本領発揮

 聞いた事のない音を聞きつけた、ジョナサンはむくりと起き上がった。

密林に高く吊るされた蔦と木でつくられた監獄に捕らわれているのだ。

お陰で猛獣に襲われない代わりに方位が全く分からない状態で何日も過ごしていた。

暇で死にそうだが、武器や道具はそのまま放り込まれていたのだ。


 トレバーが六人衆に挑んだ時、魔人のエリアだからと完全に油断していた。

暇つぶしにアガトからギタールを借りる。

此の際だから錆びついた技術を研ぎ直そうと思った。

その時点で完全に舐めていた。

ケースを手渡され、バンドを肩にかけた瞬間に気を失う。

気が付いたらここに居たのだ。


「ちっ、どうなってやがる……」


 ぶつくさ言いながらギタールを奏でる。

檻代わりの蔦は斬れない事は無い。

斬れば猛烈に臭い樹液と共にたちまち再生する能力にお手上げだった。

数日間はこの無駄に広い監獄で生活させられていた。

その間の暇つぶしにギタールの練習はもってこいである。

二、三曲弾いては曲を思い出す。

……この作業を飽きるほど続けるのだ。

今日もやる事が無い。

また思い出した様にギタールをつま弾いたその頭上に聞きなれた声が降ってきた。


「やっぱりジョーおじさんだ!」

「言ったでしょー、あの音はギタールだって!」


天井から蔦をゆっくり降りて来たのはテュケとアガトだった。


「お前ら!? 無事だったか!?」

「うん、ミャーミャーおじさんも無事だよ」


安否を確認するとジョナサンはホッとした。


 聞けば、あの直後に二人は近づく感じたことの無い圧力に気がつく。

横にいたブラウンが背負う鎧に咄嗟に潜り込んだ。

そこで裂帛の気合いが辺りを包む。

気を当てられたブラウンやジョナサンが即座に気絶した。


「気配は四つ有ったが………まぁ良い」


 鎧の中で息を殺し、気配を消したアガト達は敵の声を聴いた。

気合いを発した存在は独り言を呟き、壁をいきなり引き掻く。

そして指を弾いて転移の呪文を使い、ここに連れてこられたのだ。

存在が消えた事を確認すると鎧から這い出る。

周囲を見渡して困惑した二人はとりあえずブラウンを起こした。


「はん? ここは何処だて?……地下はどこだて?! 遥々きたではこだて―!」


目が醒めて現実を認識し、それを通り越し混乱に突入し始める!


「うるさいミャーミャーおぢさん! ウォリアーきっくっ!」


混乱するブラウンを見かねたアガトが駆け出す。

転がる鎧を足場にして飛び上がると見よう見まねのウォリアーキックを見舞った。


「ブハッ!…… アガト坊か……此処は?」


景気良く顔面を蹴られ、正気を取り戻したブラウンはゆっくりと尋ねた。


「オイラ達もわかんない」

「誰かに連れて来られたんだけど感じた事のない圧迫感プレッシャー? ってやつ?」


 あのスキュラを近距離で遭遇したり、巨獣を感じたアガト達が感じた事のない者?

