龍帝の大陸

 沈黙が支配する輸送機はトレバーとペーレオンを載せて順調に南へ飛行する。

腕を組みトレバーは傍らに盾と剣を置いて連携のトレーニングをしていた。

念話による連携指示である。

メリッサ経由でならトレバーは念話が出来る。

口頭での指示が念話になれば攻撃の手段や幅が広がるのだ。

彼等の攻撃パターンや鬼神大佐の攻撃援護をお互いに把握しておけば、より高い連携が生まれる。

兜のメリッサ経由で意見を出してもらい応答する方法でコミュニケーションする。

その為、無言で眉間に皺を寄せて唸る。


 その前では機内をうろうろと歩きながらペーレオンがありとあらゆる物に興味を示す。

ロープやワイヤー、機器を手にとり、材質や造りをジーッと観察する。

実は離陸するまで道具や機体の各部を見てはトレバー達を質問攻めする。

学究の徒であるペーレオンにとってすべてが珍しいのだ。

組織に押し掛け、参入面談の際、堕天が苦笑する程の質問を浴びせ続けた。

そのお陰で堕天が気に入り、補佐と魔法担当で幹部採用になる。


 集中力が切れたトレバーは目を開く。

その目前にはペーレオンが立っていた。

じぃっと見つめる視線に一瞬たじろぐ。


「どわっ?!」

「大佐殿、少し宜しいか?」

「な、なんだい?」


理知的で丁寧な問いかけだが、この後に来る怒涛の質問攻撃に身構える。


「大佐の……失礼、適当な名称が無いので敢えて呼ばせていただく。武装六人衆の方々ご無礼ながら我が問いに答えて頂きたい」


念話のチャンネルを開いたらしく無言でやり取りが始まった。


「おい、メリッサ、三〇分ほどにして置けと伝えろ。その頃には降下の時間だ」

(畏まりました大佐)


