トリネコの迷宮

 抵抗軍が連絡用に残した砂漠トカゲを使い、トレバー達は移動を開始する。

三日かけて砂漠を横断し、目的の場所であるトリネコの迷宮が見えてくる。

砂漠には不釣り合いに巨大な樹木が根を張っていた。

非常識な巨大さと周囲に違和感を覚えたトレバーは思わず尋ねた。


「ん? トリネコ?」

「そうだで? アレがトリネコの樹だで?」

「落ち葉のないトリネコか……」


 現世界のトリネコは落葉広葉樹である。

それならば周囲には落葉による腐葉土が発生する。

この巨大な樹木の周りにはそれが無いのだ。

葉がまったく落ちない樹木は存在しない。

トリネコと称しているが、トレバー達の世界の樹と似て非なる存在であるらしい。

砂漠の真ん中に緑色に生い茂る巨大なセイヨウトリネコの樹……。

その根元の木陰にはオアシスになっていて様々な動物が水を飲んでいた。


 不可思議な光景にトレバーは奇妙な高揚感を覚える。

謎に挑む心境、堕天達研究猿研究に没頭未知に挑戦する理由が少し理解できた。

湧き上がる高揚感に浸りながら樹の根元でトカゲから降りる。


「おい、さっさと綱をオアシスに近い所に括り付けろ」


 ガイド役のジョナサンがもたつく二人に指示をした。

オアシスに顔を突っ込んで三匹の砂漠トカゲが水を飲み始めた。

このトカゲは砂漠での有効な交通手段である。

昆虫食であるため、砂漠では羽虫や甲虫などの餌に困らない。

隙さえあれば舌で捕食し何か食べている。

水分も出発前に腹一杯飲ませば三日は大丈夫であった。


「おし、やったでぇ? お? チビスケ共、何やっとるんだて?」


 作業を終えたブラウンが樹の根っこを反復して飛ぶアガト達を見つけた。


「五月蠅いよ!? 数忘れちゃったじゃんかぁ!」

「みゃーみゃーおじさんは黙っていてっ!」


必死に数を数えながら飛ぶ二人を唖然とブラウンは見つめた。

やり取りを聞いて荷物を下ろしたトレバーが笑って代わりに答えた。


「いやさ、一昨日、こいつ等俺らの技を使いたいって言いだしてね。それじゃってんで基礎体力から始めて貰ったんだよ。みゃーみゃーおじさん」

「みゃーみゃーおじさんと言うでないわっ! このたわけがっ!」

「それで使えるのか? その技?」


怒り出すブラウンを押しのけてジョナサンが尋ねた。


「ああ、勿論、千日の稽古で技を、万日の稽古で練り上げるのさ」

「基本だな、全ての」


ありきたりなトレバーの答えをジョナサンは真顔で切り返した。

隣で話を聞いてげんなりするブラウンを置き去りにして……。


 その晩は体力回復と荷が着くのを待つため一晩キャンプする事にした。


「おい、トレバー、何を送って貰ったんだ? 全く……訳の分からない組織だぜ」


装備やアイテムが送られると聞いて怪訝な顔でジョナサンが尋ねた。

ブラウンは既に怪しさに慣れてしまい、アガト達の修行に付き合っていた。


「ああ、オレンジジュースで仲良くできるなら、お土産で釣れば良いって事で特製リアカーに砲台と保冷庫付けて送って貰ったのさ」

「……なぁトレバー……リアカーってなに? 頼むから分かる単語使ってくれよ」


度重なる意味不明な単語にジョナサンが呆れ果ててきた。


「ああ、済まない、台車だよ。台車」

「台車ってお前……」


 罠やモンスター満載の迷宮に台車を持ちこむトレバーにジョナサンは困惑した。

だが、そのようなジョナサンもギタールを手離さない根性だけは気に入っていた。


「なぁ、そのギタール貸してくれ」

「何だジョー、弾けるのか?」

「ああ、久しく弾いていないけどな」


傍らのソフトケースから愛用のギタールを出して渡す。

途端に指が弦を捉え、蜘蛛の足のように動いて癖のある和音を奏でる。


「おお、間合いとクセが絶妙な味になってる。すげぇなおい」

「フッ、イイ感じで馴染むな……ボクドーの名のある工房製だな」


「お? 確かジョアンが言ってたな……どこだっけ?」


