出発

 事後処理を終え、バティル王家はマンダゴア各要所防衛の目途が立った。

指示通りトレバーは進攻すべく準備を始める。

兵舎に案内されると粗末なザックに使えそうなものを詰め込み始めた。


「兄ちゃぁん、何処に行くの?」

「そうだなぁ……抜け作伊橋達がガマッセル西の大陸に向かうから東へ行く予定だ」


机で詰め込む作業をみながらアガトが足をぶらつかせて暇そうにしていた。

愛用のギタールを特注のソフトケースに入れてトレバーは予定を告げた。


「東? ウルトゥルって言うんだよね? 何があるの?」


 内容を聞いて興味深げにアガトが目を輝かせた。


「さてなぁ……何があるのか、さっぱり分からん」


苦笑しながらトレバーが答えた。そこに影が近寄り声を掛けた。


「なんだーぁ? 大佐、おみゃー、なーんも知らんとウルトゥルへ行くんか?」


 独特の訛りで誰か来たかトレバーは分かり、頭を掻く。


「なんだ? ブラウンか、何しに来た? 訛りがうつるからまともにしゃべれ」


困惑しながらトレバーは訛りのキツイ騎士、ブラウン・ヤバマルハを弄った。

前日の魔王軍へ仕掛ける時、城に伝令代わりに走らせて以来だった。


「うるしゃー、おみゃー、ウルトゥルは俺の故郷だでよぅ、みーんなこれをしゃべっとるわ!」

「なんだと!、お前、ウルトゥル出身か?……マジかよ」


意外な事を聞いて流石にトレバーが驚く。

この訛りに囲まれる事に気が付き、げんなりする。


「まぁええわ、ラクウェル様からおみゃーと帯同して抵抗軍に引き合わせろとの事だで」

「はぁ? イラネーよ」


 組織以外の人間と帯同するのは足手まといになりかねない。

めんどくさい人間なら尚更である。

即座に断り、トレバーは詰め込みを急ぐ。

しかし相手がめんどくささを遺憾なく発揮して来た。


「またまたぁ、おみゃー、向こう行って情報や支援を受けりゃ話が早いがぁ?」


情報と支援と言う餌をブラウンはチラつかせる。


タイソンといいコイツといい、この世界の人間は弱みに付け込むのが上手い。

諦めて渋い顔でトレバーは答えた。


「引きわせたら別行動な。俺は独自の行動をとるからな」

「ああ、それでええよ。バティル城の戦果と大陸奪還の知らせを持っていくだけだで」


条件付きで承諾されるとブラウンは言動に似合わずあっさりと引き下がった。


「それじゃ、さっさと準備しろ、もう出発するぞ」

「ああ、もう終わっとるわ、ところでおみゃーの女連れてこんのか?」


 急かすトレバーにブラウンはキルケーの事を尋ねた。


「ああ、ここの守備担当だ。なんだ、気になったのか?」

「いや、ただ、一緒に行くならと馬車を用意したったが無駄だがね。結構、距離あるからのぅ」

「な……港ってそんなに遠いのか?」


徒歩で行くつもりだったトレバーは距離を尋ねた。


「あー、馬で三〇日、徒歩なら六〇日だで? それも最短距離でな。その後は船で三日」


 ブラウンは外の部下に荷物を運ばせてそう答えた。

先日の魔王軍は移動に魔法の力を使っている。

それも休憩を取らずに高速移動するのだ。

でなければ三日間では無理な距離であった。

透かさずトレバーはウォッチで本部に要請する。


「本部? ウルトゥルまで航空機チャーターして」

「要請は却下だ大佐、燃料が残り少ないのだ」


通信オペレーターの返事の前に堕天が割って入り却下して来た。


「えーマジかよ。せめて港まで乗っけてくれよ。三〇日もかかったら相手の防護態勢整うだろ?」

「……一八〇〇キロもあるか、仕方ない港までだ」


地形データを見て流石に時間が掛かるのは問題だと考えた堕天は妥協案を飲んだ。


「あんがとよ、ジージ、それと主力部隊怪人は?」


 前回の戦いで主力を投入しなかったので温存している筈だった。

自陣に居たのは旧型のタイプ、人間に単一生物の特性を付与したものである。

それも動員は十人程度で後は戦闘員が奮戦していた。

新鋭タイプである二種類の生物特性や武装を持たせた者はほとんど居ない。

全て、伊橋やキットに倒されたからであった。


「現在、我々にとってお前や幹部以外で即動する部隊は旧タイプで弱くても貴重な切り札だ。順次、新鋭と最新型を急ピッチで製造中だ。それまで待て」

「りょーかい、なるはやで頼むぜ」

