激震する世界

 迫る敵意に巨鳥は大きく翼を羽ばたかせより高みへ上昇し始めた。

逃げるためでない。

働き蜂など相手にならないと知って居るのだ。

必死に追いかける青い蜂に対し、格上の風格であしらう。


 追跡する蜂がようやく追いつき、前後に取り囲む。

針を尾から出し、顎をギチギチと鳴らして攻撃態勢に入った。

その途端、巨鳥が前方へ襲い掛かった。

針を向ける前に頭部をついばんで一瞬にして破壊せしめる。

そしてそのまま速度を上げて後方の蜂を引き剥がしにかかる。

攻撃態勢では間合いに入れない、高速態勢で再び追跡に入った。

その行動は巨鳥の思うつぼであった。


 翼を広げ、急ブレーキをかけて空中で一瞬止まる。

思わず蜂が行き過ぎる刹那に鋭い鍵爪で頭部と胴体を引きちぎった。

まさに一方的な殺戮であった。


「なんじゃ、めちゃくちゃつえぇじゃん」


悠然と飛翔する巨鳥を見上げて中村が呟く。

落ちた蜂の遺骸を探すため、谷間に岩伝いに降りる。


働き蜂ワーカービーだからだろ……女王蜂ならわからんがな」


上空の巨鳥と次を気にしながらウォリアーが呟く。


蜂が通常よりはるか大きいとはいえ、巨鳥との差は歴然である。

ひとまわり以上大きいはずの女王蜂が居れば良い勝負だろう。

いまだ上空で待機する巨鳥を見て本命それがいる事を察知した。


「もうさっさと降りよう。針と毒を拾って終わらせようぜ」


降りるのに手間取る中村がイラついてウォリアーに頼む。

先程、堕天から破片や毒袋の回収を指示されたのだ。

これを使った改造人間やスーツを作られる可能性もあるが仕方ない。


中村を抱えて駆け降りて着地する。

着地したブーツの底から強い振動が伝わってきた。


「急げ、次が来る!」


降ろした中村に伝えるとそのに慌てた。


「分かった! 堕天のジジイめ、めんどくせぇ!」


徐々に強くなる振動の中、遺骸に中村が取り付く。

頭部へ手に持ったスイスナイフを突きたてるが、刃が通らない。


「クソかってぇ!」

「退いてろ!」


針と毒入りの小瓶を持ったウォリアーが右手のブレードを展開し切り裂く。

それでも浅くしか切れなかったが試料分の欠片は手に入った。


「取った!」

「逃げるぞ! マジでヤバイ!」


ケースを持った中村を抱え、ウォリアーは一気に跳躍した。

その視界の端に先程より大きな触角とより青く、大きくなった頭部が見えた。

強力な顎を使い、溶岩で固まった火口を砕いて広くする。

そしてモゾモゾと火口から二匹ほど這い出て来た。


前の二匹より青みが強く、吊り上がった複眼など顔の相がより攻撃的になる。

またひとまわり程大きくなった尾には縞が青と黄色がくっきりと出ていた。

外敵へ仕掛ければ死をもたらすと言う威嚇、警戒色であった。


 それらが一斉に飛び立つ。

先程の働き蜂とは違い、絶妙な間合いをとり、巨鳥を牽制し始めた。

対する巨鳥もまだ幾分余裕がある。

だが、警戒して旋回が多くなる。

ヴァンダル率いる鬼兵団や働き蜂は積極的に相手にしなかった。

つまり、自分にとって脅威になり得る存在と認めたのだ。


 機会をうかがう雄蜂に巨鳥は姿勢を崩さない。

あくまで大空の覇者として迎え撃つらしい。

だが、その余裕も次の瞬間に霧散した。


 外輪山頂について撤退しようとしたウォリアー達がその雰囲気に動きを止めた。

火口から溶岩が噴き出すのが急に止まる。

それと同時に異常に長く動く触手が飛び出す。

バガン! と音を立てて頭突きで火口を崩して頭部が出る。


デカい。


 青みに緑が掛かるった浅葱色に近い色の全身に、怒りで深紅に輝く複眼が巨鳥を捉えた。

ゾロリと火口から背部から翅を広げるといきなり飛翔し巨鳥に挨拶をコンタクトする。

さしもの巨鳥がたじろぎ、降下して距離を取り始めた。

雄蜂なら対応できたが、自分と互角の女王蜂相手は数的に不利だ。

距離とスピードで両者を離し、各個撃破を狙う。

その意図を悟ってか、それとも本能的なのか、雄蜂は女王から離れない。

雄蜂は代わる代わる毒液を放出し、攻撃を開始した。


「おい、タイマンちゃうんかぃ! しかも飛び道具かよ」


三位一体の攻撃に苦戦する巨鳥を見て中村がブーイングした。

するとウォリアーが何かに気が付き叫ぶ。


「中村っ! 袋を捨てろ!」

「はぁ? っておわっ!?」


 小瓶の入った袋を見た中村は袋が溶け始めたのを見て慌てて手を離す。

毒が瓶をも腐食して外へ漏れだしたのだ。

気が付いたウォリアーは麓の森を指差す。


「あれを見てみろ、森が溶けていく」


蜂の出す毒液が岩や木々に掛かると途端に溶け始めた。


「あわわわ、やべーよやべーよ」

「さっきの洞穴へ逃げろ、俺が何とかする」


 溶けだす森や岩に慌てふためく中村をウォリアーは先に行かせて仰ぎ見た。

生存競争に介入する気はなかった。

介入しても微力だろうが……。

だが、巻き込まれて溶けて死ぬのは御免被る。

溶解液の元である蜂を全力で痛めつければ撤退させる程度は出来るだろう。


 脱兎の如く逃げ出す中村を一瞥し、ウォリアーは空を仰ぎ見た。

空中戦ドッグファイトを繰り広げる巨大生物の動きを予測し、跳躍準備に入る。

路面状況は最悪だが下り坂なので加速が付きやすい。

予測通り真横に巨鳥が通り過ぎて下降して行く。

噴煙を目くらましにして攻撃をかわし、距離を稼ぐためだった。

そこでウォリアーはクラウチングスタートで加速し始めた。

急な坂道を猛烈な加速度で下る。

目の前を蜂が背を向けて飛来した!


