開戦
魔王軍本陣は比較的落ち着いていた。
準備された指令神輿は地面に置いたままだった。
そこにゆっくりとバリアスは椅子に座っている。
周囲には護衛も伝令もない。
念話の
当然ワーズとも繋いで先程の巨大な
今のバリアスに恐怖は無い。
考えられる策、出来る手は全て打った。
これでダメなら誰がやっても……
バリアスは腹を括る。
そこで前線から出陣の督促が入る。
全て却下し、ラゴウの号令を待つ。
「バリアス、待たせた。全軍突撃せよとの御下知だ」
ワーズからの伝達が来るとバリアスはゆっくりと立ち上がり指令を下す。
「ワーズ様、ありがとうございました。ラゴウ殿にお伝えください。通告した様に一兵卒に戻ると……」
念話でワーズに伝えながら御付きたちにブーストアイテムを用意させる。
虹色のローブに術者の杖、理力の靴を身に着けさせる。
全て本来は格上の装備だ。
ソーサラーであるバリアスには通常では無理だ。
魔法使いは位階に称号が付く。
アドバンスまではメイジと呼ばれる。
その後、レア・ミッド・レッサーまではソーサラーである。
ソーサラーの上はウィザードと言う位階であった。
ハイ・エグゼクティブ・アーク・マスターと格が上がる。
さらに最上級にはウォーロックと言う称号がある。
一説によれば開発局長のドレドは、グレーター・ウォーロックとの噂がある。
その為、部下達は全員アークマスター・ウォーロック級ともいわれる。
だが、戦場に向かうバリアスに位階などはどうでもいい。
指には魔力増幅、増強リングを付けるれば魔力は上がる。
それで発生した余剰魔力もリングに収納される。
今のバリアスはミッド・レッサーを超えることに成功した。
前線にはまず出てこないウィザード級の能力を持つに至ったのだ。
置いてあった呪文書へ向かい、指をひと鳴らしで開かせる。
ページをめくり、使えそうな魔法を契約する。
そして書を閉じると念話を全方向に発した。
「全部隊出動、全てを破壊せよ」
そう言い残し天幕の外へ出る。
太陽は真上に来ていた。
全兵士が雄叫びを上げて城に向かって行く。
「敵は動いたか?」
「いえ、ただ、訳の分からないモノが四つほど増えてます」
近くにいた物見兵に相手の動きを聴く。
訳の分からないモノで
城門前から兵を退くように指示を出し、その直線上にバリアスは立つ。
深い深呼吸の後、集中力を高め、杖をかざして詠唱に入った。
「回れ、ありく闇の深淵よ。契りに基づき、この我に可逆なる光生み与へ給へ……マジック・レイ!」
詠唱が終わり、バリアスは杖をゆっくりと大きく回す。
回した空間が円形の闇に歪む……。
そしてもう一度ゆっくり回す。
回した杖の端、闇の空間から光が溢れだす。
杖が中央に到達する。
円形の光が周囲に舞い散る埃を火の粉に変えていく。
「ハァァァァッ!」
杖が地面を叩くと同時に円形の光の柱が一直線に城門へと突き刺さる。
分厚い鋼鉄製の門がたちまちのうちに溶解を始める。
数十秒照射が続き、フッと光が消えた。
同時にバリアスはその場で片膝を着いて息もたえだえになった。
幾ら魔力や能力に下駄を履かせて、格上の魔法を成功させた反動は大きかったのだ。
バリアスの魔法攻撃をみた防衛する城兵たちが叫び始めた。
「退避―っ! 大規模魔法攻撃だぁ! 城門が破られたぞ!」
城門から蜘蛛の子を散らすように逃げだす。
「ほぉ……これは凄い!……凄すぎる」
城壁の上で光の反射と熱を感じながら堕天は感嘆の声を上げる。
鋼鉄をバターのように溶かす熱量、攻撃力が個人単体で出すのは不可能だ。
改造人間なら強化服のリアクターと装備で辛うじて可能だ。
但し、改造人間は消し炭、メソッド技研は全員
さらに調べる為、堕天がその光に近寄ると肩をラクウェルが掴む!
