城塞都市へ

 小鬼と妖精は小一時間のトレバー達の説教を浴びた。

その姿はゴティア兄妹が見ても可哀そうなぐらい凹んでいた。


「おい、タイソン」

「はい、アクセサリーですね? ミア?」


気をまわしたタイソンがトレバーの呼びかけに応じた。

台車のミアに頼むと荷台の引き出しから小箱を取り出す。


「はい、この小箱の中ですよ」


 ミアはキルケーに小奇麗な小箱を渡す。

中を覗くと質の高い、細かい細工のアクセサリーが満載されていた。


「中々可愛いのが揃っているわね。……」


センスのいい品揃えに感心し、キルケーがアクセを選ぶ。


 その間にタイソンに尋ねたいことがありトレバーは内緒話する。


「おい、契約するとどうなるんだ?」

「はい、三食きちんと食べさせないといけませんが、基本、雇い主に対して勤勉に働いてくれます。契約破棄する場合は身に着けている物か服を新調してやることで破棄できますよ」

「服ねぇ……?」


服は見るからに汚れ切って、流石に此のままでは連れまわせない。

潜入工作も頼む時もあるはず……トレバーはしばらく思案した。


「なぁ、契約解除の条件は指定できるのか?」


少し考えた後、トレバーはタイソンに尋ねた。


「ええ、一応は……本人たち次第です」

「分かった、とりあえずやってみる」


話を終えて二匹に振り向き、トレバーは話を切り出した。


「さて、お前ら、俺と契約しようか?」


その途端、小鬼がクレームをつける。


「えー、おいら、おねいさんと契約したいー!」

「僕は兄ちゃんでも良いよぉ?」


即座にトレバーが契約を切り出す。

攻め時と見たのだ。

しかし敵もさるもの一筋縄ではいかなかった。


「分かった。俺が妖精、キルが小鬼と契約する、ただし条件がある」

「なんだい?」

「しょうがないなぁ……言ってみて」


先程までの凹みっぷりが霧散し、生意気そうな顔で二匹が聞いてくる。

その態度にイラっとしながらもトレバーが条件を言う。


「俺らの命令には絶対服従、代わりに飯は三食出す。それと仕事によって衣服や道具は俺達のどちらかが配給する。契約解除の時はその時に身に着けていたものか、好きなものをお前らにやる。それでどうだ?」

