願い
一方、席に着いたトレバーはタイソンから感謝の言葉を貰っていた。
「トレバーさぁん! 今日は在庫一掃の完売でしたよ! お陰で三か月は遊んで暮らせそうです!」
「そっかぁ、そりゃよかったなぁ」
その勢いにタジタジになりながらトレバーが返す。
だが高いテンションの勢いは止まらない。
「今日は奢ります! 何でも言ってくださいっ! 女将さーん!」
「何だい? タイソン……ってアンタ、タイソンの連れかい?」
隣にタイソンとトレバーを見ながら女将が呆れつつ尋ねた。
「ああ、俺ら知らんかったのよ。女将さん、あの連中、食っているかい?」
トレバーは意外にも伊橋たちを気にかけた。
「ああ、涙流してうめぇうまい連呼して食っているよ。……お代は先払いだし、あそこまで喜んでくれると亭主もアタシも嬉しい限りだよ」
笑顔の女将が答えるとトレバーも頷く。
「そりぁ来たかいがあるってもんさ。じゃ、エールと煮込み、特大で貰える?」
「あいよ」
笑顔の女将が去って行く。するとアガトが目を輝かせて尋ねて来る。
「兄ちゃん! あの服、兄ちゃんのかい? オイラ、あの服がいい」
伊橋のと鐘楼でのやり取りを見ていたらしい。
じぃっとトレバーを見詰めて来る。
「それは良いが、渡すと契約終了しちゃうぞ?」
意地悪そうに答えるとアガトは困ってしまう。
「うっ! それなら終了時には
「高給取りめ……よし、こいつ専用の服、メソッドに依頼してやっか」
任務が上手いこと捗り機嫌もよかったのでトレバーは了承する。
「うー、ダサいけど僕もぉ!」
アガトに続いてテュケもモジモジしながら手を挙げる。
「契約とは別の戦闘服だからな、メソッドに依頼っと」
テュケにもきちんと断りを入れてトレバーが二人の身体データを転送する。
そして目の前に出されたエールをあおる。
程よく冷えたエールが仕事を終えた喉に染み渡る。
くぅぅっと首を振る様は中間管職そのものだ。
「まぁ、みんなうまい事行ってイイ感じだな」
「トレバー、抜け作先生は?」
少しほろ酔いなのかキルケーがしどけなく語り掛ける。
一瞬ドキっとするがトレバーは微笑み。
「別の大陸に殴り込む話になった。共闘は御免だが、魔王軍にもなる気はないそうだ」
「そっか……」
強敵が居ない安堵感と寂しさ、物足りなさがキルケーの胸中を襲う。
その感傷をぶち壊すように罵声が飛んでくる。
「ジョアン! 相変わらず下手糞だな!」
店の片隅で十二弦のギターらしきものを持った少女が罵声に身を強張らせる。
同時に爽快な気分を害されたトレバーの額にピキッと青筋が起つ!
