処刑と言う名の闘争

 晴天の下、コロッセオの観客席はほぼ鬼兵だけで満席だった。

余興で若手の鬼兵がジャイアントボア超巨大蛇を相手に戦斧を振るう。

両者の一挙手一投足に歓声が上がる。

闘技場地下で鋼鉄製の檻に閉じ込められた伊橋は目を閉じて呼吸を整える。

全身をゆっくりとストレッチして身体をほぐしていく。


 中村を守りながら千人斬りは厳しい。

だが、やるしかない。

ジャクルトゥにこれ以上借りはつくりたくない。

何とかタイマンに持っていければチャンスはある。

無い知恵を絞り、話をどう持っていくかを考える。

暫く必死で考えても良い案が全くと言っていい程出ない。

時間は刻一刻と迫る。


(そうだ、中村に頼もう!)


土壇場で会うことになる中村に丸投げを思いついた。

処刑寸前での丸投げに困惑する中村は予想できないらしい。


 時間いっぱいとなり扉が開き、兵士がやって来た。

無言でメモを渡す。

檻を開けて出ろと指差す。

伊橋は檻から出ると渡されたメモを読んだ。

メソッドからだった。


【中村は闘技場の磔台だ。逃げたらその場で処刑になる。闘技場への入り口横の台にスーツが置いてある。それを着て見事に死んでくれ】


メモを読み、握り潰すと伊橋は覚悟を決めた。

こみ上げる怒りと闘志を滾らせつつ闘技場へ向かう。

懸案だった中村を守りながらの戦闘では無い分かなり負担は減った。

後は全力で戦い抜く覚悟をすのだけだった。


 メモ通りに入り口手前の台に真っ白なスーツが置いてある。

白いスーツは軽く薄いが動きやすそうであった。

すぐに着替えると闘技場に入っていく。

歓声が伊橋を出迎えて包み込む。

闘技場は長方形でプロサッカー場並みの大きさであった。

中央に貴賓席らしきテラス、反対側には丸太の棒に縛り付けられた中村がいた。


「耕史っ! 俺にかまわず逃げろぉ!」


 闘技場へ入って来た伊橋を見つけると必死に叫ぶ。

そこへ魔法によるアナウンスが入る。


「Πολίτες! Παρακαλώ σηκωθείτε. Στρατηγέ Βάνταλ, Στρατηγέ υπεύθυνος για τον Γκαμάσερ, Στρατηγέ Νάιν Τέτερ, Στρατηγός υπεύθυνος για τον Ούλτρου, και ο Δαίμονας Άρχοντας μας, Ράγκοου, εισέλθετε!」


(市民よ!ご起立を願います。ガマッセル担当将軍ヴァンダル様、ウルトゥル担当将軍ノイン・テーター様、そして我らが魔王、ラゴウ様ご入場です!)


 割れんばかりの拍手、剣や盾を打ち鳴らす音、歓声がラゴウ達を出迎えた。

貴賓席には同じ豪勢な造りの椅子が三脚並ぶ。

そこへラゴウを中心に右にヴァンダル、左にノインがゆっくりと座る。

三人の両脇にはワーズとメソッドが控えていた。


「あれがジャクルトゥの幹部か?」


興味深く伊橋を見ながらラゴウはメソッドに尋ねた。


「は、正確には投降兵です。我らと単独で戦っておりましたが、この世界に来て活動に困り投降して来たものです。但し、能力は幹部と同等以上でございます」


詳しく話すと面倒なのでにメソッドは説明した。

ワーズや侍従長が事実を知ればこの命知らずメソッドに呆れただろう。


「ふむ、実に面白い。千人斬りをやってのけたら俺が相手をしてやろう」

「こら、ラゴウ、アンタに渡したら八つ裂き確定じゃない。ここはアタシが実験に……」

「お前ら今からコイツ相手すんの我ら鬼兵団の選抜兵二千だぞ? 舐めてもらっては困る」


ラゴウ達が勝手なことを言い出したので、ヴァンダルが嗜める。

そう言うヴァンダルも二千人目の兵ラスボスに登録してあった。


「それではラゴウ、貴様の言葉で合図としよう」


ヴァンダルは魔王であるラゴウの顔を立て、開始の合図を頼む。


「そうか、それではその栄誉を受けよう」


立ち上がりテラスの端でラゴウは上機嫌で観客達に呼びかけようとした瞬間!


