が実って良かったねー! お母さん、もう泣きそう~」

「兄ちゃん、スゲーじゃん! 俺、絶対無理だって思ってたのに!」

「俺も驚いたよ。仕事から帰ってきたら、皇成に彼女が出来たって言うんだから」


 なんだ、この恥ずかしい感じは!?


 家族が、息子に恋人が出来たことを、クラッカー片手に大喜びしている!?


「だああああァァァ、恥ずかしい!! みんなして、何やってんだよ!?」


「だって、初恋拗らせた皇成に、ついに彼女が出来たのよ! それも相手は、幼稚園の頃から好きだった姫奈ちゃんで! 私、皇成は、このまま一生彼女が出来なくて、30歳過ぎたら、魔法使いになるんだとおもってたのに!!」


「魔法使い!? なんの心配してんだ!?」


「あはは。仕方ないだろ皇成、母さんずっと心配してたんだから。それに、一途な息子の初恋が実って、今日は赤飯に炊こうって、母さん言ってたんだけど、赤飯より肉だろ!ってことて、焼肉にしといてやったからな!」


「何の報告!? 誰も聞いてないけど!!?」


 相変わらず、マイペースな家族に、呆れかえる。


 皇成の家族は、まさに絵にかいたような、陽気な家族だった。息子に恋人が出来たことを、こんなにも喜んでくれる、恥ずかしいくらい温かい家族。


 だが、なんだかんだ悪い気がしないのは、それだけ、愛されてると実感できるからかもしれない。


「っ……全く。喜んでくれるのはありがたいけど、あんまり外ではやるなよ。恥ずかしいから」


「わかってるわよー……あ!」


 だが、その瞬間、母親の麻希まきが、少し申し訳なさそうな顔をした。その顔は、明らかに、何かやらかした顔だ。


「え? なに、なんかやったの?」


「あ、あのね、実は……


「は?」


 ──バズった???


 一瞬硬直する。すると、麻希は、ポケットからスマホを取り出し、皇成に差し出してきた。


 ちなみに「バズる」とは「バズマーケティング」の一種で、SNS上などで投稿が話題となり、多くの人々の注目を集めることを言うのだが……


「実はね。皇成と姫奈ちゃんが学校に行ったあと『幼稚園の頃からの息子の初恋が、やっと実りました~』って写真付きで投稿したら、たまたま有名なVチューバーの目にとまったみたいで、それから瞬く間に広がっちゃって」


「!!?」


 差し出されたスマホを凝視すれば、確かにその画面には、朝撮った二人の写真がSNSに公開されていた。


 そして、そのツイートには『いいね』が1万、『RTリツイート』が600、そしてコメントが80も付いていて、まさにバズっていた。


「な、何やってんだよ、勝手に!?」


「ごめーん! だって、私のフォロワー100人くらいのものだから、こんなことになるなんて思わなかったんだもの! でも、顔はスタンプで隠してるし、制服もモザイクかけたから誰だか分からないし、ちゃんと姫奈ちゃんの許可もとってるわ!」


「とってるわじゃねーよ!?」


 ていうか、あっちはあっちで、なに許可だしてんだ!?


 いや、きっとあの姫奈のことだから、別れさせない為の手段の一つだったのかもしれない。


 だが、昼間の新聞の件といい、とんだトラブルメーカーだ! 明日あったら、いくら彼氏の母親だからって、なんでも言うこと聞くなと忠告しとこう!!


(しかし、まさかバズるとは……)


 再び、スマホを見つめれば、その♡やRTは今も増え続けていた。どうやら、通知は切っているらしいが、ここまでくれば、ある種の有名人だ。


「でも、幸せなことよね」

「はぁ?」


 だが、再び、麻希が朗らかにそう言って、皇成は眉をひそめた。


「だって、こんなにたくさんの人たちが、祝福してくれてるのよ。見ず知らずの名前もしらない人たちが、みんなして皇成と姫奈ちゃんを祝ってくれて」


「……」


 麻希の言う通り、そのコメント欄には、80件ものメッセージが寄せられていた。


『おめでとうございます!』のほかにも『幼稚園からの恋が実るなんて奇跡だ!』とか『お幸せに~♡』とか、そんな温かい言葉が満ちていた。


「まぁ、中には『リア充なんて爆発しろ』って書いてる人もいたけどね」


「でも、嬉しいよな。皇成が、リア充と言われるようになるなんて」


(めちゃくちゃ、喜んでる……!)


 地味な底辺だったからか、息子が『リア充』と言われたのが、余程嬉しいらしい。


 たしかに、その言葉は、物騒な割に親しみを込めて言われるものでもあった。実際に、爆発しろなんて思ってる人はいないだろうし。


「あーもう、悪かったな、今まで心配かけて! でも、これは、今すぐ消してくれ!」


「えー、消しちゃうの!?」


「当たり前だろ! いくらモザイクかかってても写真つきとか、恥ずかしすぎるわ!」


 というか、こんなツイートを、学校の奴らに見られたら、また火に油を注ぎかねない!(もう、遅いかもしれないけど)


「それより、お腹すいた~、早く焼肉ヤローよ!」


 すると、痺れを切らしたのか、弟の優成ゆうせいが声を上げて、一同は焼肉をすることを思い出した。


「あぁ、そうね。皇成も着替えてきなさい」


「……わかった。母さんは、ちゃんと消しとけよ」


「わかったわよ。お礼とお詫び付きで、消しとくわ」


 その後は、皇成は一人部屋に向かい、ほかの三人もリビングで夕食の準備を始めた。


 いつもより幸せムードな矢神家。


 だが、そのリビングには、密かに、テレビがついていた。


 画面には、昼間、四月一日わたぬきが話していた、あの『連続爆破事件』の話が、ひっそりと語られていたのだが、誰一人として、それを目にすることはなかった。

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