「また、ジョアンお姉ちゃん腕試しに来てたんだ……」
煮込みの椀に匙を置くとミアが心配そうにギターの少女を見る。
キルケーが心配で動き出そうとするタイソンに尋ねる。
「知り合いなの?」
「ええ、家族ぐるみの付き合いなんです……。親父さんがギタールの名手で彼女もかなりの良い腕なんですけど……聴衆が居ると緊張で……」
「実力が発揮できんと……」
タイソンの答えに席を立つトレバーが付け足す。
そして絡みだす酔客の間に二人が割って入る。
「いやいや、どーも」
「お? 何これ? 十二弦? すげぇ! どんな音色すんの?」
そう言ってタイソンが酔っ払いを宥める。
その間にトレバーが興味深げに尋ねつつジョアンを連れ出して匿う。
すると透かさず女将が飛びだして来る。
「タイソン、暴れたら承知しないよ?!」
「ああ、女将さん。分かっているって」
心配する女将さんにタイソンは笑ってそう断りを入れる。
親し気に酔っ払いに肩を回しガシッと捕まえる。
「何だよ? ゴティアんとこの坊主じゃねぇかよぅ? 俺になんか用か?」
近所の知り合いだったようだ。
タイソンは笑いながら肩を掴む。
「おお、実は俺んとこ大事な客連れて来てんだ。そこで大きな声で騒動起こされても俺も困るんだよ」
「そんなこと知ったこ……ふっ」
笑顔のタイソンの二の腕が倍になり、文字道理の腕尽くで席に座らせる。
その瞬間、いつの間にかトレバーが笑顔で男の横にいた。
瞬時に顎をスパンと打ち抜き、机に突っ伏しさせた。
「さて、演奏の前にその十二弦の楽器の説明を頼むよ。俺ら外国から来たから興味深くてね」
トレバーとタイソンは事も無げに席に戻って来る。
「え? あの? ありがとうございます。私、ジョアン・クロウです。」
栗色のストレートの髪を束ねたジョアンは自己紹介する。
華奢な身体に地味なベージュのカーディガンを着た気弱そうな少女だった。
その奥の綺麗な緑色の瞳を台無しにする瓶底眼鏡を直し、話始めた。
元々、この地方は山や大河の恩恵もあり良質な材木や獣の革が取れる。
そこから様々な楽器が生み出された。
その一つが十二弦の楽器ギタールだった。
六弦までは普通のギターチューニングにする。
六弦から八弦までが一オクターブ上の音階にしておく。
残りは下の一弦と二弦と同じにする。
ユニゾンチューニングのお陰でわずかに違う音域が発生するのだ。
この世界のギタールは十二弦の音階は全部一オクターブ上になっていた。
その分だけ音色はより複雑になっていた。
「へぇ……そりゃ面白いな」
説明を聞いたトレバーが感心する。
その一方でジョアンはそのまま落ち込んで行った。
「けど、父みたいになれないんです。父はお店で弾かせて貰って腕を磨いたのに私は怖くて……」
ジョアンはそのまま消え去りそうになる。
見かねたキルケーはエールを呑んでヘラヘラ笑うトレバーに振った。
「うーん、こらトレバー、ヘラヘラしていないで何かアドバイスはある?」
「ねぇよ」
即答するトレバーに呆れたキルケーは頭を抱える。
「ねぇよって……この役立たず……」
それでもその本人は笑って答える。
「この子は自分が先代より劣っているのを自覚しているんだろ? 開き直れよ。ミスって当然なんだよ」
キツイアドバイスをしたトレバーにその場にいた全員が唖然とした。
「ん? そうだろ? だから此処で腕磨くんだろ?」
困惑するトレバーにアガトにテュケも文句を言い始める。
「そりゃそうだけど……兄ちゃん」
「身も蓋もないよ」
その視線に耐え切れず仕方なくアドバイスを変える。
「あー、分かった。まず一曲、頭の中で完璧に弾いてみてそれを三回以上繰り返す」
真面目な顔でトレバーがアドバイスし始めた。
「それで?」
一同が凝視する中、ギャグに走れずにトレバーは話を続けた。
「それで
「やってみます!」
そのアドバイスにジョアンは目を輝かせた。
そしてトレバーが
「そうそう、俺らの国に弦楽器の
「え? なんでー?」
アガト達が不思議そうに尋ねるとトレバーは笑った。
「奏者が意図的にやった技術と聞き手が意識するから、つまり誤魔化したってことさ」
「へぇ……」
感心するアガト達に一抹の不安を覚えたトレバーは即座に修正を図る。
「但し、俺らのお仕事でミスは厳禁だぞ? わかったか?」
「「はーい」」
アガトとテュケは手を挙げて答えるが正直不安は尽きない。
特に潜入工作では……そこでトレバーが何かを閃いた。
「ジョアン、俺に少しギタールを教えてくれ。それでお前さん師匠にしてギルド登録してくる」
「え? 私で良いんですか?」
「俺は一向にかまわんッ!」
そのトレバーの剣幕に押されたジョアンは目を瞬きさせて承諾する。
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