 その背中目掛けて地面を絶妙のタイミングで蹴る。

超加速を殺さず前方回転の後に伸身捻りをして翅の付け根に着弾させた。


「ウォリァァァァァ弾丸キィィィィィック!!」


 以前、ウォリアーは亀型の改造人間と戦って超強化甲羅シールドに敗れた。

その際に中村と強化特訓の末、この技を編み出す。

通常は愛車シクローンの最大加速で叩き込むのだが今回は自分で加速した。


 追撃する戦闘蜂は生物とさえ認識していない虫けら以下に背後へ打撃を受けた。

打撃は一時的に翅の回転を低下させた為、蜂は混乱しながら麓に落下して行く。

その予想外の好機に巨鳥は残りの戦闘蜂へ襲い掛かる。

鋭い爪で複眼を切り裂き、戦意を喪失させた。

残りは女王蜂だがそこで動きを止める。


 対峙する女王蜂は口から何かを出しながら攻撃態勢に入った。

通常、スズメバチ科の女王蜂や雄蜂も針を持つが、毒性や攻撃性は強くない。

刺すのはほとんど雌蜂働き蜂なのだ。

それならば何故、巨鳥は襲い掛からないのか……。


 その下でウォリアーが中村と合流する為に疾走する。

するといきなり鳴り始めたスーツの警告音に足を止めた。


” 大気中に有毒な火山性ガスが検知されました。スーツの防護機能は完全ですが、戦闘は推奨いたしません! “

「何だと?!」


モニターに警告が表示されてウォリアーは目を剥いて凝視した。

それを感じたのか巨鳥は大きく羽ばたくとその場を飛び去った。


「ウォリアー、上空の蜂から散布されているぞ。ほれ、逃げ出さないと……」

「五月蠅い! 堕天! 指図は……」


通信堕天に怒鳴り返したウォリアーは気が付いて走り出した。

このままでは中村が危ない!

その場を全力で逃げ出すと先程の洞穴の前に着いた。

まだ大気は汚染されていないらしい。


「お? どうだった?」

「逃げるぞ! 捕まれ!」


 のんびりとしていた中村をひっ捕まえる様に抱えると一目散に駆け下りる。


「どうした?」

「女王蜂が毒ガス撒き散らしやがった。あいつら溶岩喰っているから毒性もある!」


お姫様抱っこで揺れを最小限にして貰った中村に手短に説明した。

猛烈な勢いで斜面を下り、麓の森へ入る。

安全圏にはまだ遠いのだ。


 森を突き抜けて近くの川に出た。此のまま川を下って行こうと中村は思った。

足元の岩に突き刺さる矢を見るまでは……。


「動くな!」


矢を放った隻眼の眼帯姿の獣人兵士が恫喝した。

その後ろにはズラリと同じ兵装の兵士が弓をつがえていた。

いつの間にか岩をも穿つ矢を構える弓兵が取り囲む。

その間をその背丈の倍の雄姿が割って出てくる。


「今度は蜂の化け物かと出張って来たら意外なお客が居たなぁ」


 鉈の様な形状の大剣を掲げたヴァンダルが不敵に微笑みながら呟く。

衣装は礼服である黄金獅子から戦闘向きに変わっていた。

丁寧に仕上げられた装甲猪アーマードボアの革鎧を着こむ。

当然魔法用の対策を講じてあるだろう漆黒の鎧は周囲の光を取り込んでいた。


「誰だ!? 貴様っ!」


闘志をあえてむき出しにしたウォリアーが内心を隠して叫ぶ。

まだ、安全圏ではない範囲での戦闘は危険だ。


「おお、これは失礼した。盟友ラゴウの手伝いをしておる。獣心王国国王、鬼兵団団長、ヴァンダルと申す。貴兄に……」


 そこまで言って決闘を申し込もうとした所へ血相を変えた中村に介入された。


「王様っ! あの蜂が毒の息を撒き散らしてます! 直ぐに逃げないと大事な将兵や御身に危害が及びますぞっ! 信用できなければ斥候にお聞きください!」

「お? マジか?」


 のんびりとヴァンダルは横の魔道士に尋ねる。

尋ねられた魔道士はカーキ色のローブで顔を隠す。

魔道士は樫で作られた丈夫そうな杖を持っていた。

背丈はヴァンダルの半分以下でまるで子供と大人の差である。

しかし、そこから発せらえた声は落ち着いた大人の女性のそれだった。


「……少々混乱しておりますが、各方面にはなった偵察隊より異臭や苦しくなったとの報告が出ております」

「よし、ジニー、全軍撤退させろ。ベルベット! 奴から目を離すな、それではお客人、御同行願おうか?」


 報告を聞き、撤退を即座に決める。そしてウォリアーにニヤリと笑う。

凶悪さと武骨さを混ぜ合わせた腰の大剣の柄を軽く叩く。


" 何時でもどうぞ "


警戒するウォリアーに向かい誘うような雰囲気を出し始める。

まるで待望の玩具を渡された子供の瞳のようにワクワクがあふれ出していた。

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