トレバー、受験をする

 夕食後、トレバー達はゴティア兄妹の家に移動した。

店から歩いて一〇分ぐらいで保安官詰め所前の倉庫付きの家屋に到着する。


 部屋に入るとトレバーは、ジョアンと差し向えで椅子に座る。

そのままギタール演奏のレクチャーを受けた。

後ろではテュケ達やミアがソファで安らかな吐息を奏でる。

元からギターをたしなんでいたトレバーは短時間でほぼものにしていた。


「凄いですね! 基本的に基礎だけで数か月掛かるんですが……いきなり上級テクまで覚えるなんて!」


 トレバーの呑み込みの速さにジョアンは感激する。

謙遜しながらトレバーはギタールの奥深さに驚愕する。


「先生が良いからだけど……スゲェな……この楽器はライフワークになりそうだ」


 修羅の本性を喪失させるほどの魅力がその闇にはあった。

複雑だが技さえあれば多彩な音が無限に紡ぎさせる。

そのような魅力から任務理性がトレバーを呼び戻す。


「ええ、父も毎日二回は触っていないと落ち着かない程でした……。私ももっと巧くなって曲を聴いてみんなで楽しんでもらいたい」


しんみりしながらジョアンが呟く。


 その時、トレバーが軽く弦を叩く。


「ホテルカリフォルニア」

「はい?」


その呟きにジョアンが少し驚いた反応をした。

トレバーはギタールのボディを軽快に指で叩きリズムを取る。

あのイーグルスの名曲、ホテルカリフォルニアのイントロを弾き始める。

教えられたその技量を惜しみなく完全コピーの為につかう。

あの切なくも悲しく、そして恐ろしい曲を奏でる。

その音色とメロディーがある種の魔物の様にジョアンたちの心を鷲掴みにする。


 弾き終わった後に沈黙が周囲に漂う。……勿論、驚嘆の沈黙が……。


「すげぇ、トレバーさん、寒気がするほどカッコよかった……」

「やるわね……特にサビの所だけ音程変えるなんて性質たち悪いわ」


タイソンとキルケーの賛辞を浴びつつ涙を流すジョアンは余計に落ち込む。


「才能ある人は少し教えてもこうやって伸びていくのに私と来たら……」


ズズーンっと地面にめり込みそうな勢いにトレバーが慌ててフォローに入る。


「イヤイヤ先生、この曲は俺らの国で流行った曲を先生の教えで再現できた難解な曲なんだって、だから俺が凄いんじゃなくて先生の教えと原曲が凄いの!」

「そう……なんですか?」


顔を上げて確認するジョアンにキルケーは透かさずヨイショし始めた。


「ホント、曲は古いけど味わい深いの。トレバーはヘタレだけど多少見直せるわ!」

「あ、あのね、キル?」


文句を言おうとトレバーはキルケーに向き直る。


「そうなんですかぁ? 私、頑張れるかもっ!」


沈んだテンションが上がるジョアンを見て何も言えなくなるトレバーだった。

この後一晩掛けてテクニックと知っている曲を教え合う展開になって行った……。


 実はその裏でちょっとしたズルが行われていた。

強化服につけられたモニター用カメラでモーションキャプチャーする。

それにより技術や奏法を取り込んでおく。

本部で現世界の名曲のコード進行に変換して落とし込む。

たちまちにしてかなりのレベルまで技量と習得曲が増えていく。

反則だがトレバーは悪の組織所属悪党である。

そこはチートが基本であった。


 朝、寝ていたミアやアガト達が目を覚ました。

目の前には目の下にクマを付けて妙なテンションのトレバー達が居た。


「うっしゃー! これでもう完璧だ」

「それじゃ今からギルド行けばいいのね?」


 練習に付き合ったキルケーがフラフラになりながらも立とうとする。

ジョアンの隣の椅子で居眠りし始めたタイソンに振る。


「ふぇ? ああ、そうなんですが……」

「審査員が居て、技量や潜在能力を見極めて貰い位階クラスを貰うんです」


ジョアンがギタールを傍らに置いて机に向かう。

説明をしながら現世界の名曲をレクチャーついでに記載した楽譜類を纏めて紐で綴る。


位階クラス?」


水を汲み、洗面器で顔を洗うトレバーの動きが止まる。


「ええ、クラス判定ですね。初心者であるペーパー級から伝説の達人、聖人級のアダマント級まであって受けられる依頼からその報酬まで決められているんです」

「ちなみにジョアンは?」

「シルバーです。教える事は出来るレベルですね」


少し寂し気にジョアンは答えた。


「俺の師匠登録は出来るんだろ? それならOKだ」


 顔をタオルで拭きながらトレバーは問題なさげに答える。

しかしジョアンは心配げにつぶやく。


「ええ、出来るんですが……判定員から高い判定、最低でもブロンズ以上無いと商売できないんです。特に今月は……」

「今月は……なに?」


顔を洗ったキルケーがアガトやテュケに歯磨きをさせて聞き返す。


「……今月はデズモント先生が判定委員なんです」


ジョアンが顔を俯かせて呟く。

そこにタイソンが朝食の皿を食卓に並べながら説明した。


「デズモントさんってジョアンのお父さんのライバルみたいな人です……。ギタールの腕に関してかなり厳しくて受験者を軒並みこき下ろすんです。特にジョアンには滅茶苦茶辛く当たるんです。鬼ですねあれは……」

