ラゴウ、大いに笑う


 進攻指示の直後から魔王ラゴウは自然に浮き出た笑みが止まらなかった。

最初、バリアスを処断して次の団長に誰を指名するか?

その思案に入る前に開き直ったバリアスからの報告を聞いて勘が働く。


(……今度の敵はいつもの勇者、救世主などでない。非常に興味深い連中だ)


それがビギナーの報告を聞いて確信に変わる。

……二人に指示を与えると深く考え始めた。


(先遣隊を面妖な攻撃で一〇分ほどで壊滅させる。……邪神の類ならば瞬時に喰らいつくし、その後は人口が多いバティルに向かうはず。ましてやいつもの勇者の類なら先遣隊全滅に丸一日はかかる。……捕虜を捕らえたのも気になる。……実に面白そうな相手だ。場合によっては俺が直々に挨拶せねばなるまい)


 魔王がバティル攻撃を指示したのはその連中をジャクルトゥ誘き寄せるのもある。

連中が勇者でなければ決戦時にはバティル城を見捨てるだろう。

我ら魔王軍が城を荒らしまくる最中に攻撃を仕掛けてくると予想した。

それならば例の面妖な力でより簡単に全て殲滅出来る。

……そして情報を得る為にボグドーへの移動を目論むと推理した。

情報源である捕虜を捕まえた事がその根拠だ。

それならば寒村のゲシルより情報が採取しやすい街に移動すると読んだ。


 所詮、処刑予定のバリアス達が戦死しても痛くも痒くも無い。

バリアス風情に負ける様な相手なら自分が出る事も無い……。

玉座でそう思案する。

退屈ではなくなり自然に表情がほころぶ。

そこに入り口から侍従長が後ろにゴツい巨影を引き連れて現れる。

通常の客なら謁見の間で待機させるが、この人物は別格であった。


「陛下、鬼兵団のヴァンダル様がお見えになりました」

「うむ、久しいなヴァンダル!」


侍従長の案内でラゴウは玉座から立ち上がると巨漢を歓待した。


「おう、ラゴウ! 息災で何より……貴様……何か良い事が有ったな?」


ヴァンダルと呼ばれた大男はラゴウを見るなりそう言った。


 三メーターほどの身長に均整の取れた赤銅色の筋肉を誇示していた。

豪勢で見事な黄金獅子ゴールデンライオンの毛皮を肩にかける。

パレオの様に虎の毛皮を腰に巻いて分かりやすい野蛮な武族丸出しだった。

だが、よく見れば手入れが行き届いた髭面、と赤い髪型は王者の風格があった。

そして無数の傷に覆われた顔に隠れた聡明な目は偉丈夫と呼ぶにふさわしい。

その豪傑が魔王・ラゴウを見つめ豪快に笑う。


 ラゴウは玉座の横のテラスにヴァンダルを自ら案内した。

後ろに控える侍従長に飲み物を持って来させる。

すぐに西の大陸ガマッセル特産、ゼピュロスエールを特大ジョッキで運んできた。


 外は昼とはいえ光が弱い。

それでも雪を被った山々と美しい湖が見えた。

北東の大陸デヴォネルは北国であり、氷河や雪が大陸の半分を覆う。

しかし、地下には大陸地表に以上の大空洞が存在する。

魔族の住まう土地、魔界と呼ばれる場所であった。


 美しい風景をみながらヴァンダルとジョッキで乾杯する。


「おお、この酒でもてなすとは……貴様と初めて競った飲み比べを思い出す」

「まぁな、アレは愉快だった。そうそう新たな敵が現れた。……と言っても勇者の類ではなさそうだ」


機嫌がよさそうなラゴウはエールを旨そうに喉を鳴らす。

ヴァンダルは武者修行時代のライバルであった。

また、ともに戦い抜いた盟友でもある。

彼ともう一人の戦友だけはお互い殺されても許せるほどの信頼関係を結んでいる。

ラゴウは先程報告のあった不審な組織についてヴァンダルに伝える。

すると早速食らいついてきた。


「ほう? また邪教団体の輩か?……兎に角、ワシら鬼兵団にも一枚噛ませろ」


 地上進攻作戦の時、ヴァンダル率いる鬼兵団はガマッセル大陸に進攻した。

湧いて出る抵抗組織や反抗する国家を軒並み壊滅させて制圧する。

しかし、その苛烈さから敵が居なくなってしまった。

居たとしても虫の息の抵抗軍だけだ。

ヴァンダルは退しのぎにバティル城攻略戦の参加を陳情しに来たのだった。


「どうやら近場の岩山地帯バールー連山に奴等のアジトがあるようだ……。総攻撃を仕掛ける時は声を掛けよう」

「おお、それは有難い。ついでにバティル城攻略にも我が配下を動員させたいのだが……」


ラゴウの提案にヴァンダルは手放しで喜んだ。

そこですかさず本命も陳情してみた。


「それは駄目だ。ウチの奴等が勇猛で鳴らす貴公ら鬼兵達に頼り過ぎてしまいかねん。……昔なら共に轡を並べて首級の数を競ったものなのに……」


ラゴウは理由を言って拒否した。嘆息しながら昔の事を思い出した。


 元々ラゴウとヴァンダルは魔界やデヴォネル北東の大陸出身である。

