去り行く男

 ラゴウの城に帰還したバリアス達をワーズとノインの副官が待っていた。


「バリアス、ノイン様からウルトゥルにある訓練所に直ちに向えとの事だ」

「はっ」

「クレアたちは報告後、別命ある迄待機」

「あいよ」


各々指示を貰うと緊張するバリアスにクレアは微笑みながら声を掛けた。


「それじゃ、バリアス、頑張ってな」

「ああ、チームの皆には世話になった。ありがとうございました。またな」


チームに一礼をしたバリアスは副官に連れられて訓練所に向かう。


 一方、クレアたちはそのままラゴウの玉座に連れて行かれた。

玉座の前で慣れない片膝姿勢の報告に全員、気分が悪くなりそうだった。


「バティル城の様子をわかる範囲で申せ」


彼女らの雰囲気を察したワーズが助け舟を出す。


「ああ、っと、すみません。報告させて貰いやす」


魔王への報告に慣れないクレアが四苦八苦しながら報告を述べていく。

輸送中の馬車を襲って城内へ乱入した事や対応が遅かった事などを話す。


「例の連中は?」


 気になる点、ジャクルトゥについてラゴウが尋ねた。


「見慣れない雑兵みたいな輩は街中にいましたが、噂の訳の分からん機械は有りませんでした。城内には幹部が二人、一人は扇子女、もう一人は副官らしいです」

「ほう? 副官とな?」

「練度の低い武闘家でして、先方にウィザードが出て来たので撤退しやした」

「あい、わかった。ご苦労であった。下がってよし」

「は、失礼します」


流石にノインの部下を何時ものように無下に扱うわけにはいかない。

ラゴウは彼なりの丁寧さでクレアたちを下がらせた。


「……ワーズ、今生き残っているマンダゴアの部隊をデヴォネルここのアグの街で再編せよ」

「はっ、五分の一しか生き残っておりませんが再編いたします」


 暫く考えた後、ラゴウがワーズに再編の指示を出す。

アグの街は魔界地下世界の入り口にあり、中をうかがい知る事は難しいからだ。

しかし、生き残りは少ない。手勢を加えて送り出すのかとワーズは思っていた。


「それでよい。それらを五人編成のパーティーとして移動と脱出用転移スクロール二つ持たせろ」

「畏まりました。」

「複数のパーティーをマンダゴアに転移させ、攻撃の後に帰還させよ」

「ヒット&アウェイですね? スクロールの絶対数が足りませんな、三日ほど猶予を頂ければ一週間稼働分は用意できるかと?」


ラゴウの意図を読むとワーズはそれに寄り添った問題点と提案をした。

提案を聞いたラゴウは一言だけ答えた。


「任せる」

「御意」


 後は細かい指示を出さなくても勝手に成果を上げて来るワーズであった。

しかも輸送や交通網の断絶、食料生産拠点の破壊等の要点はカバーしてくる。

ワーズに準備させる為に下がらせると手酌でワインをグラスに注いだ。


 玉座に座り、自問し始めた。

ノインやヴァンダルが鬱陶しいと称する抵抗運動ゲリラ戦法を自分がやるとは思わなかった。

やり方は当然、自分らしくない。

反撃の物量と対策が整うまでの防衛策と嫌がらせだ。

そして相手の出方が気になって仕方ない。

未知の強敵であるジャクルトゥの繰り出す戦略戦術が楽しみなのだ。

噂の異形の武闘家どもと早く相まみえたい。

あの未知の技術をそっくりそのまま手に入れたい。

あれならばアムシャスブンタの勢力とも互角に戦えるはずだ。

欲望だけが大きくなっていくのを覚えた。


 それを自嘲してワインを飲み干したラゴウは気配を感じ、立ち上がる。

そこにフードの男が一人現れた。

何時もなら侍従長なり家令が案内してくるはずである。

男は誰にも悟られずにこのまま来たのだ。

その出で立ちも変わっていた。

緑色のフード付きのローブに赤いチョッキ、金の鎖をベルトにして歩く。

フードから見える顔は骸骨に申し訳程度の肉と皮を付けた貧相な顔だった。

その佇まいにラゴウは驚嘆した。

滲み出る魔力はノインを軽く凌ぐ。

これほどの実力者が自分、もしくは盟友の配下に居たのかと……。

フードをとった男は髪一つない頭部を下げながら挨拶を始めた。


「失礼致します。開発担当局、局長補佐ペーレオンと申します。ウルトゥルとガマッセルに現れた巨大生物の調査報告に参りました」

「ほう? 貴様、ドレドの部下か!」


 魔術師として異質な装いはあの水玉ドレドに通じるものがあると納得する。

それと同時に各部署に新たな人材発掘を命ずる事にラゴウは決めた。


「は、甚だ残念ではございますが……」

「ふ、面白い。報告に入れ」

「はっ」


 上司を恐れぬ豪胆さにラゴウは興味を持った。

報告内容はいたってシンプルだった。

ウルトゥルとの海峡に現れた巨大生物仮称「海王かいおう