『おい! クソメソッド! なーにいってんだかさっぱり分からん! 俺らのウォッチとイヤフォンを返せや!!』


伊橋の猛烈な怒号で出鼻を挫かれた!

途端に不機嫌になりながらラゴウはメソッドを見た。

その形相で身の危険を覚えたメソッドは汗をかきながら理由を話しだす。


「はっ、何を言って居るのかわからないそうです。アイツの翻訳機は念話の様な事もできるので取り上げてあります」

「ちっ、渡してやれ」


 イラっとした表情でラゴウはメソッドに命じる。

慌てたメソッドは転がる様に下へ降りて行き、警備兵に手渡して命じた。

警備兵にウォッチを渡され、装着すると伊橋はもう一度叫ぶ。


『あのなぁ! わりーんだけどもう一度最初から言ってくれ』


伊橋はイラつく魔王を相手にふざけた事を要求し、観客を呆然とさせた。

トレバーは計算ずくの挑発でこれをかませる。

これを天然でやる伊橋はある意味恐ろしい男だった。

闘技場へ飛び出しそうなラゴウの横でヴァンダルが立ち上がり、手を挙げる。

鬼兵達が沈黙し、ざわつく雰囲気を沈めた。


『ただいまから刑を執行する。咎人とがびと、伊橋耕史、並びにジャーメイン・中村の両名に千戦斧剋せんせんふこくの刑に処す。我が精鋭二千鬼出ませい!』


 合図と共に門が開く。

歓声の中、屈強な鬼達が各々武器を携え出て来た。

パトロールや警備役の鬼兵と違い、修羅場で鍛え抜かれた傷だらけの肉体が揃う。

見事に手入れされた武器が鈍く輝く。

出て来た鬼を見ながら伊橋は肩や全身を回してほぐす。


「おい! 千人倒せば恩赦ちがうんかぃ!? 話が違うぞ!」


いきなり二千の兵が出て来てウォッチを着けさせられた中村が叫ぶ!


「二人だから二千だ!」


代わりにメソッドが怒鳴り返す。

言い返すメソッド目障りなゴミを蹴り倒し、ヴァンダルが提案をした。


「確かに半分余るのも困るな……よし、飛び入り助っ人を認めよう」

「アホぬかせ! 観客は殆ど鬼兵ばっかじゃねぇかよ!」

「嫌なら一人で二千斬って見せろ」


本人ヴァンダル的には譲歩慈悲したつもりだが中村の文句で呆れかえる。

椅子に腰掛け、首を振りながらイラつくラゴウに合図した。

イラつきを落ち着かせ、ラゴウは静かに呟いた。


「殺せ」


冷酷に命令するラゴウに向かって伊橋は笑って中指をおったてる。

そして怒りの雄叫びを上げる。


「チェェェェェェンジ! ウォリアァァァァァァァ!」


バックルのリアクターが輝き、変身が完了する。

白い戦士が陽炎のように降り立つ!

ラゴウに首を掻っ切るポーズで挑発して見せて構えを取る!

相手のラゴウは中指の意味は分からなくても掻き斬る意味は理解した。


「マスクドウォリアー見参ッ! 魔王ラゴウ! 地獄に叩き落してやる!」


見得を切ったその姿は死神とも思える程、恐ろしい雰囲気を出す。

その一方でウォリアーのゴーグル内にはいきなり武器の説明が流れ始めた。

説明を読みながらウォリアーは高火力と武装に絶句した。


「は? レーザーブレードが足にも?、膝にモーフィングパンカー? よくもまぁ……」


武器やギミックにこだわりはない。

スーツはあくまでジャクルトゥと戦うための道具である。

使えれば何でも良いのだ。

四肢に数々の武器を備え、高出力安定型のリアクターのスーツに呆れていた。


(鬼神の奴はこういうの使って無かったな……)


徒手空拳のライバルを思い、ウォリアーは苦笑する。

そして武器を振りかぶり迫って来る鬼達へ走り出す。


 武器が振り下ろされる瞬間に鬼の首元に向かい飛ぶ。

指側面にブレードを発振させて頸動脈をスッと斬る!