頭の中を探り始めるトレバーにジョナサンがボソリと答えた。


「ギブソンズだろ」

「そそ、それだよぉ! って知って居るのか?」

「ああ、ジョアンもな……蛙の子は蛙か……」


 納得したかのようにギタールを爪弾き、ジョナサンが微笑む。

独特のクセやリズムが剣の動きに似ているとトレバーは感覚で捉えた。

大胆な出入りの癖に妙に繊細でたおやかさも同居する。

黙って聞いているだけで唸ってしまうとトレバーは感じた。


「ジョアンの親父、ニールは俺の旅仲間だったんだ」


 弾き終わると一息ついてジョナサンが思い出話を始めた。

駆け出しの剣士だったジョナサンは修行中の若いギタール弾きに出会う。

名前はニール・クロウと言い、腕はまだ未熟。

だが、ギタールに賭ける才能と情熱は狂気に言えた。

どこでも良いから弾き倒したいと願うギタール馬鹿だった。

また、同じ駆け出し魔道士のタイラーと出会い。

三人で修業ついでに当てのない旅に出た。

そこでギタールの手ほどきを受けたのだ。


 昇格試験を三人はクリアし、仲間は解散となった。

だが、なんだかんだと言ってはちょくちょく会ってはいた。

ニールは有名な弾き手になり、タイラーとジョナサンはコンビで出世して行く。

そしてニールが病に倒れ、いざこざが切っ掛けでタイラーと合わなくなった。


「そん時思ったよ。家庭持ってあそこまで行ったアイツはすげぇって……それに比べて俺らと来たら……」


 しんみりしながらジョナサンはギタールを返して話を締めた。

ギタールをつま弾きながらトレバーは笑っておちょくった。


「まぁ、ダークロードになってもたい焼き争奪戦だからねぇ……まぁ、ジョアンにあってセッションしてやってくれ。喜ぶと思うぜ? 俺の師匠ジョアンは」

「まだなってねぇし! つか、ジョアンが師匠?!……世も末だね」

「ふん、デズモントにヤキ入れるぐらい巧くなってるぜ? ジョーも入れて貰ったら?」

「けっ、そんなもんタイラーにも入れてやれや。まぁいい、次の目標も出来た。寝るぜ」


毒吐いては布に包まりジョナサンが眠り始める。


「はいよ、おいアガト!テュケ!寝る時間だぞ!」


まだ修行していたアガト達を制止して寝る様にトレバーは急かした。


「はぁい!」


今日もいっぱい冒険し、修行した二人はすぐに寝息を立て始めた。


「トレバー、明日、何が来るんだて?」


 アガト達より期待に満ちた瞳でブラウンは尋ねてきた。

昨晩、本部と通信して何かが来るのを知っていた。

スキュラ戦で使ったロケットランチャーがブラウンは気に入ったらしい。

何度かあの武器を撃たせろとねだって来たが、ことごとく断っていた。

使う相手が居ない、場所もない、知識もないのは非常に危ない。


「魔人さんへの取引材料、それを運ぶ特殊台車だ。ロケランは次の大規模戦闘時に使わせてやんよ」

「マジかて?! どうかひとつ! じゃ、お休み」


言質を聞いて満足したらしくさっさと寝床に入って寝てしまった。

呆れたトレバーも周囲の気配を調べた後、仮眠に入る。


 翌朝、ローター音で目が覚めたトレバーはその方向を見た。

日の出に照らされた大型クワッドロータードローンの白いカーゴが見えた。

さしものノインの配下も雲の上を飛行する機械には意識が回らないだろう。

着陸するとローターの接続部を外し、カーゴを展開させた。

此のカーゴ自体がキャリアーになるのだ。

可動部だけになったドローンはすぐさま飛び去って行った。

ドローンが点になった頃、通信のシグナルがなった。


「ども、お疲れ様です。大佐! うちの川崎がいつもお世話になっております。第二班の山川です!」


 軽快な若い男性の声が通信に出た。

技研の建造・製造担当である第二班の主任、山川である。

川崎舞の第一班設計開発局、第二班はこの山川が仕切っていた。

ジャクトゥの武器、各兵器、部品等の製造を行う部署である。


「おう、山ちゃん。どうした? 珍しいな」


