大首領


 ある意味、一風変わった部屋だった。

大広間と言った感じの広さがあり、会議室のようで違う異質さがあった。

部屋の中央には黒く大きなガラスコーティングされた長い机が置いてある。

本革張りのエグゼクティブチェアが机の左右に三脚ずつ対で用意されていた。

だが左側のみ男達が座っている。


 机の後ろ、中央の壁には巨大なレリーフが設置してあった。

立体感のあるハイレリーフ高浮き彫りは周囲に猛々しい印象を与えている。

それは三つの頭部を持つ鷲が巨大な翼を広げ、大蛇を掴み飛翔する姿だった。

中央の鷲の目が突如赤く光り、像から壮年男性の声が響いて来る。


「堕天博士、キルケーと大佐は帰還したか?」


 威厳と冷徹さを含んだ声が男達に問いかける。

レリーフの左手前に座していた短髪白髪の高齢男性がよどみなく答えた。


「は、先程、帰還したと報告が有りました。しかし両者ともかなりダメージを受けており現在応急処置中で御座います。もうしばらくすれば司令室に報告に来るかと?」


老人は長袖の白衣、焦げ茶のスーツにワイシャツを着ていた。

研究者か医師の佇まいで場所が場所だけにかえって違和感を覚えさせていた。

白衣を脱いでしまえば街中の矍鑠かくしゃくとした老紳士として認識されるだろう。

目は猛禽類のような鋭さ、鷲鼻は欧州人らしい風貌だがどことなく優しげでもあった。


「大佐をもってしてもウォリアーは仕留められなかったか……」


レリーフ、大首領が溜息をもらすように呟く。老紳士、堕天博士は製作者として見解を述べた。


「は、自分の廃棄物とは言えウォリアーの進化はとどまる事が有りません。ですが大首領、それは大佐完成品も同じです。今回は強化服の性能差でやられたと愚考しております」


大首領の嘆息を受けた博士は冷静に敗因を分析した。

そこに正面の両開きのドアがバンッと開き、戦闘員に伴われた男が入って来た。


「いーや、堕天のじー様、そりゃ違うぜ」


 応急的な治療を受けたトレバーが戦闘員の肩を借りて現れた。

左足を引き摺り、右手は固定装具、水色の検査着を身に着けていた。


「大佐、御苦労だった」


 大首領が満身創痍のトレバーに労いの言葉をかける。

ドカッと自分の椅子に座ったトレバーは、大首領に向かい頭を下げた。


「申し訳無い、大首領、奴と痛み分けがやっとだったわ」

「大佐、違うとは?」


向い側に座る堕天博士と呼ばれた老人が間髪を容れずに尋ねて来る。

その顔には不満な表情がありありと出ていた。自分の仕事にケチを付けられたのだ。


「これは俺の体感だが、今日の時点で奴は俺より一割弱ほど上の筋力スペック筋出力を保持している。いや、今日の戦闘経験でまた数パーセント成長する。ほんと奴を笑えねぇ基礎能力に改造してくれたもんだぜ」


ボヤきながらトレバーが報告する。


 感想を聞いた堕天博士が顎に手を当て、ゆっくりと抗弁を開始する。


「私の研究室スタッフ部下のシミュレーションでは貴様の方が数値は全て上だったが? もちろん戦闘技術は兎も角としてな」


反論する言葉の端々に鋭いトゲがある。

作戦終了後、幹部同士で見られるお約束の光景でもあった。

大概は責任のなすりつけ合いでもあるが、この二人は違っていた。

お互いに対する要求が高すぎるのだ。


 反論を聞いたトレバーは半分呆れ顔で指摘する。


「あのな、爺さん? 刺し違える覚悟で放ったキルケーの奥義を凌いで、直後に俺と全力で交戦してやっと痛み分けだぜ? アレの強化服の出来が幾ら良いと言ってもなぁ。爺さんの研究スタッフの計算……絶対に間違っているだろ……なぁ?」