放置すれば降下時間でもそのまま機内に残るだろう。

或る程度で釘を刺しておく。

単独行動でもトレバーは気にしないが、出し抜いたと新入りに変な恨みも持たれたくはない。

待機ベンチにごろ寝しながらトレバーは仮眠をとった。


 三〇分後に警告ブザーで目を醒ましたトレバーが操縦席に怒鳴る。


「何事だ!?」

「へい、お騒がせしました。未確認飛行物体が接近中です」

「助けが要る時は呼べ」

「へい、大佐、ありがとうございます」


 蟄居謹慎中のクリムゾンの代わりに大公付きの副長が輸送の任務に就いていた。

クリムゾントップエースの部下ゆえに腕は確かだった。

もっとも、幹部直属の部下副長級はたいがい技術や腕は立つ。

技研の川崎舞や山川がいい例だ。

そうでなければ務まらないポジションなのだ。


「ワイバーンかホークマンでしょうな」

「分かるのか?」


会話が終わったらしく、落ち着いて敵の正体を分析したペーレオンが呟く。

落ち着きっぷりにトレバーは感心する。


「先程、窓から見て雲海の上に機体がありました。この高さまで昇れるのはその二種だけです」

「分かった。注意事項は?」

「狂暴なワイバーンは火を噴きますし、ホークマンは武器で近接戦闘します」

「ほうほう」


そこまで聞いたトレバーは副長に特徴を告げる。


「わっかりやした。では大佐、ホークマンはお任せしやす」

「おう、任されて」


近接されても鬼神なら命綱を操り余裕で始末する。

その信頼と器がなせる会話だった。


「大佐殿、アムシャスブンタと会うのに怖気どころか……」

「あ? じーじは言ってねぇか? 俺たちゃ死ぬ覚悟はいつでも出来てるって?」

「いえ、そうなのですか? 大佐殿」

「ああ、幹部たるもの常在戦場、毎日決戦だぜ?……つか、ペーレオンよ。大佐殿はやめろ」

「は? いけませんか?」

「大佐は兎も角、殿はやめてくれ。お前さんも幹部だからな」


 呼び方を窘めながらトレバーは苦笑する。

殿をつけて呼ばれるのは軍隊以来だからだ。


「ではなんと?」

「普通に…大佐、もしくはトレバーで構わんよ」

「では大佐……死への恐怖が無いと?」

「ああ、改造人間なのでな。半分死んでいるようなものさ」


そこに警戒ブザーが鳴る。

どうやら出番の様だ。


「敵か?」

「ええ、ついでに降下ポイントでさぁ!」

「よし、ここのチェーン貰うぞ」

「どうぞ、大佐、ペーレオン様、ご武運を」

「ありがとな、副長、気をつけて帰れ」

「ありがとうございます。副長殿」


 待機ベンチ下の固定用チェーンを取り出すとトレバー達は開き始めたハッチに向かう。

ハッチから猛烈な壁の様な圧力で外気が入って来る。

完全にハッチが開くといきなり巨大な翼を広げた人間が現れた。

クチバシと全身に茶色い羽毛を生やした男、ホークマンが襲い掛かって来た。


「じゃまだ、どけ」


車輪を固定する為の太いチェーンを軽々と振って顔面を張り倒す。

倒れた所をトレバーは蹴り飛ばして墜落させる。


「おい、ペーレオン、パラシュートは?」

「なんですかな? それは?」


未知のキーワードに目を輝かせてペーレオンが聞き返す。

しまったと内心思いつつ、トレバーは話を進める。


「墜落防止の道具だよ。後日、訓練やるか。とりあえず要るか?」

「いえ、魔法で対応します。後日の訓練も是非お願いしたい」

「よし、ならば行こうか」


 意外と落ち着いているのでほっとしながらまた出て来たホークマンを張り倒す。

ギャッと悲鳴を上げ、顔を押さえたホークマンが墜落して行く。

その後を追いかける様にトレバーが飛び落ちる。

ペーレオンもそれに続いて落ちていく。


「スコット、ニールセン、頼む」


勢い良く落下しながら後ろへ振り向き、籠手と剣を放出する。

トレバーの意思に従い、輸送機に取り付くホークマン達を攻撃し始めた。

すると攻撃対象を変えてトレバー達を追跡し始める。


「私にお任せあれ」


 今度はペーレオンが落下しながら印を結ぶ。


「ののしれ、ののしれ さながら無くすとも構はず。いで、汝に問ふ! スクリーム!」


詠唱が終わった途端、向かって来るホークマン達の身体が歪む。


――ギャァン!


金属音とも断末魔ともとれる音と共に蚊トンボの如く墜落して行く!

その成果を見ながらトレバーは感心する。


「はえぇ~、敵に回すとこの上なく厄介だが、味方になると此処までやるのか……こりゃいいや」


そうトレバーは呟くがブラウンではあるまいし、盾にする気など毛頭ない。

守る手間が省けるのは良い事ぐらいの感覚だ。


 落下しながら地上に目をやるとガマッセルより緑の色が濃い密林になっていた。

もうそろそろブーツを展開し浮遊状態になるつもりだった。

その時、鬱蒼と茂る密林を爆発させるように何かが飛び上がって来る!


「お次はなんじゃいねっと?」

「ワイバーンでしょうな、落下する我々を餌と勘違いしたのでしょう」

「ほう? ペーレオン、ミトン付けといてくれ」


 チェーンを輪のように手繰たぐるとトレバーはタイミングを計る。

赤い口腔の周りに鋭い歯を見せつけてワイバーンが襲い掛かる。

トレバーは一瞬、眉間に皺をよせた。

タイミングを合わせ、口腔にチェーンを巻き付け、くつわの様にする。

たじろぐワイバーンの背中に飛び乗り、手綱がわりのチェーンを引っ張った!


「ペーレオン! 後ろに掴まれ! 魔力の節約だぁ!」


悶え苦しんで火を吐くワイバーンを見ながら嬉々としてトレバーが制御し始める!

さながら空中でロデオをするが如く暴れまわるワイバーンを腕尽くで抑え込む。


「野生のワイバーンは気性が荒くて、ドラゴンライダー達は幼生体から仕込んで乗騎にするのに………めちゃくちゃだ!」


 異世界から来た悪党の常識はずれの行動にペーレオンは自然に笑っていた。

魔王の組織にあってこうあるべき、そうしなければならない。

理想に固執して考えていた自分を見つめ直す。

そして、自分のやりたいように戦うトレバーに驚きを隠せなかった。

その一方で必死でトレバーの腰にしがみ付き、魔法で降下しなかったことを悔いた。


 とうとうバテて来たらしいワイバーンがヘロヘロになりながら飛行する。

トレバーは手綱をしごき、内陸部に見える巨大な山に向かわせた。

その途端に殺気を感じたトレバーはペーレオンに尋ねる。


「おい、ペーレオン! 周囲や方向に変な感じはないか? 俺は魔力を感じられないのでな」

「大佐! 全周囲に攻撃的魔力を感じた! 障壁を張るがまず……」


ぺーレオンの警告は最後まで伝わることなく周囲の密林から一斉に光弾が飛んでくる!


「とべぇ!」


手綱を咄嗟に手放し、トレバー達は落下する。

代わりに光弾はワイバーンに当たり、悶えながら別方向へ落ちていく。


「やっぱり敵がいたか……ニールセン、メリッサ、燻り出せ!」


兜と剣が浮遊すると斬撃とブレスで密林へ攻撃を始める。


「ペーレオン! このすきに着地して相手捕まえるぞ!」

「えっ?……了解した!」


 自分なら相手が着陸と同時に攻撃を仕掛ける。

トレバーはそう踏んでいた所にワイバーンが襲って来た。

最初はさっさと仕留めるつもりだったが密林に潜む何かを感じ、間合いを取ったのだ。

相手は監視しして出方を窺う。

そこでトレバー達が山に向かう事が分かると攻撃を仕掛けて来た。

研究室勤務で実戦から遠ざかっていたペーレオンは鈍くなっていた自身の戦闘勘に苦笑する。

そして、戦慣れしたトレバーの技量に感服した。


「とっとと相手捕まえて口割らすとしよう」


 戻ってきたメリッサ達を装着し、山に向かって歩き出す。


「畏まった。大佐」


その後を浮遊状態で歩きながらついていく。

勿論、周囲の監視と勘を取り戻すまで罠を回避するためだ。


「そういえば、ペーレオン、山を見た時何か感じなかったか?」

「いえ、ただ、形の綺麗な山だと感じた程度だ」

「そうか」


 答えを聞いたトレバーは一言呟いた。

おそらくモニターしている堕天も考えているだろう。

山の形が転移前の本拠地があった山に酷似していることを……。






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