怒れる火山

 何処までも続くような獣道を伊橋と中村は黙々と歩く。

纏わりつく湿気を伴った熱波が肌を這いまわる。

それに触れている限り正気が少しずつ削られて行く気がした。

環境的因子に対し、変動しない伊橋改造人間でさえそう思えた。

鬱蒼と生い茂る熱帯雨林ジャングルの獣道を黙って進む。

後ろで黙って歩く中村はもう限界だろう。


 大陸の奥地に分け入ったものの、目当ての抵抗軍に会えずにいた。

それはヴァンダルの占領地政策が予想外の良好なモノゆえにだった。

突撃バカ、脳筋と揶揄される鬼兵団だが上層部は全く違う。

街や村など一旦は徹底的に蹂躙されたものの、過剰な追撃は無かった。

それどころか略奪もなく、商品など提供された代価はきちんと支払う。

不審者、犯罪者、抵抗軍には容赦なく取り締まりをする。

生活に困る破損はしっかりと修繕するなど人気が出ていた。


 お陰で抵抗軍は居場所がない。

元々高慢で有名なガマッセル大陸の為政者たちは住民から以前より不人気であった。

特に亜人種への差別的圧力は度々問題になっている。

今では抑圧の対象になっていた。

しかも匿えば襲撃されるので住民達は進んで協力している。

抵抗軍は仕方なしに身分を隠して潜伏しているらしい。


 そこで伊橋達は抵抗軍との接触は諦めて街や村を渡り歩くことにした。

道中で遭遇した鬼兵団は倒して歩く。

そうしてある火山地帯の村、コゲアジについた。

亜人種の少数民族、獣人族が作った村なので事実上お目こぼしにあっていた。

昔からコゲアジは湯治場としても知る人ぞ知る村である。

ヘレトいう外輪山で囲まれた活火山シュマモンがそびえ立っていた。

その外輪山の外側のコゲアジで疲れを癒すつもりで立ち寄る。


 到着した途端に騒動に巻き込まれた。

高温の湯がそこら中から吹き上がって湯の雨が村中を蒸し上げていた。

鬼兵団も調査に来たが役に立たず、避難指示だけ与えて帰ってしまう。

そこで村人の窮状を察した伊橋が申し出て原因を調査しに来たのだ。


 村を出てから数時間、ようやく熱帯雨林を抜ける。

視界が開けると剝き出しになった急勾配の山肌が伊橋達を出迎えた。


「今度はクライミングか……」

「ぶっ、冗談だろ? 道を探そうぜ」


そそり立つカルデラで形成された岩肌を見て呟く伊橋を慌てて中村が止めた。

村人からはヘレト外輪山の頂上へ登るルートを予め教えて貰っている。

問題は中央火口丘真ん中の火山であるシュマモンへ降りるルートが無い事だった。

必死で中村はルートを探し当てて進む。


 中腹まで来ると地響きが起こり、頭上から大小様々な石が落ちて来る。


「うぉっと!」


頭に迫る拳大の石を叩き砕いた伊橋が驚く。

余りの数にウォリアーに変身して跳躍してやり過ごそうかと迷う。


「おい、耕史! あそこに洞穴があるから逃げ込もう!」


三十メートルほど先に洞穴を見つけた中村が声を上げる。

慌てて逃げ込むとさらに大きな音が響いて来た。


「ひょっとして悪手だったか?」

「何が?」

「ここに逃げて上から岩で塞がれたら……」


その言葉を遮ぎる様に巨大な岩がドゴンと音を立てて洞穴に闇を運んでくる。


「うはっ! マジかよ!?」

「まぁいい、しばらくやり過ごすぞ」


ポケットに忍ばせたライターで明かりを取りながら中村は苦笑した。

その灯が揺らめかないの見た伊橋は岩に手を当てて振動を確かめた。


「奥、行くか?」

「止めておけ、出口は無い可能性がある。しばらくしたら岩を砕き割るさ」


出口を塞いだのは単なる花崗岩であり、火山弾の類ではない。


 それを調べた伊橋は自分の学生時代を思い出す。

改造される前は大学で文字通りの昼行燈していた。

毎日、講義には出ていたが、専らバイトや遊び惚けていた。

少しでも遊ぶ時間を増やしたい。

楽に単位を取りたいと思案していた。

そこで椅子に座っているだけでも単位が取れた地質学を専攻する。

最初は寝ていた。

教授の火山やフィールドワークネタが耳に入って来た。

それが意外に面白く、熱心に受けるようになる。

今や、その知識が伊橋達を救っていた。


「おし、振動が止まった。ちょっと離れてな……チェンジ・ウォリアー」


 後方に中村を下がらせると伊橋は通常モードで変身した。

岩はざっと五メートル半、一撃で吹き飛ばさないと余波で穴が崩落しかねない。

そこであの男の拳を思い出した。

反応炉からエネルギーを循環させたウォリアーは出力を上げる。

右足を前に踏み込み、岩中心部に拳を当て、腰と共にゆっくり引いた。

中指、人差し指の根元を中心部に当てる様に捻じ込んで突く。


「ヌンッ!」

――バグハッ!


気合いと共に突かれた岩が指向性爆発する様に外へ吹っ飛んでいく!


