防衛網に挑め!

 長距離ヘリでトレバー達は移動時間を大幅に短縮した。

最新型反応炉のお陰で速度は劣るが飛躍的に航続距離が伸びた。

とはいえ異形の乗り物は人目を引く。

ヘリでの降下は怯える住人たちを刺激するには十分だ。

無用の混乱を避けるべく目的地であるポートカラサ付近の草原で降りる。


 北東部に上陸した魔王軍によりバティル城から近い北海岸の街や港は壊滅していた。

だが、上陸地点から離れたマンダゴア南西端のポートカラサは無事であった。

南西への進攻直前にバティル城への移動魔王の勅命が始まったのだ。


「なぁ、トレバー、おみゃあたちのアレ、でら凄いがぁ? あんなのようけ有ったら魔王軍倒せるてー?」


攻防戦とヘリの凄さを体感したブラウンが興奮気味に先を行くトレバーに話しかける。


「まぁな、ただうまくいかねぇのさ。燃料が無いんだ」


ギタールのケースとザックをトレバーは担いだ。

振り向いて無邪気に興奮するブラウンへ溜息交じりに答える。


 川崎舞率いる交渉団によりジャクルトゥはバティル王家と同盟締結した。

しかし、その前からジャクルトゥは油田発見に動いていた。

石油資源は活動維持に直結する。

スパイ衛星を使った磁力と重力による精密な地表探査する。

そこで現世にあった地表地質学や地球物理学を駆使し解析していた。

これである程度の油田の有無が分かるのだ。

勿論……異世界でこれが通用するかは別として……。


 そして早速パトロールと称し、地震探知車両を走らせていた。

石油の枯渇はかなり危機的であった。

電力は水力とリアクターで賄ってはいたが、それも限界はある。

あのメソッドが陣頭指揮を執る程のレベルであった。

状況はあまり芳しくなく小規模油田らしい地点が見つかったのみだった。


「ほーん、ところで燃料ってなんでぁーも?」


 なじみのないキーワードを尋ねるブラウンにトレバーはさっと答える。


「俺らにとっての飯みたいなもんだよ。喰わなきゃ動けんだろ?」


そういいつつ先を急ぐ。夕暮れには街に入りたいのだ。


「ほんほん、にゃーるほどねぇ」


本当に分かったのかよく分からないがブラウンは頷きながらついて来る。


「兄ちゃん……よく話せるね……」

「にゃーにゃ―五月蠅いよ」


両肩に乗ったアガトとテュケが小声で文句を言う。


「仕方ねぇよ。向こうに着くまでの我慢だ」


 ブラウンには王家付の騎士の肩書と言う信用がある。

それはトレバーにはない。

潜入活動において面倒は極力避けたい。

手っ取り早く現地で活動したいのだ。

そのまま坂道を下り、町へ向かう街道へ出た。


「む、もうすぐだがね」


ブラウンが傾きだした太陽を一瞥し速足になる。


「おい、ブラウン!?」

「おせーよ、トレバー、自治会の館が閉まってまうがね」


尻をぷりぷりと振りながら小太りのおっさんが歩く姿はみっともない。

トレバー達は困惑して他人の振りでその後ろを離れて歩いた。


 街中に入るとその奇妙な一団に住人たちは困惑の目を向ける。

奇妙な歩き方をする騎士に変な服装のギタール弾きでは怪しさ満点だった。


(人選間違えたな……)


