先触変

往く者、来るもの

 空気の淀んだ石牢の中で上半身裸の伊橋は筋トレをしていた。

据え付けられた粗末なベッドの端を掴み、首と肩を固定する。

その状態で足を延ばして胴体ごと上下、前後にゆっくりと振る。

ドラゴンフラッグと言う高負荷の筋力トレーニングだ。

既に数千回はやっているが、まだまだ足りない。

それを退屈そうにあくびをしながら衛兵たちがみている。

最初は驚いたが今では半分バカにしていた。

何故ならもうすぐ処刑されるからだ。


 捕らえられてすぐに魔王直々の命令で処刑が決まった。

ただ、処刑方法は鬼兵団に一任された。

その処刑法はすぐにヴァンダルから通告される。


千戦斧剋せんせんふこく


 千人の選りすぐりの戦士と単騎で戦い。

最後まで勝ち抜けば無罪になる独自の処刑法だ。

鬼兵団が数週間で作り上げたかなり巨大な石造りの建造物コロッセオで行われる。

見物客も入れての執行は大々的に宣伝された。


 そのような先の無い状況下で筋トレに励む伊橋の牢へ向かう足音が複数あった。

その姿を見た衛兵がピシッと姿勢を正す。


「ご苦労」


軽鎧の戦士、ワーズが手を挙げて労う。

その後ろにはメソッドがハヒハヒと息を切らせてついて来る。

牢の前で立ち止まり鍛造された格子の向こうの伊橋に声を掛けた。

腕にはウォッチを着け、イヤフォンを装着していた。


「おい、貴様、名は?」

「無礼な貴様に名乗る名はない!」


脚をゆっくりと下ろした伊橋がワーズへまっすぐな視線を向けた。


「メソッド、こ奴が鬼神か?」

「あ゛? ぶっ飛ばすぞ! このバカ野郎!」


毎度の事ながら間違えられるたびに伊橋は激昂瞬間沸騰する。

罵声を聞いたメソッドがワーズに卑屈に答えた。


「えっ、あっ、ワーズ様、コイツ伊橋と言いまして鬼神の敵でございますぅ」

「なに?! 鬼神の?」

「へぇっ、ところが、ここでの生活援助を提供するって言ったら傘下に入った無節操野郎でございます」

「あっ!? 貴様はジャクルトゥの幹部! なんでここに居るんだ!?」


 ワーズの後ろでペコペコするメソッドを見つけた伊橋が格子越しに咬みつく。

それを聞いたワーズは侮蔑の表情でメソッドを一蹴した。


「無節操、それは貴殿もだろう? まぁいい。鬼神でなければどうでもいい」

「ですが、こいつは鬼神と互角以上の能力の持ち主、こいつを倒せば鬼神に勝ったも同然」

「ふん、要らぬお世話だ。鬼神と戦わなければ意味が無い」


 興味が失せたワーズは踵を返して帰っていく。

取り残されたメソッドに怒り心頭の伊橋が詰問する。


「きさまぁ! こいつらがスーツやウォッチの機能を知って居るのは貴様の仕業かぁ!」

「ああ、貴様に道具アイテムを与えた日には脱獄どころか大災害になるわ!」

「ちっ……」


こちらの手の内などすでに把握しているらしい。

参謀の中村と離れ離れにしたのもこいつの提案だろう。

だが、この男は意外な事を口にだしてきた。


「ウォリアー、明日の処刑、最後の装束は私の最高傑作を提供しよう」

「はっ、どうせ真っ白い和服だろう?」

「ちがう、攻撃に全振りのウォリアースーツだ。」

「なんだと?!」

「まぁ、お前のセンスは時代劇並みなので理解できんだろうさ」


 太鼓腹をゆさゆさ揺すりながらメソッドは笑ってその場を立ち去る。

今まで大首領やトレバーの我侭な注文で作って来た。

それを思う存分自分の趣味で作れる時が来たのだ。

一度、全攻撃型フルストライクスーツを作ってみたい。

妄想が叶いメソッドはご機嫌で歩きながら鼻歌を歌いだした。

ムカつく後姿を見ながら伊橋は少し安堵した。

少なくとも戦って死ねるのだから……。


 一方、本部に帰って来たトレバーは六人衆を研究班に丁重な検査を依頼した。

マッドサイエンティストの巣窟に放り込んだらひと騒動起きる。

損耗したスーツを新品に着替え、研究員に古い方を手渡す。

付き添いと色々な意味でのお目付け役に自分の副長直属を置いていく。


「全員意思があり、単騎でも滅茶苦茶強いぞ。くれぐれも粗相の無い様にな。お前ら六人衆、お仲間だから困った事があれば言え!」

「はっ! では皆さん此方へ」


 副長に連れられ、騎士形態の六人衆がラボに入っていく。

トレバーはその足で大首領の所へ向かう。

大広間のドアを開け、手を上げながら挨拶をする。


「今帰還したぜ、大首領、例の魔王はどうだった?」

「君でも一蹴されるだろうな大佐、まともにぶつかったらだがね」

「おお、こわっ」


戦友に話しかけるようにトレバーは砕けた口調で話しかけた。

大首領も忌憚なく本音をぶつけた。

その会話を苦虫潰した表情で堕天が急かす。


「大佐、早く報告したまえ」


通常ならば配下の研究員が行動を随時モニターしている。

しかし、電波の届かない地下だけは帰還後にデータの回収が必要だった。


「戦闘データはラボにスーツごと置いて来た。黒幕は神様らしいな」


 トレバーは椅子に腰掛けるとジンガから聞いた詳細な内容を二人に伝えた。

