オーロラ

 ショットガン散弾銃の散弾ように放たれる無数の火球をトレバーは余裕で対峙する。


「メリッサ、ブレス、ニールセンは斬撃で行くぞ。スコット……ぶちかませ」


指示を出すと同時に兜と剣、籠手が射出されるようにトレバーから飛び出す。

兜はマウスガードが開き、猛烈な風を噴出して火球の勢いを止める。

剣がトレバーの手に収まり背中まで振り上げられた。

大きく力強く踏み込まれると上段より豪快に振り下ろされる。

鋭い衝撃波が火球を弾き飛ばしながら凶竜クロードに向かう。

クロードは首を振り、衝撃波を顔の牙で弾き飛ばす。


「ぶっばばばばぁっ! ぞんなでいど程度のご……ごぶっ!」


 嘲笑した所を衝撃波に紛れて接近した籠手にピンポイントで顎と眉間に拳を上下に捻じ込まれた。

その様子に怯んだと判断し、トレバーは一気に接近した。

だが、横合いから壁のような尻尾を高速で叩きつけられ、樹木をへし折りながら吹っ飛ばされる。

巨大な大木に叩きつけられようやく止まり、地面にうつ伏せで倒れる。


「ぐっ……いってぇ」


 ぶつけた腰に軽い痛みを感じ、顔が歪む。

手で負傷部位を押さえながらトレバーは立ち上がる。

とっさに掲げた盾と鎧のおかげで軽い打撲程度に済んでいた。

追撃の火球が来たのを視認するとその場で上に跳躍する。

火球が大木に直撃すると同時に一回転し方向を変え、クロードに向かい飛ぶ!


みぎっだ見切ったわぁ!」


 跳躍を予測していたクロードは真正面でブレスを吐く!

その直線で打ち抜くような勢いにトレバーは嬉々とする。

身体を屈めて前転するように回り、方向を変えるとブーツを作動させた。

ギリギリの四五度前方へ跳躍し、抜き打ちで剣を横に薙ぐ!

視界を埋める衝撃波にクロードはブレスをやめ、顔両側の牙で上にはじく。

攻撃をいなされたトレバーは尻尾の攻撃を見切り、いきなり急降下してやり過ごす。


「ちっ、元がそこそこ出来る奴だからめんどくせぇな」


 竜人達の首脳陣の一人は伊達ではない。

竜人状態の時、トレバーが交戦して感じたクロードの評価はそこそこ出来る奴程度であった。

口の達者さだけでなく、武力も人望も持っていなければ上には立てない。

賢さもそれなりにあるのだろうが、排他的な思想が本来の知性を台無しにしていた。

それだけならば余裕で始末出来たはずだった。

凶竜化により本来の能力が底上げされていたのだ。

防御力の高い巨体とそれに見合った膂力りょりょく、多彩な攻撃方法が加わる。

救いは思慮の無さだけは変わらなかった。


 尻尾を避けた際にクロードの足元に潜む、中距離周辺に潜んだと思いクロードは火球を乱射し始める。

ガラ空きになった腹部に向かいトレバーは疾走し、凶竜の真下から上に斬り上げた。

しっかりと鍛え上げられ割れた腹筋の筋に沿って斬撃が飛ぶ。

だが、打撃と表面を斬っただけで大した効果はなかった。


「ゲッ! 硬い……!」


それどころかクロードにとって絶好の位置真正面の胸辺りに来てしまう。

怒りを爆発させた鋭い爪でクロードに横殴りにされて弾丸の如く飛ばされた。

地面に叩き付けられながらトレバーが止まるとそこに火球の集中連射が来る!


「グファッ! しゃーねぇ!」


 必殺の猛撃にバリア代わりのリアクターを作動させるが、起動しない。

ウコやカリームが防護に徹する中、再度起動させるがうんともすんとも言わなくなっていた。


「えっ? マジかよ!」


自分めがけて飛んでくる火球を回避しながら逃げ出す。

だが、すでに周囲は火の海になっていた。

トレバーは構わずに突っ切って走り出す。


「チィ! 小細工無しで殴り合うしかねぇか!?」


 ようやく火の海を渡り切り、樹海に入ると六人衆との陽動フェイクを交えた動きで攪乱する。

火球がランダムに降り注ぐが、フェイクを入れて走りぬくことで位置を特定しきれない。

トレバーの危機を察したクリムゾンがクロードの死角からタックルして吹き飛ばす!