後悔しながらトレバーはトラブルにならない事を祈った。

願いが通じたのか問題なく閉館前の自治会の館に着いた。

玄関に入り片付けに入った事務員の娘にブラウンは近づく。


「わし、バティル城から来たブラウン・ヤバマルハちゅーもんだがよぅ? 自治会の人まだおりゃぁす?」

「はい?」


 訛りモロだしで話しかけられた事務員は驚いて動きを止める。


「何かの呪文か何かと間違われて居るぞ」

「トレバー! おみゃーうるしゃーてぇ!」


後ろで呆れながら弄るトレバーにブラウンは怒鳴る。

事務員は訛りがキツくて真っ白になった頭を振ってリセットした。


「あ、ごめんなさい。もう一度言って貰えますかぁ?」


愛想笑いをしながら事務員は聞き返した。

そこで後ろから押しのけてトレバーが話し出した。


「申し訳ない。俺達、バティル城からの使者なんだが自治会の方まだいるかい?」

「あ、はい!」


分かる言語で話しかけられ事務員は笑顔で答えた。


「ちょー、マテコラ、おみゃーら、わしの言葉がわからんて……大概にせなかんわ!」


馬鹿にされたと思いブラウンが怒り出す。

そこでテュケが真顔で振り向いて注意する。


「ホントに僕でもわかんないよ。おじちゃん。もちっと共通語で話そ」

「……むぅ……。わかったて……」


幼子風妖精のテュケに注意されてバツが悪いのか素直に引っ込んだ。


「では……あ、オリベイラ先生! バティル城からお客様です」


 背後の足音に振り向いた事務員は階段から降りて来る紳士に声を掛けた。


「え? 私にかい? 誰だ?」


丸メガネをかけた天然パーマの男が近寄って来た。

身なりはごく普通で服装も手入れはきちんと行き届いている。

小奇麗な薄いグレーの上着にズボン、綺麗に磨かれたデッキシューズを履いていた。


「私がオリベイラですが……何か御用で?」


いきなり呼び止められ困惑しながら尋ねた。

しゃべろうとするブラウンを制止し、トレバーが紹介を始める。


「自治会のメンバーの方ですね? 俺はトレバー・ボルタック、此方は王家付の騎士、ブラウン・ヤバマルハ卿です。王家から伝令とお願いに参りました」

「ええ、私は自治会の副会長をやらせて貰ってます。して伝令とは?」


自己紹介してもらい騎士の姿のブラウンを見て少し安堵する。


「では、ヤバマルハ殿、する」


意味深な言い方でトレバーはブラウンに話を振った。


「あのよぉ……」

「アガト」

「あーい」


訛りがブラウンから出た瞬間にトレバーはアガトに命じツッコミをいれさす。

肩に乗ったアガトは頬っぺたを思いっきりつねった。


「いたぁっ! 分かった! 分かったて! ゴホン、失礼した。わ……私がヤバマルハでちゅ。王の伝令をおちゅたえします」


訛りを気にするあまりブラウンは赤ちゃん言葉で話し出した。


「あの…………大丈夫ですか?」

「あーもう、いやね。卿はウルトゥル出身なので訛りが強くってね。ほい、親書」


 挙動がおかしくなるブラウンをオリベイラは心配する。

それにイラついたトレバーは呆れて手助けをする。

するとウルトゥルと聞いたオリベイラのテンションが上がる。


「あー、おみゃーさんウルトゥルかね? どこだゃーも?」

「お? おみゃーもかて? わしマウントチェリーだがね」

「マジかて! どえりゃ近いがや! ワシはハイヒルだがね」

「おー、でら近いがー! どうだトレバー?! わしらーの訛りバカにしとるとしょーちせーへんぞ!」


盛り上がる二人について行けずにトレバー達は苦笑するだけだった。


「分かった。分かったから話を進めてくれ」


それを聞いてブラウンが任務を思い出した。


「おう、そうだった。それでよぉ? バティル城に進軍してきた魔王軍のたーけどもは城の前で壊滅したったわ」

「マジかて!?」

「おう、マジだて! ここに居るトレバー達の合力のお陰だてー、でら綺麗に大陸から叩き出したったわ!」


 何も知らないオリベイラに胸を張るブラウンを見てトレバーは呆れる。


(お前、何んも働いていないけどな)


内心突っ込むと話を急かす。


「おいブラウン、お願いは?」

「おう、まっとれ! それでよぅ? ウルトゥルに渡り、反乱軍にこの知らせと援軍送りたいんだわ」

「うぅ、わしらの故郷を救いたいのは山々なんだが……いかんてー、ウルトゥル近海に防衛網をはっとる」


困った顔でオリベイラが答えると、隣で早く帰りたい事務員が話を始めた。


「近海に近づく船を魔物が襲って来るのです。それゆえに船が出せないんです」

「ほほん、どんなの?」


事務員の話を聞いたトレバーが興味深げに尋ねた。


「ハーピーや大タコ……スキュラを見たって船乗りもいました」

「んー、分かった。俺が一つ退治してやんよ」


余裕の表情でトレバーが宣言すると途端にブラウン達が説教し始めた。


「おみゃーなぁ、いっくら魔王軍の幹部と互角に戦ってもスキュラは無理だて」

「そうそう、おやめなさいよ。相手は上半身が乙女、腰から魔犬を四匹も生やした十二本脚の海の女怪、撃退出来ても倒すことは……」

「そう言って死んでいった船乗りたちは何百といますよ? 止めた方が……」


三人が口々に説得に入るもののトレバーは笑って一蹴した。


「スキュラ以外なら何とかなるんだろ? ならオッケーじゃん? 準備よろしく! つーかブラウン、お前むこうへ渡ってから仕事だろ?」


 最後にはツッコミ入れてトレバーは強引に押し切る。

しぶしぶオリベイラが事務員に準備の連絡を出す。

止めようとするブラウンを連れ出し、トレバーは魔物対策用装備を思案し始めた。

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