本部基地にある慰安室のバーの常連同士であるが、仕事で直接絡む事は少なかった。

問いかけに山川は言い出しにくそうに話し出した。


「いやね、御存じの通り、ウチのクソ上司が飛んでしまいまして、デヴ担当の設計企画を全て精査する事になったんですよ」

「おお、聞いてるぜ。女にたらし込まれたって奴だろ?」


苦笑しながらトレバーは答えた。

まさかをたらし込むとは……と思ったのだ。


「ええ、ところが舞も負傷して精査の認可が下りないんですよ」

「えっ? 舞が? どうした? キルとでもバトったのか?」

「魔王軍が城へ特攻かけて来て、敵の武道家と格闘したらしいすよ。それで負傷したそうです」

「ほんで?」

「王様は無事、敵はタイラーなんちゃらさんが出て来て逃げたそうですって、それは置いといて……それで新規スーツの設計が大幅に遅れてんですよ!」


話が長くなりそうなので端折って本題に入ったが、トレバーの後ろに影が立つ。


「あ? タイラーだと?」

「あ、ジョー? 大丈夫、後でな」


耳に入ったらしくジョナサンが眉間に皺を寄せている。

適当に誤魔化してトレバーは話を続けた。


「そこで、デヴメソッド所長に見せた事の無い設計でコンペやってまともそうなのを選んで作りました」

「まとも……なのか?」


 堕天と言い、メソッドといい一応は無茶な装備、改造はしないという信用がある。

だが、元々はマッドサイエンティストやトンデモ技術を持つ職人が揃っている。

上司と言う箍が外れたら堪ったものではない。


「ええ、攻撃、防御も三倍です」

「ん? 俺、赤い服は着ないぞ?」

「勿論。専用ですが、金ピカでも赤くもないです。同封したので使ってダメ出し願います」

「分かった。俺は容赦しないからな」


真摯に向き合う山川にほだされて、とりあえず装備してみることにした。

キャリアーのフタを開けた瞬間、トレバーは後悔した。


 数時間後、薄暗く先が見えにくい迷宮の通路を高輝度ライトが視界を切り裂く。

ロマンや雰囲気をぶち壊すようにモンスターには威嚇か挑発する輝きであった。


「うはぁ! あっかるぅいって、目立ってまうだろ! バカタレ!」


ビビりのブラウンがノリツッコミできる明るさであった。


「しゃーねぇだろ、うちの技研、イカレ技術者集団だからよぅ……ジジィ、なんとかせぇ」


 愚痴を零しながらトレバーは先へ進む。

その姿は愚痴を零さずには至れなかった。

でキャリアーを引き、真ん中自分の腕で腕を組む。

上の腕はライフルを構えて警戒する。

つまり、四本のサブアーム付きのスーツが送られて来たのだ。

防衛、攻撃、作業を同時にするサブアームが背後から延びる。

最初見た時、カーカカと笑う某悪魔超人を思い出したのは言うまでもない。


 先へと進む一行の前に十字路が見える。

左右の通路からオークの集団が各々得物を携えて現れた。

ざっと三十匹ほどで並みの冒険者一行でも数が多すぎて手こずる。


「早速お出ましか……ブラウンの慣らしといくか」


腰から大太刀を抜いたジョナサンが笑う。

デュエリスト最上位であるゴッドオブアリーナにもなれば前菜にもならない。

万年ナイトのブラウンにとってはヤバめな相手だ……。


「はーい、ジョーさん、此方の動作チェックさせてくれい……狙撃」


 声を掛けてトレバーが背中に付けられた腕の様なサブアームでライフルを撃つ。

的確に素早くオークの眉間に弾丸で穴を開けていく。

何をされたかわからないうちに一秒ごとに一体倒れていく。


「なんじゃ?! その弓は?!」


異世界の武器を見てジョナサンが目を白黒させた。


「石礫みてーなもんよ。これを女子供に持たせたら……わかるよな?」

「ああ、ちょっとした防衛線でも難攻不落になる」


困り顔でジョナサンが屍の山となったオークたちを見ていた。




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