ナイトマーケットの街

 ボグドーの城門に到着した頃、既に日は傾きかけていた。

一行が城門を潜り抜けるとそこは城塞都市の大通りであった。

大通りには荷物運ぶ行商人や買い物帰りの人等の行き交う人で溢れかえる。


「今日は月に一度の夜市ナイトマーケットの日なんですよ。良かった間に合って」


タイソンの顔に笑みがこぼれる。

商機なのだろう、気合いを入れて荷物を背負い直す。


「へぇ、中々の賑わいねぇ」


キルケーが周囲を見渡す。通りの人の賑わいは半端なかった。

行商人達が忙しそうに荷を広げ、開店準備を始める。

そこら中で露天商が自慢の品々を並び始めていた。


「ええ、このご時世にと思うでしょうが、魔王軍が攻めて来るギリギリまで稼ぎ出さなきゃなりません。もう逃げ出そうにもどこかの孤島にでも避難しない限り、もう無事では済まないですから」


 溜息交じりに説明するとタイソンはキョロキョロと周囲を見渡す。

ある角地に座るみすぼらしい男を見つけると小走りに駆けだす。

男に声を掛け、幾許かの小銭を渡してミアを呼ぶ。


「タイソン、どうしたんだ?」


その行動に疑問を抱いたトレバーがミアに尋ねる。


「ちょっと待っててトレバーさん。お兄ちゃんが説明してくれるから」


そう言ってタイソンのもとに駆け寄りその場にちょこんと座る。

入れ替わりでタイソンが台車に走って来た。


「すんません! 場所取り人に場所譲って貰ったんですよ」

「場所取り人?」


 台車をその場所に移動しながらタイソンがトレバーに説明する。


場所取り人とは場所や行列に並んで場所取りする職業である。

場所取り人には職業ギルドがあり、ギルド経由だと確実だが値段も高い。

それゆえに自ら勝手に場所取りして半額の値段で仕事をするメンバーもいる。

彼もその一人だ。


 この街だけでなくこの世界には無数の職業ギルドが存在する。

ギルドは仕事の斡旋、仲介、顧客、メンバー間に起きたトラブル調停する。


「あの人、副業で情報屋もやっているんでいつも同じ通りに居るんですよ」

「へぇ、俺らの情報は?」


情報屋と聞いてトレバーが間髪を容れずに問い質すが、タイソンは笑顔で答える。


「勿論売ってませんよ。俺ら兄妹の恩人は売れません。ただ、ちらちらと見てたから近くに張り込み立ててますね」


疑うトレバーにタイソンは生真面目に答えた。

商人の性で観察眼はそれなりにあった。


「張り込みねぇ……」


トレバーは無関心を装う。実質二人程こちらを窺うのが分かった。


「基本的に害は無いですよ。調べて情報ネタにするぐらいです。例えば職業が何か? とか目的は何かぐらいです」

「ふん、物珍しさで調査するたぁ……マメだねぇ」


タイソンは仕事内容を教えるとトレバーは呆れた。


「ちなみに職業ギルドに登録していないと身分証明出来ないんで関所や検問に止められますよ。それに宿も拒否する所が出てくるんです。今日は狭いですけどウチに泊ってくださいな」

「そう? 悪いね……ってギルドってアタシらでも入れるのかい?」


偽の身分証明でも大手を振って活動出来るのであれば申し分が無い。

キルケーはそう判断したが、それほど甘くは無かった。


「うーん……職業によっては厳しいかも、職人や何らかの技術屋系なら師匠の登録が必要です。狩猟者や冒険者は身元保証人が要る。商人だと計算試験や目利きの問題とかがありますよ」

