強化訓練
血と汗の臭いがきつい訓練室内に様々な訓練機器が並ぶ。
中央には血で薄汚れたリングが常設されていた。
その上で伊橋はタイソンの左フックにカウンターを決める。
「ちがーう! 膝を使って回転を作るんだよ!」
尻餅をついてダウンしたタイソンの後ろでゲンナジーが身体を使ってコーチする!
ゲンナジーはタイソンの申し出で訓練プログラムの臨時コーチとして参加していた。
警戒する伊橋や中村も傷や疲れを癒し、機材が揃うまで付き合っていた。
腕力は人並み以上のタイソンでも技術面はド素人である。
カウンター下手な伊橋が合わせられるほど拙い攻撃は徐々に様になって来た。
それはゲンナジーと舞、キルケーが相手をしながら理論を嚙み砕いて教える。
また、タイソンも常人以上の格闘センスがあるからである。
「これで武器関係のコーチが居ればねぇ」
ふらつきながら立ち上がり構えるタイソンに見守るキルケーは溜息をつく。
トレバーならスパルタで全ての武器スキルを鍛え上げられただろう。
しかし、キルケーや舞、伊橋達は格闘を教えられても武器関係は基礎技術だけである。
特に剣や槍の実戦指導は厳しい。
そこでタイマーのブザーが鳴り、休憩に入る。
ワンラウンドの時間はランダムだ。
より実戦に近い感覚とセンスを養うための設定である。
時間内に伊橋は仕留められない事にイラつく。
逆に守るのに精一杯で攻めきれないタイソンは凹む。
コーチ役のゲンナジーはリングに上がると早速コーチングに入る。
「タイソン、良いかぁ? 回転と膝を使え、フックの時やアッパーも回転を作ることで威力を増すんだぁ。膝もうまく使う事でもっと威力が出る。それにアッパーの踏み込みはすごくイイぞ。横にステップアウトする事でガードと打撃ポイントがマッチするんだぁ」
「はいっ!」
上手く褒めて技術を落とし込むゲンナジーに伊橋は苦笑する。
それに必死に適応するタイソンも成長著しい。
事実、何度もKOパンチが恐ろしいタイミングで飛んでくる。
此のままでは数日もしたらKOされてしまう。
危機感が真剣さを帯びさせる。
「はい、休憩の時間ですよ」
「舞ちゃん謹製スポーツドリンクだぞ」
重くなりそう空気をぶち壊しながら川崎舞と中村がドリンクホルダーを持って現れた。
「あー、ありがと、舞、ゲンさんも休憩入ろう」
「おー、分かったぁ」
リング横の椅子に腰掛けて全員休憩に入った。
「タイソンさん、防御が上手くなりましたね。体捌きが攻撃に連動し始めてる」
「あー、なるほど、払ったり、受けたりするのはそれかぁ?!」
タイソンの動きを見た舞が感想を述べるとゲンナジーが納得する。
明らかに動き方に無駄が無い。
攻撃が下手な分、伊橋の苦戦が際立つ。
「でもタイソン、甘い事言ってると誰も救えないよ?」
「はい、キルケーさん。仰ることはごもっともです」
苦言を呈すキルケーにタイソンは困った顔で答えた。
未だに命を奪う覚悟が出来ていないのだ。
云わば戦士としての自覚がない。
本当の戦闘を経験した舞がアドバイスする。
「相手は容赦なく来るよ。タイソン君。後ろに守る人が居たら引けないよ?」
「舞もあの時は必死だったものね。二ケ所粉砕骨折だっけ?」
先日あったバリアス達の殴り込みでリチャードを守るべく奮戦した代償であった。
緊急手術で患部に固定ワイヤーを刺し、治療槽に入ったお陰で完治した。
だが、腕には無数の手術痕が点々と残る。
実感の湧かないタイソンは必要性を理解するが、まったく踏ん切りがついていない。
「とりあえずは堕天先生と王家の方針次第で前線に出すよ」
「畏まりです」
「俺らはどうする?」
現時点の上司であるキルケーが方針をタイソンに伝えた。
そこで中村に今後の処遇を問い掛けられる。
「うーん、ガマッセルだと厳しいしねぇ……ウルトゥルだと戦死待った無しだし」
ガマッセルの融和政策は思ったより早く、深く浸透したので地元の援護は期待できない。
ウルトゥルは魔法使いと
とはいえ、最強戦力を遊ばしとくのは勿体ない。
そこでキルケーはバティル城に居る堕天に問い合わせた。
「博士? 伊橋の件だけど……」
「奴か……マーマン族への交渉役を中村にさせろ。伊橋はその護衛だ」
「じゃ、ゲンナジーさんに仲介頼めばいい?」
「そうしてくれ、私は王家から親書を調達してくる」
