模索する心
その後に行った冒険者ギルドの登録は意外に早く済んだ。
だが、能力は判定者が一目見ただけで鑑別をあきらめた。
能力が高過ぎて見切れないのだ。
部屋からローブ姿の判定員と共にトレバーとキルケーが出て来た。
「済まんな、バティル城の騎士団選考委員なら正確にわかると思うぜ」
頭を掻いて担当の判定員はトレバー達に向かい詫びた。
「まぁ、仕方ない……ちなみに仕事内容や報酬は?」
申し訳なさそうな判定員に向かってキルケーは興味ありそうに尋ねた。
本心ではそのようなものに興味はなく、アリバイ作りと情報収集のためだ。
「えーと、アイアンだから一任務につき最低五〇〇デルーだね。任務は討伐系が多いけど一番多い位階なんで中々仕事にありつけないぜ?」
判定結果の書類を受付に渡し、判定員は素直に答えた。
「そっか、そうなるとバティル城に行かにゃならんな……」
聞こえる様にトレバーは呟くと判定員は頷く。
「それなら仮判定の印と紹介状作ろう。うまくいけば騎士団に入れるかもしれん」
判定員は事務員に声を掛ける。
机に書類を出してもらうと署名して封をした。
「これを持っていくと良い。城兵に呼び止められても証明書代わりになる」
二つの巻物を渡されたトレバーは内心ほくそ笑みながら答えた。
「お? ありがとよ。それじゃ早速行って来る」
トレバーの言葉を聞いて判定員は慌てた。
今から出発すれば普通の旅人なら到着は真夜中だ。
「おいおいおい、今から行けば着くのは真夜中だぜ? エバビル山地の道中には魔物や山賊も出る。やめとけって」
「うーん、そうかぁ、そりゃ困ったな」
まったく困っていない表情でトレバーは答えた。
突撃のタイミングが合わないのだけは困るのだ。
「ああ、明日の朝にしとけ」
判定員は安堵しながら同意した。
しかし本心を見抜いていないのだ。
書類を受け取りトレバー達は待っていたタイソン達と合流する。
「どうでした?」
凄い位階が出るに違いない……タイソンは期待に目を輝かせる。
「アイアン仮認定だってよ」
「「えっ!? 仮?」」
これにはジョアンやミア、アガト達も拍子抜けする。
「ここの判定員では鑑定出来ないそうだ……まぁ仕方ない。バティル城で判定して決めるさ」
「それも凄いですね……」
鑑定不能と言われてタイソンも絶句した。
「それじゃ、行ってくらぁ、アガト、テュケ行くぞ」
「はぁーい」
二人がトレバーの肩に飛び乗りちょこんと座った。
「お城までお供したかったけど残念です。トレバーさん、キルさん、本当にありがとうございました」
名残惜しそうにタイソンが感謝の言葉を告げた。
「あー、俺らこそありがとな、用が済んだらまた来るぜ。そんときゃ槍か武術でも教えてやんよ」
トレバーは笑顔で礼を言うとタイソンをドキッとさせる。
タイソンの隠れた冒険心を知って居たのだ。
「トレバーおにいちゃん、キルおねぇちゃんをもっと大事にしないとダメだよ?」
ミアが上目使いに注意する。
その頭を撫でてトレバーは苦笑する。
「ああ、そうするよ。ミアも元気でな」
「トレバーさん、指導ありがとうございました。私、もっと頑張ります」
ジョアンが涙目で感謝する。
「おう、俺も曲を思い出したら教えに行くぜ。そんときゃまたセッションしようぜ」
笑いながら肩にかけたギタールを軽く叩く。
「はい、腕を磨いてお待ちしてます」
それを聞いたキルケーは大きなカバンを肩にかける。
(これじゃどちらが弟子かわかんないわ)
内心突っ込みながら微笑んでいた。
「じゃ、またな……」