この世界の事、自分達が送られたらしい事、アムシャスの事を伝える。


「で、やっぱりやる? 黒幕を?」

「ああ、我々を舐めたツケ代価は命で贖って貰う」

「それではこの世界を制圧し、進攻する為に準備しないといけませんな」


大首領の意思を幹部二人は再確認し、準備に入る。


「んじゃま、抜け作先生伊橋助けに行ってくらぁ。移動手段は?」

「強襲機飛ばす。それに乗っていけ」

「えっ?! GASガソリンは?」

「小規模で質は並みだが油田を見つけた。現在、採掘場を設営中だ」


 全力で探した甲斐もあり、ポートカラサの一〇〇キロ内陸に小規模油田を見つけた。

粗悪な状態の原油をタンクローリーに詰め、陸路で本部まで運び製油する。

小規模だが推定生産量百八十キロリットルは組織の運営には十分な量であった。


「そりゃ、楽できるな……それでは鬼神出撃する」

「戦果を期待するぞ。大佐」

「大佐、先発隊は新兵揃いだ。生き残ったら鍛え上げてくれ」

「あ? キル留守番に頼んでくれ。この後、スケジュール詰まってるんでね」


 堕天の依頼をトレバーは笑って断る。

アムシャスブンタの本拠地、南の大陸はかなり過酷らしい。

その大陸での探索と戦闘に新兵育成には不向きだ。

組織の方針でも新兵が死ぬのは全く構わない。

死ぬのであれば敵と戦って一人でも手傷を追わせて死ぬのが望ましいのだ。


 広間を出てトレバーは速足で研究室に戻る。

入ると副長が顔を出して報告に入った。


「お疲れ様です。今、試料を取らせて貰い、新スーツへのマッチングを終えました」

「マッチング?」

「まいど! 大佐、お世話になってます! スーツいかがでした?」


報告を受けていたトレバーに背後から山川が声を掛けて来た。

その威勢のよさに面食らいながらトレバーが答えた。


「最初はなんじゃこりゃ?!の感想だが、使い勝手は良かった。少なくともあのスーツが無ければ六人衆の攻略は難しかった。けど、任務を選ぶスーツではあるな、強襲や防衛には良いね」

「ありがとうございました。継続して開発させて頂きます」

「それでマッチングって?」

「ああ、それはですね。……」


マッチングの問いかけに山川は研究用モニターを使い説明し始めた。


「まず、スーツについて説明します。今回は防護中心の高耐久型で製作しました。デヴメソッドの管制プログラムを破棄し、耐衝撃と駆動系のシステムを軸に大首領に精査して頂き、完成しました。故に高火器モデルはしばらくお待ちください」

「わかった。攻撃面は?」

「従来の出力より三割増しで安定性も高いです。余分なギミックは今回ありません」

「まぁ、堅実に仕上げて来たな、信頼性も高そうだ」


 以前はメソッドから注文したスーツが軽い説明のみで送られてきた。

使用後にスペックが違ってクレームをぶつけるまでがルーティンお約束であった。

細かくデータと理由を説明されての納品でトレバーも納得する。


「武装と防護の追加強化ブーストは六人衆の皆さん担当して貰います」


スーツの形状に合わせ六人衆が変形して装着される。

メリッサは重ね鉢金式にし、頭部防護に周辺索敵とブレス担当。

マッカランブーツ拍車スパー状の装甲になる。

これにより浮遊から短時間での飛行も可能である。

籠手スコットはブレードストッパー付ナックルガードになった。

魔法攻撃、打撃、ロケットパンチまで多彩な攻撃が出来た。

ニールセンは長剣になり背後へ装着し、後方警戒に当たる。

盾の無口なウコもそのままだった。

胸鎧のカリームは胸部装甲に肩ガードとシクラスみたいな踝丈の前掛けを設けていた。

これにより重力と防御魔法が使え、高い防御をスーツに付与できたのだ。


 しかし、トレバーは注文をつけた。


「白銀か……黒に白はパンダみたいだから黒に銀のラインで頼む」


苦笑するトレバーに山川はマウスを走らせ、カラーを変える。

そこにメリッサが寄ってきてトレバーに装着される。


「大佐、この色で?」

「ああ、皆に伝えてくれ。意見は受け入れる」

「畏まりました。全員了承するとの事です」

「ありがとな。では全員出るぞ。道中に連携等の協議をしよう」


通訳代わりのメリッサが意見を取りまとめトレバーは頷く。

副長が格納庫に連絡をし、出撃準備に入った。


「ワーズかノインが居たら目にもの見せてやる」


魔法に散々苦しめられたトレバーの逆襲が始まろうとしていた。


 その頃、本部入り口に一人の男が訪れる。

緑のフード付きのローブに赤いチョッキの男……ペーレオンだった。

慌てて警備用の戦闘員がライフルを構えてやって来る。


「止まれェ! 止まらぬと撃つぞ!?」

「あー、申し訳ない。其方の組織に参加したいのだが? 出来れば採用担当幹部に会わせていただきたい」


侵入者をモニターで見た堕天は愛用の杖を片手に鼻歌交じりで現場へ向かった。

面白い奴が来たと期待でワクワクさせながら……。


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