「えー? 服や道具をくれるの? オイラはオサレなのだよ?」


小鬼が疑惑のジト目で聞いてくる。


「ああ、かっちょいいのくれてやるぞ?」


 トレバーのセンスに一抹の不安を感じた小鬼が渋い顔をする。


「じゃ、僕はおねいさんが用意してくれる?」

「ええ、モテモテになるのをあげるよ?」


妖精がキルケーに上目遣いで尋ねる。

キルケーは優しく微笑む。それを見た小鬼が文句を言う。


「あー、オイラもモテモテがいい!」

「やかましい! 男の勝負服は現場の服と相場が決まっとる!」


どこぞのガテン系のノリでトレバーが決めつける。だが、小鬼もごねる。


「このおじさん、ダサいからおいらいやだぃ!」

「おじさん……だぁ?」


再び額に青筋が浮かぶトレバーに怯える小鬼にキルケーは諭すように言う。


「モテる男はどんな服を着ていてもカッコイイのよ。服じゃなくその生き様がかっこいいから」

「えー? オイラもそうなれる?」


上目遣いに尋ねる小鬼に頷くとキルケーは微笑む。


「しっかり男を磨けばね」

「んー? わかった。とりあえず磨くよ」


何となくわかったような小鬼が頷き、契約成立となる。


 それを見てタイソンが提示条件に感心した。


「いや、凄いですね。普通は単純にアクセサリー渡して過酷な仕事や芸を仕込んだりするんですが、ちゃんと契約して服も新調させるなんて……」


それに対してトレバーはクスっと笑い。


が俺にも居てな、俺らの腕を信頼して装備や部下をあてがってくれるのさ。俺らはその信頼に応えるべく頑張るので最上級の成果になる。俺も見習うのさ」

「それでこいつ等にも同じ扱いをするんですか?」


少し驚いた様にタイソンは聞き返す。後ろでミアが二匹と遊び始めた。


「ああ、但し、今ごろゲシル村に居る俺やキルの部下や手下と同じ扱いだ。同じ釜の不味い飯を食い、同じようにひどい目に遭い、同じ勝利の美酒に酔う。いけない事かい?」

「いえ、少し羨ましいかな……俺は食ってくために必死に商売しないと……」


そう答えるタイソンはどことなく少し寂しそうだった。


「それじゃ、行くか、小鬼と妖精……は台車の上で偵察だ。喧嘩とサボりは禁止だ」


移動を始める前に二人に仕事を命じた。すると小鬼が注文を付けた。


「兄ちゃん、オイラの名前をちゃんと呼んでおくれよ」

「そだそだーっ!」


小鬼と妖精は騒ぎ出したのでトレバーは仕方なく名前を聞いた。


「あぁ? そりゃ失礼、名前は?」

「オイラ、アガトって言うんだ」

「僕はテュケ」

「小鬼のアガトに妖精のテュケね。よろしくね」


微笑みつつキルケーが改めて挨拶する。

トレバーはフッと笑い紹介を始める。


「よし、テュケ、アガト。俺はトレバー、アイツはキルケー、タイソンにミアだ。そんでお前らは荷台の上で周りを見張ってろ。怪しい人や魔物が来たら俺らに教えろ……」


 指示を出すトレバーはこの憂さを晴らしたい気分だった。

しばらく行くと川が見えて来た。

そのの所に格好の獲物が近寄って来る。


「トレバー兄ちゃん! 変なのが右から来たよ!」


アガトが何かを見つけ叫ぶと横道の川べりに居た五人の薄汚い男達が歩いて来た。


「よう……荷物と有り金置いて……お!? てめぇはタイソン!」


 先頭で背の高いひょろついた貧相の男が一歩進み出た。

前歯が欠けて間抜けな顔だったが、眼だけはギラついて脅しを掛ける。

一行の中にタイソンを見つけていきなり猛り始める。


「てんめぇ! よくも俺の弟や仲間をぶちのめしてくれたな! 今日こそぶち殺してくれる!」


腰のナイフを抜くと構えた男達が一行を取り囲む。

トレバーはそのチンピラレベルに困った顔でタイソンに尋ねる。


「なんだ? お前のお友達か?」

「いえ……ただ、何度か強盗に来て撃退したのが混じってますね」


トレバーの質問に困惑しながらタイソンが答える。

タイソンは背負った荷物を下ろし、固まった肩を回しだす。

その背中にトレバーが声を掛けた。


「じゃ、良いんだね? っちゃって」

「あー、俺一人でもシバキ倒せますよ……」


 タイソンは台車の荷物から突き出た樫の棒をおもむろに抜く。

そしてトレバーの前にズィっと出る。

成程、チンピラ風情が束になってもこの青年の実力には敵わない。

トレバーは佇まいだけで分かった。

槍とはまったく違う。

殺意が無い代わりに闘志だけは全身から溢れていた。

台車を押して行商する過程で筋力は常時鍛え上げられている。

力押しのみで相手をしていたため技量は低いが当たれば大ケガ確実だ。


「まぁ、二人ぐらい任せんかい」


トレバーは折角の雑魚を取られまいと大人げなくアピールする。


「なんだとぉ、この野郎! エロい女連れてるからって調子こいてんじゃねぇぞ!」


先頭の男のセリフを聞いた全員がキルケーを見る。

……トレバーとタイソン以外は生唾を飲み込む。

ごくりと飲み込む音を聞いたキルケーの口角が上がる。

獲物が罠に掛かったと言わんばかりに舌なめずりをする。

男達がその魅力に呑まれていく……。


「それじゃ遊んであげるわ。アタシ、背中と腰の強ーい男が好きなの。だから全員スクワットと腕立て伏せを千回して私の前に来て! 一番早かった男を相手してあげるよ」


妖艶なキルケーの指令に男達の眼の色が変わる。


「なにぃ! ちょ、ちょっと待ってろ! 一,二,三……」

(するんかいっ!)


