神殺しの為に

 会議の翌日、バールー連山前の草原にて二体のロボットと輸送部隊が展開していた。

ロボットは鋼鉄の棒を所持し、盾の裏にライフルが装備されていた。


「オラーッ! 崩乳! チンタラしてるとしばくぞボケェ!」

「ンだと、コラァ! ションベン大公! 機体ごと張り倒すぞ!」


犬猿の二人の怒号が通信機越しに周辺に響き渡る。

テントの中では通信機前でキルケーの副長が苦笑し、クリムゾン配下の兵が怯えて腰を抜かす。

二つのチームはクリムゾン専用機、戦闘機兵怪ロボットダイナミックデュークの慣熟訓練中であった。

だが、愛機はよりにもよってライバルであるキルケーが担当していた。

理由は前回の負傷である。

クリムゾンの左腕の再生は筋肉や外見上は問題なかった。

神経の再生感覚がうまく行かずに感覚鈍麻が発生したのだ。

片腕では機体性能を十二分に引き出すことはできないとのクリムゾン自身の判断だった。


 そこでキルケ―の配置転換案が発案される。

それは邪神の放射線による人体へのダメージは極短時間でも甚大なものと判明したからだ。

近接戦闘なら強化服が必須で歩兵は現状で十二分に足りている。

そこに来てクリムゾン機の未配備は決定打不足になる。

ピーキーな高出力機であるクリムゾン専用機をそこそこ扱えるのは副長か幹部級しかいない。

クリムゾンの指導で戦闘慣熟訓練を十二分に行っておけば問題は無い。

幹部に担当してもらえば戦力として計算できる。

代わりにクリムゾンであれば支援戦闘機程度なら片手でも従来並みの活躍が期待できる。

その目論見は半分正しかった。


 渾身の気合いと殺気が最大限に込められた訓練がクリムゾンとキルケーの間で繰り広げられている。

装甲はぶっ飛び、フレームはヘシャゲ、関節モーターはヒステリックにノイズと煙を上げた。

擱座するまで戦い、修理が終われば又戦うのだ。

打撲や切り傷を作るキルケーの操縦技術がメキメキと上がり、しかめっ面で頭部から血を流すクリムゾンのリハビリが捗って行く。

代わりに付き添いで来ていた技研のメカニックと本部の製造工房は過労死寸前になっていた。


 死闘の様な訓練を目論見んだ堕天は柔軟性の高い配備計画と補給を立案していた。

自ら陣頭指揮に立ち、技研やスタッフ総動員で工房を稼働させつつ、戦闘員増員や戦闘物資の備蓄を推し進める。

勿論傍らのモニターには三人の改造人間の様子を映していた。

一人目のトレバーは調整槽にいる。

未だ改造中であり、進歩状況は遅々としていた。

このおかげで中心軸の無い、決め手に欠ける案しか立てられないのだ。

伊橋いたってはなぜかゲンナジー達と漁業に勤しんでいた。


 まともに訓練していたのはタイソンだけである。

武器類の習熟は素人のタイソンには武器のエキスパートであるジョナサンに鍛えて貰っていた。

出遅れる可能性のあるトレバーの代役になるべく、技術を短時間で身に付ける為であった。

邪神の特徴でる近接の硬さは油断につながる。

間合いを搔い潜れるウォリアー級が切り札であり、近接攻撃による突破口防御粉砕を期待したのだ。


 画面の中でタイソンは無心で鍛造された三メートル程の鋼の棒で剣のように素振りをする。

ボクドーの城塞の上で見張りがてらの訓練であった。

戦闘時はともかく、剣の振り下ろすタイソンの所作に隙はない。

ブラウン以上の猛者ならおそらく間合いには入ってこないはずだ。


「おいタイソン、次、槍の突き千回」

「はい!」


 太刀を傍らに置き、ジョナサンが城壁の壁にもたれながらギタールを奏でる。

ギタールはトレバーのものではなく、ジョアンと再会した際に借りたニール愛用のものだった。

つま弾く程にさび付いた技術と思い出が蘇る。

同時に叱責を飛ばす。


「利き足をしっかり踏み込め、へっぴり腰になるな!」

「は、はい!」


 悪癖である踏み込みを忘れ、両足揃えて突く姿勢はもはやお約束のギャグであった。

一喝した後はきちんとした姿勢になるのは謎なのだが……。

その一方で剣や槍、弓と斧、それに槌の基本動作と戦闘用の動きをタイソンは完全に物にする。

素材と教え方が良かったとジョナサンは思っていた。

その翌日には多少の無駄な動きや悪癖はあるが自分と遜色なく戦えるセンスには舌を巻いていた。


(こいつ、全ての最上級職を極められるかもしれない)