トレバー達は笑って手を挙げる。
そのままバティル城に向かう西の街道をスタスタと歩き出す。
たちまちに城門の外に消えていった。
そのトレバーの背中を伊橋が屋根の上から凝視していた。
「耕史?」
連れて来られた中村が殺気立った表情を懸念する。
「中村、心配すんな、今、
屋根から降りて窓からこきたない廊下に出る。
どこかの安アパートらしい。薄暗い階段を下まで降りる。
前回の戦いで大ダメージを負い、未だに節々が痛い。
昨晩の食事で英気を養ったが、万全ではない。
自分専用装備もこの後、送られて来る。
だが、正直、気が進まない。
異世界で生き延びるためには仇敵とも手を組まなければ帰還できない。
それを中村からこんこんと説得され渋々了承した。
仮にここで奴らを倒せても元の世界に帰れる保証はない。
しかも向こうにはまだジャクルトゥの各支部が残っている。
キットが戦ってくれている筈だ。それでも全てしらみつぶしにするには数年……。
それ以上はかかるだろう。
安アパートから出て、商人や住人たちが行き交う通りを歩く。
これから資金を貰い、情報収集に入るつもりだ。
粗方の生活情報は鴈の群れ亭の女将さん夫妻から聞いた。
トレバーの言う魔王軍が本当に存在し、襲って来ると聞いて呆然とした。
「おい耕史、お茶でも飲んでネタを拾おうぜ」
中村は情報収集に入るべく、カフェテリアを指差し誘う。
だが、伊橋は無言で考え込んでいた。
未だに自分との折り合いがつかないのだ。
「仕方ねぇな……こっち来い」
呆れた中村は伊橋の袖を掴むと椅子に座らす。
すると若い女の子がオーダーを尋ねに来る。
「いらっしゃい。なんにします?」
「お茶とそれに合う喰いモンおくれ。ちなみにいくらだい?」
中村が注文と値段を尋ねる。
「お茶と特製蒸しケーキのセットで一デルーよ」
「おー、良いねぇ、二人前ちょうだいな」
「はーい」
中村は笑顔で如才なくやり取りする。
娘が離れるとチャラい雰囲気はそのままで真剣な話を始めた。
「なぁ、耕史。食堂の女将さんやおやっさん、あの女の子が魔王にひどい目に遭うのは俺、我慢できないんだけど……お前、どう思う?」
中村は苦渋に満ちた表情の伊橋に問い掛ける。
今、ここにトレバーが居たらゲラゲラ嘲笑するだろう。
「いよっ! この偽善者ヒーロー!」
弱い所を弄り倒して伊橋を激怒させるに違いない。
復讐者がヒーローの仮面を被り活動してきた。
正義の名の元に死闘を繰り返してきた葛藤が伊橋を苛む。
自らの意思に関係なく改造され、実験体にされて死んでいった人々の無念を晴らす。
これ以上の
その怨讐で戦い続けた。
だが、仇敵がやるのはこの
共闘はあり得ない。
無視や敵対も自分の今までの活動を否定する事になる。
説得されても受け入れがたい。
「俺も嫌だ。 共闘も嫌だ。本音を言えば依頼さえも嫌だが、黙っては見て居られない。俺は……どうすれば……?」
本音をぶちまけ伊橋は自問する。
苦悩する姿に中村も困り果てる。
おもむろにウォッチを外してポケットに入れる。
「うーん、……けど俺らが民衆を救うのが目的ならこちらの活動基盤が出来るまでは仕方がないぜ? だが、基盤が出来たら独自に活動すればいい。それまでは依頼を吟味して不必要なら断ろう」
妥協案に伊橋はキョトンとする。
最後まで方針は貫くものだと思っていたからだ。
「良いのか? それで?」
「今は生き延びる為と皆を救うための手段だ、アイツらをキャンっと言わせる日の為に」
笑って言う中村に伊橋は救われた気がした。