 言い切った後、お互い無言で見詰める。

そこには甘い感情などは無い。

ある種の意思と情報の葛藤と共有が行われていた。

またある面では前線の戦闘指揮官に後方の開発責任者の方針が激突する。

完成品改造人間製作者改造した本人が情報を勝利の為にすり合わせる。

立場は違えども目的とお互いへのリスペクトが忖度の無いやり取りを生んでいた。


「まぁまぁ、お二人とも、先程から私の傑作を褒めて頂くのは嬉しいですが、大首領の前でいがみ合うのはよろしくないかと?」


 雰囲気も読まず、堕天博士の隣で脂ぎったとりなしの声が掛かる。

隣の椅子に眼鏡を掛けたパツパツの作業着を着た男が踏ん反り返る。

太鼓腹で恰幅がよく、バーコードの白地頭皮が印象的だった。

その男がニヤついた笑みで会話に入ろうとするが、キツい罵倒が飛ぶ。


「おい、メソッドぉ!  おめぇ五分間ほどリアクター全開放リミッター解除は保つと言ったよなぁ? 開始二分で暴走する欠陥品ポンコツよこすな! お陰で死に掛けたぞ!」


殺意のこもった怒りの表情でトレバーは叱責する。

メソッドと言われた中年のデブは悪びれもせずに肩をすくめる。

これも毎回のお約束だが、男性幹部に追及されても糠に釘だった。


「皆、いい加減にしたまえ! メソッド! 前線担当キルケー達が命懸けで新型反応炉を入手して来たのだ。持ち帰ったデータを精査し早急に小型化と量産化に着手したまえ」

「はわわわっ、かっか、畏まりました大首領ッ!」


 いきなりの大首領の一喝が三人に落ちる。

特にメソッドは思いっきり慄きながら頷く。

大首領には頭が上がらないのだ。

しかしこの男こそ、組織が誇るスーパーエンジニア集団の長であった。

通称メソッド技研、組織の武器、兵器どころか設備の開発、運用までをこなす。

組織はこの男達がいなければ単なるテロリスト集団以下の集団だった。

だが、そのような重要幹部とは思えないビビりっぷりだ。


 返す刀で大首領は叱責にもひるまない二人に指示を出す。


「大佐、君はキルケーと共に身体を治し、治癒したら再計算された強化訓練をしたまえ、君が我々の切り札だ」

「あいよ、大首領」


指令内容に訓練が入っていてトレバーはうへっとした顔で返事する。

身体が壊れる程の特訓を繰り返し続けるのだ。


「堕天、君は……」


博士へ指示を出す前に、堕天博士は察して返答する。


「大佐の実感をもとに解析結果を見直し、再計算、それに応じた強化訓練計画の制作ですな」


大首領の機先を制して堕天博士は提案を示した。

しかし大首領は博士のドヤ顔を崩壊させるに十分な付け足しをした。


「そうだ。だが、キルケーとメソッド、大僧正、大公を参加させろ。組織が力を合わせて大佐の身体能力を現状で最大限に引き出し、適合した強化服を与え、ウォリアーをも倒せるポテンシャルをつくるのだ」

「畏まりました。大首領」


大首領の号令に真摯に堕天博士は頷く。


 そこに広間のドアが再び開いた。


「大首領様、遅くなり申し訳ありません。紅大公ことクリムゾン・デューク、只今帰還しました」


紅いド派手な耐Gスーツを着込んだ女性が挨拶と共に姿を現した。

小脇に紅いヘルメットを持ち、燃える様な赤髪を後ろの髪留めで止めていた。

颯爽と歩いて来てヘルメットを机に置く。

必然と言わんばかりにトレバーの隣へ腰掛ける。


「クリムゾン、ご苦労であった。戦果は……」

「大首領、申し訳ありません。報告前にしばらく無礼をお許しください」


戦果を尋ねようとする大首領に怒りに震える顔で前もって謝罪する。

大首領はその感情を察し、うむ、とだけ呟いた。


 許可を得たクリムゾンは修羅の形相でメソッドに向き合う……。


「…………メソッド! てめぇ! 何が "我が技研の最高傑作‼ 最強ロボット" だ! しょっぺぇポンコツロボット渡してんじゃねぇぞ!  この変態豚やろう!  ビームは出ない、ミサイル不発、殴れば速攻オーバーロードしやがって……抱きついて暴走自爆するしか手がねぇじゃねぇか!  大僧正のキモいアメーバの方がまだ有能だ! クソ無能イ〇ポオヤジ! ED薬ODオーバードーズして今すぐ死ね!」


 暴言の嵐をメソッド向かい存分に叩き付ける。

華奢な身体の中に溜った猛毒ストレスを全て吐きだす。

すっきりした顔でふーッと落ち着きを取り戻す。

対してメソッドは……ご褒美を貰った様に恍惚としていた。

彼にとって女性の叱責はご褒美らしい。


「大首領有難う御座いました。やっと落ち着きました。では報告いたします。本日、正午、我が隊は陽動作戦において秘密地球防衛組織の戦闘部隊キットクルンジャーと交戦いたしました。奴らの切り札である戦闘合体ロボ、キットコナイオーを相打ちで大破させた事を報告いたします」


 報告を聞いたトレバーや幹部達が驚いてクリムゾンを凝視した。


「ほう?! でかしたッ!! 流石、クリムゾン! 組織随一のトップエース!」


その予想外の大戦果に大首領も褒めちぎる。

しかし、黙っていたメソッドの次に座っていた坊主頭が立つ。

トレバーより体格が良く筋骨隆々の僧衣の男がムッとした顔で口を開く。


「あいや、しばらく! 大公殿、大戦果を挙げられた事は誠にめでたい。だが、私の可愛いテケリちゃんをキモイとはいささか無礼であろう? それを怪しげなと比べるとは……比較対象にはならんぞ!」


