停戦調停

 イヴリンの一喝で凹んだ両陣営は離れた所に渋々着陸すると待機所に通された。

堕天はリチャードとラクウェルをエスコートしながら中に入る。

警備には帰還したばかりのブラウンとタイソンが付き添う。

こういう場合の護衛役であるトレバーは再改造中であり、キルケーを防衛司令として配置した。

ジョナサンはタイラーが居るバティル城の護衛を嫌がり、ボグドーに滞在する。

少ない人材で体制を回しつつ、大首領は様子を見ていた。


 一方、ラゴウ陣営も同じような状態であった。

元々、盟友であるヴァンダル達や側近達以外に目立った幹部がいない。

忠義の厚い勇猛な士は戦場で逝き、有能な文官は逆鱗に触れては処され、殆ど残ってはいないのだ。

ノインも負傷した今、使える人材はヴァンダルとワーズ、ドレドくらいだった。


その両者へ同時に案内役が訪れる。

少しでも遅れればまた一悶着あるのをイヴリンが予想したのだ。

両者が陣幕に近づくと同時にジンガから声がかかった。


「ようこそ、入られよ」


合図とともに案内役が幕を開け、リチャード達とラゴウ陣営がほぼ同時に陣幕に入る。

そこにはイヴリンを上座中央に座り、ジンガとミミが脇を堅めていた。


「ささ、皆様、席にどうぞ」


 絶妙のタイミングでミミが席を勧める。

殺意を強烈に漂わせるラゴウが思わず自然に腰掛けてしまう程の間合いであった。

ラゴウの真正面に幼いリチャードが腰掛ける。

容赦なく殺意を叩きつける魔王に対峙するには幼過ぎる。

誰しもそう思った。

だが、堕天は稀有な天稟を持つ幼王に期待していた。


「初めまして魔王、私がリチャード・バレンタインである。よくぞ参られた」


 魔王と対峙する 恐怖に戦慄するラクウェルや後ろに控えるブラウンとタイソン、ワーズ達はギョっとした。

あの猛々しい魔王に対し、堂々とした物言いは既に伝説の王の片鱗が現れていた。


「幼王よ。俺がラゴウである」


ムッとした表情でラゴウが言い返す。

リチャードの年齢に見合わない物怖じしない利発さ、聡明さはある意味、初見殺しであった。

隣の堕天は内心苦笑する。

先程までヘリからの景色に目を輝かせていた姿は年相応の少年のソレだったからだ。

状況を見て劣勢になる前にドレドが動く。


「人間陣営に告ぐ、直ちに我が王の軍門に入り邪神討伐に励め。さすれば命だけは助けてやろう」


 居丈高に宣言したドレド、その隣で腕を組みながら傲慢に見下すラゴウの姿にラクウェルは負けずに睨み返す。

しかし堕天は違っていた。

ジンガ達が司会を始める前に予想される議題と反論を考える。

相手のディベート技術が低いのを見て戦略を立て始めた。

交渉や議論する場合、相手の論点に対する反論、反芻を的確に返せば勝てるのだ。


「それはそれは、この若き王と我らに敗れた貴殿らに邪神との対決を任せろと? そう言えばノイン殿のお姿がお見えにならないのは? いやぁ残念ですなぁ……ノイン様の見識と英知は我々も高く評価しておりましたが……」


 にこにこと優雅に堕天は反論し始める。

勿論、以前リチャードを見くびった事は自戒して……。


「ガマッセルのヴァンダルだ。よろしく頼む。確かに結果を見れば三敗だ。それでも我らの軍勢はそちらより遥かに多く練度も高い。いくら文明の利器を駆使しようと人海戦術には負けると思う。事実、先の戦いではかなり攻め込まれていたが?」


そこで如何にも脳筋の風貌であるヴァンダルが理知的に反芻して来た事に堕天は笑った。

ガマッセルでの見事な統治能力は武力による恐怖政治のラゴウよりも評価は高かった。


「流石ヴァンダル殿、慧眼ですな。ただ、我々は周辺住民の生活基盤である森を守りながら戦っておりました。勇猛かつ、知恵者でもあるヴァンダル殿はご理解されると思いますが、我々は……容赦しなければ森ごと焼き尽くして瞬殺可能でございます。それと先の邪神戦では頼みの人海戦術も生贄となったと記録されております。……イヴリン様、そうでしたな?」


