激震

 大広間では大首領への戦況報告ついでの会議が行われていた。

敗戦で不機嫌そうな堕天にバクシアン、不服そうなクリムゾン、技研チームからは山川が出席した。

ボクドー防衛を兼ねた強化訓練中のキルケーと舞、それとタイソンは既に出発している。


「さて、山川君、被害状況を教えてくれたまえ」

「はいっ! 戦場になった第一、第二格納庫は現在完全に使用不可になっております。クソ上司メソッドの野郎、っ失礼しました。敵はクレーンや動力ライン、コントロールを的確に潰しており、復旧に難航しております。現時点でクリムゾン隊や各部隊からの派遣、バティル城からの資源供給、製造ラインを全振りで稼働させます。これでようやく使用可能になる迄に二日、防護が完全になる迄二週間、擬装が終わる迄一か月かと思われます」


 あの超傲慢な堕天さえ平伏する大首領の御前での説明である。

山川もいつもの様に軽やかにチャラく説明は無理だった。

そのような心境を放置したまま大首領は威厳を以て質問を続けた。


「では、山川君、いっそ現格納庫を放棄し、別の所へ移動するのは?」

「はい、持って来た提案の一つになりますね。目ぼしい機材は回収し、それ以外の空洞や通路にハイパーグラウト素材やスーパーミルクセメントを流し、別に移転する案がございます」

「ほう? すぐに出さないという事はデメリットがあるという事か?」


大首領の的確な予測に山川は内心苦笑する。

これは堕天先生やクソ上司も頭上がるわけがないと……。


「はい、まず一つ目は時間が掛かるという事です。今から設計、施工すれば倍の日数が必要になります。二つ目は充填剤です。そこを辿れば本部につきます。奴らには魔法や魔物が存在しておりますのでその気になれば容易に追撃がございます。三つ目は……」


そこまで言って山川は口ごもった。

技研内部の懸案問題だったからだ。


「なんだ? 山川君、言ってみたまえ」

「はっ、実はメソッドの隠しコマンドもしくは内通者の可能性があります」

「ふむ、やはりな」


 山川の指摘に堕天は合点がいった。

自分達、幹部しか知らない造船所ミサイル攻撃の件は極秘事項である。

口が軽そうなトレバーはさっさとアムシャス討伐に行かせた。

ならば、幹部はあり得ないのなら、準備に入っていた技研しかいない。

情報の洩れを正すべく、矛先を向けようと口を開いた瞬間、山川が機先を制した。


「そこで我々は大首領の許可と支援を受け、追跡ソフトを作動させておりました。堕天先生、申し訳ありません先生のタブレットをお貸し願いたい」

「はぁ? なぜ私の端末を渡さねばならん? 却下だ」


いきなりの展開と今時の若造と侮る山川に指図されるのを嫌がった堕天が拒否する。

既に織り込み済みらしく、本来の調子こきが発動する。


「でーすーよーねぇ! 大首領、お願い致します」

「堕天、の命令だ、そこの端子に接続したまえ」

「ぐっ……仕方ありませんな」


大首領に急かされ、堕天は渋々端子を差し込む。

するとモニターにはC++言語によく似た言語で作られたプログラムが高速で走り出した。


「大首領、やはりありました。徘徊者ワンダラーです」

「分かった。即対応したまえ」

「な、何だと!?」


手に持った端末からブザー音が鳴り、山川が報告する。

冷静な大首領に対し、堕天は何時ものクールさを失っていた。


「堕天、これは仕方がないのだよ。それだけ奴のスパイプログラミングが厄介だったのだよ。山川君説明したまえ」


愕然とする堕天に対し大首領は諭すように語り掛け、山川に説明を命じた。

それを受けた山川はゆっくりと説明を始めた。


「えー、幹部の皆さまも聞いて頂きたい。メソッドは様々なスパイ、工作プログラムを仕掛けて去りました。その際、我々技研チームは全力でかつての上司と戦いました。そして仕掛けられたウィルスを全て駆除したはずでした」

