嵐の前の騒動

 乾いた風がバールー連山の岩壁を叩いて去って行く。

その岩壁に偽装されたシャッターがキュラキュラと音を立てて開き始めた。

そこには怪しげな風貌の建造物が置かれていた。

一見すれば格納庫と分かる空間に明かりがカッカッと上から当たる。

ライトに当たったそれは達磨のようだった。

長方形のブリキ箱に小さい箱が上に付いている。

よく見れば大きな箱の前には長い箱。

左右の両側には円柱状のものが重ねてあった。


 その箱自体は味もそっけもない。

鋲のような大きなビスで装甲を貼り付けてある。

塗装も下地のコーティングだけで鋼鉄感むき出しであった。

だが、上の小さな箱から光が細く二つ、光を放つ。


周囲の配置されたスピーカーからガラの悪い警告がながれる。


「Iyana‐V〇壱発進準備! もたもたするとぶっ飛ばされるぞ! 大公様! もう少しお待ちくだせぇ!」


 ブリキ箱の周辺には作業員が忙しそうに最終チェックしていた。

作業を何かの操縦席に座るクリムゾンが周辺カメラモニターで観ていた。

おもむろに赤いヘルメットのレシーバーを入れる。


コントロール管制室、私は問題ない。ヘリ部隊から先に行かせろ」

「へい、そうしやす。おい、ヘリ部隊先行けや!」


乗機の移動用ジェット燃料注入に時間が掛かりそうなので先にヘリ部隊に行かせる。

モニター越しに兵員輸送車や戦闘員を載せた大型ヘリが三機発進していく。


「ふぅ、メソッドの奴、こんなゴツイの作っているなんて知らなかったよ」


いつもは使いまわしの操縦席兼脱出ポッドゆえ扱いなれたスイッチや操縦桿があった。

今回はすべて新規開発でシートも何もかも新品である。


 資源不足が一気に解消されたおかげで全て新規製造された。

真新しい鋼材やパーツをふんだんに組み込んだのだ。

そして今朝仕上がったばかりのマシンを急遽改装される。

雷系魔法の存在を受けバクシアンが動いてくれた。

効果さえも怪しげな祈禱と共に対呪文のコーティングを施した。

おかげで塗装はむき出しのまま、今まで燃料が注入できずにいたのだ。


 どうせ発進したら二時間程度で戦場に着く。

コックピットのクリムゾンは余裕でいた。

そこに管制室から緊急呼び出しがかかる。


「大公様、申し訳ありませんっ! 姿勢制御バーニアに異常が見つかったので交換しやす!」


管制室にいる直属の部下ソン副長にクリムゾンは冷静に指示を与える。


「うむ……最悪、ヘリで運搬する。用意しとけ」

「はっ!」


 機嫌があっという間に悪くなる。

まだ時間があるものの一時間のうちに交換できねばヘリしかない。

機嫌を直す為、スパイ衛星のチャンネルを開きトレバーの姿を求める。


「ああ、居たぁ……チッ!」


モニターに映った映像を見て一瞬、嬉々とする。

無数の山賊たちに囲まれながらトレバーダーリンが余裕綽々で構える。

背中合わせで守りあうキルケークソビッチを見て舌打ちをする。

スイッチが入ったクリムゾンは通信を工作室にいるメソッドに繋ぐ。


「おい、メソッド! 攻撃レーザー衛星のトリガー寄越せ!」

「はぁ? んなもん上げてない! つーかお前に渡せるか!」


怒鳴り声で仕事を邪魔されたメソッドが怒鳴り返す。


「んだとこのデヴ?!」

「当たり前だ。欲しけりゃ大首領から許可貰ってこい。ついでにそんな暇あるならとっとと発進しろ」


意外にもばっさりと切り捨てたメソッドは通信を切ると製作に没頭する。


「ちーくしょー! あの豚! ぶっ殺す!」


 操縦席でヒステリックに叫ぶクリムゾンに管制室から連絡が入る。


「大公様、お待たせしやした。いつでも出られます!」

「またせとけぇ、アタシは今から忙しい!」


座席のベルトを外したクリムゾンは備え付けのライフルを持つ。

