魔王軍、襲来

 泣きじゃくるミアと一緒に門をくぐり、村の中に入る。

トレバーたちの周囲を貧しい身なりの農民達が取り囲む。

手垢で真っ黒になった柄の農具を持ち、ひそひそと話し合っていた。

何かに気が付き群衆が割れる。

その途端、周囲が固唾を飲んで注視する。

身体を前方へくの字に曲がった男が杖を突いて歩み出て来る。

顔や手に刻まれた皺と粗末な服で生活の辛さがよく分かった。


「魔獣退治すて頂ぎどうも御座った。おらは村長をやっておりますカサスどぉ申すます」


 実直な声で曲がった腰をさらに低くしてカサスは頭を下げた。

呼応するようにトレバーが頭を下げ、自己紹介する。


「いやいや、俺はトレバー、こちらはキル、旅人や」

「え? アレだげ強いのに貴方様方は救世主様が勇者様ど違うだが?」


カサスは旅人と聞いてエッと驚いて顔を上げる。

異常な強さと明らかに異質な風体のトレバーを見て言った。

周囲もそう思っていたらしく一瞬にしてざわつく。


「ああ? 勇者ぁ? 違うよ。俺ら単なる旅行者や、ところでなんね? あんトカゲやこん物々ししゃものものしさ は?」


 本心で謙遜しながらトレバーは情報収集に入る。


「あれはバズリスクだ、こうじて森がら出でぎでは襲ってぐるのだ。こん物々すい塀は魔王軍への防衛のだめだ」


カサスは矢継ぎ早に質問するトレバーに対してゆっくりと答えた。

その答えにキルケーが思わず声を出す。


「え?! バジリスク?! 魔王軍!?」


キルケーはあまりの会話のカオスっぷりに黙っていた。

しかし、突拍子のないキーワードに思わず聞き返してしまう。


「はい、魔王は北東の大陸、その奥地にある魔城さ居で、あっていう間さ世界攻め落どすてすまった。人間や亜人達が平穏無事に生ぎ残れる土地は、世界の南西のこご、マンダゴアすか残っておらね。んだげんと、もう先遣隊は上陸すたそうだ」


 困り果てた様にカサスは話した。

周囲の農民や村人たちの顔色には恐怖による疲労感が色濃く出ていた。

この木製の壁も彼等にとって最善の策なのだろう。

多分ひとたまりもないだろうが……。


「へぇ、もうそこまで来とーとか……」


 トレバーの隣で話を聞いているキルケーは平静を装う。

もう既に半分聞くのを止めた。

翻訳方言がきつ過ぎて言葉の意味が判らなくなる。

そして笑ってしまいそうな自分をなんとか抑え込んでいた。


「そごで御領主様、バティル城のリチャード様が防衛軍を組織すて抵抗をすておられますが、村周辺にも魔王軍が現れで来でおります」


(ああ、先程の連中か?……俺らにとっては雑魚の雑魚だが一般人にとっては脅威だろうな)


 話を聴きながらトレバーが先遣隊と思われる連中を簡単に戦力分析する。


「先程、魔王軍やバズリスクも軽ぐ一蹴すてる貴方様方を見で、ああ、勇者様来でぐれだど思ってだどごろだ」


半分期待に目を輝かせてカサスはつぶやく。


「悪かばってん、俺達はそげん偉か人間では無かばーい。次ん街かバティル城に行きたかばいが、何処にある?」


 (段々訛りが酷くなる……堕天博士研究開発陣達、遊んでんじゃないの?)


 真面目なキルケーさえ邪推するほどの方言の惨さだ。

それでもカサスは話すのを止めない。


「出来れば貴方方には此処さ留まって頂ぎだいが、そうわがまま言っても仕方ねな。近隣最大の街、ボクドーには東さ街道沿いに二十キロ、そごがらバティル城まで百キロほど有ります」


 渋々ながら村長が答える。

その途端、向こうで騒ぎが起った。

向こう側で先程のミアが村の大人に対し泣きじゃくっていた。


「「あんにゃを助げでよぅ!」」


 村人も困窮しながら泣き叫ぶミアを宥める。


「済まん! 石化の薬、金の針は高ぐで早々出しぇねんだださないんだ。ほんてんゴメン」


泣きじゃくるミアと薬師らしき村人に溜息交じりにトレバーが歩み寄る。

ベルトの裏側に仕込んである純金のスティックを出してウィンクして言った。


「これで足るか? 釣りがあれば好いばいがね」

(あー! もうカッコいいんだかダサいんだかわかんない!)