僧衣の男は不満を表明する。ペットを貶されたのが気に障ったのだ。


 不満を聞いたクリムゾンは持ち前の毒舌を遺憾なく発揮した。


「あら、美意識が違いすぎるのも困り者ですわね。バクシアン様、ですが私としたことが失礼をばしてしまいましたわ、確かにガラクタとアメーバと比べてはいけませんでしたわ。どちらも制御不能ポンコツですしね」


高飛車な皮肉を叩き付けられたバクシアンと呼ばれた男は不愉快さに目を見開く。

組織の超常現象研究担当であり、邪神信奉の僧侶である。

彼の愛する巨大不定形生物アメーバのテケリちゃんは神からの贈り物らしい。

それゆえにけなしたりすれば怒り出す。


 バクシアンは殊勲のクリムゾンに向かい痛烈な皮肉を言い返す。


「ふん、操縦は随一でもホレた男のはド下手糞……のう? 大佐?」

「あ? オッサン済まん、痛みが強くて聞いてなかった」


目標トレバーに話を振ったが、聞いていない振りでやり過ごした。


(俺に振るなよクソ坊主! キルに聞かれたらまた修羅場じゃねぇか!)


内心、溜息混じりに愚痴る。


「ねぇ、大佐ぁ、そんなことないよねーっ? うちらラブラブだもん」


しかし、クリムゾンが露骨にトレバーにアピールする。


 その途端、両開きのドアが異様な圧力プレッシャーを放つ。

撤退時期逃げるタイミングを逃したトレバーは天を仰いだ。


「おや、墜落女王が一生懸命、弾を撃アピっているけどイケメン機動要塞にそんなションベン弾ではねぇ……」


 扉を開くと検査着で身体全体に包帯を巻き、アルミ製の杖を突いたキルケーが現れた。

強烈な嫌味のわりには意外にも表情は穏やかだった。


「おや? 崩乳形成ほうにゅうけいせいビッチ、また美容形成したの? 包帯ぐるぐる巻きで~ぇ?」


包帯で覆われたキルケーを見てクリムゾンが敵愾心むき出しで挑発する。

だがキルケーも負けてはいなかった。


「洗濯板はお黙り! 少年のような小さいケツで……しかもションベン臭くて敵わないわ」


隣で柳眉を逆立て、ド田舎のヤンキーばりに睨みつけるガンを飛ばす

対して上目遣いにクリムゾンはメンチを切り出睨み出す。

幹部達が呆れる中で視殺戦を展開しつつ大首領の前に出る。


「大首領、戦魔女キルケー、ただいま帰還しました」


ぐっ、と呻きながらキルケーは痛む膝を屈めて挨拶した。


「おおキルケー! 反応炉奪取成功、でかしたぞ!」


冷徹な大首領が手放しで喜ぶ、久方ぶりの大戦果である。

慢性的な資源、エネルギー不足のジャクルトゥにとって問題が霧散した。


 その殊勲者であるキルケーの口からは反省の弁がでた。


「ありがとうございます。ですが、申し訳ございません。ウォリアーを仕留めるどころか逆に手傷を負わされました」

「何を言うか、後詰めの大佐でも相打ちに持ち込むのが手一杯だった。今は休んで次戦の為、大佐と堕天に協力してくれたまえ」


大首領の慰めにキルケーはホッとする。

一方で引き合いに出されたトレバーは苦笑するしかなかった。


「御意で御座います」


大首領に頭を下げて承知する。

そして本来のの席で目からメンチビームを出すクリムゾンは無視した。


「ケツちいさッ! 子供用かよ!?」


反撃がてら毒づきながらクリムゾンのに窮屈そうに座る。

同時に憎悪が満たされたクリムゾンの0距離鬼メンチ気合いの必殺技をサラリと受け流す。


 騒々しい雰囲気の中、異様な雰囲気を察知したバクシアンがいきなり立ち上がる。

そして大首領に警告を発する。


「大首領、至急、警報をお願いしたい。本部を中心にある種のが形成されつつある」


何かの圧迫を感じた大僧正の頭部からふつふつと脂汗が浮き出す。

それが明かりに照らされ鈍くギラつく。


「なんだと?! バクシアン! 我が本部に直接攻撃を加えるとは何処の組織だ?! 地球防衛組織の報復か?!」


大首領は即座に警報を発令する。

大音響のアラームの中、各部署の防護シャッター、対衝撃フレームが下ろされる。


「キットでは御座いません! これは……我が主、邪教の神々に似て非なる大いなる力、この次元や世界にこれほどの力を顕現できる存在とは……?」


 バクシアンは原因を探るべく瞑想に入る。

タコのような頭から脂汗でなく滝のような冷や汗を流して驚愕する。

そして地響きが徐々に始まり、次第に大地震になる。


「揺れるねぇ……バクシのオッサン、地震攻撃かなんかか?」


椅子に座りながらのんびりとトレバーが棒立ちのバクシアンに尋ねる。


「いや、……こ、攻撃ではない! 加護?! 奇蹟のような神の力!!」


より一層、振動が激しくなった。


 その瞬間、秘密組織、ジャクルトゥ本部基地は世界から消失した。






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