ウルトゥルの薔薇
スキュラを撃退して防衛線を抜けた一行は警戒しながらウルトゥルに近づく。
ウルトゥル側の港はほとんど潰されていた。
しかし、
辛うじて逃げて来た人々の
問題はこの船の存在を抵抗軍は知らない。
連絡を取る術はない……。
仕方なく、旗を掲げていきなり港に入って身の潔白を証明するつもりだった。
見張りを買って出たトレバーはマストの見張り台に腰掛けて連絡を取る。
戦闘終結後、早速、開発部には鬼神専用魔法装備の開発注文していた。
勿論返事は芳しくない。さっぱりわからないのだ。
そこでバティル城詰めの調査護衛隊には
場合によっては任務を中止し、
前線指揮官であり、
自分が通用する間に次の手を打つのは生き残り戦略で重要な事だ。
トレバーは必死に次の成長を模索し始めた。
そこに堕天からの通信が入る。
「どうした? メンタルがやられるようなキャラではあるまいに」
「まぁな、
強化服が生きている限り、ありとあらゆる生体データが本部へ送られる。
隠し事は無理である為、正直に感情を出す。
「まぁ、メソッドも自慢のロボットが一撃大破されて大僧正とコーティングの研究に入った。本部も急ピッチで修復している。我々も組織を上げて魔法対策しなければな」
堕天は城と本部を往復しながら大首領の名代として陣頭指揮していた。
修復に研究や王家との戦力増強の相談等やる事は山積みだった。
「それと爺様、ウルトゥルの敵情報分かったかい?」
「ああ、魔王の盟友、ノイン・テーターって魔族の女が支配しているそうだ」
「盟友……なるほど」
「どうかしたのか?」
堕天の問いかけにハーピーの組織的な動きと知性的な狡猾さを指摘した。
「察するに操られてたのでは? と思うんだ」
「可能性はある。例のノインは魔法特化の将軍らしいからな」
「ひーっ、また魔法かよ」
魔法と聞いてトレバーは天を仰いだ。
「そのノインやらは配下に魔法師団を置いている。御用達マジックアイテムの類があればぜひ欲しい」
「ああ、隙見てかっぱらって来るさ」
「こちらも魔法装備は探す。それまでは粘れ」
「あいよ」
軽く返事するが無理難題を言うと内心苦笑する。
城での戦闘で派手に大破した怪ロボットを思い出したのだ。
そして周囲を見渡す。
いずれにせよ明日にはウルトゥルに上陸するのだ。
もう小細工する時間も工夫もない。
最善の手は魔法を撃たれる前に殴り倒すしか無い。
頭の悪そうな策だがやるしかないのだ……。
朝、出航して黄土色の岩山が並ぶ沿岸部に船が近づく。
それと同時に船員たちに緊張が張り詰める。
スキュラを撃退してここに来て全滅では意味が無い。
甲板員や手透きの船員たち全員で見張りに立つ。
勿論全員、カトラスや弓矢で武装している。
そのような中、マストに持たれながらトレバーは落ち着いていた。
衛星軌道から船中心に沿岸部をモニターしている。
科学の目が全力で周囲を走査するが、何も反応は無い。
しかし勘が囁く、そして相棒たちも気が付いたらしい。
「兄ちゃん、陸地になんかいるよ」
「うん、結構いっぱいいるよ?」
マストのロープに掴まり、顔色が変わったアガトとテュケが指摘する。
(いっそ打って出るか……)
トレバーは敵が居そうな場所に先制突撃するかと思案する。
その余裕も次の船長の指示で吹き飛んだ!
「もうじき抵抗軍のアジトだ! 全員警戒を厳にしろよ!?」
「おう!」
敵は自分達が目当てではなく、アジトへの誘導が狙いだと気が付いた。
「船長! ブラウン! 先に上陸する! 運があったらまた会おう!」
そう告げると鬼神に急速変身する。
「おい、何があった!」
「敵が待ち伏せてる! 先手打って暴れるから今すぐ逃げろ!」
最後のロケットランチャーに手榴弾、マシンガンを持つ。
そのまま船尾に行くと猛ダッシュで最大スピードに達し、跳躍する。
一旦、岩礁にタンッと足を着き一気に飛び上がった。
上空で目ぼしい場所へランチャーを連射する。
そして隙間には手榴弾を投げ込む。
――――キュボッボボボボボボン!
爆炎と砂が舞い上がり、所々に人の形らしきものが浮かぶ!
――カタタタタタタ!
その人型にマシンガンを浴びせていくとそれらが人、魔族らしき女の姿になった。
弾切れになったマシンガンを捨てると同時に着地する。
ブーツで砂を噛みながらダッシュをかけた。
その鬼神に向かい何もない空間から電撃が放たれ始めた。
咄嗟に逃げて死体をフレア代わりに放り投げて魔法をかわす。
死体に電撃が当たると間髪容れずにその空間へ飛び蹴りを入れる。
手応えと共に女が吹き飛ぶ、そこで気圧が変わった事に鬼神は気が付いた!
その場から前方へ! より遠くへ飛ぶ!
落雷と言う死から逃げるために!
気圧が耳を圧迫すると同時に背後が真っ白に染まる。
その後をドォォォォォンと振動が大音響を引き連れて落ちて来た。
空気を大きく揺すった
回転して勢いを殺して石ころを掴んで着地する。
その刹那に再び飛ぶ!
