標的は邪神

 あれから二日後、小島の陣幕に両陣営がそろった。

仏頂面のジンガが間に立ち、開始を宣言する。


「えー、会議を開始する。よろしいかな? のラゴウ殿?」


 厭味ったらしくジンガが尋ねた。

各人種の王族と接触した所、全てラゴウに任せると言い出したのだ。

生き残っている王族の支配地域が魔王陣営の勢力範囲になっており、同胞を人質にされていては発言もできない。

本来、各王族が座る床几には念話専用の銅像が置かれていた。

先日の件をやり返した形のラゴウは面白くもなさそうに手を挙げる。


「別に構わんが、俺は大半の人種の同意を得た代表として立っておる。多数決で決めるのであれば我らに合力するのは筋ではないのかね?」


 睨みを聞かせたラゴウに困惑するリチャードの隣で、堕天はやれやれと首を振りながら反論を開始する。


「前回も言ったように、遥かに強大な戦力を持っていても我々にも負けるようでは神には勝てない。それとも確実に勝てる算段はあるのか?」


ラゴウ陣営に多大なダメージを与えるべく、堕天は敗戦を指摘して支配体制に激震を与える。

弱い支配体制なら反乱は起き易くなるからだ。

その指摘にラゴウは強気な姿勢を崩さなかった。


「だからどうした? 何度でも負ければいい。最後に必ず勝てればいいのだ」


 開き直りともとれる言動にヴァンダルとドレドは苦笑する。

本気で思っているし、それで被害が甚大でもこの魔王は気にはしないだろう。

弱い奴が死ぬのはラゴウにとって必然だからだ。

その意見に異議を唱える者がいた。


「どうでしょう……」


 どうするのが一番良いのか必死に考えるリチャードの隣でタブレット端末を持ったシモンが呟いた。

前回、恐怖と緊張で置物と化したラクウェルでは役に立たない事を危惧した堕天に連れてこられたのだ。

そのシモンが先程まで悪戦苦闘で操作していた端末を駆使して説明し始めた。


「大戦の記録、中期まで従軍した魔族の将・デウス公の記録では物理的な攻撃、打撃を加えれば捕食し、魔力は吸引して力にしたと記述がございます。それも終盤の記録には魔法力を加えた武器も対応し始めたともあります。我々にそれ以上の武器はございませんぞ?」

「ああ、その記録はよく知っておる。なぜならデウス様は我が大叔父だ。防護については対応される前に叩き潰せばよい」


 シモンの指摘に頷きながらもラゴウは答えた。

そこにイヴリンが驚いた表情でラゴウを見る。


「へぇ、魔王さまはあの魔族きって伊達男の縁者かい? 懐かしい名前だねぇ。彼の犠牲カッコつけがなければ魔族軍は全滅だったからね」

「ああ、俺の師の一人である。ただ、彼の美学は理解しかねるがね」


苦笑しながらラゴウは英霊となった大叔父に一瞬黙禱した。

しかし、シモンの疑問は終わっていなかった。


「ですが、弱体化した時に生み出されたという、使徒や邪鬼の問題も有ります。イヴリン様も苦慮されたとの事ですが?」


戦闘に参加していたイヴリンにシモンは話を振る。

生き証人のアドバイスは勝利の為に必要な助言であった。


「確かにねぇ……ヤツは自分の弱い分身を前に出してその隙に回復しやがるのさぁ。一体だけだけどこちらの攻撃を受けてしまうから半減するしねぇ」

「なるほど、奴が同じ轍を踏まない可能性があるという事だろう? 邪鬼や使徒の類は攻撃が通じるので無問題だ」


 ラゴウも独自の研究をして来たらしく持論物量と力技でごり押しを曲げることはしなかった。

流石に呆れた堕天が流れを変えるべく質問してきた。


「主力兵装の魔法兵器の類や魔法戦士は数万単位でそちらにも存在しないはずだが? 付け焼刃でなんとかできるものではあるまい?」

「なぜわかる? 知ったかぶりを……」


堕天の質問にドレドが反論したものの逆に指摘が入った。


「先の三度の戦闘で魔法戦士が確認されたのは一人、そこの若い幹部ワーズだけだ。魔法武器を持った戦士も確認はされていない。そちら側の陣容はペーレオンにも確認済み裏取り完了だ」


