伝説の魔物

 悪臭から離れた所で一旦停泊した一行は耳栓と鼻栓を仕込み直す。

その間、マストの見張り台にはトレバーが立っていた。

改造人間であるトレバーの視力は裸眼で五キロ先を見通せる。


 余裕で警戒する中、先程の一連の動きを思い返す。

攻撃を受けたハーピーは海に落ち、そのままでは飛び立てない。

そのまま溺れるのが運命であった。


 そこに不自然なタイミングでサメが襲い掛かる。

……なにも喰わずにただ突き上げた。

船員に尋ねるとまずありえないとの答えだった。

目の前に墜ちた人、生物はまず喰われる。遊ぶことはしない。

何かが引っ掛かる。

そう思えた時、本部からの報告を思い出した。


 本部で暴れたあの捕虜アドバンスは何者かに操られていたらしいと判明した。

すでに自白剤で下級魔術師中間を統括する立場管理職だと情報が取れている。

しかし、監視カメラで別の潜入者が膝をついて挨拶する所を目撃されていた。

大首領は分かっていたが、捕虜は魔王が操っていたらしい。

ならば、これも魔王、もしくは同等の使い手の仕業と推測できた。


「俺としたことがいきなり大当たり引いちゃうかね……」


前方の遥か先には一点の暗雲が見える。

多分そこに大物が居るのだろう。

そこに下から大声で呼ばれた。


「おーい、トレバー! 飯だでよぉぉぉぉ!」


 ブラウンのだみ声が聞こえるとマストから飛び降りた。

途中、横の支柱ヤードに手をかけて着地する。


「このたーけ、危ない事しよるな……」


その行動にブラウンが苦言を呈すが、それは無駄な事だった。


「あー、大丈夫。そんな事より、船長! この先が例の場所かい?」


 軽く一蹴したトレバーはシードルとハムで夕餉を獲る船長尋ねた。


「おお、そうだぞ。なんかあったか?」


まだ海域まで半日は掛かる。

それまでは安全圏と思っていた。


「かなり先に黒点の様な雲があったぜ。大物さんが待ち構えているみたいだ」

「「何ッ?!」」


トレバーの報告にその場にいた全員が食事をやめて振り向く。


「マジか?」


ブラウンが愕然としながら尋ねる。


「ああ、ちーとまっとけ、本部? 俺だ。船の前方の暗雲をモニターしてくれ」

「了解です」


 上空に展開するスパイ衛星がすぐさま作動し、暗雲をスキャンする。

その三分後には詳細データがスマホに送られた。


「不自然な暗雲を複数の撮影した結果、なにか巨大な影が存在している。……ってさ」

「……悪い事言わないから帰ろう。その雲がこちらに来るかもしれないし」


さしもの船長もビビり出した。

相手が伝説級の大物、スキュラと分かったのだ。


「本部、その雲を継続モニターして何か動きがあれば教えろ」

「了解、現在、五〇〇キロ先に停滞中」


本部に監視要請するとトレバーは皆を急かした。


「ほれ、仲間に見張り頼んだからさっさと飯を食え」

「しかし……」

「大丈夫だって、スキュラより強い魔王の親衛隊長と互角に渡り合ったんだから……」

「マジすか?!」


全員、再び動きが止まる。

目の前にいる男がそのような人物とは思えなかった。


「あー、これマジなんだがね。ワシ見てにゃーけど、敵の親衛隊長と切り結んだ挙句、投げ飛ばして追い払ったらしいわ」


ブラウンがほんとかどうか怪し気に説明する。


「まぁ、とりあえず戦ってみなけりゃな……俺の秘策が効けば倒せる」


 オリベイラ達から魔物の話を聞いてトレバーは対策を考えた。

裏付けついでにバティル城にいる堕天の部下達にスキュラや大タコの調査をさせる。

図書館の古い文献に詳細があった。

大タコはそれなりの火力や打撃、ウォリアーキックでなんとか倒せる。


 問題はスキュラだ。