ガマッセル大陸上空を飛び回る巨大生物仮称「覇凰はおう

呼称されたこれらの二大生物は世界に存在する魔物、生物とは系統が違う。

如何なる術式の魔法、強力無比な打撃を加えてもひるみはしても負傷する事は無かった。

そのせいか、魔王軍を敵と認識したらしく稀に攻撃を仕掛けてくるようになった。

なお、アムシャスブンタの配下、血族にも魔法や打撃は効く。

血族を倒せたら英雄になれるだろう。報復されるまでは……。


「ほう、ノインの秘奥義である天崩轟雷砲、ヴァンダルの獣帝斬を喰らっても無傷とはのう」

「はい、三人そろえば何とかなるかもとノイン様も述べられておりました」


腕を背中に組んだペーレオンは胸を張る様に答えた。

その威風に惚れてしまいそうなラゴウにペーレオンは意見具申して来た。


「陛下、意見具申であります」

「何かね?」

「開発局の査察、ノインテーター公と局長の癒着の調査を願います」

「ほう?」


一言、ラゴウが呟いてペーレオンを見る。

魔法使い特有の理知的さに加えて職人的な雰囲気を持つ事に気が付く。

政治家、商人志向のドレドとは合わないはずだ。


「理由ですが、我々開発局職員が心血を注いで作り磨き上げた研究物を何故、我が君への献上ではなく、テーター公に与えねばならないのか?」


 この理屈から始まり、後輩にパワハラどこぞの魔王の真似したら叱責された。

待遇悪いからなんとかして欲しいなどラゴウにとって耳が痛い事案だらけである。


「あー、わかった。ペーレオン、存分に対応しおう」

「ありがとうございます。我が君、もう思い残す事はございません」

「ん? 待て、処刑命令は出さぬぞ?」


 雑兵上がりのバリアスと開発局、秘蔵の人材エリートとは対応が違う。

ましてや戦力増強中に何時ものように処刑などあり得ない。

自分の直属、親衛隊の別働部隊を作りたいと思うほどの入れ込みようだった。

骸骨フェイスのペーレオンは感情の読めない表情で答え始めた。


「ありがとうございます。では、この不始末、私の辞職を以てケジメを付けたいと思います」

「う……そうか、して下野するのか?」

「はい、若き大天才ドレドを超えるべく修行し学びたいと思います」

「おお、その時が来たらぜひ我が配下になれ」


本音がドレドへの対抗心とわかり、ホッとしたラゴウはすぐに下心丸出しで勧誘した。


「畏まりました。では失礼いたします」


一礼したペーレオンは踵を返して広間を出ていく。

その背中にラゴウは一抹の不安を感じた。


 居ても立っても居られないラゴウはドレドを念話で呼び出した。


「陛下、何か御用でしょうか?」

「報告に来たペーレオンとやら、中々の傑物とみたが?」

「はい、彼は開発局でもトップクラスの職員。まぁ、私には及びませんがね」


念話では顔が見えない。

だが、椅子からふんぞり返ってドヤ顔しているのが想像できた。


「ほう? 貴様が百とするなら奴は幾つだ? 他には居るのか?」

「ペーレオンですか……七十ってところですね。後は四十台で生きている価値が無い」


 大天才と称されるドレドは滅多に人を評価しない。

何故なら天才過ぎて並みの秀才ではアホに見えるのだ。

しかし、自身に脅威を与えうる才能にはそれなりの評価を与える。

ペーレオンは十分脅威的な存在らしい。


「他の逸材はどこに消えた?」

「ノイン様のところですよ。理由はご存じのはずです」


余りにもブラック体質失敗イコール死過ぎて志願者は常に一桁だった。

一方、ノインやヴァンダル達の過酷な競争倍率でも志願者は後を絶たない。

実はその後の厳しさはほぼ同じであるが、覚悟の差は歴然だった。

覚悟のあるラゴウの部隊は少数精鋭になるのだ。


「むむぅ、昔は気骨のある戦士、術師はもっといたぞ」

「陛下、昔はです。現代に気骨のある性格はレアものですぞ? だから一桁なんです!」

「では、この状況は仕方がないと?」

「おっしゃる通りです。気骨覚悟があるからウチに応募するんですよ!」


 苦笑気味にドレドが突っ込み、ラゴウも流石に黙った。

そしておもむろにペーレオンの修行に思いを馳せる。


「なぁ、あのペーレオンはどこへ修業に行くのだろう?」

「休暇をとるとトリネコの迷宮へ通っているらしいです。それ以上なら南の大陸アムシャスの世界しかないですね」


問い掛けに気の無い振りで答えた。

かく言うドレドでさえアムシャスとは一度話してみたい帝王であり賢者である。

自分がもつ疑問にヒントを造作もなく与えてくれるはずだった。

だが、もう一つの可能性、ジャクルトゥあの連中に行く可能性は頭の中で消しておいた。

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