小競り合い

 あれから三日が過ぎた。

各陣営の思惑を孕んだ会議はマーマラス海峡中央にある小島は準備で大わらわであった。


「おい、椅子……じゃない床几しょうぎを持ってこい!」

「テーブルを此処におけぇ! 陣幕を二重に張るのを忘れるなぁ!」


マーマン族のチーフ級が下っ端の子供達を怒鳴りつける。

自分達は陣幕用のポールを地面に突き刺しながら指示を出し続けた。

一生懸命にマーマン族たちは準備を進めていく。


 他の亜人種と違いマーマン族は水中に住まう人間達だ。

その生活は原初の頃とさほど進化していない事で差別の対象となっていた。

道具は有るが火は無い生活、半裸に近い姿で陸地に現れる行動。

そう言った事で差別が生まれた。

世界からの差別と戦い全人類にマーマンを認めさせたのは歴代の王族たちの努力である。

またエヴリンの登場、邪神戦の参戦で一気に勇猛さと気高さを知らしめていた。

しかし差別の目はまだある。

そこできちんとこの会議を仕切り、自分達の格を少しでも上げたいのだ。


 そこに篝火用の薪を大量に抱えた伊橋がやって来た。


「これ何処に置けばいい?」

「そこ……お客人! 止めてくだせぇ! そんな仕事俺らがやりますんで」


 伊橋が軽々と山のような量の薪を置く、その姿を二度見したチーフが慌てて止めに入る。

当の本人はカラカラと笑い、気にせず篝火に薪を入れていく。


「気にすんなよ。好きで手伝っているんだ」

「いや、でも、しかし」

「あー、マジで気にすんなぁ、こいつお節介焼きなんだぁ」


同じ量の薪を運んで来たゲンナジーが声を掛ける。

陣幕の裏に自分学会持って来た薪を置く。

歩み寄ると伊橋の薪を篝火の籠に入れた。


「しかし、兄さん、客人にこんな事させてたら婆さに叱られます」

「良いよ、元々言う事聞かねぇ男だからなぁ。婆さには俺から取りなしておく」


溜息交じりでゲンナジーは困るチーフに伝えると伊橋を連れて外に出た。


 元々伊橋は警護バイト担当である。

魔王サイドには敵認定されては居るが、ジャクルトウにも容赦はしない。

そこを買われて此処に来ていた。

海では屈強を誇るマーマン族でも数で来られては厳しい。

魔王軍や巨獣とも戦った伊橋の加入は助かる反面、排他的なマーマン達にとって不満である。

そこでゲンナジーの友人兼エヴリンのお客さんとして扱う事で不満を封殺していた。


「おい、まだ手伝いが要るだろう?」

「ああ、細々としたことは小僧たち下っ端にやらせればいい。それも勉強だぁ」


指差しながら困惑する伊橋の肩をゲンナジー軽く叩いて案内する。

岩場まで来ると中村とリタ達とマーマン達が騒いでいた。


「マジかよ! お前の国は魚を養殖するのかよ!」

「おおよ! 湾の深い所に大きな網で囲むんだよ。牡蠣だって出来るぜ!」

「じゃー、毎日、魚食い放題ぢゃねーかー!」


 停戦会議でピリピリしている中、此処だけは能天気に浮いていた。

そこにゲンナジー達が近づくとマーマン達は黙る。

中村とリタ達はその空気を感じ取り、同じく黙った。


「お前らぁ、何騒いでる?」

「いやね。最近魚が採れないから困ったって話を聞いてね。俺らの国では魚の養殖に成功してるって話してたんだよ。なぁ、耕史」


 ゲンナジーの問い掛けに叱られると思い、マーマンたちに緊張が走った。

彼等を庇う様に中村が説明して伊橋に振る。

二人掛で庇えばなんと庇い切れるとの考えだ。

しかし、ゲンナジーは予想外の行動に出た。


「おい、リタぁ、紙とペンをくれ。中村ぁ、耕史、詳しく教えてくれないか?」

「おやおや、いきなり何だい? まぁいいか、紙を五、六枚にインクとペン持ってきな」


相変わらずの緩いイントネーションだか、ゲンナジーの表情は真剣だった。

リタに書く物を、中村達に教えを乞うた。

苦笑したリタが手下に用意させる。