「へぇ、結構煩わしいな」


トレバーはめんどくさそうに呟く。


「ええ、それ故に公式に信用されているんですよ。ちょっとすみません。今から仕事に入らせてください」


 現場に着くとタイソンは断りをいれた。

そしてミアと共に荷台を開き、店を広げ始める。

同時に上からアガト達が降りて来る。


「ねぇ、オイラ達、これから何すんの?」


夜市が珍しいのか二人ともキョロキョロしはじめた。


「タイソン達が仕事に掛かる。その手伝いだ」


前の道に捨ててあるゴミを拾いながらトレバーはアガトに話す。


「じゃ、オイラもやるぅ!」

「僕もぉ」


アガトとティケも一緒になってゴミを拾うとすぐに綺麗になっていく。

しばらくするとごった返す通りでも少しは目立つような店になっていた。


「ありがとうございます! なんかいい感じになって来た!」


 トレバー達に感謝すると気合いの入ったタイソンは呼び込みを始めた。

するとすぐに客がたむろって来た。

ゴティア兄妹が忙しそうに客の応対を始める。

それを見てトレバー達はアガト達を肩に乗せ周囲を見物にしゃれ込む。


「ゴミ拾いだけであんなに効果あるんだ……」


キルケーはその効果に驚くとトレバーは苦笑して過去を話し出す。


「俺がロンドンの貧民窟出身って話したよな? 家の近所にスーパーがあってさ。店の前を掃除すると太ったオーナーが小銭の駄賃をくれるんだ。多少小奇麗になると客が入りやすくなるんだとさ」

「へぇ……そんなもんなの?」


豆知識を聞いたキルケーは興味なさげに返事する。


「お前さ、同じ値段で綺麗な店と汚い店ならどっち行く?」


 道を歩きながらトレバーはキルケーに質問しつつ周囲の気配を探る。

追跡者は二人、一人は見事な尾行でスカウトしたい程の腕前だった。


問題はもう一人……バレバレな尾行で正体も良く知っている人物であった。

それに気が付いたキルケーも困惑するが同時に警戒を始める。


「近い店に決まってんじゃん」

「だよな」


 そう返して角を急に曲がる。

焦る尾行者達が後を追いかけて走り出す!

