決戦変
魔王の滾り
オーロラ発現の報告を聞いたラゴウは玉座を降り、テラスで蠢く空を仰ぎ見た。
薄気味悪く蠢くオーロラを見て、真剣な表情で後ろに控える侍従長とワーズに指示を出す。
「爺、予備役や退役した兵士及び全ての魔族の長を呼べ、軍議に入る。物資を終結させろ。ワーズ、現在マンダゴアに展開中の全軍を撤退させ、巨獣の追撃部隊も下がらせろ。ドレドに命じて前回の記録を調べ上げ魔導士団、複数の戦術を立案しろ」
「畏まりました。直ちに」
ラゴウの指示に任務を遂行すべく、二人は速やかに立ち去る。
すると一息つく間もなく、ヴァンダルから念話が届く。
「おい、見たか?」
「ああ、とうとう来たな」
短い会話だが語尾に強い闘志が滲む。
自分たちの代には来ないかもしれなかった宿敵が来たのだ。
念話をしながら二の腕には血管と共に上腕二頭筋が
「それとノインの件だが……かなりのダメージらしい。復帰には数週間も掛かる見込みらしい」
「敵の幹部、鬼神以外も手練れは居るか……分かった。最悪、貴様と二人で事に当たろう」
「まぁ、間に合うとは思うがな。こんな好機に寝ている御仁ではあるまい」
侵攻の後詰めで隠し港に来たヴァンダルは緊急搬送されたノインに付き添っていた。
ともに転移してきたバリアス達から事の顛末を、ノインの副官からは治療の進展を聞く。
そこにオーロラの報告を受け、隠密作戦を忘れて外に飛び出す。
上空を見ながらラゴウと今後の協議をし始めた。
そこに何時ものように静かに血相を変えた侍従長が後ろに控えた。
「陛下、急報にございます」
「何だ? 今忙しい!」
念話の邪魔をされたラゴウが激昂し始める。
ラゴウの機嫌や話の切り出すタイミングを読むことに長けた侍従長が珍しくしくじる。
叱責しようと振り返ったラゴウはその表情を見て動きを止めた。
「申し訳ございません。先程マーマン族の使者が訪れまして、使者が申すにはエヴリン様とアムシャスブンタ、地下迷宮の魔人達の連名で人類との停戦、邪神への脅威についての会議をしたいと申し入れがありました」
「何っ!? アムシャスブンタだと?!」
龍帝の名前が出たことで侍従長の動揺も納得できた。
先の邪神戦での英雄エヴリンや全人種に対して稀に接点を持つ魔人衆はともかく。
世界に対して完全に閉鎖的だったアムシャスブンタの名前が出ることにラゴウは驚いた。
「すまん、ヴァンダル。今すぐ来てくれ。アムシャスブンタと魔人衆が動いた」
「おーぉ? そりゃ前代未聞だな、よし、そちらに向かう」
ラゴウの要請にヴァンダルは二つ返事で了承する。
隠し港の治療院の前で椅子代わりに持ってこさせた樽から立ち上がった。
副官をはじめとしたノイン陣営の幹部たちと共に治療師の知らせを待っていた。
院内ではバクシアンの毒に苦しむノインと悪戦苦闘する治療師団が戦っている。
ヴァンダルは近くに控えるノインの副官に伝えた。
「火急の用でラゴウの元へ参る。ノインが回復したら直ちに来いと……
「はっ、お気遣いいただきありがとうございます」
「アムシャスブンタと魔人が動いたらしい。後はくれぐれも頼む」
沈痛な表情で待つ副官に笑顔で伝え、ヴァンダルは肩を叩いて慰労する。
通路に出ると待機していた鬼兵たちが剣を捧げて敬礼して迎えた。
黒光りする同じ装甲猪の革鎧を着こみ、大型の斧を構える。
頷くヴァンダルの後を無言で整列しついていく。
帰還兵であふれる港に出るとポータルを開いてラゴウの城に向かう為、後に控える魔導士ジニーに指示した。
印を結んだジニーが呪文を唱えポータルが開かれると門が現れる。
「ヌワン、ディエ付いてこい。サディ、後は任せた。指示を待て」
「「「はっ」」」
ヴァンダルの指示の元、屈強の鬼兵の最前列が動いた。
厳つい二名がヴァンダルの脇に控え、少し華奢だが知性的な顔立ちのサディと呼ばれた男が中央に入る。
それを見たヴァンダルはポータルをくぐりぬけラゴウの城城門に出る。
「ヴァンダル様、ようこそいらっしゃいました。さ、こちらへ」
若き家令が頭を下げてヴァンダル達を出迎えた。
ヴァンダルは頷き、その後をついていく。
「その後、進展は?」
「何もございません。つい先程ドレド局長がお見えになりました」
「ふっ、流石に早いな」
「ええ、陛下にお目通りを!と叫んで即座に転移していかれました」
ヴァンダルと家令はお互いに苦笑しあうと控えの間で立ち止まる。
「お供の方は此方でお待ちください。ヴァンダル様はこちらへ」
ジニー以外の鬼兵はそこに入ると二人は玉座に通された。
「来たか」
後ろにドレドとラーズを立たせたラゴウが椅子に座って待っていた。
ドレドは幾分興奮した状態で、ワーズは緊張している。
「して、詳細は?」
「これだ」
大きな二枚貝が机の上に投げ出された。
すると貝が開き、張りのある透明感の声が耳に届く。
「初めまして、私はエヴリン・カリプス。しがないマーマン族の老婆さぁ」
その言葉を聞いた全員背筋がピンと張る。
ラゴウとヴァンダルだけは伝説の英雄の介入に警戒する。
真剣にメッセージに耳を傾けるラゴウの横でヴァンダルは内心ぼやく。
【何処がしがないババアだよ。生ける伝説が】
ボヤキが伝わったのか一瞬、間を取り、エヴリンが語りかける。
「ついさっきウチの
メッセージゆえ一方的に話されたものの与えられた衝撃は並みではなかった。
中立陣営のアムシャス、魔人衆、マーマン族が進展次第では敵に回るのだ。
「厄介なことになったなぁ、戦力差がえらくついてしまった」
「まぁな、だが、何時もの事だ」
ニヤリと笑いながらヴァンダルはラゴウに話しかける。
隣のラゴウも微笑みながら嘯いた。
武者修行に出た頃から圧倒的な差を幾度も死にそうになりながら覆してきた。
今に始まった事ではない。
ここには居ないノインも含め、この程度で引き下がっては魔王とは呼ばれない。
立ち上がり、進軍号令をかける。
手を上げた瞬間に諫める声が上がる。
「陛下、お待ちを策がございます」
後ろに控えるドレドが献策を提示し始める。
興が削がれたものの、ラゴウは聞くことにした。
こういう時のドレドは面白い策を上げる。
「陛下、敢えて停戦を受けて会議に出て頂きたい」
「ほう? 俺に引けと?」
「引けなどととんでもない。此度の戦闘でノイン様を始め負傷者の治療とメソッドにこちら側の
「つまり時間を稼げと?」
詰まらなそうにラゴウは答える。
その場で一気に仕留めるとかの意見が出るのかと期待したのだ。
「その通りでございます。こちらの戦力整備と増強は邪神に対しても必須です。それに罠、もしくは謀略の可能性もございます。これはヴァンダル様が隣にいる限りは返り討ちでしょうが……」
苦笑するドレドに同じく苦笑してラゴウは返した。
その場で暴れる案はすでにドレドに見切られ、釘を刺しに来たことを見抜く。
台所事情を考えたラゴウは侍従長を呼んだ。
こうして停戦会議の開催が決まったのだ。
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