交渉会談

 条件を持ち帰った堕天はそのまま大広間に入る。

困惑しながも大首領に報告した。


「珍しいな堕天、お前が子供にしてやられるとは」


幾分余裕の物言いで大首領は堕天を茶化す。


「ええ、少年と侮り過ぎました。あの場で急速に成長するとは正に傑物、我が教え子に欲しいくらいです」


正直に賞賛を交え、堕天は評価を下した。

最後の一言は紛れもなく本音である。


「ほう? 辛辣なお前が評価するのであればかなり有望な人材なのだな? うちの幹部に勧誘せねば」

「はっ、その通りでございます」


大首領の呟きに合いの手のように堕天が同意する。


「先ずは同盟の締結だ。武器に関して最初は歩兵用戦闘員の武器メインと自動車数台にする。数機しか稼働していない武器は渡せん。技術も時期尚早だ。最初はこれで交渉しろ」

「畏まりました」


 的確な判断に堕天は指示に頷く。

思考の強制があるわけではない。

単純に分析の結果だ。

機関銃や手榴弾、輸送車だけ渡しても肝心の弾薬の補給やガソリンは作れない。

そこが肝心な所だった。

特に石油が無いのは痛い。

そして資源を提供すると言っても精製等の基礎技術レベルが千年は違う。

埋めるのには並み大抵の事ではないのだ。


「まだ取引の旨味はある。資源査定担当として技研の川崎副長を連れて行け。後は任せたぞ」

「はっ」


 堕天は一礼すると席を立ち、技研の設計部に向かう。

メソッドには三人の副長が居る。全員極めて優秀な人材だ。

その内の一人、川崎舞に会うためだ。


 川崎舞は設計開発部長である。

あのメソッド変態中年配下で数少ない女性の直属の部下である。

容姿は可憐にして清楚、下手なアイドル、女優を凌駕する程だった。

しかしフルコンタクト空手の世界選手権で優勝する高い戦闘能力を持つ。

その実力は絡んできた男性部門優勝者を一撃で撃破した猛者である。


 普通ならどこかの大企業で働いているか幸せな人生を謳歌している筈だった。

米国が誇る某工科大、大学院の機械工学科の博士課程に彼女は在籍していた。

卒業間近の冬、有名人気教授に卒業論文を盗まれてしまう。

運よくそれはすぐに発覚した。

しかし人気教授だったこともあり査問委員会では減給のみですんだ。

彼は相手が空手有段者と言う事さえ知らなかった。

被害者の舞にこともあろうかこう言い放った。

黄色い小娘イエローキャブの分際で私に歯向かう?……次は私のターンだ」

その言葉を最後に教授はたった二分程でダンディな二枚目の顔と生殖機能を失った。

撲殺寸前のところで他の博士をスカウトに来ていた堕天が止めたのだった。


 開発部の部屋に入ると活気のある雰囲気が堕天を迎え入れる。

目前では忙しそうにする部員たちが動き回っていた。


「あ、博士、お疲れ様です」

「お疲れ様です」


部屋を進む堕天に気が付いた部員たちが次々と挨拶した。

パーツの細かい注文や改造用ナノボットの発注によく来るため顔見知りが多い。


「あら、先生? お疲れ様です。汚物はいませんよ」


艶やか黒髪を髪留めで止めた眼鏡の才媛が立って出迎える。

グラビアアイドル並みの肢体を作業着に包んだ女性、川崎舞が優しく微笑む。


「やぁ、舞、用事は君だ。今度はよろしく頼むよ」

「はい、此方こそ、けど私で良いんですか? 腐れゲス連れてって運動させた方が良いのでは?」


直属のクソ上司をそう表しながら舞は研究者として尊敬する堕天に尋ねた。


「あれでも一応、大幹部なのでな、大首領の監視下で働いてもらう。任務としては現時点で必要な資源に対してキッチリ詰められる人材がいると助かる」


苦笑した堕天は理由を述べる。


「分かりましたわ。喜んでお供します」


 凛々しい笑顔の舞を見て堕天はメソッドの狂いっぷりを嘆く。


「こんな優秀な人材たちをアイツと来たら……」


 如何にメソッドが度し難い男でも先程の痛罵や鉄拳制裁を舞は決してしない。

それは尊敬や愛情では決して違う。

あのクソ上司にとってそのような刺激さえ大好物になる。

女性が発する大概の行動は奴の性的刺激ご褒美になりかねないのだ。


