第76話 悲劇

 ※注意※


 一部、ショッキングな話題があります。

 姫奈は生きてるけど、念の為、ご注意ください。




 ******



 津釣つづり かなめが警察に出頭したのは、姫奈と別れて、一時間後のことだった。


 皇成が観覧車を止め、姫奈が6本のコードの準列を考え始めたその頃、警察署の中は、突然現れた津釣に騒然としていた。


 ずっと探していた爆弾事件の犯人が、自らやってきたのだ。それも、何食わぬ顔で、平然と──




「橘さん!」


 警察無線からの一報を聞きつけ、橘は部下の金森と共に桜川警察署までやってきた。


 この街にある、こじんまりとした桜川警察署は、橘が配属されている警視庁とは違い、少し年季の入った建物だった。


 そして、中に入れば、すぐさま顔見知りの私服警官が、橘に声をかける。


 一ヶ月前から始まった連続爆破事件。


 警察もかなり手を焼いた事件だが、まさかその事件が、犯人の出頭により幕を下ろすとは、誰も想像していなかった。


「ご苦労様です。津釣は今、朝倉警部による事情聴取を受けています。橘さんも」

「そんなことより、連れ去られた女の子は」

「そ、それは……っ」


 橘が矢継ぎ早に問いかければ、現状を把握している私服警官は、バツが悪そうに目を背けた。


 そして、その表情に、橘はある程度、事態を察する。なんだか嫌な予感がした。


 すると案の定、私服警官は、橘が一番聞きたくなかった言葉を、重く告げる。


「連れ去られた女の子は、されました。津釣の話では、女性を人質を取り、無理やり検問を突破しようとしたそうです。でも、女性に抵抗され、誤って殺してしまったらしく……それで、怖くなって出頭してきたそうで」


 現在、事情聴取を受けている津釣の話によると、初めは、ほんの出来心だったらしい。


 ネットの闇サイトで爆弾の作り方を知り、隣町の薬品会社に忍び込み、火薬を盗んだ。


 ただ爆弾を作るだけで満足すればよかったが、作ると使ってみたくなり、爆弾の出来を確かめるために、何回か放火を繰り返した。


 しかし、時限式の爆弾にしたため、見つからないだろうと高を括っていたが、警察は、津釣を犯人として特定。


 その後は、桜川から逃げようと車を盗み、逃走をはかるが、既に検問がはられ、逃げるに逃げられず、女性を拉致して、無理やり検問を突破しようと考えたが、抵抗され殺害。


 人を殺してしまったことと、もう逃げ切れないことを理解した津釣は、自ら出頭することを選んだという。


 確かに話の筋は通っていた。


 爆破事件では、負傷者が一人もでていなかっただけに、ついに人を殺めたとなれば「怖くなった」という津釣の気持ちも、分からなくはない。


 だが、その結果を聞いて、橘は苦渋の表情をうかべた。


 なんとしても、救い出したかった。

 だが、助けられたなかった。


 その女の子──碓氷 姫奈さんを。


「橘さん……」


 すると、隣にいた金森もまた、悲しげに橘を見つめた。こんな悲劇、絶対に起こさせたくはなかった。だが、まだ全てが解決したわけではない。


「あぁ、分かってる……残りの火薬と、その子の遺体は?」

「火薬も遺体も、海に捨てたと供述しています。盗んだ車は、近くのコンビニに放置ししたそうなので、今、回収に向かっています」

「そうか……もうすぐ夕方だし、暗くなってくると、海の中の捜索は困難になる。急がないと」

「そうですね」

「被害者のご家族には、もう話したのか?」

「いぇ、これからです」

「…………そうか」


 ご家族のことを思えば、ひどく胸が傷んだ。


 娘が攫われ、殺害されたのだ。

 しかも、その遺体は、海の中。


 それに、碓氷という苗字には、橘も覚えがあった。

 数年前、まだ妻と息子の隆臣たかおみが、この桜川に住んでいた頃、何度か同じクラスになった女の子──やはり、あの子だったかと、碓氷 姫奈という名前と、特徴的な髪の色で確信した橘は、なんともやりきれない気持ちになった。


 どうやら、今回の被害者は、息子の同級生で顔見知りらしい。この話を隆臣が聞けば、どれほど悲しむことか……


「津釣の事情聴取は、夜まで続きます。橘さんは、どうしますか?」

「あぁ……俺も、後で聴取に加わるよ」


 私服警官の話に言葉を返せば、警官は「わかりました」と言って、その場を後にした。


 街の人々に恐怖を与え、息子の同級生を殺害した──爆弾魔。

 その犯人とは、一度しっかり話をしておきたいとおもった。



 かくして、世間を騒がせた、連続爆破事件は、犯人出頭により幕を閉じた。

 

 だが、慌ただしい警察署の中は、ひたすら殺伐とした空気に満ちていた。それは、聖なる夜に相応しくない、重く悲しい空気だった。

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