後ろでキルケーが身悶えしながら複雑な心境で見守る。


「幾ら要ります? 五~六本買えますよ」


 困っていた薬師が助かったとばかりに笑顔になる。


「二本でよかよ。一本は使うから残りとお釣りは適当に使える薬を詰めてくれ」


「わがりますた、早速たがいでぎます」


そういうと金のスティックを握り締めて男は去っていった。


「おじさん、有難う、だけど良いの?」


ミアが涙目で聞いてくるが、トレバーは笑いながら答える。


「子供がこまけぇこと気にする事じゃねぇばい」

「おじさん! お礼は?」

「笑顔で有難うで良いぜ。俺も言っとこう。ありがとークソジージぃ!」


ここでトレバーは堕天博士のチームが仕事を終えた事に気が付いた。

遠くに叫ぶ振りでウォッチに向かって呟く。


「おじさん! 有難う!」


 ミアに全力で抱きしめられながらトレバーは笑った。

笑顔に修羅の気概プライドに隠された優しさが見える。

外に出ると先程の男が走りながら布を持ってきた。


「これが金の針です、タイソンに刺してやってください」


やわらかな布には金色の針が一本刺さっていた。


「悪いな、早速、おめぇさんがアイツタイソンに刺してやってくれないか? 俺がやってもいいけれど、そうも言っていられなくなりそうだ」


 村の薬師に依頼するトレバーに邪な影が滲み出る。

敵だ、敵が来ると経験と研ぎ澄まされた感覚が教える。

トレバーの言葉を聴きながら剣呑にキルケーが笑う。


「どうやら、堕天先生のが完了したっぽいね」

「どうだろ、爺さん凝り性だしな」


キルケーに同調してトレバーがせせら笑う。

その視線は塀の向こう側に茂る森の方だった。

連中の戦力次第では全力全開で戦えると舌なめずりする。


「おい、キル、先程の薬屋からお釣りの薬を貰って例のトカゲに括りつけろ」

「はいはい」


 キルケーが薬の包みを拘束バンドに括りつける。

山の方から騒音と共に輸送ヘリが緑の戦車らしき物を載せて到着した。

見た事の無い物体に住人たちが騒ぎ始める。

そこでトレバーたちが仲間だと教えて抑える。

しかし、戦車モドキを見たキルケーの表情が一変した。

バジリスクにも出さなかった濃厚な殺意と闘志が湧き上がる。

壁の外、バジリスクの横でヘリがホバリングを始める。


 輸送ヘリに吊り下げられた戦車モドキの保持ワイヤーが外れる。

六本の足を広げてガシュンと音を立て着地する。

同時に関節内エアサスペンションでショックを吸収した。

クリムゾンがメソッドと組んで作り上げたジャクルトゥの多脚戦闘兵器である。

正式名称SiGー〇五、愛称はパーカー君だ。

門からヘリを見つけたトレバー達が出て来る。


 上部ハッチが開き、真っ赤なヘルメットを被ったクリムゾンが顔を出す。


「大佐ぁ! 応援に来たよッ!」


ヘリのロープにバジリスクを括りつけてるトレバーに特上の笑顔で手を振る。

クリムゾンにキルケーが舌打ちと毒を吐く!


「チッ! おいコッルァ、ヒンヌー、大首領から許可もらったんか? コラ? 下手こいて邪魔すんなよ!?」

「ンだとタココラぁ! 五月蝿せーぞ、露出痴女! ちょーしこいてっと踏み潰すぞゴルァぁぁぁ!」


今にも全開バトルになりそうな二人をトレバーが止めた。


「おいおい、二人とも止めろ、お客様がご到着だ」

(ホント、飽きない人達……)


