報復の連鎖

 精鋭部隊を引き連れたノインは久しぶりにラゴウの居城を訪れた。

トレバーの虚言を信じたわけではない、万が一の為だった。


「全員、警戒待機」


ノインの指示で機械のように外へ向かい一斉に回れ右をして立膝で座った。

その凛々しい姿は護る意志を存分に周囲に与えていた。


そのままノインは副官をその場に置いて中央門へ向かう。

すると門が開き、侍従長が血相を変えて飛び出してきた。


「テーター公、御無沙汰しております」


 突然の、しかも軍勢を待機させての来訪は不穏過ぎた。

流石に盟友とは言え度が過ぎる行動である。

侍従長は身を挺してでも時間を稼ぐつもりだった。


「突然の来訪で済まぬ、ラゴウはおるか?」

「はっ、玉座にお見えになります」

「何時もの気まぐれだよ。聞けば二〇〇年級の貴腐ワインがあるそうじゃないか、それとキャビアを酒肴に……な?」


 悪戯な少女の様な笑みでノインは挨拶をした。

ラゴウが敵アジトに殴り込んだものの撃退された事は知って居た。

実は陣営内に無数のシンパを送り込んで常に情報収集している。

自分がより楽しむためノインは情報収集に余念がない。

美味しいネタにはいの一番に動くために!


 しかし現地本部基地に派遣したルクレベッカも連絡は途絶えた。

ついでにトレバーの脅しハッタリだ。

あの巨獣で城を襲われてはひとたまりもない。

だが、ラゴウの手勢と自分達が加われば何とかなるかもしれない。

そう判断すると海の巨獣討伐を中断し、此処に加勢に来たのだった。


「ノイン様!」


今度はワーズが飛び出してきた。

盟友とは言え至近距離に手勢は穏やかでない。

いざとなれば全力で阻止するつもりであった。

その顔を見てノインはにやっと笑う。


「おお、親衛隊長、息災か?」

「ノイン様こそ相変らず……して、何事で?」

「ああ、鬼神大佐とやらと会ったぞ」


トレバーの名前を聞いた途端、ワーズの眉間が中央に寄った。


「えっ……仕留めたのですか?」

「いや、邪魔が入った。だが、次やったらお前を倒せるとまで言っておったぞ」


おちょくる様にワーズに告げると本人ワーズは鼻で笑った。


「フン、それは私のセリフですね」

「だろうな、それからな巷を騒がす例の巨獣の件、奴らが絡んでいる可能性がある」

「なんですと?!」


後ろで控えていた侍従長が思わず声を上げた。


「あくまで可能性の話だ。鬼神は自分達の手勢と言って居たが、どうにも疑わしい」

「私もそう思います。ならば上陸時に連動させるはずです」


ノインの見立てをワーズは素直に賛同した。


「しかし、見過ごすことは出来ん。故にこうして出向いて来た。ワインとキャビアはついでだ」


 相変らずの策士っぷりにワーズと侍従長は苦笑した。

その後ろからローブ姿の男が現れる。

精悍な顔つきになって来ていたバリアスだった。

あれから一度マンダゴアへ飛び、残存兵を各地に潜伏させ戻って来た。


「テーター公、お初にお目にかかります。元軍団長バリアスでございます」

「おう? お前か? ウチに修行に来るヘタレは……」

「はい、よろしくお願いいたします」

「うん、お前帰れ」


挨拶もそこそこにバリアスはノインから拒絶された。


「いやいや、ノイン様!」

「だってー、こいつガッツ無いもん、なにくそって言うのが無いとウチではついてこれないよ」


取り成しに掛かるワーズにノインは理由を告げた。

しかし、陣営内に置いて常にやり取りしていたワーズは弁護に入る。


「ノイン様、陛下の苛烈さはご存じのはず。その陛下から軍団長を拝命し、処刑命令を覆して修行命令まで引き出す……反骨精神は存分にありますぞ?」

「えー、けど、ヘタレと言われて反論できないような男はねぇ……」

「初めて会う上官に反抗的な態度を取れるのは実力のあるテーター公あなただけですよ」


 それでも不満なノインにバリアスはボソリと突っ込む。

ツッコミを聴いたノインは一瞬キョトンとした。

その後、ばつが悪いのか鼻先を掻きながら話し出した。


「あ、ああ、そうね。確かに無礼アタシだけだね。失礼した。君はうちで預かるよ。じゃ、実力査定って事で今から試験するよ」

「はっ」


魔王陣営屈指の曲者に承諾を得て、バリアスは緊張の面持ちで内容を聞く。


「今から手勢五人付ける。バティル城に威力偵察して来て」

「畏まりました」


試験内容を聞きバリアスは頷いた。

新人ビギナーの頃にはよくやった任務だ。


「おい、例の連中つけたげて、それじゃ行っといで」


 自分の副官を呼んだノインはバリアスを案内させた。


「久しいなノイン、何しに来た? ワインならもうないぞ?」


そこへ仏頂面でラゴウが現れて出迎える。

ラゴウの表情を見た侍従長が目を剥いて驚く。


(幾ら盟友とは言えヴァンダル様と扱いが違う……もしや?!)