「私も報告は受けていた。だが、何だこれは!?」

「ええ、メインの物は全て駆除しましたが奴は三つの特殊プログラムを放っておりました。それが徘徊者ワンダラーと言うプログラムです」


 山川はそう切り出すと説明を始めた。

メソッドは裏切る直前にかなり特殊な工作ウィルスソフトを製作し、流していた。

それは大首領の正体、居場所を探る為に作られた三つのウィルス。

ジャクルトゥが誇る巨大サーバー内を密かに自律徘徊し情報を集めて送る。

その為、最も大首領とやり取りが多い人物の端末に送られ、そこをアジトとした。


「それが私か!?」

「正解でーす。でーすが、コイツの恐ろしさはそれにとどまりませんよぉ」


 激昂し始めた堕天に徐々に本来のチャラさを発揮して山川は続けた。

実際、この後、堕天はあまりの口惜しさで失神する事になる。

このプログラムは幹部の端末を起点にして周囲に移動し、情報を手あたり次第収集し出す。

そしてウィルス検知ソフトが起動したら端末に戻り、検知の手が入らない極秘資料に隠れる。


 トレバーの交戦時や資源収集班、バティル城駐留班に通信、モニターする為に衛星回線を使用する。

その時、同時にメソッドへ大量のデータが送信される仕組みだ。

堕天ならば他の幹部に対し強制査察と称して強引な調査をするが、自身に対しそれが無い。

そこにメソッドは目を付けたのだ。

見事に敵の策にハマった堕天はただ杖を握りしめる。


「くっ……」

「これが分かったのはほんと僥倖なんですよぉ。マイマイ……あ、失礼いたしました! うちの川崎が負傷して調整槽に入りましたよね? その際に発見されました」


 調子に乗りかけた山川は徐々に雰囲気が悪くなるクリムゾンに怯え、口調を改めた。

もっとも、クリムゾンがイラつき始めたのはトレバーの元へ馳せ参じる事が出来ないからだ。

分かっていない山川は発見の経緯等を話し出し、苛立ちを加速させる。


「担ぎ込まれて全裸で調整槽に入ったんです。ところが、シェードを掛けてカメラも見えないように環境設定したのに動きましてね。幾ら設定しても動くので調査したら……」

「そこに感染していたと?」


怒りに震える堕天を観察しつつバクシアンは相槌がてらに質問をする。

山川も長くなるのを恐れ、端折る様に進めた。


「ええ、名称にワンダラーと名付けられたそれは解析の結果、後二体いる事が判明しました。一体は堕天先生の端末、一体はメインサーバーの機密エリアに食い込んでいました。これは大首領が見つけられたのです」

「山川君から内密の相談を受けた時にはまた売り込みかと早合点した。お陰で助かったがね」


山川の説明に大首領は苦笑気味に語ると同時に堕天が気を失った。

大首領にまで及んだ危機への余りの不甲斐無さに失神したのだ。


「堕天の!?」

「まぁ、寝かせて置け。色々背負い込み過ぎなのだから」


バクシアンが気絶した堕天を支えると大首領は医療班を呼び連れて行った。


「さて、諸君、堕天をカバーしつつ復旧に取り掛かってくれ……何事か?」


残った三人にフォローを依頼し、復旧を急がせる。

その時、警報が鳴り響く。


「パトロール中のクリムゾン隊副長でさぁ。麓に無数の敵部隊が潜伏を確認しやしたぁ、その数およそ一万!」


哨戒中パトロールの副長が微妙に高揚しながら報告した。

そこにゲシル村の守備隊より報告が入った。


「報告です。現在、そちらの方へ大部隊が森の中を侵攻中と村人より通報がありました」

「バクシアン! 前線へ! クリムゾン隊はバクシアン隊を援護しつつ後続を立て! 山川君は至急キルケー達を呼び戻せ、堕天は目覚めたら不問ゆえ活躍に期待するとだけ伝えろ」

「はっ!」


 急報を知った大首領は三人に大まかに指示を出して出撃させた。

勢い良く扉を開けて三人が一斉に部屋から飛び出す。

細やかな指示を出さない点は堕天と違う所で、結果主義であり、自由裁量を認める所が大首領らしいところではあった。


 警報が鳴り響く中、バクシアンとクリムゾンは歩きながら打ち合わせる。


「バクシ師匠、入口に来る細かい雑魚は任せた。アタシらは後方の森を焼き払う」

「あい分かった。多分長丁場だ、補給と交代要員は作って置こう。キルケー殿やウォリアーは?」

「崩乳と舞は陽動が無ければ二時間ってところだろ。それと大首領がウォリアーに頭を下げる所はあたしゃ見たくないし、しないだろ」


通路は分岐点に差し掛かる。

中央搬入口と格納庫に向かうT字路だ。


「うむ、吾輩も見たくはないな。よし、一つ奮起しようかの、交代要員は堕天殿にお任せしよう」

「それじゃ、師匠、邪神の加護を!」

「おう、大公殿、貴殿に勇者の愛と栄光を」


 お互いに手を上げ、互いの信じる者を引き合いに健闘をたたえ合う。

そして分かれて行く。

行き着く先は両方とも死が降り注ぎ、大地に血煙が漂う戦場であった。

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