飛びながら閃光が作った影に向かい石礫を三つ同時に投げる。
改造人間が殺意を持って放つそれは大型拳銃並みの殺傷力があった。
二つは避けられ、最後の一つは軽く弾かれた。
「このアタシに石ころぶつけるなんて……ラゴウのバカでもやらない愚行だわ」
「殺す気で雷落とすビッチにはこれぐらいで十分」
影の居た場所から女の声と共に姿を現した。
魅惑的な大きな瞳が鬼神を興味深そうに見つめて優しく微笑む。
深く切れ込んだ禍々しい赤い襟付き濃紺のVネックは対象の視線を奪う。
肩はパフスリーブ状で捩じり込むような袖に細くたおやかな指が印を結ぶ。
腰から提灯のような乗馬パンツに合わせた革のブーツにマント……。
夜でも分かる濃紺と赤のワンポイントの衣装はまさに男装の麗人であった。
今までしなかった情熱的で甘い華やかな薔薇の香りが岩山を包む。
「アンタが噂の
「あれで互角ってか……なら次は勝てるな、アンタ、名前は?」
「へぇ……かなりの勘違い野郎ね。アタシはノイン・テーター、この大陸の支配者よ」
「なるほど、承認欲求強そうな女王様だこと……」
その言葉にイラついた表情のノインに向かい、鬼神は無造作に構えた。
上空に跳躍すると印を結ぶと詠唱を始める。
追いかける様に鬼神が素早く跳躍し、右の拳を引く。
急速に接近する鬼神に対し、ノインは印を結んだ両手を引き離す。
青色の魔力の流れが飴細工の如く引き伸ばされる。
「我が守護する者どもよ。今顕現してその口々に呪詛の声を上げよ! マグナボックス!」
引き伸ばされた飴細工から無数の雷撃が横線状に放たれる!
その雷撃を鬼神はモロに浴びつつ、
雷撃対策はすでに終わっていた。
多少なら防げる。
雷撃照射を中止して咄嗟に避けるが、鋭角に尖った襟が抉り切られる。
お互いその場で一回転し、蹴りを合わせて距離を取って着地した。
「ふん、訂正しとくよ。単なる勘違い野郎だって」
息を整えながらノインは次の手を考え始めるが、鬼神には好機だった。
殺意を持って問答無用で飛び掛かって来る。
「チッ! この餓鬼がっ!」
印と短い詠唱を唱え、靴底に風を生み出して浮遊すると高速で移動を始めた。
間一髪で攻撃を避けるが回避運動はそのままで間合いを取り始める。
鬼神の動きが自分と同じだと判断し、魔法で機動力を上げた。
ヒット&アウェイで潰すつもりだった。
高速で鬼神の周囲を回りつつ、印を結ぶとマジック・レイの詠唱を始める。
一方、鬼神は襲い掛かるタイミングを計る。
時間もないが発動したら避ける気でいた。
ノインの詠唱が最終フレーズに入る!
その頭上に影が掛かる!
「ノイン・テーター! その首、獲った!」
上空から男が現れ、担いでいた大太刀の刃が振り下ろす。
容易くノインは避けて詠唱を続けるが、避けた先に鬼神が飛び込んで来る!
「あーっ、もう忌々しい! 次はぶち殺してやんよぉ!」
詠唱を中断し、分が悪いと判断したノインは緊急転移で離脱した。
「んだぁ? お前は? 大将首が獲れたのに邪魔しくさって!」
「んだとこらぁ!? こちらが先なのにチョッカイしくさってよぅ!」
逃げ去ったノインを一瞥すると大太刀の男が鬼神に文句を告げた。
その言い方にカチンと来た鬼神が男の胸倉を掴む。
緩いウェーブが掛かった黒髪の頭部中央から左にかけて白髪の束が生えていた。
肩幅は広く華奢に見えるが余分な肉は一ミリたりとも付いてはいない。
細い鋼鉄の肉体が黒い革のベストとパンツに包まれていた。
顔は穏やかな凛々しい目と整った鼻梁、一文字に結んだ口は整い過ぎている。
それ故の苦労によって刻まれた
男も胸倉を掴むと殴り合いが始まった。
両者右手だけで顔面のみを手加減無しで殴りあう。
「あーっ! たーけどもやっぱり喧嘩しとるがや! ジョナサン! 止めろてー!」
岩山の影から現れたブラウンが戦士達を連れて止めに入る。
「「うるせっ! だまっとけ!」」
制止を振り切ってゴッゴゴッと不規則なリズムで殴り合う。
普通なら男の方が先に頭部挫傷で死ぬ。
だが恐るべきことに男は平気で殴り続け、逆に鬼神のヘルメットに亀裂が入る。
「ちっ!」
先に音を上げるのは癪だが負けるのはもっと嫌な鬼神が狙いを顎に変える。
ピシッッ!
乾いた音を立てて二人とも同時に膝を着く。
奇しくも狙いも同じ顎に変えたのだ。
「くっ、こ、小癪な……」
「この野郎、やりやがったな」
三半規管を揺さぶられ平衡感覚が狂う。
フラフラなまま胸倉はそのままで再び拳を振り上げる。
「なんだて、このたわけ……似た者同士かて、それじゃ捕まえたってー、撤収するでよ」
呆れたブラウンは戦士達に頼んで拘束して運び去って行った。
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