一人目は例の場所取り人だった。

トレバーに急に立ち止まり、振り向きざま目線を合わせニヤニヤする。

男は尾行がバレてドギマギしつつ、横を素通りして行く。


 もう一人は曲がって来た途端、気配を消していたキルケーに捕まった。


「よう、中村ぁ、こんなところで何してんだ?」

「ゲッ! やっぱり鬼神に魔女! ここはどこだ?! 何してくれたんだ?」


 キルケーの細腕に伊橋ライバルの相棒、ジャーメイン・中村がボロボロの姿で捕まっていた。

泣きそうになりながらトレバーに掴みかかる。


「兄ちゃん、コイツ臭いよ」

「水浴びしてなさそう……」


バックして躱すトレバーの両肩で鼻を抑えたティケとアガトが渋い顔で文句を言う。


「確かにな……おい、中村、しばらく休戦だ。お前何でここに居る? から話してみろ」

「ああ、休戦だかんな! あの後な……」


 そのまま三人は路肩で話し込み始めた。

あの後、中村は伊橋を担いでその場を逃げ去った筈だった。

しかし伊橋が重すぎて道中に座り込んでしまう。


「そんでよー、三〇分ぐらい寝てた耕史がいきなり起きたと思ったら走りだしたんだ。車がきたっつーて」


このようなへんぴな場所に来る車などジャルクトゥしかいない。

そう踏んだ伊橋は傷ついた身体で追いかけ始めた。


中村は仕方なしに自分のバイクでタンデム二人乗りにして追いかける。

それは見事に怪しい一団であった。


 防衛組織キットの戦闘ロボットキットコナイオウを撃破した紅大公クリムゾンの部下達を載せたトラックだった。


「必死に後を着けて来て基地に潜り込んだらあの地震が起こったんだよ。流石にヤバいと思って外に出たら……」


これ以上は無駄話になりそうなのでトレバーはちゃっちゃと話をまとめだす。


「そこは別世界だったと……、基本俺らも同じだ。基地に着いたら地震が起こった。もちろん誰の仕業か分からん。それでこうして偵察に出張ったわけだ」

「マジかよ!? またお前らのトンデモ作戦かと思って耕史がブチ切れてたぞ」


中村が目を剥いて驚く。

本人もそう思っていたがトレバー達の雰囲気と目的で納得する。

普通に侵略行為か作戦ならば怪人や戦闘員達が動くはずだ。


「はは、あの抜け作らしいな。それで抜け作先生は?」


 トレバーが笑ってライバルの所在を尋ねた。

その途端、中村はベソをかきだし始める。


「地震が怖いから外に出てたら、戦闘員達がわんさか出入り口に出て来るし、怪人達や偵察機も上から出てくるので侵入がバレたと思って耕史と森の方に隠れていたんだ」


ところが徐々に戦闘員が増えだし、バクシアン大僧正まで出て来たのでその場から離れる。


 今度は道中で見た事のない怪人達に遭遇した。


「ネズミ男や犬兵士、虎人間の怪人は今まで居なかった。伊橋は変身せずに全部ぶっ飛ばしてたけどだんだん多くなってきて……」

「そのどさくさではぐれたと……」


呆れた顔のキルケーが要約すると中村は頷く。


「そうなんだよぅ。森を抜けたら道は見た事ない石畳だし、人は何しゃべってんだかわかんねぇし……俺、五か国語しゃべれんのによう」


 中村は途方に暮れた顔で頭を振った。

元々中村はフリージャーナリストだ。

しかし実際はスキャンダル専門のパパラッチである。


 ある大物政治家のネタを追ううちにジャクルトゥのシンパの顔を知る。

襲撃され、助けに来た伊橋と共闘して以来の相棒になった。

少し抜けている伊橋に中村の知識と技能フォローは無くてはならないモノだった。

そしてジャクルトゥの作戦や活動には脅威となり、危険人物のリストに入っている。

最も不倫している人妻を脅して如何わしい事をするクズでもあるのだが……。


「中村、お前、俺と取引しねぇか?」


 トレバーがにこりと笑い取引を持ち掛ける。

中村は警戒するものの今後の見通しさえ分からない状態なので渋々取引に応じた。


「なんだよ、手下になる気はねぇぞ?」

「要らねぇよ! 兎に角だ! ここにスマートウォッチとイヤホン、金の延べ板一本ある。これをやる」

「おお! 大佐どのー、ステキッスー!」


中村が訳の分からないイントネーションで褒め称えるが、トレバーは無視した。


「スマートウォッチは翻訳機能が付いていてここでの言語に一応、対応している。これとここでも金は有効らしいからそれで当座を凌げる」

「おお! そりゃ大助かりだ!」


困り果てる中村にとって渡りに船であった。

しかし此処からが本番だった。


「お前の仕事は……会話通訳機能と戦闘記録のモニターだ。対応しているとは言え完璧じゃない。そして戦闘だが、俺達が戦った相手はどうやら魔王軍らしいんだ。」

「ぷっ! この二十一世紀に魔王軍ってRPGのやり過ぎだぜ?」


噴き出す中村にトレバーは周囲を観ろと告げ、説得に入る。


「俺らは近くの村経由で此処に来たが、村の連中が魔王軍の脅威を訴えているんだ。お前もあの見た事ない怪人ども見ただろう? あれがそうだ。俺達も身を守るために敵の情報が知りたい。そこでお前らにモニターしてほしいのさ」

「むむぅ……」


真実味のある美味しい話すぎて中村は逆に警戒し始めた。


「当然伊橋にもつけさした方が良いだろう。戦闘担当だしな……どうだい条件を呑むなら専用スマホと一万回使用可能な充電器もつけちゃうぜ?」


調子に乗ったトレバーは伊橋に言及するが中村は否定した。


「俺は良いけど、伊橋は絶対断ると思うよ……」


困惑しながら中村は頷く。トレバーもそこは対応を変えて来る。


「ああ、アイツの場合は、間に合わせだが防護タイプの強化服を付けるとでも言っておいてくれ。強化服が無ければ俺らはフルスペックにならないからな」


 ウォリアーシリーズトレバーや伊橋たちは強化服を着る事で能力を全開放させられる。

能力増強の強化服と情報制御の仮面ヘルメットが彼等を戦士に変える。

強化服を着込んだ怪人相手ならば必須の戦闘モードだ。

伊橋は魔王軍の怪人魔物に使わなかった。使えなかったのだ。

なぜなら伊橋の強化服は先のトレバーとの相打ちにより破壊されていたからだ。


「わかった。けど期待しないでくれ。アイツは無茶苦茶頑固だしな」


 話を受けた中村は溜息をつきながら答える。

伊橋に話した瞬間にキレられるのが目に浮かぶらしい。


「ああ、お前だけでも良い。俺は無理強いしない。アイツに邪魔するなと言ったら嬉々として邪魔しに来るだろうから言っておく。゛是非とも来てくれ。フルボッコで捕まえて再改造してやんよ ゛ 」


伊橋にとって神経を逆撫でする本音をぶちまける。

トレバーはケタケタと笑い、アガト達を載せて人込みの中へ立ち去ろうとする。


「ちょっと……じゃあね。中村」


置いて行かれるキルケーは中村に挨拶し、慌ててトレバーを追いかけ始めた。











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