「大佐!?」

「ぎざまぁ!」


クリムゾン機に尻尾を叩きつけ、後方にスウェーバックして回避する。

そしていつもの癖でビームライフルを牽制で放つ。

ビームはクロードに当たると何事もなかったのように霧散した。


「ゲッ?! マジで消えた!」

「なめるなぁ!」


再度尻尾を飛ばし、ライフルを弾き飛ばす。

その勢いを利用し、一気に跳躍し間合いを詰めると牙でクリムゾン機の腰部を刺し貫く!


「ギャッ!?」


牙は基礎フレームのコックピットを貫通し、男勝りのクリムゾンに悲鳴を上げさせた。

かなり奥まで貫通し捻じ込もうと捻るが、動力炉付近に行くとなぜか跳ね返される。

それ以上の攻撃を諦め、損傷部位の動力パイプから放電があっても気にせずに放り投げた。


「?! ニールセン! スコット! 陽動を頼む、メリッサは周囲の警戒を頼む!」


樹海を疾走し、三人を外す。

森へ潜みながらゲリラ的に陽動攻撃を仕掛け、気をそらす。

投げ飛ばされ擱座したクリムゾン機に近づく。

横たわった機体に駆け寄り、背部ハッチにあるエマージェンシーキーを開ける。

緊急解放スイッチを捻り、即座に離れた。

火薬の炸裂音と共にハッチが強制解放され、血塗れのクリムゾンがシートに横たわり射出される。

マチェットでシートベルトを切った時、左上肢が肩から消えている事に気が付いた。


「おい、クリムゾン?!」


無言で欠損部に盾をかざして回復魔法を当てる。

しかし、出血が酷く、容体が芳しくない。


「大佐、も……う、いいょ」


息も絶えだえで真っ青な顔のクリムゾンは延命を拒否する。


「ダメだ。諦めるな!」

「じゃさ、これだけでも渡しておくよ」


胸ポケットからきちんと折りたたまれた真っ白なマフラーを取り出す。



「ウォリアーと被るから嫌がると思ってたけれど……絶対に似合うと思うから」

「もういい、しゃべるな。とりあえず眠れ、良いな!」


応急キットから強力麻酔と造血剤入り注射を取り出したトレバーが右手の静脈に打つ。


「最後のお願い、愛してたよクリムゾンって言って!」

「後でなんぼでも言ってやるからとにかく生きて帰ってこい!」


右腕でマフラーを渡すとクリムゾンは気絶した。

苦笑しつつトレバーはマフラーを握り、応急キットの通信機で本部を呼び出して救助を呼ぶ。


「俺だ、要救助者一名。左腕欠損、失血状態ゆえ応急で止血と造血剤、麻酔を掛けた。至救急護班を頼む。その間にコイツ終わらす」


 クリムゾンの右腕にモニター用のリストバンドをはめるとトレバーはクロードに向き直る。

鮮血で真っ赤に染まったマフラーを首に巻き、走り出す。

憤怒で目が据わり、殺意が鼓動を増幅させる。

その頭上にはオーロラが怪しく輝き始めた。

赤、青、紫、黄、緑……あり得ない色彩を帯びる。

原生生物の蠢動の如く変化していた。

エンシェントドラゴンをやっとの事で倒したブラウン達の視界にもそれは映っていた。

オーロラを見たペーレオンが驚愕と恐怖の叫びをあげる。


「これは!? 文献にあった……来る! 邪神が降りてくる!」

「マジかて!? これが先触れの極光って奴か!」


 疲れ果てて尻もちをついていたブラウンがペーレオンに聞き返す。

かつて世界を侵食した邪神が降り立つ前に全世界に発現した。

観測された数週間後に邪神が降臨し侵食を始めた。

例の邪神戦争が始まったのだ。


「ええ、これは魔族の文献に詳しく載ってます。こんな感じだったのか……」

「おいおいおい、邪神だと? それじゃ魔王軍どころじゃねぇぞ!?」


太刀についた血脂を葉っぱでふき取ったジョナサンが頭を掻く。

ペーレオンは苦笑すると落ち着いて答えた。


「魔王陣営も同じですよ。魔王軍は元々、次に来るであろう邪神を倒すために世界を武力統一するのが目的です。仮想敵が現実になるのであれば全武力を以てこれに当たる筈です」


そこまで言ってペーレオンは全世界に広がっていく薄気味悪いオーロラを見つめていた。






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