巨大生物襲来

 その頃、玉座でラゴウはマジックアイから送られた映像を見ていた。

マジックアイは蝙蝠のような羽で空中を浮遊する一つ目の魔法生物である。

召喚者や迷宮の管理者へ監視映像を送る能力がある。


 虚空に大きく映像が展開する。

だが、映像に音声は無かった。

横で侍従長がワインを給仕し、ワーズをお供にして映像を楽しむ。

目の前の映像ではウォリアーがノービスを焼き蹴り殺していた。

それが終わり、先遣隊の場面に代わる。

五千の魔物達がクリムゾンのヘリに壊滅する様をラゴウは無言で凝視した。


 その雰囲気に横にいたワーズは内心怯えはじめる。


(かなり不味い。怒り始められた)


五千の兵が何もせずに壊滅するのはいただけない。

ラゴウは魔王自分の配下は勇猛でなければならないと考えている。

唯一の抵抗、ビーストテイマーの奮闘が運命の分かれ道であった。

そのラゴウが一言呟く。


「そうか……」

「はぃ?」


 自分に向けて発せられた声と思い、ワーズは即座に返事をした。


「お前ではない。まぁ、良い。ワーズ、お前、奴らが何を警戒しているかわかるか?」


まだラゴウの機嫌がよいのに安堵しながら思いついた事を答えた。


「……魔法使いですか?」


ワーズはヘリが最初に魔法使いたちへ攻撃していたのを思い出しだ。

奇襲では最初に反撃の芽脅威を摘んでおくのは定石だ。

それを当てはめた。


「そうだ、正確には魔法だ。ボグドーの異形の武道家ウォリアーは初期レベルの雷撃系魔法で動きを止め、変身を解いた。やつらはひょっとして雷撃系の呪文に弱いのではないか?」