操縦席から出るとそこは小さいブリキ箱の横であった。

リフトが降りて来て作業員が困惑しながら駆け寄る。


「どうしました?」

「今から工作室へ行く。野郎ども出入りだ!」


怒り心頭のクリムゾンの命令にギョッとする。

その直後、通報を受けたメソッドが泡を食って逃亡する。

クリムゾンは部下達に必死に止められ、大首領から大叱責を喰らった。


 その頃、トレバー一行は城に向かう手前のエバビル山地にようやく到達した。

早速出て来た山賊たちを余裕で粉砕して足を速める。

思ったよりも道が悪く、予定到着時刻より六時間は遅れている。


 だが、魔物達とじゃれ合う事はあまりなかった。

テュケとアガト達が実にいい働きをしていた。

二人がレーダー代わりに周囲の敵を察知し、敵の詳細を教えてくれたのだ。

おかげで、最小限の会敵で事は済んだ。

ただ、一回の会敵で始末する数が多い。

犬型の戦士、実は狼型だったリュカオンの集団や山賊の類だ。

追い払おうとしてもこちらの実力差が分からず頭数で押して来る。

その手間が非常に面倒だった。


「テュケ、敵はどうだ?」

「兄ちゃん、大丈夫だよ。周辺に物音は無いよ」


 トレバーの問いかけにテュケは確信を持って返事する。

妖精であるテュケはその性格上細々とした物事に敏感に察知する。

家の主から身を隠したり、悪戯を仕掛ける為だ。


「でも、気をつけてね。コリタスサボテンの花が咲いてる。アイツらこの香りが好きなんだ」


鼻をつまみながらアガトが警告する。

小鬼ブラウニーであるアガトは基本闇に住まう。

それゆえ、仲間闇に住む住人の事を良く知って居た。


「おう、あんがとよ。しかしか……笑えるぜ」


大好きなイーグルスのを鼻歌にしてトレバーが進む。


「こら、一応隠密行動だから鼻歌歌うな、このバカチン」


後方で警戒するキルケーが突っ込む。


「へへっ、この訳わからん世界でもサボテンの名前がコリタスってウケるぜ?」

「そんな事言って、戻れないのラブリープレイスは勘弁よ」


曲を知っている二人に知らないアガト達がポカーンとする。

その四人の鼻を香ばしくもキナ臭さが覆う。


「あ、兄ちゃん! あそこ!」


 闇浮かぶ一つの大きな光点をアガトが差す。

そこには大きな焚火が焚かれ、結構な数の鬼が居た。

周囲にはゴブリンより体格や風体の良い鬼が舞い踊る。

その隣に顔面を腫らした騎士らしき男が何か喚いていた。


「なんだありゃ?」

「夕飯の儀式らしいよ」


雰囲気にただならぬモノを感じたトレバーにアガトが困った顔で説明する。


「あの風体だと城付きの兵士か……しゃーねぇ、助けるぞ」


トレバーは事情を察して救出に向かう。


「ほら、テュケ、アガトこっちにおいで」


苦笑しながらキルケーが二人を呼ぶ。

しかし、アガトは動かなかった。


「おねいさん、あれホブゴブリンだよ! 結構賢いし、強いよ? 言葉が分かるなら脅せるかも」


そう指摘してトレバーの肩から動かない。


「ふむ、データも取るか……良し、アガト来い」


そう言いながら荷物を下ろしてトレバーは肩を回す。


「あんた、まさか」

「まさかのトレバー、行っきまーす」


キルケーの不安を的中させるようにトレバーは跳躍する。

そのままその光点上空へと到達するとアガトに指示を出す。


「アガト! そのまま上に飛べ! 変身するぞ」

「うん!」


アガトがそのまま飛ぶとトレバーは鬼神に変わる。


「アガト、頭に乗れ! ぶちかますぞ!」


アガトのスーツも変わり、必死に鬼神のヘルメットに捕まる。

その瞬間、ベルトのリアクターが輝き、足が白熱して輝く!


『どぅりぁぁぁぁぁぁっ!』


 焚火のど真ん中に着弾し、焚火を周囲に撒き散らす!


