リチャードとの対面

 屈強な身体の衛兵隊長の肘を堕天はステッキでメキッと音を立てて極める。

二人を中心に十重二十重に取り囲んだ一団が室内に入る。


「何事か!?」


しっかりと手入れされた革鎧を着こんだ凛々しい女性が一喝する。

周囲の衛兵たちの空気が一変する。

堕天はここの軍事指導者軍の要と看破した。


「突然の来訪と無礼をお許し願いたい。火急の要件と我が主の代理で罷り越しました」


流石に物言いを丁寧なものに変えた堕天は極めた隊長を解き放つ。


「いつつ……はっ?!」


女性の厳しい視線に気が付き、隊長はバツが悪そうに脇に退く。


「国王陛下の姉君、ラクウェル様とお見受けいたします。如何でしょう。私共の話を聞いて頂けないでしょうか?」


 怒りの覇気を漲らせた鎧姿の姫君に堕天は好々爺の笑みで頼んだ。

既にゲシル村でバティル城の王家について調査済みだった。

その武人気質の性格等も把握し、対応を想定して動いた。


「隊長のデボンを退けた腕は確かだな……よかろう。話を聴こう」


女性騎士、ラクウェルはそう言いながら腰の剣の柄に手が伸びる。


「はっ、ありがとうございます。ただ、火急の要件なれば出来ればリチャード様、摂政のフレアー公にもご同席願えればと思います」

「なんだと……?」


丁寧だがズカズカと上がり込んで来る堕天にラクウェルは露骨に眉を顰める。


「魔王軍の動向ゆえの願いでございます。一刻の猶予もございません」

「わかった。しばし待て」


突破口を開いた相手へ興味のある情報を小出しにして抵抗を切り崩す。

狡猾な採用担当ヘッドハンターだった堕天が好む手口だった。


 数分後、堕天は大広間に通された。

広間の中央の玉座に利発そうな少年がちょこんと座る。

不釣り合いに大きい王冠に小奇麗な服装は王子と呼んだ方が似合う。

その脇をラクウェルとモノクル片眼鏡を付けたやせっぽちの男が固めていた。

柄に手を掛け、ラクウェルは警戒を緩めてはいなかった。

モノクルの男は地味な身ぎれいな格好で神経質そうな表情を向ける。


「バティル城主、リチャード・バレンタイン様の御前である! 控えおろう!」

「ははぁ」


ラクウェルの号令に堕天は内心苦笑しながら頭を下げる。


「私がリチャードだ。そこの御老体、名は何と?」

「陛下っ!」


 リチャードがこの珍しい服装の老人に興味を持つ。

慌ててラクウェルが叱責の声を出すが手を挙げて制止した。

堕天は恭しく自己紹介を始めた。


「私の名はヴァレリー・ハインツと申します。我が主からは堕天博士と呼ばれており、医学や様々な学問を修めております」

「ではハインツ先生、先生の主とその目的を語っていただきたい」


ジッと見つめて冷静に話してくる少年に堕天は気を引き締めた。


(成程、両脇の補佐役はただの守り役ではないって事か、やはり世間の評判は当てにならないものだ)