「可能性は有りますね。バリアスめに命じて雷撃主体で攻撃させましょう」


同意したワーズはすかさず戦術を提案する。

こうして闘争の事になるとラゴウは俄然イキイキしはじめた。


「うむ、やれ……。それと奴らに捕まった者ではアドバンスが一番位階クラスが上か?」

「は、その通りでございます」


 捕虜アドバンスの情報を尋ねるとラゴウはしばらく考えた。

しばらく沈黙の後、侍従長に指示を出す。


侍従長じぃ、憑依の術を使う。魔法陣の部屋に素材を用意せよ」

「は、しばらくお待ちを」


侍従長は頭を下げ、スッと消える様に下がって行った。


「陛下、バリアスに連絡し、素材を即座に送らせます」


考えを先読みしワーズは連絡を取る。

憑依の術は対象が身に着けた衣類かアクセサリーが要るのだ。


 ワーズは親衛隊長なのに副官のような仕事をしている。

大概の副官は最長で一か月、最短三〇分でしてしまう。

決して出しゃばらず、的確に先読みをする気遣いは必須である。

それを持つのはワーズや侍従長などのごく限られた者だけだ。


その上で仕事が出来なければラゴウの傍には立てない。

奉公の求人さえ応募もなく、人手が少なく困り果てていた。

そこで侍従長たっての願いでワーズ側近中の側近が担当しているのだ。


「バリアスが次回休息時に送るとの事です」


 連絡が取れたワーズはラゴウに伝える。

かなりキツい行程の三日後に進攻の命令を出したのはラゴウである。

イラっとする表情をするが流石に文句は言わなかった。

無言でワーズにグラスを傾け、ワインを要求する。


「どうぞ」


速やかに侍従長が置いていったボトルで注ぐ。

その途端驚くべき指示が出る。


「ワーズ、付き合え」


グラスを持って来させ、ラゴウ直々になみなみと注ぐ。


「あ、有難き幸せでございます」


緊張と恐怖、それに栄誉でワーズは訳が分からなくなる。


「うむ、してワーズよ。こ奴らどう見る?」


 緊張しながらもワインを一口飲んだワーズに尋ねた。

ワーズも親衛隊としてラゴウに付き従い戦場で戦っている。

若いが戦闘経験値もあり、勿論、戦闘能力も高い。

非凡な才能と武功を上げて隊長に大抜擢されたのだ。


「ありきたりかもしれませんが、従来の王家、軍とは違いますね。武力も戦術も別次元です」

「我らとどう違う?」


期待する様にラゴウは食いついて来る。

新しい敵に交戦意欲が湧き上がるのだろう。


「まず、空飛ぶアイアンゴーレム鳥戦闘ヘリですが、からくり機械の類とおもわれます。腹から燃える糞ナパームや横から人が出て火矢バルカンを放つのは我らではありえません」

「ほう」


ワインをあおるとラゴウは真摯に聞き入る。


「我々はゴーレムに細工は施しません。まず、装備を使いこなす知能がない、第一に耐久力がなくなる。鬼兵団級の剛腕に攻められたら粉砕されます」

「ふむ」


相槌を打ちながらラゴウも同じことを考えていた。

ゴーレムは怪力とが特性だ。

その特性耐久性を殺す発想は愚かだ。

この手のゴーレムなら物理でごり押しだろうと推察した……。


「ただ、変化変身の仕組みが分かりかねるところです。キメラをあの手段で殺害できる強化された兵士は見た事が無い。鬼兵団並みです。ただ、テーター様の魔術師団や特殊兵団相手は難しいかと?」


ワインの助けも借りてワーズは考えを饒舌に語る。


 ラゴウの盟友であるノイン・テーターには二つの戦闘部隊がある。

一つが魔道士や魔法使い達で構成された魔術師団である。

もう一つがアンデッドや魔法生物で構成された特殊兵団がそれである。

ドレドが率いる開発担当局と綿密にやり取りし、部隊を増強しているのだ。


「成程……やはり鍵は魔法か……」


ラゴウはワーズの考えを聞いて自分の予想を口にする。


「はい、ただ、戦死したノービスは初戦にてファイアボールは効かなかったと言ってました。と言う事は対応させて来る可能性があるという事です」

「なんだと?」


 その指摘にラゴウは困惑した。

ワーズは気にせずにそのまま語り始める。


「弱点が判明した場合、可能であれば防護措置します。今回は雷撃に弱いと判明しました。では? と言う話です」

「なるほど……そうすべきであろうな」


理由を聞いたラゴウはワーズの弁舌に同意する。


「しかし、火・雷系が無効なら次は氷や土、光か闇系ですが……術の技量的に上位位階クラスの使い手を動員する事になります。万が一無効だった場合手痛い損失です。間違いなく損耗します」


思い当たる懸念材料をワーズは伝えた。

もし属性が無効なら生きて帰っては来られない。

間違いなくラゴウは気にせずに派兵するが、懸念材料は伝えねばならない。


「うむ、分かった。では、お前ならどう攻略する?」


この若き隊長を試すようにラゴウは訊いた。

幹部や盟友になる逸材の一人としてワーズに目を掛けていた。


「はっ、現時点での敵ゴーレム擬き対策として魔術師は埋伏させ、耐火性の高い小型のストーンゴーレムにローブをつけさて後列に配置させます」

「囮か」


すでに対策は練ってあるのをラゴウは目を細める。


「変化する武道家と奇妙な女魔道士ですが……。強力なモンスターによる人海戦術を……」


 流石のワーズもそこで口ごもった。

ラゴウ直属か親衛隊が動かなければその上位クラスは存在しない。

それは魔王直々の出陣、直接対決を意味する。

首魁であるラゴウを戦場おもてに出す事は暗殺の危険がある。

だが、敵が居ればこの王は嬉々として向かって行くだろう。

それを侍従長や盟友達からワーズ親衛隊隊長はキツく戒められていた。


「ふむ、俺ならばここはヴァンダルとノインに出張って貰う。ヴァンダルならば火炎の竜巻程度でも飛ばされずに打ち倒せる。ノインならば上空からの連続轟雷で駆逐できる。そう言った時には心強い」