殺意をスカされたトレバーが内心突っ込む。


「あ、兄貴ずるい! 一,二,三」


 全員、素早くナイフをしまう。

そして律儀にスクワットを必死に始めだした。

その間にキルケーは無言で顎をしゃくり、一行を急かす。


「お前……」

「あーんた、殺す気マンマンでしょ? あんなのでも魔物の寄せ餌ぐらいにはなるから無駄な殺戮しないの……」


 離れた場所で文句を言いかけたトレバーにそう言った。

後ろのミアやアガト達に無駄な殺しは見せたくない配慮でもあった。

いたいけな子供達に弱いもの苛めをするトレバーは見せたくない。

強大な敵や凄腕のライバルに嬉々として立ち向かうこの男の本質を見せたいからだ。


「もう、暴れたかったのに……」

「我慢なさい。博士から通信入っているよ」


 文句を言うトレバーに堕天博士から骨伝導音声の秘密通信が入って来る。


「大佐、具申通りゲシル村の外に部隊を駐屯させて貰った。情報や生体データの収集がはかどって助かったよ」

「ゴホンッ」


咳払いをしたトレバーの意味、要件の催促を察した博士は笑って話を進める。


「ああ、済まない。実はな、東の海岸部に居た全部隊が進行方向にある大陸中央のバティル城に向かって進軍を始めた。此のままのスピードならば三日後には城へ総攻撃が始まる」

「スン」


鼻を鳴らしたキルケーの合いの手を打ち、作戦の内容が提示される。


「そこで私がバティル城に先行して赴き、援軍等の交渉に入る。成立したら正面は大僧正と大公が担当し、大佐とキルケーは横合いから敵の頭を捕らえてほしい」

「グフン」


トレバーが喉を鳴らして了解を告げる。

すると博士は大首領からの伝言を伝えて来た。


「大首領からは鉱物資源やレアアース等の採掘物はかなり豊富だ。しかしやはり原油が無い。油田の情報を探れとの事だ」

「グフン」


再度喉を鳴らし伝えると博士からの通信は切れた。

後ろのタイソンにトレバーが尋ねた。


「おい、そういやバティル城ってここから何日かかる?」


 尋ねられるとタイソンはゆっくりと答える。


「そうですねぇ……ボグドーは西へ一日、そこから妨害が無ければもう西へ一日ってところですかね」

「妨害?」


傍らのキルケーが障害に関しての情報は目敏く収集する。

敵ならば捕縛して後方に送るからだ。


「山道を行くんですけど、山賊一味やバジリスク級の魔物が結構出るんです。さっきのチンピラなら楽なんですけどね」

「ほう、それは面倒だな」


心にもない言葉でトレバーは返した。

タイソンのような一般人には厳しい相手だ。

しかしトレバー達にとっては良い退屈しのぎだ。


「ええ、ゲシル産の薬草に野菜、ボグドーの特産品である陶器や工芸品等を運んで。城下町で売るとかなりいい儲けになるんです。……けれど命あっての物種ですからね」


溜息交じりにタイソンがボヤく。

平時なら本当に良い収入になるのだろう。

最後の言葉にしみじみとした何かの感情が乗っていた。


「まぁな……」


 口では同意しつつ、相手が出てきたら死なない程度に殴って捕まえる気だった。

トレバーの眼に闘志がくすぶる。

目前には高い城壁に囲まれた都市が見えて来る。……目的地のボグドーだ。










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