接近する何か
見張り台で談笑するトレバー達に籠を両手に二つぶら下げたブラウンがやって来る。
「おみゃーら、仕事せんと何やっとるんだて!?」
弁当の入った籠をアガト達に渡して、冷えた果実酒をトレバー達に渡した。
「おお、気が利いてるな? 作業は?」
「てんてこ舞いで半日は掛かるて……まぁ、今からやっても泥縄だでかんてー」
投げやり気味にブラウンは笑って答えた。
半日もあれば見事に魔王軍に包囲されるだろう。
「それはそれで、上手くいけば例のノインとタイマン張れるかもよ? そん時は女怪バスター・ヤバマルハ卿に出陣してもらうさ」
「おー、まかせてちょ! そん時は自慢の~ってアホかっ!? 死んでしまうわ!」
「くっ、こんな奴がスキュラ斬りやってのけたって……悔し過ぎる」
幾分慣れたノリツッコミを魅せてジョナサンにぼやかれる。
「アーホーかーてー!? おみゃー、マジで死ぬとこだったんだて! あのスキュラの鼻に掴まるんだぞ? ちびるて!」
愚痴を聞きつけたブラウンが真顔になって反論する。
その顔がアガト達に大ウケらしく弁当を食べる手が止まり、その場で笑いこける。
「ああ、確かに次やったら終わりだな……それまでに俺向きのマジックアイテム探さにゃな」
反論に同意したトレバーは油田調査を放り投げてそちらの調査を優先した。
こうも決定力に欠けては沽券にかかわる。
その方針に違和感を感じたジョナサンが不満を告げる。
「おいおい、なんだよ。俺には魔法に頼らないダークロードを勧めといて自分は
「いやいや、俺らの組織の兵隊さん向けの装備さ。俺らの兵隊は飛び道具主体だから相性が合うからさ」
苦笑しながらトレバーはその場を取り繕う。
だが、その上位職の事も調べた方が良いかもしれないとも思っていた。
「それなら機会があればトリネコの迷宮に行くと良い」
「トル……」
「はいお約束の言い間違いは無しっ!」
迷宮を教えたジョナサンが言い間違いをしかけたブラウンの口を手で押さえた。
美味しいネタと認識したトレバーは食らいつく。
「そこに何があるの?」
「元々は神話の時代、アムシャスブンタに導かれた勇者が地上にはびこる魔人どもを倒し、地下深く封印した場所だそうな」
「へぇ。つかアムシャスってその頃から居るのね」
「ああ、天地が作られた時から居るって話さ。誰も確かめた事ないけどな……って、アムシャスの話じゃねぇ、その迷宮には魔人たちが使ってた武器が収められてるそうだ」
軽くボケるトレバーにツッコミながらジョナサンが話していく。
「てことは魔人さん相手か……魔法主体の化け物か? 殴って効くのか?」
「さてなぁ? 取り敢えず気合い入れてなぐりゃ効くんじゃねぇの? つーか、魔人は
適当な事を言いながらジョナサンが果実酒をあおる。
「待ってまし……え? 奇妙な?」
奇妙と言う表現にトレバーは困惑する。
「ああ、そのマジックアイテムは騎士装備一式、つまり兜、盾、鎧、籠手、剣、ブーツの一セットでな、全部意志を持っている」
「えっそれって……」
「御察しの通り魔人さんが宿っているそうな」
「それって呪われた品って言わんか?」
ジョナサンの説明にトレバーは絶句し、呆れたブラウンに突っ込まれた。
ところがジョナサンはくすっと笑う。
「それがよう、装備したバカがいるんだ。タイラー・シンクレアっていう馬鹿」
事の顛末は素行の悪さが祟ってタイラーは仕事が無かった。
そこで腕の立つはぐれ者を集めて
奥は中々の腕でもたどり着けない高難度の迷宮でお宝もレアなモノが多いはずだった。
運よく最下層にたどり着き、最初に奇妙なブーツに遭遇した。
散々蹴り飛ばされ踏んづけられた末になんとかやっつけた。
ブーツはかなりの上質だったので誰かが身に着ける話になった。
唯一サンダル履きだったタイラーが履き替えた。
履いた瞬間、身体は常時一メートル上を浮遊するようになった。
「どうやらウイングブーツらしい。だが、
「それで?」
「天井にもろに頭ぶつけて昏倒し、その間にブーツに逃げられたとさ……飛び跳ねたらそのまま上に上昇するらしいんだ」
「うはっ、痛そう」
タイラーの顛末を面白おかしく話する。そこでブラウンは気が付いた。
「ほんで何でブーツの仕組みが分かったんだて?」
「ああ、その後、うろついている魔人にあったそうだ。そこでオレンジジュースで買収してブーツやその一式、迷宮の成り立ちやお宝を聴いて、その時点で獲れる宝だけとって帰って来たそうだ」
「はぁ? オレンジジュースで?!」
「久しぶりの新鮮な果実で感動してたらしい……喜んで教えてくれたそうだ」
冗談のような話にトレバーは顔をしかめる。
この撤退が終わったらタイラーにしっかりと問いただしたかった。
「とにかくだ、此処を抜けんとどうしようもないって」
周囲を気にしながらブラウンが呟く。
それと同時にジョナサンも何かに気が付く。
「なんだぁ? この空気は……潮にしては塩気が強い」
「塩気?……まぁ、イオン臭や潮の匂いは強いな」
鼻をスンスンと鳴らしながらトレバーが顔を振る。
改造人間の感覚でも拾えない空気とは?
