強襲!バティル城

 午後三時ごろ王宮の中庭を通って作業室へ向かう川崎舞を呼び止める声がした。


「舞ーッ! こちらでお茶しない?」


スーツ姿のキルケーが手を振って呼ぶ。

薔薇や様々な花々が咲く中庭でラクウェルとリチャード達とテーブル囲んでいた。

お洒落なケーキスタンドには見た事のないスイーツやフルーツが並べてある。

それに合わせた品のいい香りのお茶、まさに王家のお茶会そのものであった。


「川崎副長、お茶はいかがですか?」

「えっ、私の様な者がご一緒させて……」

「私たちは一向にかまわない。貴方の知識や武勇伝は非常に興味深いのだよ」


リチャードの誘いに躊躇する舞へ作業服姿の舞へラクウェルが微笑みながら席を勧めた。


「えっ、ありがとうございます。それでは失礼いたします」


舞は恐縮しながら席に着く。

そこにシモンが歩いて報告に来た。


「陛下、ラクウェル様、吉報でございます。鬼神大佐とヤバマルハ卿がスキュラと魔王軍のノイン・テーターを撃退し、ウルトゥルに上陸したとの事です」

「なんと! あの伝説の化け物と魔王軍の大幹部を!」

「えっ? トレバー……珍しく戦績上げてるじゃない……契約更新近かったのかな」


リチャードが小さな拳を握って歓喜したが、その隣のキルケーは毒をぶっ放した。

その後にシモンがちょっとした情報を教え始めた。


「スキュラにトドメを差したのがあのヤバマルハ卿ブラウンでして……」

「ハッ? あのブラウンが殊勲だと?! 何かの間違いでは?」

「いえ、連絡してきた船長と抵抗軍の長が証言しております」


上司であるラクウェルが困惑の表情で誤認かと聞き直した。

今頃、騎士団宿舎は天地をひっくり返すほどの大騒ぎだろう。

話に入っていけない舞は隣のキルケーに尋ねた。


「ヤバマルハ卿って誰です?」

「あー、トレバーがヘリに乗り込む時、舞に挨拶しようとしたおっさん」

「あー、引きずられて行った人ですね。凄いんだ」

「いやいや凄くない」

「騎士団の随一のヘタレ」


ラクウェルとシモンが続けて否定した。

その瞬間、甲高い管楽器の音が周囲に鳴り響く。

顔色が変わったラクウェルとシモンが周囲を見渡す。

同じく血相を変えたデボンが室内から飛び出して来た。


「何事か?!」

「敵襲です。城門前で荷馬車の馬を奪い、大通りを此方に向かって来ておりまする」


 詰問にシモンが先頃、タイラーに怒られて覚えた念話で情報を伝えた。

おかげで必要な物資、兵士を適切に送れる通信システムが作られる。

魔王軍の略奪や被害の為の救援・支援物資を城から各地へ送り出す。

しかし、その第一陣が帰って来た所を襲われたのだ。


「ええい、何奴だ!?」


 手すりからデボンが大通りを見た。

そこには此方に向けて馬が六頭、疾走して来る。

その先頭にはラクウェルが戦場で見た顔が居た。


「あやつ!? 魔王軍の魔法使いだ!」


 その魔法使い・バリアスは手綱を必死にしごきながら馬を走らせた。

あれからバリアスはクレアたちと協議し、メンバーの特性を把握した。

そして一旦バティル城付近の岩山地帯へ向かう。

前回の戦闘で鬼神とキルケーが出て来た場所だ。

そこで城周辺を偵察し、意外に荷馬車の往来がある事にほくそ笑む。

身を隠せる幌付きの馬車か複数の馬がけん引する荷馬車を物色する。

油断と復興で兵士達が忙しく、検問を敷いていないのも好都合であった。


 その中でゆっくりと進む六頭立ての荷馬車に狙いを着けて避難民の振りで近寄った。

まず、ジョセが先頭の二頭に飛び移ると次々に馬車のくびきを解く!