ゲシル村での評価は幼君を叔父と姉が守っているとの評判であった。

その認識が間違っている可能性はすでに織り込み済みである。


 先代の王リチャードの父親はガマッセル大陸での戦闘に出向き、戦死した。

先代の遺言に従い、王子であるリチャードが即位する事になる。

先代からの参謀であり内政大臣である叔父フレアーがそのまま摂政になった。

そして男勝りで姫将軍の通り名を持つラクウェルが軍事顧問に入った。


 人の評価は会って話してみなければわからない。

堕天はこの幼君と会いそう実感した。

利発で丁寧な発言に謙虚な姿勢……。

補佐役の教育や本人の自覚が少年王を急成長させていた。


「は、我が主はジャクルトゥ大首領、我が組織はこの地に蔓延る魔王軍に対し対抗するためにやってまいりました」


 真摯に堕天は答えた。

嘘は言って居ない。

多分そういうもあるからだ。


「ほう? バール―連山にて魔王軍の部隊が多数目撃されたのはその方達の仕業か?」


黙って堕天を観察していたフレアーが詰問する様に尋ねる。


「申し訳ございません。結果的にそうなってしまいました。ですが、大半を全滅させております。ゲシル村やボクドーでも配下が魔王軍を撃退しております」

「では先生、なぜ先生方は我が国民を守っているのですか?」


謝罪と現状を述べるとリチャードが真剣に尋ねる。

その瞳に堕天はかつての向学心旺盛な研究生教え子たちを思い出した。


「陛下、我々は人間です。同じ人間が滅びようとしているのを黙ってみているわけには参りません」


優しく諭すように、そして毅然と堕天は言い放った。


「まぁ、それで結構だが、貴殿が魔王軍の手下でない証拠はない」


堕天の言葉にフレアーは疑惑の目を向けていた。

ラクウェルに至って剣の柄を握った。


「それでは……クリムゾンや、先遣隊は見えたかい?」


周囲の殺気立った姿に堕天は笑みを浮かべ、ウォッチで呼びかけた。


「ああ、城から見える所までもう少しさ」


ヘリで周囲を警戒するクリムゾンが北の方をモニターし報告した。


  報告を聞いた堕天は三人に向くと説明を始めた。


「実は火急の要件と言いましたのは先日、我らは魔王軍の行軍を視認しまして……近日中にこの城に本隊がやってまいります。これをお伝えしたかったのです」

「なにっ!?」


報告を聞いたラクウェルが目を向いて驚く。

全く相手の動きを感知して居なかった。

なぜなら送り出した配下の斥候達はほとんど帰還して居なかったのだ。

これでは情報を獲りようがない。


「総兵力は五~六万ほど多種多彩な兵を視認しております」

「なんと……」


情報を聞いたリチャードが嘆息しながらも首を振る。

兵を募ろうにも時間と人員が足りない。


「ですが、ご安心くだされ、我らがおりまする」


妙に芝居がかった物言いが場に馴染んでいるのが堕天自身、不愉快だった。


「其方ら風情では焼け石に水だ」


顔色が蒼白になったラクウェルは冷静に言い返す。

だが堕天はゆっくりと手を庭へ向ける。

何かへいざなうように……。


「では、物見の方、北の方に軍勢が見えませぬか?」


堕天の指摘にデボンが顎をしゃくり物見への伝令が走る。


『北の方に小規模の軍隊が見えるとの事です』

「「何だと!? もう来たのか?」」


周辺の文官達が騒ぎ出す。

すかさずラクウェルは周囲に対し一喝する。


「黙れっ! デボン! 騎士団へ通達! 出撃準備にはいれ! シモン! 防護結界の準備に入れ」


脇に居たデボンと横にいた僧侶らしき男が慌てて広間を出る。


「待たれよ。我々の身の証と手土産代わりにアレを殲滅して見せましょう」


にこやかに堕天は提案した。

だが、ラクウェルは一蹴する。


「ならん、結託している可能性もある」


 そこに別の伝令がやってきてフレアーに耳打ちをする。


「まて、今報告があった。ゲシルでの件、まことにその方達か?」


伝令の魔王軍壊滅の知らせにフレアーは生唾を飲む。

守備側が農民たちでは籠城でも上出来と踏んでいたのだ。

魔物どもを数十分で駆逐する戦力は確実に欲しい。


「はい、我が主の配下三名の手によるものです。そのうちの一人は上で待機しております」


事も無げに堕天は答えた。

そこにクリムゾンから連絡が入る。


「博士、全体が見えて来たよ。総勢五千程、やっちゃう?」

「少し待て」


短く伝えてリチャードとラクウェルに向き直る。


「それでは陛下、姫様、あれなる五千程度の雑魚、数十分で平らげて見せましょう」

「ふん、やってみると良い」

「先生、お願いします」


あくまで疑惑の目を向けるラクウェルと真摯なチャードに堕天は笑みを浮かべた。


「クリムゾン、盛大に血祭りして差し上げろ。一匹も残すな」


敢えて聞こえる様に指示を出す。


「了解♪」


心なしかクリムゾンの声が弾んで聞こえた。


 庭に案内すると頭上をヘリが颯爽と北へ向かって行く。


「何だあれは?!」


後ろについて来たラクウェルが巻き起こる旋風に驚愕しながら尋ねる。

無理もない、この世界に該当する巨大生物は存在しないのだ。


「我が方の戦闘ヘリと言う乗り物でございます。あれ一機で五千の魔物を平らげましょう」

「何と!」


フレアーが堕天の宣言に愕然とした。

少なくとも五千の魔物と戦うのであれば六千以上の兵が居る。

それでようやく互角だ。

その戦力を一機でえるのであれば財政的にも喉から手が出る。


「おぉッ?! 何と勇ましい!」


飛翔するヘリを見てリチャードが目を輝かせながら拳を握る。