ブラウンは無い知恵絞るが、皆目見当つかなかった。

同じように脱走を試みるも撤退を余儀なくされた。

ここに来た夜、遠くにギタールの音色が聞こえてくる。


「トレバー? なんか違うな……」

「ジョーおじさんだよ! ギタールのケース渡したもん!」


 違和感を覚えたブラウンにアガトが目を輝かせて教えた。


「ほうか……ジョーも生きとったんか……でも、どうやって出ようかしゃん」


 周囲をきょろきょろ見渡すが、生い茂る緑で上は見えず。

横も巨大な古木と生い茂るジャングルしかみえない。


「みゃーみゃーおじさん、僕らを上に持ち上げてくんない?」

「どーすんだて? ほいよ」


 両手でアガトを頭上にブラウンは持ち上げる。

目の前にある蔦につかまるとアガトはそれをよじ登っていく。


「おじさん! 僕も行くっ!」

「おう、まっとれ!」


テュケもそれに続き、よじ登った。


「周囲の偵察とジョーおじさん探しに行って来る」

「無理せずに気を付けていけよ」

「「うん、わかった!」」


 二人は素直に頷き、この植物の監獄を吊り下げる太い枝に取り付く。

音色を道標に無数の枝を探し回る。

途中現れる巨大昆虫や小さな魔物を退治して探し出したのだ。


「とにかく降りる手段が無いからなぁ……ん? 隠れろ!」


 ボヤくジョナサンは気配を感じ、アガト達を隠す。

下からスゥっと奇妙な亜人種が現れた。

顔は角とクチバシの様な口、顔の周りにはたてがみの様な硬化したフリルが印象的であった。

鋭い金色の爪を輝かせ、両腕を組んであからさまに蔑んだ目でジョナサンを見る。


「ふん、とうとう気がふれて独り言か?」

「んだ? このフリル野郎は? 喧嘩ならいつでも買ってやんぞ? コラ?」

「質問に……」

「その前に自己紹介しろや、タココラ、マナーもしらねぇのかこのトカゲ野郎」


 挑発的な言動を遮ってジョナサンが仕掛けた。


「はぅ……貴様ぁ!」


一瞬、口ごもった亜人は見事に怒り始めた。

かつて、口が達者なタイラーとやり合ってたジョナサンの術中にはまった。


「気合いを当てて奇襲したのはえらいねぇボクゥ。生け捕りが注文だったんだろぉ? 真正面で気合いいれても通用するのはブラウンだけだからな」

「なっ、猿の分際で……ゆ、ゆるせん!」

「檻にぶち込んでるから余裕であって、外で対峙したらチビリだすなよ? あ、泣いちゃうって奴か?」

「おい! こいつを下ろせ! 勝負……いや、折檻してやる!」


何処かに向かって亜人が命令する。

それもジョナサンは弄り出して追撃しだした。


「おいおい、勝負と言いかけて言い直しちゃったよ。……この余裕の無さ、ブラウン以下だぜ」

「ブ、ブラウン? 誰だそれは!?」

「お前が連れて来たもう一人の男だよ。ああ見えてスキュラ伝説の魔物を撃退した男だ。お前にゃ逆立ちしても無理だろ? なぁ?」

「なっにぃ! お前らまとめめて相手してくれるわ! おい、もう一人も連れて来い!」


 また亜人はどこかに指示を出す。

監獄が下がり出すと同時に遠くで何か動く気配がする。

背中で指を使って指示を出し、アガト達を移動させた。


 地面に着くと蔦がたわみ、出られるようになると太刀を携えジョナサンが一歩外へ出る。

周囲の茂みから同じような亜人がぞろぞろと現れた。

角がなかったり、フリルの形が違う者、クチバシの形状が違う者皆それぞれだった。

唯一同じなのはジョナサンへの視線に侮蔑が混じっている点だ。


「なんだてーっ!? たわけたことやったら承知せぇへんぞ!」


亜人達の列を掻き分けて、鎧の襟を掴まれたブラウンが引きずり出される。


「おう、やっぱり来たか」

「ジョー、お前の仕業かて?!」

「まぁな、ちゃっちいプライド持ちのバカをおちょくってやれと思ってたが……こうも簡単に行くかねぇ」


 手を貸してブラウンを立ち上がらせると二人は抜刀し、構えた。

既に幾多の修羅場や戦いを越えて来たブラウンにヘタレの称号は似合わなくなってきた。


「きっ、きさまぁ、我らを愚弄するとは良い度胸だ!」

「あ? 魔王の手下風情が調子こいてんじゃねぇぞ!」

「は? ……お前何を言っておるのだ!? 我らがあの卑しい地底人の配下だと? ……無礼もここまで来ると逆に醒めるわ」


憤る亜人がジョナサンに詰め寄るが、魔王の一言で逆に冷静さを取り戻す。


「我々竜人は偉大なる祖、龍帝アムシャスブンタの一族にして末裔、そして従僕である。あの魔王の手下などと……叩き殺してくれる!」

「なにっ!?」


 今度はジョナサン達が困惑する番だった。

地下迷宮からいきなりアムシャスのいる南の大陸へ飛ばされて来たのだから……。


「まー、えーて、毎回アウェイだからもう慣れたわ。とっととやろまい」


半分キレた状態のブラウンが上から目線の竜人を見据えた。

その前にうっすらと煙の様なものが見え、鼻腔に変なキナ臭さを感じる。


「火事だーっ!」

「敵だ! 敵が攻めて来たぞー!」

「大変だー!」


周囲には煙が立ち込め始め、誰かの叫びで竜人たちが狼狽え始めた。


「うっ、うろたえるなぁ! 帝の所へ護衛を回せ!」


例の竜人が叫んで指示を出す。

その隙を突いてジョササン達が囲みを突破して逃げ出す!


「どけ、このトカゲ野郎!」

「こいつ等、リザードマンと変わらんがやっ!」


 盾と鞘付き太刀で殴り飛ばし、森に逃げ込むと混乱がますますひどくなり始めた。

竜人たちは武器を取りに集落へ走るが、暴走状態ゆえに転倒し巻き込まれる。

大勢敵が来たと勘違いし、周囲に火炎を吐いて延焼範囲を広げてしまう。

その横をスーッと音も無く目立たないように走り抜ける影があった。

ジョナサン達の荷物をギタールのケースに蔦で括りつけ、逃亡を図るアガト達だった。


 監獄が着地した直後、ジョナサンに逃げるように言われて茂みに隠れる。

その後ろにある竜人たちの集落を見つけて忍び込む。

そこで火種や怪しげな薬草、薪、油を仕入れて放火しまくったのだ。

トドメに偽情報を叫んで混乱を呼び込む。


 敵の襲来など殆どない生活の竜人たちは緩み切っていた。

実際、トレバーが接近しているのは周知だった。

だが、詳細な情報は聞いていない。

大概の敵は余裕で駆逐できると信じていた。

そこに未知の経験敵襲、降って湧いた情報に至極当然で翻弄される。

挙句に捕虜に逃亡を図られてしまう。


「見つけ次第殺せェ! 万死を以て償わせろ!」


地下水脈を大量に吸い上げる樹木を切り、消火活動を指揮しながら竜人が命令を下す。

しかし、その煙は本物の敵に見つかってしまう。


 密林の直上を滑るように飛ぶトレバー達は前方で立ち上る煙を視認した。


「おい、ペーレオン、向かうぞ」

「大佐、魔法の煙ではない。ごく普通の火事だが?」

「多分、ウチのチビちゃんずの仕事だよ。ジョーやブラウンに火を使う発想はないからな」

「え? チビちゃんず?」

「俺らの個人アシスタントだ。中々使える奴らだぜ」


加速をブーツマッカランに指示するとトレバーは戦意を滾らせた。


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