意外にも盟友達に任せる案をラゴウは出した。

率先して戦場に出たがる男の選択とは思えなかった。


「はっ、あのお二方なら余裕でしょうね」


その意見にワーズは内心安堵しつつ同意した。

情報の少ない現時点では最良の策である。


 そこに侍従長と家令が血相を変えて走って来た。


「何事か?」


大概の事にも冷静な侍従長の顔色が変わっていたのをラゴウは察した。


「はっ、東の大陸との海峡ヴェルモンド海峡と西の大陸上空に見知らぬ巨大生物が出現し、暴れ出したとの知らせがございました」


西と東の大陸はともに盟友達の勢力圏内である。

しかも勢力圏にいた強力な大型の魔物は打倒して配下にしていた。


 未知の巨大生物……ラゴウは瞬時にあの勢力を思い出した。

巨大生物と言えば龍帝アムシャスブンタの配下か一族の可能性がある。

不可侵の約束があるとはいえ、確実ではないのだ。

龍帝の勢力と事を構えるのは得策ではない。

今のまま戦力では負ける。

最低でもマンダロアを制覇し、全ての軍備を整えなければ勝負にならない。


「邪神の痕跡はないのか?」


 もう一つの可能性をラゴウは尋ねた。

その瞳は闘志でギラつく、自身で討伐する気であった。


「はい、ノイン様やドレド局長の配下、ヴァンダル様付きの魔道士の報告では気配が無いとの事でした」


ワーズと同じ世代の家令が的確なタイミングで報告する。

そのそつのなさに侍従長は安堵した。


 そこにラゴウの脳内に念話が飛び込んできて思わず立ち上がる。


「おう、ラゴウ、獲物が来たぞ。手出し無用で頼む!」


嬉々としたヴァンダルの声が頭の中で響く。

しかし戦士であるヴァンダルは念話が嫌いである。

そこでアドバイザーとして派遣した専属御付きの魔道士を経由して話をするのだ。


「なんだと? 例の巨大生物か?」

「まぁ、見てろって、俺らがダメなときはよろしく頼むぞ」


すでに気分は高揚しているらしい。

手短で楽し気な念話の気配が途絶えた。

ヤレヤレと呆れた表情をしたラゴウは玉座に座った。


「陛下?」


 その表情を見てワーズは念話による会話があった事を悟った。


「ヴァンダルめが手を出すなと念を押しに来た。あいつらどう戦うのだ?」


ヴァンダルの鬼兵団は陸戦主体の兵隊揃いだ。

空中戦向きの兵など弓兵ぐらいだ。

空中の敵を陸戦主体で倒す……興味深いが無謀とラゴウは思った。

そこに冷気と雷系の大規模呪文発動の余波をラゴウとワーズは感じた。


「こ、これは?」

「この力……ノインか?」


直ちにラゴウは念話をノインに送った。


「ノイン、お前?!」

「何_+よ?! 今~=‘忙しいの!」


魔力によるノイズの中、ノイン・テーターは楽し気に応答した。


「お前、もう交戦しているのか?」

「早い+‘>者_<+勝ちでしょ! 例の連?中譲って+@やったんだ>P*ぁら」


詠唱の影響で念話のノイズがひどい。

それが一気に消えた。術が発動したのだ。


「もう、極大氷結魔法連射してんのにまだ動くなんて……アムシャスからなんか言ってきてないの?」

「いや、何も……まぁいい。せいぜい頑張れ」

「しばらくは手出し無用ね? いい? 分かった?!」


 一方的に宣うとノインは通話を切った。

魔族の女らしく聡明だが奔放な彼女の事だ。

旗色が悪くなれば連携を取るだろう。

ラゴウは苦笑しつつ想定して、応援にはトレドを送る予定にした。

奴ならば既に現場で楽し気に分析しているはずだ。


しかし、未だにアムシャスブンタからは音沙汰がない。

もし問題があれば念話か使者が来るはずだ。

無いのであれば関係者身内ではないと判断できる。

侍従長にもしがあれば粗相のないようにと命じ、ラゴウは目を閉じた。

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