足の遅いバリアスとクレアを先に馬に載せると疾走させた。

それを見て怒声を上げた御者をネネが殴って昏倒させる。

殺すのは簡単だ。

目的は少しでもこちらに対応してくる人員を減らしたいのだ。

介抱する人員が居ればそれだけ手薄になる……。

すぐに軛を全て外して全員飛び乗って後に続く。


「おい、バリアス! 中々やるじゃないか!」

「クレア、周囲に気を付けてくれ! 連中が動き出す!」


 大通りを爆走しながら余裕綽々で声を掛けるクレアにバリアスは警告を与えた。

後方から黒装束ジャクルトゥ戦闘員が追いかけて来る。

堀が見えて来たころに深呼吸すると呪文を詠唱した。


「古の旋風、道なき道進め、我が願ひを聞きて全て切り裂け……ワールウィンド!」


 丁度、堀に掛かる吊り橋が巻き閉じられようとしていた。

橋の両角に付けられた太く鍛造された鎖が魔法で切り裂かれた。

轟音と共に橋が落ちて通行可能になる。

それと同時に兵士達が城外へ飛び出してきた。


「あそこは任せな」


背中に止められた両刃造りの戦斧を握るとクレアが馬から飛び降りた。

戦斧は刃こそ鋭く輝いているが柄どころか全体に傷だらけであった。

幾多の戦場、修羅場をくぐって来た逸品を盾代わりに兵士達に突き出し押す。


「そらそらそらそらぁ!」


彼女の広背筋や肩の三角筋が倍以上にバルクアップし、兵士達を堀へ振り落とす。


「ねぇさん! 先行くよっ!」


馬の背を足場にしたネネとジョゼが飛び上がり二階へ着地した。


「マロリー!」

「任せて!」


クレアの呼びかけにマロリーは一言返事して詠唱をした。


「護れ我が守護者よ。その力を我らに施せ! ステイクス絶対防壁


魔法障壁がメンバー全員に掛かった。次はバリアスが詠唱をした。


「大気の精霊よ我らに一時、翼を与へよ。飛翔せよ! ブリーゼ!」


 今度は全員に飛翔の呪文が掛かった。

一分間だけ飛べる魔法である。

出入口に殺到した守備兵・戦闘員達はひとまとめに置いてけぼりにされた。

中級呪文一回分で打ち止めだが効果は十分だ。

そして六人はそのまま三階、中庭エリアに突入した!


「陛下! 舞! 私達の後ろへ!」


飛び上がって侵入する六人の姿を見た瞬間にラクウェルは抜刀する。

何時もより真剣な表情のシモンとデボンはその脇を固めた。

キルケーも鉄扇を背中から引き抜くと広げて構えた。


「リチャード王! お命頂戴する!」


クレア、ナオミそしてジョゼがラクウェル達と切り結ぶ。

杖を構えて牽制するバリアスへキルケーは再び対峙した。

その頭上をネネが跳躍しリチャードへ蹴りを見舞った。


「あっ?!」


ラクウェルが絶望の声をあげた。


「フッ!」


ネネの飛び蹴りを気合いの入った上段回し蹴りがバシンと音を立てて迎撃した。


「なっ……貴様は?」


迎撃されて身体を捻って着地し、間合いを外し、相手である舞にネネが尋ねた。


「大極流、川崎舞」


 一言、流派込みで舞は答えた。

鋭い視線でネネを見据えた。

蹴り上げた脚に岩を蹴りあげたような硬さと重さを感じる。

冷や汗と共に警戒レベルを最大に上げる。

腰だめに左拳、右貫手を顔の横にあげて斜めに構えた。

後ろにはリチャードが居て下がれはしない。

前に撃って出る!


「へっ、暁のクレア所属、鉄拳のネネ」


自分の名前をネネが告げると両手を下げて呼吸を合わせた。


 どちらもほぼ同時に二人は間合いに入る。

予備動作の無いネネの左直突きを右回し受けで舞がゴッと払い除けた。

その衝撃に鈍い痛みが前腕に響く。

痛みを気にせず、前に出た。

踏み込んだ舞が左突きを繰り出す。

突きを右手で掴むとネネはそこから飛び関節、肘十字固めに移行させた。

地面に向けてネネが倒れ込む。

極まったと過信したネネの鼻に舞の容赦の無い下段蹴りが入った。


「ぐがっ」


思いもよらぬ痛撃にネネが手を離し、距離を取った。

作業服姿の舞の靴は安全靴だ。

それも薄いチタンカバーが爪先に入れてある技研職員専用品である。

鼻血が出てきた曲がった鼻を自分で鈍い音を立てながら整復し元に戻す。

その姿を見た舞は気合いを入れ直した。


(コイツ、本物の拳士だ。殺す気でやらないと殺される)


