第19話 橘くんと神木くん

 

「皇成、おはよー」


 登校後、2年B組の教室にはいると、友人の武市たけち 大河たいがが声をかけてきた。


 姫奈と登校し、そのまま一緒に教室まで来た皇成だが、その後はすんなり分かれ、姫奈は姫奈で、友人達と自分の席で話し始めた。


 会話の内容は、皇成のことだったり、色々と聞こえてきたが、この噂話をいちいち気にいしていたらキリがないと、皇成も窓際の自分の席に向かった。


「今日は碓氷さんと一緒に登校してきたんだね。どうだった、彼女との初登校は!」


 席につくと、その後、大河が明るく話しかけてきたが、そんな大河に皇成は


「どうもこうも、自分で言った言葉が、今になって、ブーメランのごとく跳ね返ってきて、心がズタズタになってる」

「ん? どゆこと?」


 ズーンと沈んだ空気を見せる皇成に、大河が首を傾げる。


 先程「自分の人生を、矢印で決めていいのか」なんて、姫奈に言ってしまった皇成。


 だが、今になって、あの言葉が、自分の心にグサグサと突き刺さってきた。


 皇成だって、これまで矢印様と一緒に歩んできて、矢印で自分の進む道を決めてきた。


 はっきりいって、お前が言うなよ!?って感じである。


(俺、なんであんなこといっちゃったんだろ。人のこと言えねーつの)

「心が、ズタズタかー。確かに昨日から皇成、碓氷さんと釣り合わないって、さんざん言われまくってるもんね」


 すると、大河が同調するように、うーんと、唸りなり始めた。


「おお~、わかってくれるか、大河!」

「うん。そりゃ、心もズタズタになるよねー。でもさ、このゴタゴタも、一ヶ月もすれば収まるだろうし、元気出して、皇成! それに、ほら。一ヶ月後にはクリスマスがくるよ!」

「え? クリスマス?」


 大河の言葉に、皇成はふと気づく。確かに、今日は11月24日。クリスマスの一ヶ月前だ。


(あ、そう言えば……デートしようって言われたんだった)


 ふと『今度、おでかけしよう』と、姫奈に誘われた時のことを思い出す。今のところ、特に予定はないし、デートは、いつだってできる。ただ、問題は……


「なぁ、大河」

「んー?」

「この前さ。他校の文化祭に言ったって言ってた時……」

「あ~うん! 俺が、神木かみきくんに一目惚れした、あの文化祭?」

「神木くん? あー、一目惚れした男子神木くんっていうんだ」

「うん、神木かみき 飛鳥あすかくんって言って! 金髪で目が青くて、マジで女の子みたいに無茶苦茶、綺麗な男子で!!」

「え! 神木くんて金髪なの?」

「うん、クォーターなんだって、イタリア人かフランス人の血が混じってるとかで」

「へー」


 その話に、皇成は、ふと姫奈の方をみつめた。


 姫奈も同じように、外国の血、確かロシア人の血が混じっていると言っていた。


 あの日本人離れした髪の色は、それによるもので、クラスの中でも一際目を引くあの色を、姫奈は幼いころ、よく「嫌だ」と口にしていた。

 

「ていうか、その神木くんが、どうかしたの?」

「あ、いや、神木くんの話はどうでもいいんだ。ただ、その時に、大河、とも会ったって言ってなよな?」

「あ……うん。橘も今、桜聖高校にいるみたいで、神木くんとも仲がいいみたい」

「そうなのか。それで、その時、橘くんと連絡先を交換したって言ってなかったっけ?」

「あ、うん、うん! 俺、あっちの大学に進学するつもりなんだけど、そしたら、橘も同じ大学に行くっていうからさ!」

「え? 大河、もう大学決めてんの?」

「うん。だって、俺、今から勉強しないと受かる気がしないし!」


 そうか、そうだよな。

 そろそろしっかり進路も考えないと──


 て、そうじゃない!!