 どれだけクソな人間性でも舞達にとって貴重な上司でもある。

どうしようもないビビりでも見どころは有るのだ。

上や他の部署からの理不尽な要求は出来ないと突っぱねる。

技研スタッフ一人ひとりの実力をキチンと認める。

賃上げや役職の査定も正論と情をしっかり混ぜて提示する。

そして各部署に最適な難問を出して来る能力だ。

でなければあのようなセクハラの化身に付き従わない。

堕天やトレバー達の部下は尊敬や畏怖と言う絆で統率されている。

それに対し、ここ技研は打算なのだ。

研究室で鬼か悪魔かと言われる堕天にとって嘆かわしいのだ。

規律恐怖もなく、効率強制力も悪い、全てが緩い全て無い緩すぎるのホワイト企業並みである。

しかし組織内の業績が高いので何も言えないのだった。


 数時間後、堕天に舞、護衛のクリムゾンは交渉の席に着く。

向こう側には、リチャード、彼を挟んでラクウェル、フレアーが並んでいた。


「では、交渉を始めたいと思います。最初に、我が方としては前向きに同盟締結を望んでおります。そこは認識して頂きたい」


堕天は最初に牽制の言葉を告げた。

返すリチャードも同意した。


「はい、先生、私どももそう願っております」


リチャードは余裕の笑顔で返してきた。

半分本音、半分は何とか五分の条件にしたいのが狙いだろう。


「では、これが資源の目録です」


 フレアーが五枚程度の紙の報告書を渡す。

それを堕天は一瞥してすぐに隣の舞に渡した。

すると舞は眼鏡の位置を直し、タブレットに入力して精査を始めた。


「では、陛下、食料についてですが多少あればよい程度です。ですが、情報や人脈はこの世界に不慣れな我々にとって要ります。そこでまずお三方に我々の技術や知識を知っていただこうと思っております」

「技術供与と言う事ですか?」


リチャードがその言葉の匂いに戸惑う。


「まぁ、ありていに言えばその初期の段階です」


冷静に堕天は返した。次に起こる事は想定済みである。


 その途端にラクウェルが怒りはじめた。予想通りであった。


「こやつ、バカにしよって……許せん」


其のまま席から立ち、剣の柄に手を掛けた。


「まぁ、待ちなよ。アンタ、馬の乗り方知っているだろ?」


退屈そうにクリムゾンがタメ口でラクウェルを窘める。


「当たり前だ! 貴様、舐めておるだろ?!」


上からの物言いでさらに激昂するラクウェルにクリムゾンは笑う。


「なら、餌や世話の仕方に鞍や蹄鉄の手入れも当然知っているよなぁ? まさか部下に任せてるから必要ないってか?」


ほぼ挑発する等にクリムゾンが毒を吐きはじめる。


「うっ……」

「アタシが手塩にかけた愛馬マシン愛鳥機体をお前らに断腸の思いで渡すんだ! ぞんざいな扱いならこの場で殴り倒すぞ? オオン?」


ヤンキー気質が出たクリムゾンのメンチ気合にラクウェルも気合いで返す。


「ああん? そんな大事なもんならしまっとけっつーの? テメェの愛馬ぁ? どうせ糞駄馬だろ?」


喧嘩腰でラクウェルがやり返し始める。

もはや収集は付かずに決裂は自然であった。


 そこで最も恐ろしい女傑が動き出した。


「ちょっとぉいいですか?」


空気を読まずに舞が可愛らしく喧嘩の腰を折る。

その行為にフレアーやリチャードは目を剥いた。

だが、彼女にとっては両方同時にシバキ倒せるヤキ入れられるのでどうでも良いのだった。


「まず、我々に有効な資源は石炭と鉄鋼石、銅程度しかないんです。これでは技術供与しても運営は無理ですよぉ?」

「何だと? そんなはずは無かろう?! 我々が数年かかって貯めた備蓄だぞ!」


ラクウェルが舞に食って掛かるが、負けるどころか〆に掛かる。


「貴女、パンや肉、お菓子を食べずに生きていくつもりですかぁ? 餌が無ければ馬も動かない。餓死させるつもりですか?」

「何だと? 何を言って居るんだ……?」

「私達は鉄だけでなく他の素材、資源が要ります。また特有の技術も供与して頂きたいんです。ですが……何ですか? この拙い目録は? 硝石、硫黄、炭粉火薬もないのは困ります。其方こそ舐めているんですか?」