元々海の精霊が呪いをかけられ今の女怪になった存在である。

話に出た腰から魔犬を四匹も生やした十二本脚で海の岩礁地帯に居る。

犬の上半身が四頭、烏賊の足が四本で場所を選ばない機動力を持つらしい。

出現すると必ず六人の船乗りたちが犠牲になる。

犬の首が伸びて来て四人、烏賊が一人、本体の乙女が一人を喰らう。

その間に逃げるのが最善の手だった。

挑む英雄たちは沢山居たが、大概散々な結果で終わる。

何故なら元が精霊ゆえに殺せないのだ。


「兄ちゃん! 秘策ってなにー?」

「なにー?」


 興味津津でアガト達が尋ねて来る。


「まぁ見てのお楽しみってところだ。そこでブラウン、耳栓外してちょっと来い」


意味深な笑いを見せてトレバーはビビりまくるブラウンを呼ぶ。


「なんだて、帰るんかて……何?……そんなもんで効くのか?」


ごにょごにょと耳打ちするとさらに困惑した顔を見せた。


「さてね。細工は流流仕上げを御覧じろってとこだよ」

「なんじゃそら? 意味が分からん」


 日本の比喩が分からないブラウンにトレバーは苦笑する。

食事が終わるとトレバーを見張りにして全員眠らせる。

不満だらけでは戦闘には行けないからとの判断である。

それでも戦闘へ望めるのはトレバーと怪しげな武器群の存在への期待感だ。


 遥か上空を飛ぶハーピーを狙撃するいしゆみなんて見た事が無い。

狙い撃つのをやってのけるのはかなり凄い。

実は早晩に船員たちの反乱が起きるはずであった。

ところがトレバーの存在が期待感へと変わった。

ひょっとしたらスキュラを撃退出来るかも……期待感で船員たちは反乱せずに朝を迎えた。


 日が昇る寸前の薄闇の中、船長の号令が響く。


「出港準備、全員、耳栓と鼻栓用意しろ!」


数分で準備が整うと発進の合図が出る。


「全員、耳栓と鼻栓付けろ! 以降は俺か甲板員を注目しろ!」


指示を出すと耳栓と鼻栓をつけ、船長は息苦しそうに舵を切る。


 舳先にはトレバーが立ち、前方を睨む。

するとアラームが鳴る。


「大佐、暗雲が濃くなり、中の様子が上空から視認出来ません!」


通信に本部からの情報が入る。


「気が付いたな……。よし、船や雲の周辺から出てくる生物が居たら教えろ」

「了解」


自分なら攻撃範囲に入る直前に周囲から奇襲する。

相手の出方を読んだトレバーが監視を依頼し、後方へマシンガンを取りに行く。


「トレバー! 来たのか?」


 船長が唾をのむが、マシンガンを二丁抱えたトレバーは笑う。


「まだだ、仲間に船の周囲の監視を頼んである。奇襲の前に潰す」


焦る船長に笑って言い残し、前に出る。


 海上の点であった暗雲が徐々にその大きさを恐怖と共に肥大化させていく。

船が暗雲に到達しかかる直前、アラームが鳴る。


「直上に四体! 飛行物体感有り!」


本部からの通信と共に垂直降下する四体のハーピーを視界に捉える。


『来たぞ! 上からだ!』


全員に叫びながらトレバーはヤードを足場にマストの上に飛び上がる。


――キィィィィィャァァァァァァァァ!


耳障りで集中力が乱される噂のハーピーの歌声を耳にして面食らう。


(あー、うぜぇ!)


 迫るハーピーの全身にマシンガンの猛撃を与える。

その後方から二体が襲い掛かる。一

前の一体を盾にしたのだ。


「チィ?! チェェェェンジ! ウォリアァァァァァ!」


咄嗟に判断して変身する。

堕天の部下が調べたハーピーの情報ではそれほど知能は高くないらしい。


(仲間を盾に使う程賢くねぇはずだ。操られている!)


その背後に鍵爪を開いた一体が襲い掛かる。

鬼神の両肩を文字通りの鷲掴みにし、そのまま持ち上げる!