 ダメだ。大河と話してると、どんどん話がそれていく。


「あのさ、橘くんの知ってるなら、俺にも教えてくれないか?」

「え? 橘の?」

「うん。あ、無理にとは言わないけど!」

「いやいや、皇成なら大丈夫っしょ。昔、仲良かったし。橘に聞いてみる!」


 すると、大河はすぐさまスマホを取り出し、橘くんにメッセージを打ち始めた。


 大河は、大学も下見も兼ねて、仲のいい先輩と、わざわざ桜聖市まで行って、たまたま橘くんと出会ったらしい。


 だが、スマホをいじる大河の姿を見つめながら、皇成は苦笑する。


(自分の彼女の恋を応援するって、どういう状況だよ、これ……)


 なんとも惨めな話だ。これは、ある意味、普通にフラれるよりも堪えるかもしれない。


 だが、そう思いつつも、好きな子だからこそ、矢印で選んだ相手ではなく、本当に好きな人と幸せになってほしいとも思ってしまう。


(写真、持ってるって噂、何度も聞いたし。どう考えても、好きなのは、橘くんだよな……)


 それは、かなり信憑性の高い噂だった。


 姫奈は『中学生の時代の橘君』の写真を、今も持っているらしい。


 小学生の頃に転校していった橘くんの中学生時代の写真を、どうやって入手したのかは分からないが、女子が男子の写真を持っているという時点で、明らかに好意があると見ていい。


(俺の事が好きなら、俺の写真持ってるべきだろ。あ、でも朝、幼稚園の時の写真は持ってるってたっけ?……ホントかどうかは、分からないけど)

「あ、返事きた。橘、いいって~。皇成のID送っとくよ」

「あ、あぁ、ありがとう」


 すると、それから、すぐに橘君からメッセージが届いた。


 小学校の頃、仲が良かった、たちばな 隆臣たかおみくん。


 父親が警察官で、ずっと単身赴任をしていたらしく、小学五年生の時に、父親がいる桜聖市という町に引っ越していった。


 連絡を取るのは、それ以来。小学生のころからだから、ざっと5年ぶりくらいだ。


 だからか、少し緊張もしたが、その橘君からは『久しぶり、元気か?』なんて、あの頃と変わらない雰囲気の返事が返ってきて、皇成は、なんだか気が抜けてしまった。


「はは……変わんねー」


 小学校の時もそうだったが、橘くんはとてもいい友人だった。

 

 だから、姫奈が橘君を好きだという話を聞いても、嫉妬の一つどころか、思わず納得してしまうくらい。


 皇成は、すっと気持ちを切り替えると「おぉ、元気!」と、あのころと同じような返事を打った。






***



たかちゃん、何してんの?」


 一方、皇成から返事が届いた、桜聖おうせい高校では、窓際の席に座り、スマホを手にした隆臣たかおみに、同じクラスの男子が声をかけていた。


 肩口まで伸びた金色の髪に、青い瞳。男子生徒とは思えないくらい綺麗な容姿を持つその男子生徒の名は──神木かみき 飛鳥あすか


 大河が女子生徒と間違えて、一目惚れしてしまった、あの男子生徒だ。


 だが、大河が間違えるのも無理はなかった。華奢な体つきと、長いまつ毛と色白の肌。一際、綺麗で華やかな飛鳥は、男子の制服を着ていなかったら、誰がどう見ても女の子にしか見えなかったから。


 だが、隆臣は、そんな綺麗すぎる友人の声に、一切目を向けることなく、そっけなく返事を返す。


「なんだよ、飛鳥」

「なんだよじゃなくて。そろそろ、スマホそれしまわないと、先生来るよ」

「わかってる。ここまで返したら、すぐしまう」

「ていうか……誰かとメール?」

「あぁ、小学校の時の友達」

「へー……隆ちゃん、小学校の頃、友達いたんだ」

「お前じゃねーんだから、いるわ」

「っ……俺は、あえて作らなかったんだよ!」


 綺麗に顔に似合わず、俺口調の荒い言葉が返ってくる。まぁ、見た目は女の子みたいでも、中身は男だから当然と言ったら、当然なのだが。


「そういえば、隆ちゃんの前の小学校の話、俺、聞いたことないかも?」

「聞いてどうすんだ。そんなん」

「なんか、黒歴史ないかなって」

「黒歴史はねーけど、修羅場はあったな」

「え、修羅場!? 小学生で!?」

「先生、来たぞ」

「あ……」


 すると、どうやら先生が教室の前まで来たのが見えて、飛鳥がそそくさと自分の席に戻ると、隆臣もすぐさま、皇成にメッセージを送り返した。


 だが、そのメッセージを送りながら、隆臣は、ふと小学生時のことを思い出す。


 転校する前日――……。


(……あれから碓氷さん、どうしたんだろう)


 転校した後の事は、隆臣には、全く分からない。


 懐かしい記憶を思い出しつつも、隆臣は、サッとスマホをカバンの中にしまい込むと、そのまま授業の準備を始めたのだった。



 


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