冷静に言葉を選びながら舞はラクウェルを追い詰めていく。


「いえ、我々の常識範囲として……」


 そこにフレアーが助け舟をだすが、すぐに爆沈された。


「その常識が我々に通用しないんです。ゆえに魔王軍と戦えるのです! お分かりですか?」


剣幕にフレアーが慌てて弁明しようとするが舞は本質を突いて来る。

怯んだところで堕天が場を制した。


「まぁ、川崎副長、落ち着き給え。では摂政フレアー殿、供給できる資源を我らと後日協議しましょう。勿論、租税徴収権や金銀財宝は要求致しません。お互いの勉強会と情報共有から始めませんか?」


仏のような微笑で堕天は前向きな提案する。

部下達に威嚇させ、自分が仏の顔で有利な条件を提示する。

俗にいうヤクザの交渉手口を使って落とし始めた。


「先生、誠に失礼いたしました。そう言っていただくと助かります」


リチャードは頭を下げると堕天は慌ててとりなす。

勿論本心ではない。


「陛下、頭を上げてくだされ。もったいのうございます。我々は盟友でございます。最初はぶつかり合いやすれ違いがあります。それも馴染むための必須反応でございます」

「先生、ありがとうございます」


礼を言ってリチャードは笑みを浮かべる。


 そこで堕天は一気に詰めた。

緩んだところを食らいつく!


「勉強会は後日と言う事にして、明日の戦いの為に武器を供与します。機関砲四門と機関銃二百丁と弾薬、輸送車二台を用意します」

「なんだかよくわからない武器ね……」


戦闘担当であるラクウェルが名前を聞いて首をかしげる。

そこに詰まらなさそうにクリムゾンが説明する。


「数分間、連射できる弩だと思ってくれればいいよ。ゲシル村でそう言われた」

「なんだって?! そんな凄いのか?」


その例えを聴いたラクウェルが目を剥く。

防衛に必須な弩が一気に倍になるのだ。

先日、ゲシル村の防衛力強化で設置した時、村人からそう言われたのだ。


「ああ、後で部下が実演と指導するだろう」


堕天は同意しながら待機中であるトレバーの部下達を動員する事にした。


「それと少し良いですか?」


先程の剣幕とは打って変わった舞が手を上げる。


「川崎副長さん、どうかされました?」


 その雰囲気を察したリチャードは丁寧な物言いで舞に尋ねる。


「はい、陛下、目録の中に特筆すべきものが四項目ございます。ミストリル銀、アダマンティン、オリハルコス、ヒヒイロノカネの一欠けらを出来れば持って帰りたいのです。これらは我々の世界には存在しない鉱物なのでこちらで研究したいと思います。この四項目は注目……いや垂涎に値します」


目を輝かせて舞は答え、隣で堕天も苦笑する。

ジャクルトゥの開発部メソッド技研はこのような人材がそろっていた。


「それでは叔父上」

「畏まった」


舞のフォローでフレアーは面目を保てた。


「出来れば鉱物、金属の詳細な知識が欲しいところですね。いや素晴らしい。こういった交流こそ望ましいものですな」


にこやかに堕天がフォローを入れつつまとめに向かう。


「それでは先生、魔王軍を迎撃した後に同盟締結と参りましょう」


最初と違い、いささか硬い笑顔でリチャードは提案する。

締結するしかないのだ。

民を守るために……。


「ええ、調印と参りましょう。それではラクウェル様、後で作戦を練りましょう。クリムゾンは川崎副長と試料を持って帰ってくれたまえ」


 堕天は時間が無い事を知って居た。

じきに魔王軍が来る。

早急に部隊を配備し、迎撃態勢を整えなければならない。

堕天は行動を急かしながら策を練り始めた。

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