ぐうの音も出ないほどドレドは堕天に言い負かされる。

だが、ヴァンダルがそこに介入してきた。


「確かにな、だが、エンチャントウェポン魔法力付加の魔法を使える術者は多い。それを使えば数万単位での魔法混成打撃は可能だ。文字通りので対応可能なんだよ。ご老体」


幾多の修羅場を渡り歩いたヴァンダルにとって戦術の応用はごく普通の閃きである。

これは現場の戦闘指揮官であるトレバーに通じるものであった。

そこへまたシモンが疑問を呈してきた。


「攻撃方法云々より、私は今回も同一の邪神なのか? そう疑問に思っております」


その台詞は周囲の空気を一変させた。

気にせずにシモンは続けた。


「数百年前にガマッセルの密林に隠された神殿と碑文が見つかりまして、その中に無数の使徒を率いた様々な邪神群の存在を示唆する碑があったそうです」


真剣に訴えるシモンを驚いたジンガとミミが見た。


「それを作ったのは多分、我々のかつての仲間だろう。必死に邪神討つべし! を訴えて外へ出て行った………なぁ、ミミ?」

「ああ、我らが友、カモン………。お茶が好きで研究テーマは邪神だったな………まさかここで彼の足跡がきけるとはね」


遠い目をするジンガに目を閉じて想いを馳せるミミ、それを挟んでウンザリした顔のエヴリンが頬杖をつく。


「マジかぁ? あんなクソッタレな悪夢の存在がまだいるってかぁ? 笑えない冗談だねぇ」


ボヤキながらその眼は気迫と闘志が溢れる。

それを見たゲンナジーが慌て始めた。


「婆さ! 俺が出るから! 後ろに!」

「ゲェン、前にも話したろぉ? 命を賭けてこの世界を守り抜いた英霊達の話をよぉ? アタシの戦友達に顔向け出来ねぇ真似させんじゃねぇよ。 女張れねぇだろがぁ?」


後ろのゲンナジーを睨むエヴリンの眼光は常時猛々しいラゴウ達でさえ戦慄させた。


「それでもだよ! 婆さぁ! 俺らが漢張れぇねよぉ?! 婆さは俺らの切り札なの! だから大人しくしていて!」

「チッ、分かったよぉ、たく、年寄り扱いしやがって………」


 必死に訴えるゲンナジーにヤレヤレと言わんばかりにエヴリンが諦める。

そこでジンガが魔人衆たちの叡智を結集させた。


「シモン殿の意見だが、仲間が調べた所、複数の可能性はあるが、どう来るかはさっぱりらしい。研究者であるカモンでさえも可能性を示したに過ぎんのだ」


真剣な表情で情報を提示するジンガは生き残りの魔人衆達が持つ、地母神の記録マザーズ・メモリーを調べてもらい導き出された内容で話していた。

それは地母神が邪神と戦い傷ついた子供達神々を治療した時の記憶であった。


「で、どうするね? アンタら? お互い下に付く気なんざ無いだろぉ?」

「無い」

「有りませんな」


ラゴウと堕天、お互いを睨みながらほぼ同時に拒否する。

その横でリチャードが一言呟く。


「行きとし生けるものの為に力を合わせる事はないのですね」

幼き王坊や、これがエゴって奴さねぇ、ホントにこの子の様な子が増えればねぇ」


溜息交じりでエヴリンがボヤく。

両者のエゴに呆れたジンガが提案してきた。


「では、お互いやり合っても邪神降臨で世界が終わるだけだ。そこで提案なのだがね。邪神が現れた時、両陣営同時に開戦して邪神を倒した陣営の軍門に降るのは?」

「面白い、俺は一向に構わん」



ジンガの提案を聞いて、自信有り気にラゴウは承認した。

一方で堕天は一瞬逡巡し、口を開いた。


「大首領も承認するとの事だ」


渋い顔でそう宣言した。

このままゴリ押ししてより有利にとの考えだったが、大首領の指示で承認した。


「では各陣営、全域の索敵をして発見次第、念話を以て連絡を取る事にする。宜しいか? エヴリン殿」

「ああ、もうそれでいいよ。ホントに呆れ果ててモノが言えないよ。こいつ等と来たら、リチャード王以外誰も他の生き物達の事を考えていない!」


不機嫌な顔でエヴリンは会議を閉会した。

先行きには不穏と不安が渦巻く闇しか見えなかった。



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