通信を切り、ゲンナジーに上に繋いでほしい旨を伝えた。
「うーん、族長やあの周辺は頭が硬い奴ばかりだぞ?」
あまり気が進まないようだった。
元々マーマン族は人間を嫌う。
ただ、地上の物品や鉄器は海の中では手に入らない。
品物を入手する場所として各地の交易所がある。
それ以上の交流は持ちたくないのだ。
「海の中ってどうやって行くの? 流石に魔法じゃないと無理だぜ?」
今度は中村が指摘する。
人工鰓装備の怪人は居るがそれを強化スーツまで発展させた事は無い。
いずれにせよ時間が掛かった。
そこに堕天から通信が入る。
「例の件はゲンナジー君に託そう。伊橋達は城の護衛へ、キルケー達はボグドーで訓練だ」
後日聞いた話だが、マーマン族への繋ぎはかなり危険を伴うらしい。
ちょっとした語弊で交戦状態になる程、短気で好戦的だからだ。
これにより、堕天もゆっくりと信頼関係を作ることにしたそうだ。
「了解だぜ。俺らの機材を用意してくんな」
「わかった。それまでタイソンと訓練してて」
各方面に手配をする為、キルケーは副長に監視兼案内役を任せて出ていく。
「ボクドーか……半年ぐらい帰ってない気がする」
苦笑しながらタイソンが呟く。
大怪我をしてここに運び込まれたのは半月程前らしい。
妹のミアとジョアンにはトレバーとキルケーの名前を借りて安心する様に伝えた。
そしてボクドーに常駐する部隊から金品の援助があり、生活の不自由はない。
改造を終えたタイソンにはキルケーから現状を伝えられた。
身体のコントロールを二日で取り戻し、キルケーと舞で格闘技術を叩き込んだ。
改造人間でも致命的な訓練をやり遂げるタイソンに堕天は満足げであった。
ヴァージョン弐・
この世界にある魔法を使えるようにナノテクノロジーによる改造する。
これにより全ての細胞ごと別の生物に改造する事に成功したのだ。
元々兵士で
堕天が惚れ込む百年に一人級の逸材でも戦闘経験、技術が素人並みであった。
それゆえにいまだ学習や訓練の余地はかなりある。
キルケーはほぼつきっきりで強化訓練に付き添うのだ。
ヒーローらしい城の防衛担当になり、伊橋は幾分表情が和らぐ。
緩んだのを悟った中村は少しでもガス抜きをするべく、行ったことのある舞に話をふる。
「バティル城ねぇ……王様の居城だろ?」
「ええ、しっかりとした地味なお城で堅実な政治してるみたいですよ」
唐突な問い掛けに舞は困惑しながら話す。
何故なら城内の仕事だけしていたので城下町には行って居ないのだ。
人選が悪かったと中村は内心苦笑した。
「とにかく、ジャクルトゥの連中が防衛しているのだろう? ならばゆっくりと待機させて貰うさ」
汗をタオルで拭くと伊橋はそう嘯いた。
だが、その眼は戦う事をやめてはいなかった。
「でも、副長さん達が守っていても前回のあの人たちがまた来たら……ウォリアーさん一人では手に余るかも……」
前回はキルケーや
次はキルケーも不在である。
再び
そこに山川から通信が入った。
「おー、マイマイィ? ちょっとぉ頼みがあるんだけどぉ?」
「山ちゃん? 後にしてくれる? 少し気分が……」
「そっかぁ、例のOS解析終わって試作品組んだから試してほしくてねっ」
相変らず軽やか過ぎる会話だが内容に舞は動きが止まる。
メソッドの
短期間でネネと互角になれる唯一の方法である。
「この作者、強化なんちゃら好きだから……分かった。もう一人試験官を連れいていくわ」
「おーう! 言ってる意味わかんねぇけどぉぉぉッ! それではぁ待ってるよぅ!」
迫りくる死神に対抗すべく舞は動き出した。
海へ帰り支度を始めたゲンナジーを秘密裏に呼び止めた。
「ゲンさん。もう一つバイトしませんか?」
「なんだぁ? バイトって?」
「仕事です。腕っぷしを見込んで……アドバイスをお願いします。」
「あーかまわんよ? 誰ぶっ飛ばすんだい?」
勘違いしたゲンナジーは舞の前に立つとコーチングを始めようとする。
「いえいえ、多分、驚かれると思いますが……まぁ、此方へ」
その後、中村はタイソンと伊橋の訓練が始まるとゲンナジーが居ない事に気が付いた。
しかし、後ろに副長で監視されては身動きが取れなかった。
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