内心むき出しな呆れ顔のトレバーが森へ顎をしゃくる。

森から異形の部隊がわらわらと出てきた。

万が一の為、トレバーは村人に門を閉じさせる。


 犬や豚など多種に渡る異形の人間達や木偶人形に石像、巨大な見知らぬ動物が見える。

無数の異物達がぞろぞろと群れ成して向かって来ていた。


「うーん……うち組織の戦闘怪人や怪ロボットやテケリちゃんがまともに見える陣容だな……」

「キットの連中とかウォリアーってこんな感じでうちら見えていたのかな……」


トレバーの苦笑交じりの感想にクリムゾンがハッチに腰掛けて同意する。


「なんか、対峙するとあいつ等がいっつも勝つ! 勝つ! 言っていたね。アレは鼓舞していたんだ…………ま、確かにあんなふざけた兵隊相手に私らが負ける気はしないわね」


相手が装備と数で圧倒してと思っているらしい。

舐めた態度で向かってくるのを見てキルケーが呟く……。


「数は千体程度か……クリムゾン、敵の規模の調査と頭を捜して無力化してくれ。後は……一種類ずつ捕獲して基地に送る。俺とキルは多脚戦車の両サイドを護る……ん?」


するとプッとクリムゾンは笑い。指を群れの一部に指す。


「大佐、アレ見て、敵の司令官がの肩に居るよ。下の兵隊に怒鳴って指示出しているから良くわかる。こんなんアタシか大佐一人で十分、あとはアタシの人生も守って貰える?……そこの雌奴隷はキリキリ働けッ!」

「あらま……判りやすいなー、現場の俺みたいだ。じゃ予定変更、敵指令捕まえたら残りは潰そう」


 トレバーは最後の暴言をかき消すように指示を出した。

クリムゾン援軍を送り込んできた堕天にどう文句を伝えるか考える……。


「「了解」」

「それじゃ参りますか」


 返事と共にクリムゾンはハッチを閉める。

ストレスが良い感じで溜まったキルケーは鉄扇をバッと最大に広げた。

普段はいがみ合っていてもいざ戦闘になると組織の勝利の為に簡単に切り替える……。


 合図代わりにトレバーはバックルのリアクターにスイッチを入れると叫ぶ。


『チェェェェェェンジ!・ウォリァァァァァ!』


 輝きと共に漆黒のスーツにシルバーのラインが入った仮面の戦闘モードになる。

各部のチェックを放電しながら簡易的に済ます。


「さて、見せて貰おうか? 魔王軍の力とやらを!……ってかぁ?!」


 ふざけて吼えると一斉に二人と一台が大軍に突っ込む!

クリムゾンがパーカー君の足を素早く畳む。

四メートルぐらいの高さまでシュッと全高を伸ばす。

パーカー君に装備された三連ガトリング砲をぶっ放し始めた。

ガトリング砲を知らない剣士や槍兵達が無防備に突っ込んで来る。

突っ込んで来る魔物を大火力でなぎ払い文字通りの秒殺で前衛部隊を壊滅させた。

鬼神が後衛に近づくと同時にスモーク弾を後衛の列に放り込む。


「なんだ?! あの攻撃は?! それに煙幕だと!! メイジ隊はあのゴーレムモドキに攻撃を加えよ」


 ストーンゴーレム石像の肩でアドバンスメイジはパーカー君ゴーレムもどきへ魔法攻撃を指示する。

アドバンスの脳裏に退却の二文字が浮かぶ。

それは自身の処刑を意味した。


 弓隊や魔道士隊が煙に巻かれて混乱した途端に火炎の竜巻が一団を襲う!