「他にも様々な兵器がございます。まずは威力をご照覧くだされ」


そういって堕天は戦況を見守る。


 一方、クリムゾンは通信から漏れ聞こえる感嘆の声を聴き苦笑する。


「こちとら演習じゃねぇんだけどねぇ……まぁ良いか。火器管制オールグリーン、索敵うしろは任せたよ」


隣の副操縦士に指示を送ると操縦桿のトリガーカバーを指で弾いて外す。


 戦闘ヘリの目前に魔物の群れが迫る。

鼻歌交じりのクリムゾンは後方の部隊に向けてトリガーを引く。

カシュッ、カシュッと連続してミサイルが飛んでいく。

初手で潰すべき魔道士部隊やメイジ部隊に次々に着弾し、派手に爆散する。

実は堕天がリチャード達と会談中、クリムゾンは本部と連絡を取っていた。

分析と展開予想を見て目標設定する。

その際、バクシアンとメソッドから攻撃目標のアドバイスを受けていた。


「最初に魔法使い飛び道具を潰せか……。まぁ、高射砲や対空ミサイルと思えば納得するわな」


バルカン砲に切り替え、逃げ遅れを掃射しながら最後尾でナパームを落とす。


 攻撃を受けた先遣隊は一気に総崩れになった。

司令塔である部隊長は初手ミサイルで爆死し、指令系統は混乱する。

突然襲って来た面妖なもの大型戦闘ヘリにミサイルやナパームで先制の大ダメージを貰う。

現代でも奇襲攻撃は有効である。

相手の正体や戦力が分からなければ特に効果的だ。


 詠唱や武器を抜く間もなく魔物達が虐殺されていく。

逃走しようとしても後ろは火の海だ。

抵抗しようにも魔法部隊は最初に潰されていた。

制空権は向こう……。その劣勢を覆さんと鳥型モンスター達が飛び立つ。


「化けガラス、デスコンドルは突撃! ドラゴンフライ、ファイアパピヨンは火を噴いて援護!」


 生き残った魔族のビーストテイマーが指示を与え、ヘリの周辺に集結させる。

ヘルコンドル達が一斉に襲い掛かる。

その時、ヘリのサイドドアがザっと横にスライドした。

開いたドアの中で機関砲を構えた副操縦士がケタケタ笑いながら引き金を引く。

二回ほどヘリがゆっくりと転回する。

火を噴いた機関砲の弾丸が決死隊を次々に躯に変えて落としていく。


「よーし、が始末出来たから掃討するよ」


 副操縦士に指示し、下で威嚇する様に吼える魔物達に弾丸の雨を降らす。

逃げ道は断たれ、上空から銃撃を受けた魔物達はなすすべなく倒れて行った。

一方的な虐殺は二十分程度で終わった。


「如何でしょう? 我々の力は?」

「凄い……それで先生、お望みは何ですか?」


 惨劇と言える戦果にリチャードは呆然としながらも最後に要求を尋ねた。

その理性と胆力に堕天は脱帽した。


「はい、まずは食料補給と各街への駐屯、それと兵士の募集許可をお願いしたい。これは千名程度で結構です。そして魔王軍駆逐のあかつきには別の大陸への進軍許可をお願いしたいところです」


誠実に大首領と綿密に協議した内容を提示する。

いきなり国寄越せとは言わず、ゆっくりと侵食すればいいとの結論だ。


「摂政、将軍と協議して参ります。別室にてお待ちいただきたい」


何か言いたげな二人を察した少年王は堕天に一歩も引かず、丁寧に頼んできた。


「お心遣いありがとうございます。陛下、それでは一旦引き揚げます。半日の後、幾つかの部隊と共に御傍に参上いたします」

「早い! それにまだ結論が出ておらぬが?」


早急さにラクウェルは苦言を呈す。

わざとらしく堕天は頬を掻く。


「これは失礼しました。その頃には奴らの本隊が接近しているはずなので先走りましたかな?」


タイムリミットをそれと無く伝え、圧力をかけて置く。


「う、うむ、遅参されても困るな……陛下如何でしょう。数刻のうちに返答するのは?」


ジャクルトゥの戦力や技術が欲しいフレアーは妥協案を提案する。

それを聞いた堕天は内心ほくそ笑む。


「いや、先生、半日後に返答させて貰いたい。それとこちらからも頼みがあります」

「なんなりと」


数秒ごとに成長していくこの小さな王に堕天は感心する。


「我が国は其方とを結び事に当たりたい。そちらは技術と兵器を供与する。我らは食料と資源、情報、人脈を提供する。魔王軍には共同で事に当たり、王家、都市を解放して行く。それが通らなければ我々は単独で対峙する」


その提案を受け、ジャクルトゥ側はこの世界の人間を舐め過ぎていたと痛感した。


 文明レベルが下でも交渉の場は現代と変わらぬ頭脳戦だ。

生死に関わるゆえに瞬間的な判断力を求められる。

そして、この王家陣営はジャクルトゥの技術と本質を知らなかった。

食料資源はその気になれば腕尽くで奪えばいい。

情報や人脈も強制的に洗脳してしまえば楽に取れる。

善意があるのはあくまで上っ面だけだ。


 本音は複数の敵を作る事は回避したいのだ。

転移前の世界でウォリアーにキットクルンジャーなどのヒーロー達を戦い。

各国の情報機関に軍隊、警察機構を相手にして来たのだ。

ここでは魔王を単独の敵にして各王家、軍と友好関係を結びつつ侵食する。

それがジャクルトゥの方針であった。


 性急な答えは平行線に終わりかねない。

そう判断した堕天は会談を一旦、冷却時間を差し込んだ。


「畏まりました陛下、直ちに我が主に上奏して協議して参ります。資源等を目録にしていただけると助かります。それでは半日後に」


情報の精査と戦略の練り直しを突きつけられた堕天は恭しく頭を下げて退出した。


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