 大の男が三人がかりで運ぶ鋼の棒を難なく振り回すだけでなく、そこから繰り出される剣技や槍術で巧みに戦う姿に思わずそう思った。


「おーい、お茶持ってきたぞ!」

「タイソン、ジョーおじさん、休憩にしませんかー?」


城塞の階段をヘイガーとジョアン、そしてミアがカゴと薬缶を持って上がって来る。


「おー、おい、休憩にするぜ」


ギタールを置いたジョナサンがタイソンを制止する。


「ふぅ、はい!」


短く息を吐き、タイソンは棒を片手に返事をした。


「はい! お兄ちゃん!」


大粒の汗を流すタイソンにミアが冷水含ませて絞った手拭いを渡す。


「お、ありがとう!」


 タイソンは受け取り、気持ち良さげに顔を拭く。

数ヶ月前、瀕死の重症を負ってトレバーの仲間に救助されたと聞かされ、ミアは安堵と心配で暫く塞ぎ込んだ。


その後、トレバーの部下を名乗る男達が現れ、金の延べ棒や兄の回復具合を聞き安心はしていた。

だが、その兄がキルケーと共にトレバーと同じ服装で現れた時、一抹の不安が過った。


ひょっとして兄は別の存在になってしまったのではなかろうか?と………。


いつもの兄の優しい言動に安堵しつつ、杞憂が拭いきれないのだ。


 それはジョアンも同じ感覚を覚えていた。

言動はいつものタイソンだが違和感を覚える。

例えば、いつもは商売について熱心に勉強していたが、今は激しい戦闘訓練で身体を追い込んでいた。

感覚も研ぎ澄まされ、以前には関心さえ無かったギタール演奏の微妙な音階の違いも指摘する様になっていた。


タイソンでありながらタイソンではない。


確証のない感覚がジョアン自身に訴えかけていた。

だが、タイソン本人は至って平然としていた。

魔王の次は邪神が人類の敵であるのなら戦うしかない。

ましてやミアやジョアンを守れる力が持てるのなら最良の方法であった。


「ジョナサン先生、例の邪神ってどこに湧いて来るんですかねぇ?」

「俺が知るか、邪神あいてに聞け」


 質問をタイソンがするとぶっきらぼうにジョナサンは返す。

だが、一方でジョアンやミアに対しては優しく接する。


「ねぇ、ジョーおじさん、邪神が出たらどこに逃げればいいの?」

「おん? そん時はミアを連れてバールー連山麓のトレバー達の本部に駆け込め。俺とトレバー、タイソン名前出せばかくまってくれるはずだ」


自分の名前を取った親友の忘れ形見の頭を子供の頃のように撫でる。

この子が誕生し、名前を付けた際のタイラーの顔は未だに忘れない。


(済まんな、タイラーの名前も悪くないんだが、お前譲りのでかい口になるのは勘弁してくれ)


笑いながら詫びるニールと共に笑いあった。


 過去を思い出したジョナサンは遠い目をしつつ、この子達を守るためにタイラーと再度組む事を考え始めていた。

邪神相手に単騎で勝てるほど甘くない。

当然自分の命を張っても勝てはしない。

だが、奴と組めば可能性が数パーセント出てくる。


(奴は嫌がるだろうが、巻き込んでしまえばどうとでもなる)


かつての盟友の甘さに期待しながらジョナサンは訓練を再開すべくタイソンに向き合う。

全ては大切な人々の未来を勝ち取るため、全身全霊で邪神を殺すのだ……。

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