「とりあえず、一〇分後に中庭へ出ろ。そこで拾う」


 説明し終わると堕天は一方的に通信を切った。


「まぁ、仕方ねぇな。おいブラウン、お前の荷物だけ持ってこい」

「はぁ? どこに行くんだて? おみゃー、城内に何の用があるだぁ?」


いきなりトレバーに告げられ、部下に中止を指示してブラウンが後に続く。

肩に飛び乗って来たアガトが尋ねて来た。


「兄ちゃん、どうすんの?」

「ヘリ……まぁ、機械の鳥に乗って港まで行く」

「へぇ……どんなのだろう? ワクワクする!」


期待に目を輝かせたアガトのテンションが上がる。


 城内に入るとそこへテュケを載せたキルケーが歩いて来る。


「あら? 今から出発?」

「おう、地上からだと日にち掛かるからヘリで行く」

「成程。舞たちがこちらに来るから今から出迎えるんだけどそれで行くのね」


納得するキルケーは地味なスーツ姿であった。

あまり扇情的なエロい服だと色々と問題になる。

支障が発生する前に堕天からたしなめめられたのだ。


「ふーん舞なら問題ないだろ、しっかりしているし、腕も立つ」


調査隊のメンバーを見たトレバーも舞の評価に太鼓判を押した。

実際トレバーの部下猛者に稽古を付けているのは彼女であった。


「そうだね。あの子ならメソッドの代わりに幹部に成れる。……博士もそう思ってんじゃない?」


キルケーもそう評価し、ウォッチに向かって聞こえる様に話す。

そこで和やかな雰囲気が変わる。


「今から兄ちゃんと機械の鳥で港までひとっとびするんだぁ! いいだろぉ?」

「えーっ!? アガトの分際でずるい! 僕もいくぅ!」


アガトの自慢にテュケが悔しがり暴れ始めた。


「こらぁ、暴れない! 怒るよ?」

「だってぇねぃちゃぁん!? うわぁぁぁん!」


暴れているのが自分の肩だけにキルケーは叱るが、テュケは悔しくて泣き出す。


「仕方ねぇな、よしテュケ、しばらく俺の手伝いしろ。潜入とかも有り得るからな」

「ホントぉ?!」

「しばらくはな、その代わり契約はキルケーと同じだ」

「やったぁ!」


テュケは手放しで喜ぶ、だがキルケーは苦言を言う。


「トレバー、甘やかし過ぎなんじゃないの?」

「まぁな、だが、敵地に乗り込むのに有能なアシスタントは欲しい。ついでに能力査定だ」


 苦言を受け入れつつ、トレバーはこう思っていた。

前回のホブゴブリンの件でアガトが通訳や機転が利く事を知った。

テュケには敵を察知する能力がある。

彼らに別の能力があるのなら遊ばしとく選択活用しない手はない。


「ほら、テュケ、肩に乗れ」

「はーい」


トレバーの肩に上機嫌で乗るとテュケがアガトにあっかんベーする。


「ムッキーっ!」

「アガト、言い出しっぺだろ? ここは我慢だ」


 怒り始めるアガトを窘めてトレバーたちは中庭に出た。

上空から風を巻き上げてヘリが着陸する。

スライドドアが開くと舞を先頭に技研のスタッフが降りて来た。


「あ、大佐、キルケーさんお疲れ様です」

「舞こそお疲れさん、がんばってな」

「いらっしゃい、舞」


組織の大幹部と挨拶を交わす上司を見てスタッフの顔に憧れの感情が滲む。

またトレバーの後ろで別の表情を浮かべる男がいた。


「あの……大佐殿、この素晴らしく麗しい女性お方は?」

「ん? ウチのスタッフだが?……あ!? お前はこっちだ!」


ブラウンのデレた表情を見て即座にトレバーが襟首を掴み拘束する。


「大佐ぁ、何卒―、自己紹介だけでもー!」

「ダメだ、つーかお前さっきのみゃーみゃー言ってた方言どこ行った?」

「うるしゃーて! とぅろいこといッとってかんわーって、ちがーう!」


じたばたするブラウンをトレバーはヘリに強引に投げ込んだ。


「大佐、新型反応炉を積んだ機体です。モニターをお願いします!」


ヘリの轟音の中、舞がウォッチ経由で伝える。


「おう、分かった。では行って来る」


 シートに座ったトレバーは頭をぶつけて目を回したブラウンにベルトを締める。

スライドドアを閉めるとアガトとテュケが仲良く窓を覗く。


「良いぞ、出してくれ」


ヘッドセットでトレバーが指示を出し、ヘリがふわりと上空へ舞い上がった。

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