「ハインツ殿!」
「あぁ? ラクウェル様、学究の徒としてこのような不可思議な現象は……」
そういって光に向かいにじり寄るのをシモンも一緒になって止める。
「ハインツ殿、これは第七位階の呪文です。これ以上近づいては命に障ります!」
「ほう、シモン殿は此の魔法をご存じか?」
その途端、光が消え去る。
敵軍が迫る中で堕天は呑気にシモンから情報を聞き出す。
「ガマッセルからの撤退戦にて船団を焼かれました。同席のウィザード級が相殺してくれなければ私は死んでおりました」
シモンがその時を思い出して震えだす。
そこに堕天は指示を出して解けた門の周囲に部隊を配置する。
「大技なのはよくわかった。後でその魔法使い殿に面会したいものだね。部隊長、十分に引き付けろよ」
「了解です」
部隊長たちは土塁を出城のように置き、即席の砦を三分程度で作る。
銃を構え、迫りくる敵に備える。
「さてラクウェル様、一つ、参りますか?」
あくまでも呑気に堕天はラクウェルに砲撃の合図を急かす。
先程、銃の取り扱いと威力を目の当たりにして驚く。
これなら勝てると確信したが、
「ああ、ハインツ殿、この戦、勝てるだろうか?」
「姫、やってみなければわかりませぬ。我々の科学技術が勝つか魔法技術が勝つか? 興味深い戦いでございます」
堕天は微笑むと手を挙げ、砲撃準備の指示を出す。
相手の前線まで数十メートルを切った。
堕天は敵前線に弓兵の姿を探す。
後方数百メートルに待機しているのを視認する。
「よし、射撃開始、弓矢が飛んで来たら前線は一旦城壁まで下がれ」
ぼそぼそとマイクで指示を出し、号令として部隊長が出す。
銃撃が始まり瞬く間にリュカオン達やゴブリン兵が倒れていく。
盾をかざして銃弾を防ごうとするも木製や革製の盾では役に立たない。
味方の死体を土塁代わりにして隠れる。
金属の盾をもつ戦士だけが辛うじて生き残っていた。
だが、それも時間の問題だった。
援護の弓矢が上空へ放たれる。
「敵前線に向けて……放てぇ!」
魔王軍弓兵長の号令の元、城壁の上や土塁に目掛けて矢が飛んでくる。
その途端、銃撃が止み城兵と戦闘員が屋根のある場所に避難する。
逃げ遅れた城兵数名に矢が当たり、至急後方に送られた。
「第二射……用意」
弓兵に第二射の準備させる。
その脇から本命の騎馬隊と軽歩兵が突っ込んで行く。
ギリギリで弓で牽制し、その間に機動力のある騎馬隊に突撃させる。
後詰めはゴーレム、巨人等の大型モンスターで制圧する。
バリアスは疲労困憊の中、念話で指示を出す。
かつての上司が使った戦法であった。
初めての魔法、それも格上の高位魔法を何とか成功させた。
だが、まだ魔力は戻らない。
(まだ掛かるか……あともう一撃欲しい)
バリアスは御付きのメイジが持って来た椅子に座り、回復を図る。
一方で騎馬隊と大型魔物の登場に堕天は苦笑する。
弓隊をつぶしたかったのがここで目論見が外れた。
「ヤレヤレ、私が出るしかなさ……ん?」
杖にもたれ、堕天は戦況を読んでいると耳に空気を裂く風切り音が入って来る。
それも大型のものだ。
堕天に問い掛けようとしたラクウェルも何かを察知する。
「どうかされたので……ん?」
「やっと到着しましたか……全員、伏せなさい。クリムゾンが着きましたよ」
上空の一点を見つめた堕天がその場にいた全員に指示を出す。
その点がシャッシャッと風切り音を徐々に大きく響かせ落下して来た。
それも弓兵達の前、大型モンスターたちの真ん中に!
――ドッドォォォォォォン!
落下物はクレーターを作り、周囲を振動と衝撃波で破壊する。
余りの衝撃に城壁の一部が崩れ、城下町の家の一部が壊れる。
その落下地点周囲にいた
「全部隊、被害報告! 後方に下がり陣形を整えよ!」
弓のタイミングを外され、機動力のある騎馬隊を下がらせる。
弓兵と騎馬隊の一部に損害が出たが、継戦は可能との判断だった。
他の部隊、特に切り札である魔術師団の被害は軽微でバリアスは安堵した。
「前線のゴーレム、巨人部隊! 岩でも投げつけて城壁を破壊しろ!」
陣形を整える間、牽制も兼ねた投石攻撃に入る。
そこに落下傘を付けた大男が舞い降りて来た。
「博士、遅参してすまんな。挽回させて貰う」
大男、バクシアンはいきなり落下傘を身体から外す。
動きやすそうなノースリーブの道着を身に着け、手には大粒の長い数珠を握る。
その姿はカンフー映画に出てきそうな出で立ちであった。
「バクシアン、頼みましたよ。ただ、
「あいわかった。テケリちゃ……」
そこで突如起こった振動でよろめく。
キンキンキン・ヴォンヴォンヴォン――
突如、金属音とモーター音が周囲に響き渡る。
みすぼらしいボロを纏った巨人が棍棒を片手に音の発生源、クレーターを覗く。
その顔面に捩じり込むような左ストレートがギジュッと音を叩て突き刺さる。
そしてジェットの轟音と共に飛び上がる。
近くにいたストーンゴーレムを右手刀で真っ向唐竹割りに斬り砕く。
着地したそれはブリキ箱を二つ合わせただけ、武骨と言うより不細工であった。
頭部には黒いガード用装甲に覆われている。
両目に当たる部分にセンサー、口にはカメラがあった。
そのずんぐりむっくりなボディと同じ厳つく直線で構成された脚を上げる。
腹部や臀部に引っ掛かる為、中段以上は厳しい。
それでも力強く大地にドンっと踏み込む。
「さて、どいつから食べちゃおうかねぇ?」
水が滴るスーツを気にしながら髪を濡らしたクリムゾンがうそぶく。
先程、メソッドを襲撃しようとして大首領から
流石に堪えたらしい……大人しく任務に就いた。
そこへ先程、顔面を潰した巨人が棍棒振りかざし襲い掛かる。
右腕をその棍棒の柄にゴツンと当て勢いを止める。
その刹那、左手を貫手状にして胸部を貫く。
「ふっ、掛かって……なんじゃこるあぁ?!」
カッコつけているクリムゾンがモニター越しの光景に驚愕と怒りに満ちた声を上げる。
出撃前、メソッドの説明では格闘専用のアームだった。
右は虎の顔をモチーフにしたアームを、左は龍をモチーフにしていた。
それが二回程度の打撃で右は猫、左はカエルのようにへこみ、へしゃげていた。
「やっぱりあのデブ殺す!」
深紅に顔を染めたクリムゾンは操縦桿を握りしめ怒りを押し殺そうとしていた。
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