高速で交差しつつ、鬼達の急所や血管の部分をシャクシャクと切り裂いていく!

鮮血を撒き散らし鬼達が振り向いてウォリアーを追いかけ出す。

たかが血管が切れただけ、数分は動ける。

そのような勢いで追いかけては取り囲む。


 ウォリアーに対し十重二十重に鬼兵達の包囲が完了する。

囲みを突破しようとするウォリアーを中心に包囲網が動く。

強敵を狩る時に使う鬼達の戦法であった。


 一定方向へ抜けようとしても囲いが追いかける。

速度と連携が大事なので傷つき倒れた鬼はそのまま踏み潰されるほど苛烈であった。

最後は獲物が疲れて来た所を一斉に襲い掛かる寸法だ。

三人程倒しては輪の中にウォリアーは囚われる。

闘技場の壁に向おうとすると抵抗が激しくなる。

この脆弱な高出力スーツではちょっとした傷でも変調しかねない。

元々躱すのが苦手なウォリアーの技量では三人まででぎりぎりだ。


(どうする? 大技使えないし、飛ぶのも距離が足りん……)


無い知恵を絞りながらウォリアーは隙を伺う。

そこへ歓声が巻き起こる!

いきなりの歓声に鬼兵たちも困惑し、鮮血を噴き上げ倒れていく!

囲いの鬼達を蹴散らしながら出て来たのはあのゲンナジーだった。


「おい、面白そうな祭りやってんじゃねぇかぁ? 俺もまぜろ!」

「ゲンナジー! 死ぬぞ?!」

「あ? 誰にものいってんだぁ? 海の大悪名! 大渦のメイルシュトロームゲンナジー推参だぁ!」


 その瞬間、囲みが楕円になる。

間合いに入った鬼兵は切り裂かれ、膝のパンカーで貫かれた。

ゲンナジーが背中を守り、ウォリアーが攻める。

共に息の合った動きで横に縦にスライドしながら鬼兵を叩く。

背後を気にし無い分には楽にはなった。

だが、多勢に無勢なのは依然としていた。


徐々に肩で息をし出すウォリアー達に鬼達はほくそ笑む。

もうじき八つ裂きにしてやる。

獲物の隙を伺う。

その頭上に爆音を響かせた強襲輸送機がホバリングする。


「ジャクルトゥかっ?!」


 輸送機を送って来た相手が誰か分かったラゴウとノインが印を結び、詠唱し始めた。

援護の煙幕弾と機関砲がばら撒かれ、降下の為の隙を作る。

ものの数秒で無数の怪人達が降下し、闘技場に降り立つ。

最後に二人の戦士が降りて輸送機は即座に逃亡する。

目標を失ったラゴウ達が舌打ちをして詠唱を中断した。


最後に降り立った二人を見たメソッドとワーズは声を上げた。


「鬼神とキルケー扇女!?」


戦闘装束に身を包み、キルケーは扇を広げた。

だが、その横で周囲をキョロキョロ見渡すウォリアースーツの男が居た。


「ほら、初陣だからしゃんとする!」

「あっ、はい! で……俺、どうします?」


明らかに場違いな言動をしながらスーツの男はキルケーに指示を仰ぐ。

ウォリアースーツゆえに鬼神と間違えたが、どうやら違うらしい。

溜息つきながらキルケーは指示を出す。


怪人仲間達連れてあの囲みを破りなさい。そのまま鬼退治ね。くれぐれも相手に容赦しない! 確実に倒しなさい! いいね?!」

「はい、行きます! みんなぁ付いて来て!」


ウォリアースーツの男は頷くと周囲の怪人達をに呼びかける。

増援に驚く鬼兵達に怪人達を率いて突っ込んで行った!

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