先程から憮然と聞いているイヴリンに堕天は良い機会とみて振ってみた。

実際、司会として沈黙している三人の方が恐ろしく思えた。


「ああ、けど今は停戦協議だろぉ? 先の話よりあんたら止めるのか続けるのかどっちだい?」


話の争点を確認もどされ堕天は話を振ったのは悪手だったことにほぞを嚙んだ。

その空気を一変させる言葉がリチャードの口から放たれた。


「イヴリン様、私は止めることに異論はございません。それで全ての生きとし生けるものが救われるのであれば止める事に躊躇はございませぬ」

「ラゴウ、あんたは?」

「ふん、我に逆らうものに死は当然の事」


リチャードの言葉を聞いたイブリンは頷きながらラゴウに尋ね、答えを聞いて微笑んだ。

そして隣のジンガと目線を合わせた。


「ならば、現時刻を持ってウルトゥル・ガマッセルとマンダゴアの海峡を閉鎖する。魔王陣営は逆らえば死、一方でマンダゴアの人類陣営は停戦を受け入れた。海峡を閉鎖してしまえば逆らう事はない。ですな?」


嫌味な笑みを浮かべ、ジンガは両陣営に宣言する。

それを慌ててドレドが制止する。


「あ、いやしかし……」

「リチャード王は提案を飲んで停戦する。そちら側の王ラゴウに死と言われた。ならば我々は停戦要件を整えるべく、防護壁を作り、お互いの行動を制限すれば事は足りるわけだ」


にっこり嫌味たらしく笑いながらジンガは理由を述べた。

ジンガの顔を見たラゴウが魔力殺意をチャージする。

その肩を諫めるようにヴァンダルが抑えた。


「これは一本取られたが……魔人衆は我々の認識では人類側に立つ……と言う事でよろしいか?」

「いや、あくまで邪神へ対抗の為である。今、全世界にある戦力で勝てるかさえわからんのだ。……そういうわけで邪神を駆逐できたら後は勝手にやってくれ」


ビジネスライクにジンガは言い放ち、ヴァンダルを呆れさせた。

そこに堕天が同意する。


「それで結構、そちら側とはいずれ雌雄を決せねば先に逝った者たちに顔向けが出来ん」

「そこの老人よ。老い先短いからと言って若者を巻き込むものではないぞ」


堕天の決意ともとれる同意にドレドが小ばかにする。

負けじと堕天が言い返す。


「魔族というのは哲学が無いらしい。共に戦う事で志は受け継がれるのだよ。魂や遺伝だけではない。情報や心、願いも引き継がれる。老いも若きも男も女も縦にも横にも広がって伝わり進む。かつて先祖や親が伝って来た道を子供たちが進み、道を切り開いていく。出来なければ滅ぶだけだ」

「ふん、言わせておけば……」


反論しようと立ち上がるドレドをラゴウが片腕を出して制した。


「老人よ。確かに共に戦うことで引き継がれるものが有る。うむ、感じ入ったぞ」

「魔王に感心を持たれるとは恐れ入る」


 共にふんぞり返りながら敬意をもって挑発しあう。


「話がまとまったぽいねぇ。ならとっとと出ていきなぁ。此処にいても殺し合い始めるだけだからねぇ」


髪をかき上げながらエヴリンが親指を外に突き出すと間髪入れずにリチャードが質問する。


「エヴリン様、全人類会議はいつ行われるのでしょうか? あと場所は?」

「ああ、明後日、ここでやるぅ。魔人衆に動いてもらってるよぉ。エルフ、ドワーフ、ホビット、ノームの族長、王族級に出てもらう……。悪いが坊や達に魔王はご足労してもらうよぉ」

「分かりました。仲介のお世話になります。よろしくお願いいたします。」

「本当によくできただねぇ……うちのゲンの子供時代と雲泥の差だぁ」


 頭を下げるリチャードに目を丸くしてイヴリンは驚く。

以前出会った人間の王は鼻持ちならない奴か気弱な暗愚だった。

怒鳴り上げ、尻を蹴り上げて共に戦わせたものだ。

このような若い王が居ればどのような窮地でも人類は立ち上がれるだろう。

だが……取り巻きジャクルトゥの存在が心配であった。

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