 ジャクルトゥで舞は戦闘員達と共に稽古をつけている。

その後にはトレバーやバクシアン達と実戦的な稽古しているが、あくまで訓練だ。

常々警告は受けていた。殺す気でやれと……。

本物の戦闘では後れを取りかねない。

トレバー達の警告が現実になったのだ。


 リチャードの危機にラクウェルが必死に向かおうとする。

しかし、クレアの戦斧が剣撃をたやすく弾き、横に振るって動きを封じた。

デボンもシモンに至っては自分の身を護る事で精一杯だ。


「はい、ノルマ達成、王様いただきぃ!」


そこへ城兵を倒したマロリーがリチャードへ向かう。

舞の顔に焦りが浮かぶ。

その焦りをネネは見逃さなかった。


「ヤッ!」


振りかぶった右ストレートを舞の胸元へ伸ばした。

直撃すればモロに貫通する!

だが、リチャードが居ては避けもできない。

ならば!?

体裁きで斜め後ろに下がり、作業着の胸元を抉らせた。

そしてネネの肘を左手で押して態勢を崩す。


 しかしネネの態勢は崩し切れていない。

そこで左膝を突き上げ、重心の乗った大腿部に一撃を入れて崩し切った。

目の前にはリチャードが居る。

ネネは此のまま回転し、胴回し蹴りを敢行する。


その獲物を狙う瞳へ、舞の回転肘打ちがメジャッと潰れる音を出して叩き込まれた。

胴回し蹴りの回転にカウンターを合わせたのだ。


「ガッァ!」


片目を潰されて後方へもんどりうってネネが倒れた。

それと同時に舞はリチャードをもう一歩下がらせて迫るマロリーに対応する。

だが、マロリーはリチャードに向かわず、倒れたネネの治療を始めた。


「マロリー! お前!?」

「感覚器の治療はすぐに始めないと後遺症が残るんだからね!」


有無を言わさずに治療呪文を詠唱し始めた。


「癒しの母よ、その泉の力を子に授けたまへ。ウーロ」


 負傷部位に手を当ててマロリーは呪文を発動させた。

決死の覚悟で舞が与えたネネのダメージが回復していく……。

治療が完了し、余裕綽々のネネが立ち上がり構える。

傷む手足で構えた舞は死んでもリチャードを守り抜くつもりだった。


 そこに嗄れ声の一喝で空気を一変させる男が現れた。


「誰だばかやろぅ!? 俺のお昼寝タイムを潰してくれた奴はよぅ!?」


 男は幾つもの護符の様な布を垂らした特徴のある杖を肩に担いでいた。

細いタイツの様な鮮やかなパンツに直にブラウスの様なシャツを羽織る。

首には向こう側が透けるほど薄いマフラーを幾つも巻いていた。

特徴的な嗄れ声を出すデカい口はへの字に閉じられ不機嫌さを訴える。

あの傍若無人の魔法使い、タイラー・シンクレアその人だった。


「! 全員、仕事して帰るよ!」


加勢に来た男の実力を見切ったクレアが最低限の仕事を急かす。


「仕事だとコラ? 調子こいてんじゃねぇや」


杖の護符布を一枚握ったタイラーは杖の先で床を軽く叩く。

その途端、キルケーやリチャード達の姿が揺れながら幾つも分かれていく!


「ちっ、全員引くぞ!」


 使われた護符の意味に気が付いたバリアスが撤退を指示する。

クレアたちでさえ布は幻術の作用を持つ護符である事に気が付いた。

魔術師であるバリアスはその戦法を知って居た。

幻術で避けて本命の広範囲魔法で始末する上位魔法使いウィザードの戦術と看破する。


 その途端、クレアたちは懐から煙幕弾を出し、地面に叩き付けた。

ボウンと周囲が煙に包まれると、即座にテレポートスクロールで脱出する。


「リチャード! 怪我は!?」

「姉様! 僕は大丈夫、けど舞さんが……!」


リチャードの身を案じすぎて地が出たラクウェル達が駆け寄った。

べそをかいたリチャードの前で舞は気が抜けて座り込んだ。


「舞!?」


そのまま倒れそうな所をキルケーが飛び込んで抱きとめた。


「キルさん、怖かった……怖かったよぅ……」


格上との命のやり取り真剣勝負は舞にはきつ過ぎたのだ。

震えながら泣き出した舞をキルケーが優しく擦ってやる。


「もう大丈夫、私が傍に居る。舞、ものすごく頑張ったね。トレバーも絶対褒めるよ」

「うぁぁぁぁぁぁぁん」


そのまま舞はキルケーの胸で泣いていた。












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