出会った頃はお互い辺境の次期領主候補跡継ぎの一人に過ぎなかった。

先代の外交活動中の宴会で知り合い、同時期に武者修行に出る。

魔界や北東の大陸統一までともに修羅場を潜り抜けた。

大陸の殆どの王家や国を滅ぼしたラゴウは幾つかの部族に領土を分け与えた。

その後は彼らが支配、領地経営していた……。


「そうだった。……今では平穏で退屈過ぎてなぁ……例の組織か団体の活きが良いと良いがな……」


ヴァンダルはこの退屈さを打ち破る抵抗組織に期待していた。

邪教や犯罪組織喰いにもう飽きたのだ。


「まだ判らぬ……東の大陸のノインももうそろそろ陳情に来る頃だ」


ラゴウはそう告げるともう一人の盟友の名を告げた。


 そこに侍従長が再び歩いて来る。

二人に一礼をした後、ラゴウに耳打ちをする。


「なに? ドレドが?」


予想が外れたラゴウは訝しげな顔をする。

それを察したヴァンダルが尋ねた。


「どうしたラゴウ? ドレドがまた何かやらかしたのか?」


 苦笑ながらヴァンダルが声を掛ける。

待機していたらしくテラスの入り口から足音と共に長身の痩せた男が現れた。

趣味の悪いピンクの水玉ローブを羽織った魔族の男はラゴウ達の前で一礼する。


「魔王陛下、開発担当局長ドレドお目通りを願い推参致しました。どうかご容赦を……。これはヴァンダル殿、お久しぶりです」

「うむ、用件はなんだ? 言ってみろ」


即座にラゴウは用件を尋ねる。

どうせ今回の件だろう……。


 このドレドが担当する開発局で日々生み出される新技術には世話になっている。

魔王軍ラゴウにとっては手放せない人材である。

彼が生み出す戦力は大変に魅力的なモノであった。

新魔法、武器装備品、種族を超えて掛け合わされた兵士等は画期的な戦士になった。

この革新的な合成兵士、魔法装備がラゴウを世界の覇者にした原動力になったのだ。


「は、実はマンダロアで確認された噂の組織についてお話をお聞きしたいと思いまして……」


 ドレドは興味に目を輝かせながらラゴウに情報を求める。

そこは予想通りと思い報告を教えた。


「先ほど、勇者の類では無さそうだと報告があった。いまだに実態がわからん。ゆえに貴様にはまだ伝えていなかった。ゴーレムもどきやファイヤーボール程度を防ぐ装備や魔法具を持っているらしい。……三日後に進攻予定のバティル攻城戦に現れるやもしれん」


呆れながらも笑顔で説明するラゴウは楽しそうだった。

未知のものに挑む姿勢は同じだった。


「分かりました。ならば、分析は私の実験室で……」


了承するとドレドはスッと踵を返した。

バリアスの様に恐怖ではなく研究時間のロス減少が嫌なのだ。


「ならぬ、必ず俺の横で詳細な解説をいたせ、よいな?」


 ドレドの意思を皆まで言わせず厳命する。

そこにヴァンダルがドレドに話しかけた。


「局長、この前の失敗作みたいなのまた作ってくれ。部下が退屈しておる」


ヴァンダルは苦笑交じりに陳情するが、トレドは嘆息して答えた。


「ヴァンダル殿、アレは失敗作では御座らぬよ? 我が王の為に作った試作品で巨人族とグリフォンを掛け合わせた新造兵士で御座います」

「なんでもいいわい。あれは中々の強さだが、如何せんオツムが残念すぎる。俺の兵がそう評しておったわ」


 ヴァンダルは笑って試作新造兵士の出来を告げた。

力押しの突撃バカしかいない鬼兵団に知能の低さを指摘される。

製作者のドレドは苦笑するしかなかった。


「ドレド、ヴァンダルの願いを聞いてやってくれ。それと東のノインにも……」


ラゴウは陳情に応えられない代わりに口添えをして友の気持ちに応えた。


 そこでドレドが了承と事実を告げた。


「はい、畏まりました。それからテーター様は昨日、お忍びで我が局内にお見えになりました。突如マンダロアに発生した噂の組織の調査と再生強化型ヒドラ二匹と超大型ロックデーモン、二体の育成依頼に飼育施設の建設をお願いして行きましたよ」

「なんだぁ? 彼女は……相変わらず耳が早いのう? それと養殖業でも起こすつもりか?」


内容を聞いたヴァンダルが訝しげに尋ねる。

すぐにドレドから答えが返ってきた。


「戦闘訓練用に育成するそうです。途中で死んだらアンデッド化して配下にするとおっしゃいました」


 ヴァンダルと同じ武者修行のもう一人の盟友である。

ノイン・テーターは東の大陸ウルトゥルの支配担当でもある。

彼女の強力な情報網と強かな経営方針センスに流石のラゴウも苦笑した。

そこは彼女の好きにやらせる事に決めた。

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