「ほほう、演奏の鬼か……面白い」


 タイソンが吐き捨てるように言うとトレバーの眼がギラつく。

たとえ未知のジャンルでも強敵が現れれば闘志に火が付く。

キルケーが愛する男の真骨頂であった。


「とにかく飯食って乗り込もう。なーに、飲み屋で曲が引けりゃ無問題だ」


豪快にトレバーは笑ってメソッド技研チートとパクリの技術に託した。


 朝食をとったトレバー達はジョアンの案内で職工ギルドの館に向かう。

街の防壁に面した場所にギルドの館は有った。

赤煉瓦造りの大倉庫を思わせる横長の建築物が壁と並行に立っている。

玄関に着くとその横には職工ギルドの銘板が打ち付けられていた。


「へぇ、デカいな……」


トレバーは館の大きさに少し驚く。

もっとお役所的な建物を勝手に想像していた。


「ええ、ギルド化された大概の職業はここで運営されてます。ただ、冒険者ギルドは大通りに有ります。登録者数も多いし、依頼やトラブルも多いので別の建物になったそうです」


付き添いで来たタイソンがそう教えた。


「へぇ、冒険者ねぇ……登録に条件はあるの?」


冒険者と聞いたキルケーが興味深げに尋ねる。

わざわざギターの流し吟遊詩人にならなくても冒険者なら自由だ。


「職業と能力判定して位階が貰えます。一応、建前は保証人や師匠が必要ですけどね。もっとも、どんな腕っぷしがよくてもカッパークラスまでですね」


 簡単にタイソンが答えるとトレバーが今度は質問して来た。


「なぁ、位階ってどんだけあるんだ?」

「えーとですね。ペーパーウッドカッパー青銅ブロンズアイアンシルバーゴールド白金プラチナミストリル豪傑ハリコン英雄アダマント神使です」


タイソンは指折り数えて答えた。


「へぇ、位階が違うと何が具体的に違うんだ?」


トレバーは詳細を尋ねた。今後の潜入時に知っておくと便利だからだ。


「まず給金と仕事内容です。ペーパーは初心者なので安全なスライムやカラス駆除がメインです。給金も一任務、十デルー程度で安宿屋一泊分です」


「ほうほう、そっから増えていくわけだな? じゃシルバーのジョアンは凄いんだ」


タイソンの答えを聞くとトレバーはジョアンの位階に感心する。


「いえ、デズモント先生はよく頑張ってもブロンズとカッパーの境目だと……」


そうつぶやいてジョアンは小柄な体を消え入りそうに小さくする。


「えっ?けど……」

「実は……勇気振り絞って試験受けに行ったらデズモント先生が休みで代役だったんですよ」


ジョアンが小さな声でネタバレする。

それを聞いてトレバーは苦笑した。


「よっぽど気難しい相手なんだな……まぁいいや、最悪、冒険者登録しよっと」


とりあえず開き直るとトレバー達はドアを開けて館の中へ入っていく。


 館に入ると様々な職業の受験者達で混雑していた。

中央には受付があり、三人の女性が働いていた。

そこでジョアンが受付を済ませる。


「ハァ……二階の第八受付に行ってください。担当はやはりデズモント先生でした」


嘆息しながら書類をトレバーに渡す。


「面白れぇ、いっちょかましたるぜ」


 目をギラリと輝かせてトレバーは二階に向かう。

他所は魔王軍が迫っているのに受験生でごった返していた。

しかしギタールの受験会場の第八会場は全く人が居なかった。

既に受験生の間で鬼のデズモントが判定すると知れ渡っているらしい。

事実、トレバーの他には誰も受験者は居なかった。

受付に書類を渡すと受付嬢が目を丸くした。


「えっ!? 今日受験するの? 凄い自信家ねぇ」

「おうよ、噂の鬼を見物に来たんだ」


そう啖呵を切るとトレバーはにやりと笑う。

その背後では震えるジョアンが恐怖で影と同化していた。


「あら?……ジョアン?! アンタまた泣かされに来たの?」


受付嬢はジョアンを見つけると呆れかえる様に驚く。


「いえ、あの……生徒の付き添いです」

「せぃとぉ!? またそんな自殺行為を……」


ジョアンが告げると天を仰いで顔を手で覆った。


「何でも良いさ、さっさとたのまぁ」


皆が困惑する中でトレバーだけは威勢がよかった。


「仕方ない、どうなっても知らないよ」


受付嬢は開き直ったように事務作業を始めた。


「ホント、アンタ大丈夫?」


付き添いとにぎやかしで付いて来たキルケー達やゴティア兄妹が心配する。


「まぁ何とかするさ」


達観した様にトレバーは笑いながらギタールを撫ぜた。



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