「あぁ、詳しく教えてやりたいけど、俺らもザックリとしか知らないんだよ。それでも良いか?」

「構わん。頼む」


 手下が紙を持ってくると伊橋達を囲むようにマーマン達が集まって来た。

ゲンナジー達は準備そっちのけで養殖について聞き始める。

伊橋たちは学生時代に習った事を思い出して伝えた。


「海上に筏作って生簀ねぇ……」

「当然、波が穏やかな湾内に限られるし、近くの陸地に孵化させる水層や稚魚育成の水槽を置かにゃならん。それに汚れた水や水温、騒々しい環境は育成に悪い」


 リタが養殖技術に感心するが、中村が細やかな条件を書き込んで行く。

大まかに生簀作って飼うものではないのだ。


「ありがとう、参考になったよ」

「細かい技術はジャクルトゥのデータアーカイブを覗けばわかると思うが……」


 ゲンナジーが伊橋と握手をするが、伊橋自身の表情は優れなかった。

交渉の材料にしかねないからだ。

モニターを通して既に連中ジャクルトゥには把握されているだろう。

そんな伊橋を中村が筆談して知恵を授けた。


(声に出すなよ? 俺らが先に報酬として情報や設備を引きだしてやればいいのさ)


その文章を見た伊橋が決意の表情で頷く。

彼らに余計な負担を与えずに自分達が先に情報を引き出せばよい。

意を決した所で陣幕の向こう側がいきなり騒がしくなった。

どちらかの陣営が到着したらしい。


 伊橋達が騒動の現場に着くと上空でヘリと三体のグリフォンが威嚇し合っていた。

茫然と事態を見守っていたチーフにゲンナジーが声を掛けた。


「どうしたぁ?」

「はぁ、どっちが先に降りるか? で揉めているらしいです」

「んなもん、どっちでもいいだろ」


チーフの答えにゲンナジーは呆れて上を見た。

隣に来た伊橋が指摘する。


「いや、相手より格上になりたいからだろ。 後ろから堂々と降りて来るのが格上の認識だからな………」

「ほーん、面倒だなぁ」


上空で騒ぐ一団を見ながらゲンナジーが返事をした。

その尻を突っつく指に気がついた。


 騒動は危険な方向へ進んで行く。

ヘリがバルカン砲を展開し、一方でグリフォンに乗ったラゴウが魔力のチャージを始める。


「コルァ! 三下ァ! とっとと御座ござ弾いて降りやがれ! ウチが最後に降りる!」

「んだとゴルァ! ウチの陛下舐めんなよ! タココラ!」


治療中のクリムゾンに代わって副長がヘリを飛ばし、スピーカー越しに罵る。

ラゴウの盾になるべくワーズが前に出て応戦する。

その状況にラゴウがイラつき始めた。


「ワーズ、どけ」


 魔王爆砲の態勢をとったラゴウが顎を振って指示する。

するとヘリのサイドドアが開き、堕天がRPG28ロケットランチャーを小脇に抱えて出て来た。

ひりつく様な殺意が周囲に滲む。

それを裂帛の怒号が粉砕する。


「おう! 人ん地の庭先でワンコロみたいに盛ってんじゃねぇよ! ド突きまくるぞドルァ!」


 気を当てられたその場の全員が声の主を注視した。

そこには神妙な顔のゲンナジーの肩に乗ったキリッとした顔立ちの中年女性が座っていた。

均整の取れたアスリートの様な肉体には余分な脂など存在せず。

しっとり濡れた豊かな緑色の髪が潮風にたなびき始める。

肩にはコートの様な物を羽織り、威風堂々と腕を組んで魔王や堕天を睨み付ける。

その気迫にラゴウが問い掛けた。


「誰だ貴様?」

「あ? 自己紹介せんでもクソバカな所作で魔王しょんべん小僧と分かってちょうだぁいってかぁ? かつて共に戦った魔族の諸将は粋な紳士だったが、テメェはおしめも取れないクソガキだぁ! それとアタシがイヴリンだぁ。覚えときな、しょんべん小僧!」

「ぐぅっ!」


威勢のいい啖呵と言う罵倒にラゴウが絶句した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る