復讐鬼出現

 人込みに紛れた後、トレバーはキルケー経由で堕天を呼び出す。

イヤフォンを着けると即、堕天の苦言が聞こえて来た。


「小坊主、大首領の意向を無視して勝手に敵と取引する……。私は感心しない。だが、現在の詳細なデータ採取が出来るのであれば大首領には取り成しておこう」


やはり会話をモニターしていたらしい。

どことなくご機嫌な堕天を察してトレバーは無理目な頼みも言ってみる。


「現場的には遭遇する敵のデータ採取に奴の首に鈴がつけられるだけでも良いさ。それと俺の予備ウォッチやアイテムをドローンで配達してくれ」


トレバーの注文に博士は鼻で笑って答えた。


「フッ、もう送った。十数分ぐらいで到着するだろう。あと二日でバティル城に来れるか?」


「余裕……と言いたいところだが、伊橋の存在が不確定要素だ。まぁ今なら捕縛できるがな」


ここぞというときに必ず邪魔しに来る男、それが伊橋だ。

トレバーは勝負所を自然に読んで来る才能を毎度の事ながら苦々しく思っていた。

博士は承諾しながら提案する。


「では、万が一、奴が承諾した時の専用スーツは用意しよう。無論、細工は戦闘データ採取のみだ」


トレバーは同意して力強く宣言する。


「ああ、奴は俺が全力で倒す!  じっちゃんの名にかけて!」

「お前、ふざけてるだろ? まぁいい、必死に頑張れ」


呆れた博士は通信を切る。

通信が終わり、イヤフォンを返すとトレバーはふぅと溜息をつく。


「あー、やっぱ怒られたか……。けど奴らはある意味興味深いな」


てへっと舌を出しながらトレバーはそうつぶやいた。


「なんで? 伊橋が来た日にはアンタとの死闘で街が廃墟になるじゃない?」


訝しげに詰問するキルケーにトレバーは何も分かっていないと首を振る。


「奴はヒーローを気取っている野郎だ。そいつらが人類側俺らに敵対する魔王軍に加入するのか? それとも人類の危機を傍観するのか? 興味深いんだよ……アイツが宣う正義って奴がね」

「あ……そうね」


キルケーは指摘に気が付いて同意した。


 ジャルクトゥにとって人類は支配対象である。

そして組織の人材確保の為にも庇護すべき存在でもあるのだ。

人類を滅する魔王軍、仇である組織ジャクルトゥ……どちらに参戦するのか?

狭間の存在である伊橋の選択は敵として見ものであった。


ただ、トレバーの予測はバティル城決戦に襲撃に来ると踏んでいた。

奴はここの人類がどうなろうと知った事ではないからだ。

何故なら伊橋の本質はヒーローではなく単なる復讐者リベンジャーと看破していたのだ。


 自分の正義に酔い、綺麗事や相手を声高に批判する人間程、自分の言動には甘い。

……正義の為、人類の為と称して実は自分の為なのだ。


 そのトレバーの頬を渋い顔のアガトが突っつく。


「お腹すいたってさ」


ウォッチもイヤフォンも無いトレバーは言っていることが皆目わからない。

苦笑しながらキルケーが通訳する。


「そんじゃ、タイソンの所に二人を連れて行ってくれ。飯を食わせてくれるだろ。……俺は尾行を撒いてドローンから品物を調達する」


 通訳を聞いたアガト達が笑顔でキルケーの肩に移動した。

トレバーはウィンクすると瞬時に目の前から消える。

その周囲で困惑と驚きを隠せない男達が三人ほど出てくる。

トレバー達をただものではないと見抜いた情報屋ギルドの皆さんだ。


 その隙にキルケーもスカーフを眼深に被った。

そして人込みに紛れて尾行を撒く。

重要な作戦前に素性がバレても困る。

通りすがりの異邦人として扱って貰えれば申し分がないのだ。

周囲の人間と歩調や雰囲気を同調させてキルケーは大通りに入る。

そのはるか頭上、建物間を飛翔するように跳躍する人物に周囲の人間が騒ぎ出す。


「魔王の手下だ! あんなぴょんぴょん飛び跳ねる人間なんざ居ねぇぞ!?」


 薄汚い露天商が指差して叫ぶ。

通りに居た全員が恐慌状態になった。

それに紛れてキルケーも逃げるが実はその正体を知って居た。


(あの抜け作、お陰で完全に撒けたけど魔王軍としてアタシらが疑われたらどうしてくれんのよ)


トレバーなら隠密行動はお手の物だ。

何よりド真性の悪党ゆえに目立つことを嫌う。

このような人の多い往来でわざわざ目立てる人物、ゆえにやる言動であった。


『出て来い鬼神大佐ぁ! 俺に怯えて出てこないのかぁ‼』


 伊橋が教会らしき建物の鐘楼に立つ。

魔王軍を蹴散らしてここまで来たのだろう。

顔には疲労感が色濃く出ていた。


その代償は服装にも出ていた。

薄汚れたTシャツに所々裂けたパンツに穴の開いたブーツを身に着けている。

周囲に挑発し叫ぶが、大半の人々には意味が解らない。

相手であるトレバー達以外には……。


(まさか出てこないよね……うちのバカ大佐は……)