「お? ゲンさんの技かい?」

「そうだよ。わかるぅ?」


 何処かで観た所作に中村が閃くとウォリアーも嬉しそうに答えた。

ゲンナジーとの喧嘩はウォリアーに貴重な導きとなる。

特に緩やかに溜めての一撃はかなり効いたらしくコツを聞いていた。

こういう場面で経験を積めばモノになるだろう。


 洞穴から飛び出したウォリアーは中村を背負い、一気に跳躍して登る。

これ以上の落石や、滑落の危険を避けるためだ。

一気に飛び上がり、たちまちのうちに頂上へ着く。

外輪山の頂上は輪のように縦走していた。

それが延々と勾配のある六メートル幅の道状になっている。

内側にはもうもうと噴煙を上げるシュマモンがそびえ立っていた。

元は火山だったヘレトの内部にシュマモンが隆起、噴火したのだろう。

こういった場合、中央火口丘は小さい火山が多い。

しかしヘレトやシュマモンは中々の規模があった。

火口の直径は結構な大きさ、十数メートルはあった。


「すげぇな、この光景」

「ああ、外輪山を形成する火山は幾らでもある。しかし、火口が綺麗に整っている火山はあまりない。ベスヴィオ火山の初期がこんな感じだったんだろう」


 眼下の絶景に見とれる中村にかつての講義を思い出してウォリアーは同意した。

そこに異変を感じ、二人はその場に伏せる。

地響きはシュマモンから響いて来た。


「なんだっ? 地震か? 逃げるぞ」

「まて、火山性の地震じゃない! 巨大なものが動いている?」


 ここ近距離での噴火は勘弁してほしい中村が逃げ出そうとする。

その肩を掴んだウォリアーは否定し火山を見る。

近づいて来る地響きにジャクルトゥの巨大ロボと対戦した記憶が蘇る。

だが、現れたものはそのようなガラクタを軽く一蹴した。

二対の何かの触覚らしきものが周囲を探索し始めた。


「あれ、ヤバい臭いがぷんぷんするんだけど?」

「そこに隠れてろ……」


 小心者の中村が指差しながら泣きを入れ始めた。

呆れた声で岩の後ろに隠れる様に指示してウォリアーは最大望遠で分析を始める。


 触角と共に青みの掛かった頭部らしきものが現れた。

吊り上がった光沢のある複眼と禍々しい顎をもつ頭部でその生物が分かる。

蜂……。

それも狂暴かつ攻撃性の高いオオスズメバチタイプの生物だった。

触角をしきりに動かし、周囲を警戒する。

火口を巣穴に見立てて這い出てくる。


――ヴヴヴヴ!


 警告音の様な音を立てて震える。

二対四枚の半透明のはねが火口からゆっくりと出て来た。

翅の大きさは三〇〇メートルほど有ろうか?

明らかに敵を察知したのだ。


「おいおいおい、俺ら狙ってねぇか?」

「ふふっ、サイズが違うだろう、俺らじゃ食出くいでがあるとは思えん」


 ビビって小声になる中村に観察を続けるウォリアーが笑って否定した。

身体が完全に出るまでに戦闘プランを練る。

あの夜、飲みながら闇雲に戦う愚をゲンナジーに指摘され、鬼神との差を痛感した。

そこで相手を観察し、あるあるネタを考えて先読みする手を思いついた。

外骨格を殴ったら意外に硬くてダメージが無い。とかいきなり飛び道具使うなどだ。

洗練された策などいきなりは思いつかない。

愚直に一つひとつに対策を立てて動く。

名付けてあるあるプランB作戦だ。

作戦名を聞いた中村は苦笑するしかなかったが……。


 その頭上を闇が包む……。

また岩かと振り仰いだその視界に巨大な何かが飛行していた。


「んだぁ? こりゃぁ?!」


同じく振り仰いだ中村が驚いて叫ぶ。

巨大な猛禽類が優雅に頭上の遥か上を飛んでいた。


「こいつが噂の巨大生物か……」


 両翼を広げ、傍若無人に天空を舞う姿はまさに大空の皇帝と言う威厳があった。

翼の全長は両翼で約二キロとウォリアーのゴーグルが示す。

鋭利な鍵爪をもつ空の皇帝も敵を見つけたらしい。


 先に警戒音を出しながらスズメバチが迎撃に飛び立つ。

そして次の個体が顔を出して出て来た。


「おいおいおいっ!まだ居るんかよ!」

「コイツら働き蜂だっ! 本命はもっとでかいぞ!」


飛び乗れるようにしていたウォリアーが呆れて叫ぶ。

確かに女王蜂本命はまだ出ていない。

コイツらが詰まっていたせいで熱湯が各地で噴き出していたのだ。

そう認識したウォリアーに通信が入る。


「ウォリアー、逃げ出していないのは敵ながらやりおるな」

「堕天!? 貴様! バカにしにきたのか?!」

激るたぎるなよ。コレでも貴様の戦力は認めている。とりあえず依頼だ。交渉人中村はいるかな?」

「居るよ!くそじじぃ! 急ぎは高いぞ?」


その答えを聞いた堕天は鼻で笑って返す。


「ふっ、安くしろ。仕事だ。そこで張り付いて生物を観察しろ。奴らの細胞片は高く買う」

「活動費に耕史におニューのスーツ、俺にもね」

「此方も問題があってな、活動費は承認するがスーツは待て、なるべく壊すなよ」


 一方的に告げて堕天は通信を切った。

まさか、製作主任メソッド逐電かけおちしたとは言えない。


「チッ、ケチ、さっさとしゃーない。適当に羽根か欠片拾っておこうぜ」

「それで済めば良いがな……」


ぶつくさ言いながら中村がウォリアーを急かす。

そのウォリアーは上空で殺気立つ二大生物の対決に息を飲んで見守っていた。







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