そして少なくとも生存とこの世界の為に怨讐を少し忘れることにした。
「はい、どうぞ」
香り高い熱いお茶が運ばれる。
慌てて中村がウォッチを取り出す。
そして綺麗にクリームがこれでもかと乗ったケーキがお出ましになった。
その組み合わせにギョッとしながら中村は娘に話し掛ける。
「お……あんがとさん、ところでおねぇさん。みんな避難していないけど襲撃が来たらどうすんの?」
「えーっ? 皆、家に閉じこもるか、ギルド事務所みたいな大きな館に逃げ込むしかないね」
困ったように若い娘は答える。
実は昨晩、女将さん達からそこら辺の情報は聞いていた。
しかしあくまで話のとっかかりだ。
「そっかぁ、逃げるとしても城はヤバそうだしなぁ……そうだ、港はどこがある?」
本命の港街を尋ねる。
そこから船を捕まえる算段だった。
問い掛けられて娘は一瞬考えて答えた。
「そうだなぁ……北側の港は全滅したって話だし、西のバロンズゥや南側のポートゴライアスはまだ生きてるけど船は一隻もないって」
「えっ? 無いの? 困ったなぁ漁師で稼ごうと思ってたのに……」
中村が大袈裟に驚く。
情報を引き出す為なら嘘も小芝居も辞さない三流ジャーナリストの本領発揮だった。
「ええ、実は大陸の豪商たちや貴族がこぞって船を買い占めて脱出用に隠しているって話よ」
娘が小声で耳打ちする。
すると中村はニヤリと笑う。
「そっか……いざとなれば水夫として雇って貰おう。話に付き合ってくれてあんがとねぇ」
娘に礼を言って中村は会話を切り上げた。
そしてまたウォッチを仕舞い込む。
「それで西に向かうのか?」
伊橋は露骨に不満な表情を作る。
トレバーの後塵を拝すようで嫌なのだ。
「いや、南に向かう。そこを経由して西へ向かう。情報や食い詰めた連中を集める。俺らの軍隊を作るんだ」
その発想に伊橋は目を丸くする。今までにない中村の発想にびっくりする。
「
先を見通して中村は顎を掻く。
真剣に何か企む時の癖だと伊橋は知って居た。
「とにかく、頭脳戦は任せるよ。打撃戦になれば俺が行く」
伊橋も決して頭は悪くない。
そそっかしいだけだ。
そして狡猾さにかけては中村の方が上だ。
お互い何度も修羅場を共に潜り抜けた戦友ゆえに信頼していた。
「耕史もちっと頭柔らかくすればいいのに……勘定置いとくよ! 美味しかったぜ!」
伊橋の呟きを聞いた中村は半分呆れつつ勘定を少し多めに置いた。
「さて、森へ行ってお前の装備と活動資金を手に入れよう……ん?」
足が軽くなった伊橋の肩を掴んで中村は外へ出た。
城壁の物見から禍々しい色の狼煙が上がる。
同じように見た周囲の住民達が蜂の巣をつついたように騒ぎ始めた。
「なんだ? 何があった?」
異変を察知した伊橋が中村に尋ねる。
その中村はポケットから取り出したウォッチを群衆に向ける。
ウォッチには高性能集音マイクが付いていた。
「たく、あれだけ付けろと……」
そこまで言って中村は神妙な顔で集中する。
じれったくなった伊橋が情報をくれとせっつく。
「なぁ、だからなにが……」
「魔王軍が来たらしい」
伊橋の言葉を遮って血相の変わった中村が呟く。
「鬼神やジャクルトゥは?」
「この近辺のジャクルトゥは鬼神達だけ、その鬼神も西の街道を進んでいる」
ウォッチに連動した専用スマホで位置を特定する。
昨晩トレバーから渡されたものだ。
「ちっ、ランデブーポイントに行くぞ」
伊橋たちは城塞の外へ向かって駆け出していた。
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