ライジング・デモン

 エヴリンの提案により会議は三日後に決まった。

マーマン族の支配地域であるマーマラス海峡に浮かぶ小島で行う。

代表者に供を一人のみ付けて上陸することとなった。

使いのゲンナジーに侍従長がラゴウの返答を伝える。


「あい分かった。とお伝えくだされ」

「往復の道中の警護はぁ、俺らが担当する。代表を攻撃したら俺らが敵に回ると思ってもらっていい」

「それは心強い、よろしくお願いいたします」


脅し文句を社交辞令で一蹴した侍従長は笑顔で一礼する。

ラゴウが癇癪を起こせば誰が護衛でも襲撃するに決まっているからだ。


「ではぁ、失礼する」

「あー、その前に一つ、アムシャスブンタ様はお見えに?」

「いや、代わりに魔人さんが二人参加するそうだぁ」

「何と!?」


地上に上がってこない世捨て人集団魔人衆の参加は侍従長を驚嘆させるのには充分であった。

驚く様にゲンナジーは苦笑して頷く。


「俺もはじめて見た時、この真っ白いおっさん達が魔人と聞いてビックリしたなぁ では失礼する」

「ほう、白い人か……あいや、しばらく待たれい」


魔人について情報を取ろうと侍従長は考えたのだ。

しかし、ゲンナジーはにやりと笑った。


「済まんなぁ、ここから先はお楽しみと本人ジンガが言っておられたのでダメだぁ。またなぁ」


 断りを入れたゲンナジーは踵を返して城の堀へ向かう。

水に入ればマーマン族に勝てる相手はそういない。

背中で侍従長の呼ぶ声を聴きながら堀へ飛び込み、帰っていった。


その頃、本部の研究室にて調整槽の上から顔を出したトレバーが堕天と口論を始めていた。

調整槽に全裸で浮かび、頭にタオルを載せたトレバーはまるで風呂にでも入っている様である。

しかし、破損したトレバーの足には乱暴に両側から外固定での応急処置が施されていた。


「仕方ねぇだろが! 鬼神モードで攻撃しても弾かれるだけなんだからよぅ! そう言う賢い大先生はこの状態を実は既に把握していたと?」

「そういうことを言っているのではない! 何故、先方に情報を開示した?! リアクターに関する情報は最高機密に値する!」

「状況証拠でバレたと言っている! 既に俺ら以上の情報がある。もしくは同等の条件下での現象を見てきた連中にどう言い繕えば良い? 始末するか? それはやめておけ、ジンガ達もアムシャスも俺らと同等の戦力だ。始末するより仲間にした方が得策だぜ?」

「むぬぬ、しかし……」


 怒り心頭の堕天の怒りは収まらない。

リアクターの触媒の一部が大首領由来となれば正体が分かってしまう。

しかるべき技術を持った人間が怪人か大破させたロボットを精査すればわかってしまうのだ。

そこに介入してきた声があった。

大首領である。


「堕天、これは致し方がない。触媒について知っているのはメソッドとお前しかいない。それも私の一部とはお前でも初耳だったからな」

「んだよ、ジージでも知らなかったらごまかしようがねぇじゃん」

「五月蠅い!」


 大首領の援護で調子に乗ったトレバーが茶化すと堕天は一喝して黙らせた。

いつもの事なので気にせずに大首領は話を進める。


「いずれにせよ。立て直しと強化の為の時間が必要だ。堕天、プランは?」

「はっ、量産型ウォリアータイプとこちらで採取した魔物のハイブリッドタイプの投入、衛星と太陽光による太陽炉作戦が準備完了でございます。さらにクリムゾンの肝いりで量産化の計画しておりました戦闘ロボット、ヴァーミリオンを早急に工程ラインに乗せております」

「ほう? やけに手回しがいいな……」


攻め込まれていた割には新規戦力や大規模な作戦が多いことに大首領は気が付いた。

その問いかけに堕天は一瞬息を止めた。


「大首領、この時間はバクシアンが作ってくれた時間でございます。奴の奮闘と敵幹部と相討ちがなければ我々は今も本部内で白兵戦をしておりました」

「うむ、バクシアン大儀であった。隊員たちともども功績に感謝する」


 堕天の告白に大首領は戦死したバクシアン達への感謝を述べた。

そこにトレバーが問いかけてきた。


「ジージ、邪神についてなんかわかったのか?」

「現在調査中だが、非常に厄介だ。各地の邪神痕で採取された死滅した細胞の構成元素に極めて毒性の高い未知の放射性元素が有った」


 渋い顔で堕天が端末を叩きモニターに表示する。

そこに元素の特徴が報告書に記述されていた。

プルトニウムより長い半減期で一メートル程度の半径の生物に致死的な放射線を与えると記述してある。

トレバーはかつて邪神痕へ向かうときにタイソンが言っていたことを思い出した。


(アレ、マジだったのか)


 しかし、今度はその凶悪な何かと戦わなければならないのだ。

渋い顔でモニターを見詰める堕天に大首領が問いかける。


「そんな某大怪獣のようなものと戦うのであれば戦力がもっと欲しい。策は?」

「はっ、放射線や毒物に対抗できる様に大佐やウォリアー、一般兵の強化服のバージョンアップを図っております。そして……リスクはありますが大佐の強化策が用意してあります」

「んだよ! また特訓か? つーか、一夜漬けでどうにかなるのか?」


 堕天の提案に呆れる様にトレバーがぼやく。

幾多の戦闘をしているお陰で能力はここに来る前よりも格段に上がっている。

これ以上の特訓を重ねても微増できたら大成功であろう。

だが、提示された強化策は遥かに博打的であった。


「特訓ではない。強化改造だ。タイソンに使ったウルトラナノテクノロジーを応用し、生体でありながら改造された新人類になる。機械をナノマシンが分解しつつ取り込み、科学的な生体兵器へと置き換わらせる」

「俺、八割改造されてんだけど……しかも、生体化したら弱くならねぇの?」

「確かにリスクはある。置き換わらない可能性もある。一番の欠点は受傷リスクや物理耐性に弱くはなる。但し、全身の筋力骨格に内臓、神経が全て生体化学物質に置き換わる。しかも生体になることで魔法が使える。精神力による魔法武器が使えるのは良い。ありとあらゆる検証とシミュレーションを重ねた結果だ」


 戦闘が近い時期でのリセットに困惑するトレバーに堕天は熱っぽく語りかける。

最高傑作として生みだされた男にまだ先があるのだ。

決戦などどうでも良い堕天は強引にする気であった。

大首領が苦笑しながら語り掛ける。


「大佐、やりたまえ。失敗しても私は組織の決戦兵器切り札である君と心中する覚悟だ。堕天、これ以上の失敗は許されない。わかっているよね?」


「はっ」

「えーっ、マジかよ。そこまで言われちゃしゃーねぇな……ジー、俺の現時点でのデータを軽く超えて見せろよ」


 大首領にそこまで言われ、困惑しながらもトレバーは了承した。

事実、機械である事で度々苦戦していたのはかなりのストレスであった。

承諾を得た堕天は副官や助手達に指示を出し始める。


「分かった! 私の名と我が盟友バクシアンに誓おう。 研究員たち! プラン・ライジングデモン始動するぞ! 各部再チェック、準備に入れ!」

「大首領~、行ってくるわ」

「大佐、堕天、成果に期待する」


頭に乗せたタオルで顔を拭き、横に置くとトレバーはマスクを装着し鼻と口を覆って潜った。

調整槽のハッチが閉じ、底から大量の気泡と共にトレバーの全身が隠れていった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る