キルケー達が建物の影に隠れて様子を見る。


 その杞憂は現実となった。

城壁の上でいきなりトレバーが現れた。

大声で罵詈雑言を放ってキルケーをズッコケさせる。


『そこの魔王軍のチンピラぁ! この俺がドッ・ハッ・デッに懲らしめてくれるわっ!』

「なんだとぉ! このクソ悪党がぁ!」


トレバーは回収したウォッチと半透明の自律浮遊型スマートスピーカーを受け取っていた。


それでスピーカーがばれない様に離れた位置に配置して名乗りを上げる。

それに対して伊橋は通訳も無しに喚くだけであった。


「神よ! 俺に力を!……」(チェンジウォリアーッ)


意味不明なポーズを決めて、スマートウォッチを操作する。

音声を切り替え変身モードに入る!


『てめぇっ! きったねぇぇっ!』


怒り心頭で叫ぶヒーローである伊橋をトレバーは無視した。

ヒーローそのもののルーティン手順で悪党が英雄ヒーローになり切る。

下では民衆が大歓声を上げて応援しはじめた。


 クルっと空中で一回転し向かいの建物の屋根に変身した鬼神大佐は対峙する。


「天が呼ぶ、地が呼ぶ、風が呼ぶ、神が呼んだ勇者。俺、マスクドウォリアー見参ッ!」

「クッソぉ……」


口上まで丸パクリされて伊橋は怒り心頭で構える。

荒ぶる伊橋へスピーカーを動かし、秘密裏に諭すように告げた。


「俺らの悪事と人類の存亡、お前どっちとる? 分からなければ一度、俺と飯を食うか? ちなみに今やっても俺は一向にかまわんっ!」


本気仮面姿のヤルつもりの鬼神を伊橋は見据えた。

疲れ果てていても闘志は燃え盛る。

だが、今まで向けられた事のない民衆の敵意に伊橋は逡巡する。


「ええぃ! 分かった一回だけだからな!」


 伊橋はその場で胡坐をかいてぶんムクれする。

それを見て鬼神は仮面の下でほくそ笑む。


(脳筋バカで良かったぁ……つーか、俺らこんなバカに苦戦していたんだ)


宿敵の正体に苦笑しつつ、トレバーは仮面越しに本部に通信を入れる。


「おい、じっちゃん。俺の提案聞いてくれよ」

「何だね。大佐? 博士は資源回収に忙しいそうだよ?」


応対に出たのは司令部付きの堕天ではなかった。

大首領が悪戯するように直々に応対して来た。


「うぉ?! マジか! じゃ大首領、コイツにそこそこの資金と装備持たせて別の大陸で暴れまわって貰うのはどう?」


いきなりの大首領登場に驚く。瞬時に元通りにトレバーが気さくに話しかける。


「メリットは?」


大首領も呼応して話し出す。


「少額で敵を敵にぶつけて負担軽減と俺がいると見せかける幻惑効果」


トレバーは先程ひらめいた提案するが、即座に大首領からダメ出しが出た。


「まだ弱いな」

「じゃ、ついでに厄介払いはどうだ」


最後のありきたりな理由に大首領は苦笑した様に返した。


「ふっ、まぁ、良いね。個別報酬出すからチャンネル交渉窓口は開けとけ」


大首領はトレバーに対してほぼ盟友の感覚で了承した。


 その特殊な上下関係は組織にとって大切な事であった。

それは大首領に完全に心服する堕天博士やキルケーイエスマンとは違う。

トップにノーを突きつけるのだ。


 トレバーの戦闘力と戦略眼はかなり高い。

良いものは評価し、作戦の稚拙さや運営の甘さを必ず指摘してくる。

そして組織が勝つために自らも不断の努力している。

そこが大首領に最も信頼されているのだ。

実はトレバーこそ幹部の誰よりも忠誠心が高いのであった。

大首領は命の恩人であり、信頼する上司であった。


「了解ぃ、じいじより話が早くていいや」


トレバーは破顔するが、そこに間髪容れずにツッコミが入る。


「小僧、帰って来たら色々と思い出させてやるぞ」


会話をモニターしていた堕天が個別通話でたしなめる。


「ひーっ、正直、済まんかったっす」


 苦笑がてら堕天に返して鬼神は伊橋の隣に跳躍する。


「森に投げるぞ、迎えに行く」


そうささやくと伊橋の身体を軽く持ち上げ、旋回し始める。


「ウォリアートルネィドッ」


掛け声と共に大の字になった伊橋を回旋状に投げ飛ばす。

本来ならそこからウォリアーキックでトドメだ。


「トォッ!」


白々しくも掛け声と共に跳躍する。

投げた伊橋を追いかけて森の向こう側に消えていった。


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