伊橋とトレバー

 森から帰ってきてもお互い仏頂面のトレバーと伊橋がズンズンと通りを進む。

その後ろをビビりながら中村がついていく。

ちょっとしたことで着火、激突したら止められないのだ。

しばらく行くと待ち合わせ場所であるがんの群れ亭に着いた。


「はーい、いらっしゃーい」


ドアを開けると愛想のいい女将さんが三人を出迎えてくれた。

質素だが清潔なドレスにコルセットベルトを着てせかせかと忙しく働く。

小銭を入れるポケット付きエプロン姿が印象的だった。


「トレバーさぁん! こっちでぇす!」


 タイソンが目敏くトレバーを見つけた。

そのままキルケー達が食事するテーブルに呼ぶ。

しかしトレバーは手を挙げ挨拶すると女将に別のテーブルに案内してもらう。



「あれ? トレバーさん気が付いてないのかな?」


今日の記録的な売り上げにホクホクのタイソンが呟くとキルケーが答えた。


「今からお仕事だよ。まぁ、大騒動にならなきゃいいけど」


 目の前でアガトがフットロングサイズのライ麦ハムサンドを元気よく頬張る。

テュケは上品に溶けたチーズをのせたパンに蜂蜜を付けて一口ずつ食べる。

それを眺めながらキルケーはウォッチで会話をモニターする。

戦闘になれば全員連れて一目散に逃げるつもりだ。


「鬼神、てめぇどういうつもりだ。中村は騙せても俺には通用しないぞ」


 トレバーはテーブルに着くなり威嚇し始めた伊橋を無視する。

注文を聞きに来た女将さんに金の延べ板を渡す。

それで買えるだけのエールと食事を注文してそのまま会話に入る。


「それでいい。ただ、俺の話を聞け。良いか? 中村にも話したが、この世界に来たのは俺らウチの組織の意思でも作戦でも実験でもない。別の何らかの意思がある」

「嘘つけ」


伊橋は一言でトレバーの言い分を一蹴して聞く耳を持たない。

だが、隣の中村はこの状況に危機感を持っていた。

トレバーはとにかく二人に話しかけていた。


「それでも俺らは人類や亜人種の敵、魔王軍に対してのみ攻撃を仕掛ける。そういう事だ。味方になれとも邪魔すんなとも言わねぇ。敢えて言う、お前ら魔王軍につけ」

「何だと!?」


その言葉を聞き伊橋が激高する。

猛る伊橋をトレバーは無視して話し続ける。


「共闘、無視、敵対、お前が選べる選択肢がその三つだ。どれもお前は嫌だろぅ? 俺ら的には向こうについて貰うと気が楽でいい」

「グッ」


 伊橋が絶句して拳を握る。

言い返せないし他に選択肢もない。

あるのは目の前にいる男が所属する組織への怒りしかないのだ……。

そこで中村が変わって話し出す。


「何故アンタ等は人類に肩入れする? いつもやっているのは魔王軍と同じ事だろう?」


その言葉にトレバーがひそかに気合いを入れる。

こういう場交渉事の中村は下手なヒーローより手強い。


「一緒にして貰っては困る。俺らの目標は我らによる世界征服で人類が必要なのだよ? 魔王軍は根絶しても良い種、奴隷であり家畜として見ている。根本が違う」


ジッと見る目てくる中村にトレバーは説明した。

実際にはその場で言った出まかせである。

堕天博士のクレームツッコミがないので方針としてあっているらしいと認識した。


「では、俺らが三つの選択肢の一つを選んだ場合のそちらの対応は?」


 これがあのヘタレの中村かと思うと苦笑せざるを得ない。

苦笑したトレバーは女将が運んできた大量の食料に驚きつつ話を続けた。


「共闘はコイツ伊橋が居るからありえん。だが、ともに魔王軍と戦った場合は新型スーツや武器、移動手段に活動資金と食料提供する。帰還する手立てがあればともに帰った後、抗争続行だな」