『あちっ!? な、なんだて?』


木の棒につるされた騎士が叫ぶ。

周囲に焚火が散らばり周辺を明るくする。

そこにはホブゴブリン達が必死に平伏していた。


「あのー……何なの? この化け物たち」


その様子に拍子抜けした鬼神が見渡しながら呟く。


「兄ちゃん、コイツら兄ちゃんの事、神様だって言っているよ」


同じく強化服を起動し、鬼神のような形ヘルメットを被ったアガトが通訳する。


「は? なんで?」


事態を飲み込めない鬼神がやり場のない攻撃力を持て余す。

威嚇ついでに四肢のチェックの放電を景気よく放つ。

ホブゴブリンたちが必死に平伏する。


「コイツらの神様は炎の中に降りて来るんだよ。炎に晩餐ついでの生贄を捧げるんだ」

「生贄ねぇ」


 吊るされている小太りの中年騎士が必死に暴れている。


「なんだてー!? おみゃー? とぅろいことやっとると承知せぇへんぞ!」


叫びを聞いて一瞬、通訳ソフトが壊れたと思い、鬼神はエラーチェックする。


「兄ちゃん、コイツ方言キツいよぅ……」


アガトが困惑する程らしく、ソフトも正常診断がでた。

そこで一計を案じた鬼神が密着通信でアガトに尋ねた。


「そうか、アガト、言葉話せるか?」

「うん、少しはね」


 鬼神が指示を与えるとアガトは頷き手のひらに乗り叫ぶ。


(ホブゴブの民よ。我は降臨した。)

(我は愚者を誅伐する!)


その途端、悲鳴ともとれる叫び声が一斉にする。

鬼神は渾身の踵蹴りを地面に打ち黙らせた。


(その者どもは下の平原に群れ成して現れる)

(民よ、ともに戦うため道を作れ!)


その途端、伏せていたホブゴブリン達が一斉に雄たけびを上げる。

そして騎士を火に掛けようとするがそれを止める。


(いま必要なのは人の肉ではない!)


ナイフで喉を掻き斬るところで止まって騎士が恐れおののく!


「おい、あの馬お前の大事な馬か?」


鬼神は騎士に尋ねる。

するとキョトンとして答えた。


「え? あ……城の厩舎に居た奴だで?」


(馬の肉で腹ごしらえするのだ。速く駆ける為に!)


答えを聞いて、早速アガトに言わせる。

すぐにホブゴブリン達が処理し始める。

そして騎士を下ろさせるとそこにキルケー達が到着する。


(待て! そのものは我の巫女だ)


襲い掛かろうとしたホブゴブ達を止めた。

そして焚火を整えさせて食事を準備させる。


大佐あんた、何考えてんの?」

「ん? 増援代わりにするんだよ」


 困惑するキルケーの詰問に鬼神は手首ウォッチを掴みそう答えた。

密着通信で腹案を出す。

自分とこいつ等で突撃を開始する。

キルケーと戦闘員二人の部下達はその後方での援護、掃討射撃を始める。


「良いわねぇ、自前の部下を労わる上司で」

「いや、相手は推定五万らしいからコレでも焼け石に水だぜ?」


 キルケーの嫌味に鬼神は苦笑して返す。

自軍には防御力の高い怪人を頼んでおいたが期待は出来ない。

最初にコイツらで行ける所まで行き、全滅したら本命怪人投入するつもりだ。

鬼神の目の前にこんがり焼けた馬の腿が出される。

その一部をアガトとテュケに切り取って渡し、残りは騎士に渡す。


「まぁ、行掛り上で喰っちまった。命は助けてやったから勘弁してくれ。アンタ名前は?」

「俺はブラウン、ブラウン・ヤバマルハや、バティル城付きの騎士やっとる。……アンタは?」


ブラウンと答えた騎士は野性味溢れる肉塊をナイフでざっくりと切り取る。


「俺は鬼神大佐だ。俺らとそちらで同盟を組む手筈だ。よろしく頼む」

「おみゃーらか! 俺が出発こくときに飛んできた輩は!」


鬼神の自己紹介にブラウンはギョッとする。


「ああ、正確には俺の同僚だ。爺だが滅法強いぞ」


鬼神は笑いながらマウスガードを外して頬張る。


「ほんでこの後どうするんだて!?」


肉を食いながらブラウンは途方に暮れる。そこで鬼神が提案する。


「俺らは城の手前の岩場まで行く。お前も途中まで来い。その後、城に行け」


鬼神が提案すると粗方食べ終わったホブゴブリン達にアガトに頼んで指示を出す。


「民よ! 岩場までともに下り、敵を待つぞ!」


訳の分からぬ興奮状態の雄たけびを上げ、ホブゴブリン達が動き始めた。

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