内心色めき立つ侍従長にラゴウとノインは冷や水をぶっかけた。


侍従長じぃ詮索は無用だぞ」

「そうね。コイツにここまで躾けるの大変だったんだから」

「黙れ、理不尽女王」

「けっ、獣帝ヴァンダルもドン引きのガサツ魔王が……」


徐々にヒートアップする二人にワーズが割って入った。


「兎も角! ノイン様、海の巨獣について教えていただけませんか? 陛下もよろしいですね?」

「ちっ、仕方ない貴重な負け戦を拝聴してやろう」

「んだと! 言ったなぁ! クソラゴウがぁ!」


怒号と共にノインが両手を開いて緑の魔力チャージを始めだした。

侍従長とワーズが間に入り、宮殿に入る様に勧める。


 その怒号を尻目にバリアスは副官に連れられ、整列している軍勢の端へ行く。


「ここだ」


キツイ性格が顔に出ている副官が端に居る連中を指差す。

その先には整列もせずに手すりや石像の上に乗りくつろぐ輩がいた。

一人はベンチに寝っ転がる女。

地べたに座り込んでボーっとする女。

全員、黒いジャンプスーツの様な服を身に纏い、腰や背中に武器を装備していた。

凛とした軍勢とは遥かに墜ちる醜態は侍従長が見れば一喝するレベルだった。

だが、魔王の居城でそれをやる豪胆さにバリアスは着目する。


「んだぁコラ? アタシらに指差すたぁええ根性しとるのう? お?」


その内の一人、小さい少女の魔族が副官に絡んで来た。


「よせ、ジョセ、何だい副官殿? アタシらに仕事かい?」


石造りのベンチで寝っ転がる大柄な女が少女を止めて尋ねた。

一応副官を上司と立てているものの明らかに小馬鹿にしていた。


「そうだ。クレア、貴様のチームは今からこの男、バリアスの配下になる」

「ノイン様のオーダーかい? 面白い任務かい?」

「それは本人から聞くと良い。早速準備に入れ」


 すでに諦めているらしい副官はさっさと切り上げて去って行った。

一人残されたバリアスにジョセと呼ばれた少女が突っかかる。


「何だいコイツ? 不健康そうな面としょぼいガタイは? ぁぁん?」

「ジョセ止めな、バリアスと言ったかい? ようこそ、この暁のクレア率いるチームに」


ベンチで寝っ転がる女は起き上がると座り直して挨拶をした。

ゴツイ身体には脂肪が一切ついていない。

それでいて女性的な美しさが共存していた。

歴戦のツワモノ感がクレアから漂う。


「バリアスだ、よろしく頼む。任務は威力偵察だ」

「なんだと?! ウチら暗殺チームに偵察だって?! お前舐めてんだろ!」


ジョセが激昂してバリアスに詰め寄った。

そのバリアスが微笑んで答える。


「舐めてはいない。奴らと対峙するならこのチームクラスでないとな」

「誰だい? アイツらって?」


地べたに座ってフードを被った痩せた女が呟いた。

こちらは一瞬居るのかどうか視界に居ても判らなくなる存在感があった。


「バレンタイン王陣営と結託したジャクルトゥと言う謎の組織だ。侵攻軍はコイツらに敗れた」

「ケラケラケラ、侵攻軍って大したことないんじゃねぇの?」


手すりに腰掛けた地味だが可愛げのある表情の女が痛罵した。

異性同性問わず油断を生じさせる、緩い雰囲気を醸し出していた。


「では任務に入ってみようか? 百聞は一見に如かずだよ」

「ふーん、気骨は有りそうだね。バリアス、アンタの職業は?」


 軽くいなして見せたバリアスをクレアが微笑みながら尋ねた。

そこに少しトロそうなぽっちゃりした女性が駆けて来た。


「ねぇさぁぁん、マンダゴアの元軍団長がウチに……来てたーっ!?」


駆けこむと視界にバリアスが入りそのままずっこけた。

トロそうな外見ゆえに無害と思われがちなのだろう。

人懐っこい愛嬌のある姿がとても愛らしかった。


「マロリー、慌てんじゃないよ。……で、その元偉いさんがアタシらの上司ってか?」


こけたマロリーに手を差し伸べたフード女がバリアスを睨んだ。


「テーター公配下で修行せよとの命令だったのだが……実力査定で此処に来た」

「なんだぁ? アタシらとやり合えってか? こんなの瞬殺しちゃえるのに」

「君らと一緒に偵察しろとの注文だ。俺はしがないレアソーサラーのバリアスだ。よろしく頼む」


偉ぶりもせずにバリアスは頭を下げた。

つい五日前にはビギナーたちに威張り散らしていた男とは思えないしおらしさだった。


「ふん、それじゃぁバリアス、改めて紹介する。アタシが戦士ウォーロードクレア、この暗殺捨て駒チームのリーダーやらせて貰ってる。そこのおチビがジョゼ、ナイフ使い盗賊フードの痩せっぽちがネネ、武闘家だよ。手すりの毒舌家はナオミ、グラディエーターさ。今来たマロリーが僧侶……も一人いるけど別任務で出向してるよ」


「「ねぇさん!?」」


 先程から喧嘩腰のネネとナオミが迎え入れようとするクレアに驚いた。


「よろしく頼む。さて、敵の概要をざっとレクチャーしようか?」

「負けた人間の言い訳なんざ聞きたくねぇよ!」


 提案をするバリアスにナオミがしつこく拒絶した。

しかしクレアはそれを一蹴してバリアスを急かす。


「待ちな、敵の情報は命綱になる。聞けばかなり面妖な奴ららしいねぇ? バリアス頼んだよ」

「畏まった」


バリアスは対戦した経験をもとにクレアたちと対策を練り始めた。

クレアは古参の兵ゆえに生き残る為の知恵には長けている。

チームはまだ若いがリーダーの判断には全幅の信頼を置いているらしかった。


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