「二匹目、操縦下手だな……」


肘を曲げ頭上に銃口を向けると至近距離でハチの巣にして蹴り飛ばす。


「クセェからなコイツら……ん? 本命登場か?」


 船が岩礁地帯に入り込むと目の前の岩山から水が吹き上がる。

そこから巨大な女が現れた。

下半身からは血走った目の犬が唸りを上げて睨む。

その隙間から烏賊の触手が水を滴らせ、威嚇する様に振りあがる。

豊かな濡れた長い髪を前に垂らす。

祈りの姿をしながら白目だけの恨めしそうな表情で船を見た。


『出だがねぇぇぇぇ!』


 甲板で襲い掛かるハーピーをアガト達と共に戦うブラウンが悲鳴を上げる!


「分かってるよ! お前も準備しろ!」


着地した鬼神が空になったマシンガンをハーピーに投げつけて怯ませる。

その瞬間、ブラウンの剣がハーピーを貫くと叫び声を上げ逃げ去った!

そして四連対戦車ロケットランチャーを両肩に担ぎ始めた。


「マジでやるんかて!」

「マジだてー!」


 とうとう方言がうつった鬼神は怒鳴り返して走り出す。

船の両側から延びた犬の首が迫る。

足を止めた鬼神がランチャーを構えた。


「ホレ、コレでも食らいな!」

――バンッ!


船員を喰らおうとした口の喉奥にロケット弾が炸裂した。


「ホレ! 次!」


 反動を強引に制御して間髪容れずに次弾を別の犬の口に叩き込む。

喉に何かを感じた二頭が引っ込むともう二頭が鬼神に襲い掛かる。


「はいはい、まだ餌は有るよぅ!」


二連射で叩き込み怯ませるとランチャーの一つを放り投げた。


「さて効くかねぇ……」


警戒する犬たちを注意深く見守るとその横合いから烏賊の触手が襲い掛かる。


「ブラウン!」

「これでも食らえ!」


 鬼神の合図でブラウンがパンパンになったビニール人形成人用玩具を持ち出す。

上空にハンマー投げよろしくぶん投げると触手がそれを掴み捕食に入る。

そして乙女が鬼神に手を伸ばす。

真っ白の瞳を鬼神に向け、生贄を求め始める。


 数歩歩くうちにスキュラの挙動がおかしくなり始めた。

触手が湯気と水泡を作り爛れ始め、犬たちは苦しそうに悶え始めた。


「お?! 効いたぁ! すげぇ!」


鬼神が驚きながらガッツポーズを決める!


 犬に食わせたロケット弾には大量の高純度薬剤が詰めてあった。

カフェインとテオブロミン、アリルプロピルジスルファイドと言う薬物である。

通常、チョコレートや玉ねぎ、ニンニクに含まれる成分である。

それらを犬や動物が摂取すると食中毒を起こし最悪、死に至る程である。


 人形には同じく生石灰の粉末がパンパンに積まれていた。

それを烏賊が捕食すると体内でカプセルよろしく人形が爆ぜる。

生石灰が体内の水と化合し消石灰が発生する。

それが狙いだった。

ダイオウイカ級の烏賊には塩化アンモニウムが大量に含まれている。

烏賊の体内にある塩化ナトリウムが消石灰と水に化合してしまう。

それでアンモニアと熱を体内で産生し、体内代謝を狂わす。


 二段構えの毒物作戦はキルケーの閃きで立案されたそうだ。

苦しみ出すスキュラにトドメを差そうと鬼神がマストの先端に行き高く飛ぶ。

リアクターが輝きだし、エネルギーが足先に充填される!


「ウォリアァァァァァァキィィィィィック!」


鬼神の渾身の蹴りがドギャッと派手な音を立てて眉間に叩き込まれる。

直撃した反動を使い、一回転して船に帰って来た。

ブラウン達が鬼神に駆け寄って来る。


「おい、大丈夫か?!」

「チィ! 効いてねぇ! なんじゃあれは!」


 直撃し焼け焦げて陥没した部分がたちまち修復されていく!

犬や烏賊の部分ならば科学で対応できた。

しかし、巨大な乙女の本体は精霊なのを忘れていたのだ……!


















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