伊橋の存在を前置きしたうえでトレバーは条件を提示した。

そこで中村が要約して復唱する。


「一時休戦と共同戦線ね」

「そういう事だ。邪魔しないのであれば装備も資金も情報もない。どこかに引っ込んでくれればそれでいい。帰還時は連絡してやる。但し邪魔したらぶっ殺す」


中村の交渉術はしゃべらせておいて情報を引き出してからその穴を突く手法だ。

トレバーはボロを出さないように警戒しつつ時に威嚇を交えた。


「じゃ、お勧めの敵に回るは?」

「資源も情報も無し、事が成って帰る時も放置……は可哀相なので俺が介錯してやんよ。向こうに帰ったら敵に回った動画も保存してウォリアー悪堕ちとしてアップする」

「ざけんなよ!」


 提示した途端、伊橋が再び激高し真顔の中村が腕を掴んで必死に止める。


「まて、耕史! 落ち着けって、それでは相手の思うつぼだ。では俺からの提案だ。良いよな?」

「ああ、言ってみろ俺達は胸襟を聞いててやんよ」


大袈裟にウォッチを嵌めた右手でドンっと胸を叩く。


「基本、邪魔はしない。何らかの依頼があれば伊橋次第で受ける。その際は活動資金とアイテムをおくれ。帰還の際には共に帰り抗争続行」


芝居じみたトレバーの動作に苦笑しつつ、中村は消極的共闘を提案した。


「ふむ……上に打診してみよう」


その言葉を言うが早いか骨伝導の音声が大首領の声を伝えた。


「承認だ。大佐」


その速さにニヤリと笑うと二人に向き直り交渉を再開する。


「良いってさ、差し当たって中村はウォッチを常時付けて置いてくれ。伊橋は誰かにやったりなくすからダメ」

「要るか! そんながらくた!」


吐き捨てる様に反発する伊橋にトレバーは追撃をかける。


「敵の認識データベースに通信、翻訳機能がついてるからなんだが……。まぁ、脳筋クソバカにはいらんな。中村は必ず持ってろな。伊橋はまたヒーローに成りすまして弄ってやんよ」

「けっ、要らねぇ!」

「なあ、伊橋、これかなり大事な奴だぞ?」


苦言を呈す様に中村が伊橋に言うが全く刺さらない。


「まぁ、ほっとけ、それと早速の依頼だ。お前ら別の大陸に行け、聴けば西の大陸にいる鬼兵団って言うのがクソ強いらしい。始末しろとは言わん、遊んであげてね」

「毎度、船は?」


 取り敢えずの目標と活動資金を得たので中村はホッとしていた。

次のトレバーの話でギョッとする。


「それはご自分で調べてくれたまえ。下手すりゃ自前で調達もありだわな、後日、伊橋の交換スーツと資金が来るだろうさ」

「俺はこれのままでいい」


完全に蚊帳の外の伊橋が不満そうに呟く。

だが、トレバーは挑発するように勧める。


「ああ、壊れたスーツで魔王軍の雑魚とやり合うのは良いが、切り札がないと将校怪人級に負けるぞ? 俺はスーツが万全だからやり合えたがな。ちなみに全身火だるまにされたぜ」

「ちっ、わかったよ」


 無理やり納得する伊橋にクスリと笑う。

負けず嫌いな性格なのは知って居るからだ。

伊橋はどのようなことがあっても負けるわけにいかないのだ。


 そこにトレバーにメソッドから伝達が入る。

製作部より条件を告知するように要請されたのだ。


「あと、製作部からだ。スーツ展開時にはデータを取らせて貰う。これはお前のスペックにアジャストしたスーツを作る為、改善のためだ。それ以外の仕掛けは付けない。もしあれば俺がケジメを付ける」


凄みを利かせたトレバーが告知した。

その意思に中村は冷や汗が噴出し、伊橋は頷いた。

こういった時のは信用できたからだ。


「それじゃ契約締結ってかぁ、じゃぁ、なんかあったら通信で呼べ」


トレバーはエールのジョッキを持つと一気に空ける。

ぷはぁっと息を上げ、席をスッと立ちキルケー達が待つテーブルに行ってしまった。


「何だ、アイツ」


 中村は別れ際のつれない態度に不満を持つが、伊橋は納得していた。


「アイツらしいな、必要以上に慣れ合わない。あくまでも敵であると意思表示したんだよ」


不器用な戦士である自分に対する武人としての心遣いが沁みた。

そして信用が生まれる。


「依頼は受けるがあくまでも内容を吟味してからだ。それまで腕時計はしない。鬼神はライバルで他はかたきだ」


 中村はその頑固さに呆れた。


「何だそりゃ、まぁいい飯食おうぜ……つーか、二日ぶりの飯だっぜぇ! しかも大佐の奢り! 人の奢り程美味いものは無いってね♪」


目の前に置かれた具沢山のシチューに焼き立てのライ麦のパンが香ばしい。

巨大な鶏のモモ焼きがこんがりと焼かれて照りが食欲をそそる。

新鮮なサラダに見た事のない巨大なエビ、それに泡立つ黄金色のエール。

……伊橋と中村が一斉にむさぼり始めた。


 ところが一口入れて、動きが止まる。

濃厚な旨味や素朴な風味に舌が止まったのだ。

実に美味い、そして泣けてきた。

二人は故郷の団欒を思い出して涙が溢れて来たのだった。

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