そこで目の前いるアガトの顔色がおかしい事に気が付いた。
「おい、アガト?」
「兄ちゃん、気持ち悪いよ。なんかが追いかけて来るよ」
そう言うと震えながらトレバーにもたれかかる。
アガトのおでこに手を当てバイタルを測るが正常だ。
「テュケ! お前は?」
「僕は大丈夫だけど、何かが来るのは分かるよ!」
緊張の面持ちのテュケがぐったりしているアガトに肩を貸す。
接近する何かを探るべく本部を呼ぶ。
「本部?!」
「北東部の海域から巨大物体がそちらに向かって高速で接近中です!」
「物体の規模と特定は? それと接触まで何分だ?」
「現在解析中ですが、一時間程度でそこに到着します」
衛星でモニターしていた本部が警告を発する。
「急げ、場合によっては一戦交えるぞ」
出航の時間を稼ぐべく、トレバーは出撃するつもりだった。
「敵の大きさは全長二キロ、シロナガスクジラの様です」
「全長二キロのクジラが居るか!」
報告を聞いたトレバーは突っ込むが、ふと気が付いた。
ここは異世界でスキュラも居た。
ならば二キロのクジラが居ても不思議はないと思った。
「マジかて!? 二キロのクジラ?! めちゃくちゃでかいがや!」
(異世界でもデカいんかーい!)
ブラウンの驚きで内心突っ込む。
そして周囲から無数の青白い光点が発生して消えた。
「何ッ? なんじゃこりゃ?」
「指定転移、場所指定して転移するのさ。全身を青い光が包んで数秒後に指定の所へ行く」
「どこでもドアか?」
「なんじゃそりゃ? まぁいい、周囲にいた大半の魔術師は消えたぞ」
冷静にジョナサンが気配を読む。居たとしても駆逐できるレベルだ。
「ブラウンに恐れをなして逃げ出したか? それかマンダゴアへ向かったかな」
「両方とも違う! ベタにボケんじゃないよ! このクソ武闘家! 今度こそ始末してやんよ!」
その声で初めて頭上で罵声を浴びせるノインに気が付いた。
「おー、ノインちゃん、俺らに会いに来てくれたの? 今、俺らに投降すれば自動たい焼きマシンつけちゃうぜ?」
「マジかよ! 俺、移籍するぜ!」
その気配の無さにトレバーはゾッとした。その気ならもう終わっていたのだ。
しかし、まだ生きてる。好機は最大限に生かす。
おちょくりながらトレバー達はブラウンにアガト達を託す時間を稼ぐ。
「バカ? バカでしょ? ちくしょう舐め腐りやがって……しかもあんなデカブツ差し向けて!」
余裕のジョナサンの
(例のデカブツ、こいつらの
それを察したトレバーは咄嗟にはったりをかました。
「ノインちゃーん、良い事教えてあげよっかぁ? 海だけで済むと思っている?」
「やはり、ガマッセルの化け物もお前らの仕業か!?」
「それだけで済むかなぁ……?」
調子に乗ってカマかけてみたら西の大陸にも何かいるらしい。
攪乱を狙ってはったりを重ねる。
「やはり、他にも居るのね。その戦略、嫌いじゃないわ」
勝手に勘違いした挙句に肯定されてトレバーは内心苦笑していた。
しかし、抵抗軍を逃がす為もう一芝居打つ事にした。
「気に入って頂いて何より、では次の攻撃目標は?」
「アタシの本拠地とヴァンダルの根城だろう? 残ね……」
「はい違う! やり直し! 守り固めてる所は叩き潰し甲斐があるがこちらも少なからずダメージがある。相手の予想を超えなきゃね」
「……捕虜収容所か?」
「ブラウンにいわせりゃたぁけか! おみゃーっ! ってとこだな。徒手空拳の人間を解放してどうすんの? 次、間違えたら事務所総出で呼ぶぞ」
調子の乗ってトレバーは煽る。
想定外の所を防衛させて他の拠点を潰して回る策である。
「まさかラゴウの城に……マジか?!」
「うちの大首領が言わなかったか? 次はお前に城でって」
トレバーがニコリと笑う、その途端眉間に手を当てて念話を飛ばす。
「勝負は預けたよ! 次会ったら必ず消し炭にしてあげる!」
「次がある? アレに苦戦する癖にぃ? それも一体だけじゃねぇぞ!……速く準備しないと各拠点へ進攻させるぜ」
煽りにボソボソと詠唱するとノインが転移を始める。
すると周囲に潜伏していた兵士達も一斉に飛ぶ。
「クビ洗って待ってろ! 必ず殺す!」
そう宣告しノインは転移して去って行った。
「ふぃー、たすかったぁ」
「いやまだだ。クジラも居るし、はったりバレたら瞬殺されるぜ」
「あれハッタリかよ! この悪党!」
安堵するブラウンを横目にジョナサンが笑ってトレバーを弄る。
しかし、その前にトレバーは次の手を打つ。
「船長たちにクジラを刺激しないように速く逃げろと言ってくれ。それとブラウン、ジョナサン、俺とトリネコの迷宮に行ってくれ」
「はぁ? トリネコの迷宮?!」
「ああ、俺は良いぞ。あの
ジョナサンはそう告げると階段を降り始める。
その背中にアガト達を背負ったブラウンが声を掛ける。
「おい、ジョー」
「ブラウン、誰がそれで呼べっつーた」
「いや、お前たった今……」
「アホ! 平ナイトのお前が超格上の俺をニックネームで呼ぶなんざ二億五千万年はえぇよ」
「ならええがね、ワシ
「殺すぞ、三下」
鬼メンチで柄に手を掛けるジョナサンことジョーをトレバーは笑って取りなした。
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