視界を潰された間にキルケーが接近、ファイアートルネードを発動したのだ。

弓をつがえたピクシーやダークエルフ達が炎に焼かれ、宙を舞う……。

そのままキルケーは鉄扇を振るい、視野を潰されたメイジや僧侶達を切り裂いていく。


「あの女を捕らえよ! 相手の全容を吐かすのだ!」


 斬り込んで来るキルケーを視認したアドバンスが下に向かい叫ぶ。

そこに前衛の残りを文字通り粉砕しながら跳躍してくる者がいた。

ゴーレムの顔の横にいたアドバンスの真横に鬼神が着地した。

敵に気が付いたアドバンスは杖を振りかざす。

攻撃より先に鼻と口へ弱いジャブ二連打をパンパンっと喰らわせ粉砕した。


「吐いて貰うのは俺らの方だよ」


 鬼神は打撃で気絶して落ちそうな身体を捕え、拘束ベルトで両手を拘束する。

戦闘中のバクシアンからのアドバイス通信を実践したのだった。

……魔法呪術使いは口と鼻を潰す。両手の印を封じればまず魔法を撃たれることは無い。


「バクシのおっさん、これで魔法使えたら借りだかんな!」


そこにゴーレムの手が襲い掛かり、鬼神は思い切り握り込まれた。

その隙に目を覚ましたアドバンスが肩から必死で飛び降りる。


「おお! 男が捕まったぞ!」


ゴーレムは自分の前に腕を突き出して握りつぶそうと力を入れた。

それを見たビギナーやノービス・メイジ、僧侶が歓声を上げる……。

それが数秒で絶句した。


「ムン!」


 気合と共に、鬼神が両手を一斉に広げた。

掴んだゴーレムの手指をバゴンと音を立てて破壊して拘束を逃れる。

そのまま腕に飛び移り、ゴーレムの顔に向かい疾駆する。

ゴーレムの無表情な顔にストレートを一閃してバッカーンと粉々に爆砕する。


『『うわぁぁぁっ!』』


 数人のビギナー、ノービス達が倒れるゴーレムの胴体の下敷きになった。

周囲は完全に敗走状態になる。

どさくさに紛れてアドバンスは必死に逃走しようとする。

獲物を見つけると確保すべく鬼神が歩き出す。

アドバンスを助けるべく、メイジ達がファイヤーボールを一斉に連射した。

連続して直撃されて瞬く間に鬼神は火達磨にされてしまった。

その隙にビギナーが走り出してアドバンスを救出に向かう。


「トレバー!」

「大佐!」


 火達磨になった鬼神を見たキルケー達が悲痛な声を上げて魔術師達を瞬殺する。

その鬼神は何事も無いように歩き出した。

救出は無理と判断したビギナーは慌てて緊急跳躍の巻物を広げて跳躍した。


「むぅ……。火の玉にモロに当ってデータ取れってじー様に言われたが……スーツの性能の所為かそんなに熱くないな……。おーいクリムゾン! 消火剤撒いてくれ」


 炎に包まれ苦笑交じりでそう呟くと噴射された消火剤を浴びる。

その姿を見て絶望するアドバンスを再度気絶させる。

気絶したアドバンスを担ぎ上げて鬼神は揚々と引き上げて来た。


「おーい、敵隊長捕獲したからヘリ寄越せ、あと村に駐屯部隊送ってくれ」

『了解』


 ウォッチに向かい本部に指示すると変身を解く。

周囲を確認し、何の生物か判らない屍や消し炭を踏み越える。

パーカー君に近寄ると脚を触り接触通信で連絡する。


「お疲れ! 俺達はこのまま近隣の街に行く。お前さんは留守を守ってくれ」


「えぇ! 私が留守番で乳女ちじょ連れて行くの!?」


怒りでクリムゾンの声のトーンがかなりあがる。

だがトレバーは慣れた口調で諭す。


「安心して戻れる場所を確実に守ってくれるのはお前さんだとおもっている。……これはオレの勘違いか?」


段々あしらい方が巧くなっていくな……。

複雑な心境を持ちつつもクリムゾンをトレバーが舌先で丸め込む。


「う……そうね、貴方の戻ってくる場所を守るのは恋人の勤めだよね! うん、わかった! いってらっしゃい! おい、下女! 手を出したらコロすぞ、ゴルァ!」


クリムゾンはトレバーには可愛らしく返事を、キルケーにはえげつない威嚇をかました。


「げ、げじょ……クソポンコツごと消し炭にするかクソブリキ箱ごと切り裂いてやろうかしら……まぁいい、言いたい事はわかっているよ……」


キルケーは車載カメラから隠れて取り成すトレバーを見た。

それで怒りを押し殺し、殺意を抑える。


「ふふん、判れば宜しい……」


それを知らずに勝ち誇るクリムゾンにトレバーは釘をさす。


「クリムゾン、爺様や大首領にも具申するが、此処の住民達は俺達を村の守護者として受け入れてくれる可能性がある。くれぐれも高圧的に出て住民に反感持たれるなよ。……そうすりゃここは情報取集源や橋頭堡として活用できるだろう」


「判ったわ、必ず伝えます。だからトレバー、無事にお帰りを……それとビッチは直ちに戦死してね」

「んだコラ、殺すぞこんタコ!」


キルケーはクリムゾンの一言にブチ切れた。

般若の顔で飛び掛かるのを必死で羽交い絞めにして止めるトレバーが居た。



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